無限のしくみ(前)

 緊張を保ったまま、三人は洞穴を出ました。

 すぐ穴の外を警戒しますが、セルリアンの影はありません。

「……これはこれで、逆に恐ろしいものだな」

 シバがつぶやいて、ヒクイドリに目配せします。

 来た時と同じように、ヒクイドリ、キリン、シバの順で進みます。

「それで、名探偵。推理はまだ聞かせてくれぬのか?」

「……それなんだけど。よく考えてみたらこの事件、誰かの仕業のような気がしてきたの。それがわからないことには――」

「なに?」

 先頭を黙って歩いていたヒクイドリが、思わず声を上げました。

「つまり、あのセルリアンを作り出した、誰かがいると?」

 セルリアンを故意に、しかも無限に生み出すことができる誰かがいるとなれば、ハンターにとっては天敵以外の何者でもありません。

 彼女の上ずった声に、あっさりとキリンは頷きました。

「ええ、そうよ。その前に、ひとつ確認したいんだけど」

「……なんだ?」

「このオアシス4で、あんな風にセルリアンが生まれるようになったのは、今回が初めてなのよね?」

「ああ、そうだろう。私たちの着任以前にそんな事件があったなら、必ず聞かされているだろうし……」

「なら、やっぱり誰か犯人がいるのよ」

 確信を持った彼女の口調に、シバはむう、と呻ります。

「誰か――と云うのは、セルリアンか?」

「それはわからないわ」

 言って、キリンは肩を竦めました。

「でも、少なくとも私が知っているセルリアンに、そんなことをできるとは……」

「――まさか、フレンズだと言いたいのか?」

 言ってシバは、それはないか、と自嘲しました。しかし、

「……おい、名探偵?」

 キリンは彼女の言葉に俯き、深刻な顔を浮かべました。

 そう、彼女が考えていたのは、まさにその可能性でした。

 今回セルリアンを生み出したのは、誰かフレンズの仕業ではないか? 自分たちの敵を自ら作るなんて、そんな馬鹿なことがあるとは思えません。しかし……。


 その時、がさり、と前方の草むらが揺れました。即座にヒクイドリが身を沈めます。

「あ」

 その先から身を覗かせたのは、

「トラ? おぬし、トラではないか?」

 シバが真っ先に声を上げました。たしかにその顔は、この砂漠へ来る途中、キリンたちも出会った、あのトラです。

「――しかしおぬしが、何故此処に……?」

「……!」

 シバの怪訝な表情を前にして、トラの顔色がさっと青に変わります。

「あの、トラ? この間は、どうも……」

 キリンがおずおず声をかけると、彼女はなにも言わず身を翻し、あっという間に姿を消してしまいました。

「ちょっと!」

 三人は困って、互いに顔を見合わせます。

「……なあ、キリン。さっき、今回の事件には犯人がいる、と言っていたよな」

 ヒクイドリが顔を上げ、キリンの顔を見つめます。

「え、ええ……。言ったわね」

 そこではっとしたように、シバが彼女の肩を摑みました。

「ヒクイドリ! トラがそんなことをするはずなかろう」

「わかっているさ。わかっているが……」

 眼を逸らしながらも、なお言い募るヒクイドリを見て、シバは首を振ります。

「名探偵、トラはそんな者ではない。我が保証する」

 彼女達の様子を見て、キリンはゆっくり口を開きました。

「とにかく、跡を追いましょう。なんにせよ、どうしてここにいたのかは、聞き出す必要があるわ。セルリアンに足止めされて、トラもそう早くは逃げられないでしょうし」

「……わかった」

 素直にシバは頷いて、三人はトラの跡――つまり、オアシス4の出口に向かいました。


 透明な壁の出口に近づいたころ、トラの後ろ姿が見えてきました。

「トラ! 待ちなさい!」

 キリンが叫んでも、彼女は振り返らず、走っていきます。

 一足先に出口に辿り着き、壁が開いていくのが見えます。開き切るのがもどかしい、とでも言いたげに、トラは隙間に体を押し込むようにして、通路へ入ってしまいました。

「逃がしたか……」

 ヒクイドリが顔に手を当てた時です。

「う、うわあああぁぁ!」

 トラが消えた先から、物凄い叫び声が上がったかと思うと、どたどた、となにか転がるような音が聞こえてきました。

「……なにかしら?」

 首を傾げつつ、駆けていった先。

「あー……」

 キリンは目の前の光景に、納得したように溜息をつきました。

「……ぐぅ」

「うー……」

 三人の前に現れたのは、横になって眠るナマケモノと、彼女に躓き、眼を回しているトラの姿でした。


 白い壁に囲まれた部屋。中には、所狭しとよくわからない装置が置かれています。

「それに触れちゃ駄目ッ」

 トラの声が響き、キリンは伸ばしかけていた手をとめました。

「ご、ごめんなさい!」

「……い、いや。まだこの部屋は、わからないことも多くてね……」

 気まずそうに、トラは眼を逸らします。

 室内をぼんやりと見廻して、ナマケモノは腕を組みました。

「――それで、この部屋の装置を使うと、セルリアンが生み出せるの? ほんとうかなぁ?」

 トラはいたずらっぽい笑みを浮かべます。

「やってみせようか?」

「いや、それはいいけど……。でもセルリアンをわざと作って、どうするの?」

「さあ、それはアタシにもわからない。ただそういう施設がある、というだけさ」

