集まる、広がる(後)

「――で、その後はどうにか崖を登り切って、どうにかなった、というわけ」

 話を終え、キリンはどうだとばかりに胸を張ります。

「まあ、ナマケモノの指示を受けながら、だけどね」

「……樹に登るのとはだいぶ違ったけどね」

 ナマケモノが自分の手を見つめます。キリンは登攀が得意ではなく、ナマケモノは動きが遅いため、彼女たちはいつも通りに協力して崖を登ったのでした。つまり、ナマケモノを背負ったキリンが、彼女の適格な指示を受けつつ、手をかけ足をかけ登ったということです。

「…………」

 一連の話を聞いて、フレンズたちは黙りこくりました。もしキリンのマフラーが引っ掛からず、谷底まで落ちていたら――言うまでもありません。

 そんななか、ギンギツネが駆け寄ってきて、ふたりを纏めて抱きしめました。

「よかったぁ~……ぐすっ」

「ど、どうしたの急に……」

 困惑気味に、キリンとナマケモノは彼女の背を摩ります。

「ギンギツネ、泣いてるの?」

 キタキツネが背後から言いました。

「べ、べつに泣いてはないけど……。でもよかった……本当に」

 ごしごしと目尻を擦って、ギンギツネはようやくふたりから離れます。と、安堵で腰が抜けたのか、床に座りこんでしまいました。

 顔を朱くするギンギツネを見て、ナマケモノとキリンは顔を見合わせました。

「ありがとう、ギンギツネ」

「……心配かけて、ごめんね」

 照れ臭そうに、ふたりは微笑みました。


 落ち着いたところで、話は本題に入ります。そう、そもそもこのロッジにフレンズが集まってきたのは、パーク各地でおこる不可思議な事件を、名探偵に相談するためなのです。

「な、なるほど、図書館が……。それに、博士たちが行方不明……?」

 キャプテンとクロテンの話にキリンが頷くと、「次はクララなの」とクララが片手を挙げました。

「え、ほかにもあるの?」

 素っ頓狂な声を出し、キリンが瞬きします。

「……たぶん、もっとある」

 ナマケモノはすっかり疲れた様子で、額に手を当てました。

「大きな湖があるんだけれど……」

 クララが説明を終えると、すでにキリンの頭はパンク寸前でした。今まで関わってきた事件に負けず劣らず、不思議な謎ばかりです。

「では、我々だな。尤も、おぬしらも既に経験済みであろうが……」

 最後にハンターたちが、セルリアンの大群について話しました。

「そ、そう……」

 話を聞き終え、曖昧に頷いていると、キリンを取り囲むフレンズたちは口口に言いました。「さあ名探偵、この事件を解決して」――と。

「そんなこと言われても……、現場を見ないことには、何とも……」

 ほとほと困り果て、キリンは首を縮こまらせました。ひとつの事件ですらわけがわからないというのに、一度に何個も解けるはずがありません。ナマケモノの顔を見ますが、さすがの彼女にもどうしようもないのか、首を振るだけです。

 彼女たちが困惑する姿を見て、フレンズたちも無理を言っていることに気づきました。顔を見合わせ、相談をはじめます。

「どの事件を最初にお願いするの……?」

「博士たちの捜索がファーストしょう! もしセルリアンに襲われていたとしたら……」

「否、セルリアンの群の解決が優先であろう。取り返しのつかぬ事態になるぞ」

「でも――」

「名探偵の身はひとつなんだ。原因さえわかれば、私たちハンターでも対処できる」

「湖の件はどうするの……?」

「……アンタはとりあえずじゃぱりまんを置いたら?」

 議論は紛糾し、纏まりそうにありません。


「はっはっはっはっはっは!」

 突如、ロビーに大音声の笑いが響きました。

「皆……、この我を忘れているのではないか?」

 視線が集まった先、机の上に仁王立ちするのは、ほかでもない、ラオ様です。

「まあ、小さくて見にくいからね」

 オオカミがつぶやいて、肩を竦めます。

「むっ」

 眉根を寄せたラオ様を、ピューマが宥めます。

「ま、まあまあラオ様。そ、それで、どうしたの?」

「むぅ……。まあ良い。我が言いたいのはな、なにも探偵は、キリンひとりにかぎらないということだ」

「――どういう意味?」

 キャプテンが首を傾げます。

「くっくっく……。つまり、我のことだ! 悪魔探偵ラオ様といえば、きさまも一度は耳にしたことがあるだろう⁉」

 びしり、と親指で自分を指した彼女を見て、キャプテンは咄嗟に隣に立つヒクイドリに訊ねます。

「あなた、聞いたことある?」

「……いや。寡聞にして」

「…………」

 気まずい沈黙が降りかけたところで、再びラオ様が叫びました。

「――まあなんでもいい! それにキリンだけではないぞ! そこで眠そうにしてるナマケモノも稀代の探偵! これだけいればこの状況も打開うちひらくできるだろう!」

「…………」

 彼女の自信に満ち溢れた態度を見て、皆は顔を合わせます。確かにその通り、キリンひとりに頼るのではなく、三人に頼めば、負担は減るはずです。

「……ラオ様の言う通り」

 最後にナマケモノがつぶやいて、方針は決まりました。


 一同は、キリンたちの机を丸く囲み、話し合いをはじめます。

「とにかく、フレンズの保護が最優先よ。セルリアンの群れと博士たちの捜索からはじめるべきでしょう」

 ギンギツネの言葉に、皆が頷きます。

 ナマケモノも同意して、口を開きました。

「……でも、実際、セルリアンは色んな場所から発生しているんでしょう? たぶん、根本的な解決は、いまの段階では難しい」

「そんな――」

 掌を向けて、まあまあ、とナマケモノは言います。

「……みんなの話を聞いた限りだと、群の現れる範囲は限られてる。その範囲でフレンズたちを保護すればいい。それこそ――そう、このロッジに集める、とか。できる?」

「当然です!」

 話を向けられ、アリツカゲラは力強く頷きました。

 今度はキリンが腕を組みます。

「図書館と湖については、現場を見ないとわからないうえ、場所も離れてるわよね。鳥系の子に連れて行ってもらうしかない……と、思うけど」

 鳥のフレンズに視線が向きます。

「あ、いや、私は飛べないぞ?」

 慌てて、ヒクイドリが手を振りました。

「となると――」

「オーケイ! 任せなさい!」

「……わかったの」

 キャプテンとクララが、翼を軽く震わせました。

「博士たちはどうするんですの?」

 クロテンが訊ねます。ナマケモノはすこし考え、

「……図書館に行く子が一緒に捜す。けど、それはあんまり期待できない。あとは色んな子の証言を集めるしかない、と思う。一番フレンズが集まってくるのは、ここ――」

 ロビーを見廻します。避難してくるフレンズに話を聞けば、手掛かりになるかもしれません。

 ラオ様は片眉を上げました。

「なるほど? つまり、湖へ行く者、図書館へ行く者、ここに残る者に分かれる、ということだな。――どうする?」

 腕を組んだままのキリンが、俯いて言いました。

「……ナマケモノは、ここに残った方がいいわ」

 動きの遅いナマケモノでは、外に出て万が一セルリアンに襲われた場合、防ぐ術がありません。また、証言を集めて考える、というのは、彼女が得意としている推理だろうという判断からです。

 ナマケモノはすこし考え、首を縦に振りました。

「……わかった。キリンは?」

「そうね、私は図書館に行きましょう」

「なら、我は湖だな?」

 三人は互いに、小さな頷きを交わし合いました。


 すぐさま出発しよう、ということで、ロッジの外に出ます。多少不安の解消された面持ちで、皆も見送りに出ました。

 この場に集まったフレンズたち――。

 タイリクオオカミ、アリツカゲラ、クロテン、ハクトウワシ、フォークランドカラカラ、ピューマ、エダハヘラオヤモリ、シバテリウム、ヒクイドリ、トラ、キタキツネ、ギンギツネ、ナマケモノ、そして、アミメキリン。

「では行ってくるぞ!」

 クララに抱えられたラオ様が、飛び上がりながら、皆に手を振ります。

「キャプテン、私たちも」

「オーケイ」

 キャプテンが、キリンをしっかり抱え、空を睨みます。

「じゃあ、みんな、また後で」

 一度手を振って、キリンとキャプテンは飛び去って行きました。


 後姿が小さくなっていくのを見て、アリツカゲラがぱんと手を叩きました。

「さあ! そうと決まれば、さっそく避難受け容れの準備をはじめましょう! クロテンさん、手伝ってください!」

「わ、わかりましたわ」

 ギンギツネとキタキツネが手を挙げ、

「私たちも手伝うわ!」

「おふたりには休んでいて欲しいのですが……。わかりました、お願いします」

 四人はロッジのなかに駆けこんでいきます。

「我々はフレンズの救助に向かわねば」

 シバが言うと、ヒクイドリが頷きました。

「そうだな。ただ、誰かこのロッジを護る必要があるが……」

「じゃあ、私が警備しよう」

 にやりと笑って言ったのは、オオカミです。

「こう見えて、やる時はやるんだ、私。それにこのロッジがなくなったら、執筆に支障が出るからね」

「わかった。お願いする」

 ヒクイドリが軽く頭を下げます。

「じゃ、アタシも救助に行くよ。こっちはひとりでいいからさ」

 トラが軽い口調で言うと、シバが眉をひそめました。

「……それは駄目だ、トラよ。最低でも二人一組で行動するべきだろう」

「なに? 纏まって行動してもムダなだけだってば。それとも、アタシがセルリアンにおくれをとるとでも? 」

「そうは思っていないが……」

「あ、あの!」

 険悪な空気が漂いはじめたところに、割って入った影があります。

「ぼ、ぼ、僕も……、僕も行くよ」

「……アンタは?」

「ぴゅ、ピューマ……。僕も戦える、から。たぶん」

 遠慮がちに目を伏せるピューマを見て、トラは頭を掻きます。

「たぶんって言われても……」

 このまま問答を続けるのは時間の無駄と判断したのか、ひとつ溜息をついて、トラは「わかった」と言いました。

「そうと決まればさっさと行こう、ピューマ。言っとくけど、アンタの身までは護れないからね」

「うん」

 彼女たちとは別方向に、シバとヒクイドリも足を向けます。すっかり息の合ったコンビで、特に話すこともありません。

 最後、ロッジの前に残ったのは、ナマケモノひとりだけでした。激しい戦いなどできない彼女は、ロビーでほかのフレンズを待つことしかできません。

「気をつけてね……キリン」

 遠く空を見上げて、彼女は小さくつぶやきました。

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