 そう言って、トラは申し訳なさそうに、肩を落としました。

「……でもごめんよ。まさか、あの穴の中に誰かいるなんて、思いもしなかったんだ……。オアシスの前でナマケモノが寝てて、すこし妙だとは思ったけど……」

「まあ、誰も被害にはあっていないから、別に気にしていないよ」

 ヒクイドリが彼女を慰めました。

 ありがとう、と言って、トラは首を傾げます。

「……でも、どうやってセルリアンを追い返したんだい? その――名探偵さん」

 その問を聞いて、キリンはぴくりと耳を動かしました。

「そうだな、我もそれが気になる」

「私もだ」

 ぴくぴくっと動く耳。

 ナマケモノの方を見ると、彼女はなにも言いませんでしたが、興味深そうにキリンの顔を見ています。

「そうね、追い返した方法は簡単だけど……。でもそれを説明するには、あの穴からセルリアンが出てくるしくみを説明する必要があるわ」

 こほん、と咳払いし、キリンはマフラーを整えます。

「すこし長い話になるわ。座って話しましょう」


「セルリアンはどうやって生まれるか、それはみんな知っているわよね?」

 キリンの問いに、一同は軽く頷きます。

「そう、サンドスターが、けものではない、に当たった時、セルリアンが生まれる、と言われているわよね。つまり、無限にセルリアンが生まれるなら、無限にその反応が起きていた、としか考えられないわ」

「無限に……」

 ナマケモノがつぶやきます。

「そう。それがつまりは、人為的に起こされていた、ということなんだけど……。まあ、トラはその辺、全部知っていそうだけどね」

 視線を向けられて、トラは曖昧に頷きました。彼女は両手をキリンに向け、

「……説明はアンタに譲るよ」

「ありがとう。シバ、ヒクイドリ、あの洞穴の壁に、小さな横穴が開いていたでしょう? 私があれを覗いた時、なにが見えたと思う?」

 その問に、シバは腕を組んで考え、やがてぽんと手を打ちました。

「成程――サンドスターか」

「その通り」

 微笑んでキリンは頷きます。ひとり蚊帳の外のヒクイドリが慌てて、

「ま、待ってくれ。どういうことだ?」

「つまりあの横穴はね、サンドスターが噴き出てくる穴なのよ。サンドスターが無限に供給されていたの。だからセルリアンを作るには、もう片方を用意すればいい。それが――」

 キリンは小さな銀色の球を取り出しました。ヒクイドリが眉をひそめます。

「それは……?」

「あの洞穴の奥に落ちていたものよ。詳しいしくみはわからないけど、あの穴に、この球を延々と吐き出す仕組みを作れば……」

「――セルリアンが無限に出てくる、というわけさ。この部屋は、サンドスターとその球、それぞれの制御をするための設備ってわけ。それもずっと停止してたんだけどね」

 トラの言葉に、シバが驚いた表情で問いつめます。

「おぬし、知っていたのか……?」

「まあね。アンタたちが来るずっと前、アタシが勝手に片付けたことだから、ハンターが知らないのも無理はないけど」

 ひらひらと手を振り、トラは続けました。

「……だからまた同じ騒ぎが起きてるって聞いて驚いたよ。とりあえずセルリアンを一箇所に集めようと思って、サンドスターを出す装置を稼働させたんだけど……」

「それで、あの洞穴内に集まってきたのか……」

 ヒクイドリが苦い顔をしてつぶやきました。ごめんよ、とまたトラが謝ります。

「だからまあ、解決するのは簡単だったのよ。あの穴を塞げばいいんだもの」

 言って、キリンは自分のマフラーを引っ張ってみせました。彼女は丸めたマフラーをぐるぐるに丸め、あの穴につめこみ、噴き出るサンドスターを止めたのです。

 セルリアンはフレンズやサンドスターを追いかけますが、それ以外にも、光を追う性質があることを、キリンは知っていました。あの時、噴き出るサンドスターが止まり、目指す相手を見失ったセルリアンたちは、洞穴の入口から射しこむ明かりに魅かれて、自分から出て行ったのでした。

「なるほどね……そうやったのか」

 トラが感心してつぶやきました。

「――いや、でもまだ謎はあるよ。どうして停止させたはずの施設がまた動きはじめたのか? その球――」

 キリンが持っている銀の球を指差し、

「それはもう出ないように、アタシがちゃんと細工しておいたはずなんだ。セルリアンが生まれるなんて、あるはずがない。といってもまあ……、すぐには解決しない謎だろうけど……」

「だが、それをはっきりさせねば、ほかの皆に安心してこのオアシスを使ってもらうことができぬ」

「それはしばらく我慢してもらって……」

「しかし……」

 場は重い空気に包まれます。根本的な原因がわからないことには、オアシス4は使えないままになってしまい、水の少ない砂漠地方では、たいへん困ったことになります。

 ですがどうしたことか、キリンの口には笑みが浮かんでいました。

「……どうしたの?」

 事の深刻さを理解していないのでは、と不安に思ったナマケモノが訊ねると、彼女はふっふ~ん、と腰に手を当てました。どうしたんだろう、と四人は彼女を見つめます。

 四人分の視線を受け止め、キリンは胸をどんと叩きました。

「安心なさい。その謎も、すでに私が解いているわ!」

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