押し寄せる敵

 シバとキリンがやって来た時には、すでに戦闘は始まっていました。

 狭い穴が広くなる場所にヒクイドリが陣取り、一体一体出てくるセルリアンを、律動的に蹴り飛ばしています。

「ヒクイドリ!」

「おお、シバ。この通りだ」

 その声には、まだ若干の余裕がありました。安堵の息を吐いて、シバがキリンを岩陰に連れて行きます。

「――ここで見守っていてくれ。敵の勢いが止まらぬ場合、我々に合わせて後退してくれ」

「わかったわ」

 キリンが真剣な顔で頷くのを見、シバはふっと微笑みました。

「では行ってくる」

「気をつけてね」

 ヒクイドリの加勢に向かう直前、シバは眉間に皺を寄せ、小さくつぶやきました。

「……これもまた、我が導きなりや?」

「?」

 言葉の意味がわからず、キリンは首を傾げます。


「ヒクイドリ、大丈夫か?」

「ああ、見ての通りだ。意外といける」

 数が多いとはいえ、それぞれが強いわけではなく、道幅の都合、一体ずつしか出てこられないわけですから、ヒクイドリのキックが充分間に合います。

 セルリアンを蹴り、蹴り、蹴り、蹴り……。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 倒しても倒しても、次から次へと出てくるセルリアンたちを見て、ヒクイドリは顔を歪めました。もう十数体は倒したというのに、まったく先は見えません。

「変わろう。お主はすこし休め」

 彼女の疲労を見て取ったシバが、ヒクイドリの前に出ました。

 手にした武器を振るい、これまたテンポよくセルリアンを処理していきます。

「ああ、すまない」

 いつの間にか息が切れていることに気づき、ヒクイドリは流れる汗を拭います。そして洞穴内を見廻し、溜息をつきました。

「…………」

 一つひとつは簡単でも、終わりが見えない作業は、想像以上に精神を疲弊させます。おまけに、この閉塞感のある洞穴内では、つい集中力が途切れてしまいそうでした。

 シバが淡々と倒していく光景を見て、彼女は「すごいな、シバは……」と口の中でつぶやきました。

「シバ、そろそろ変わろう」

「すまぬ」

 再び交代し、押し寄せてくる敵を蹴り飛ばします。


「――あっ」

 ヒクイドリの声を聞き、壁にもたれかかって休んでいたシバは、はっと顔を上げました。

 セルリアンの上にセルリアンが乗るようにして、一度に二体が飛び出て来たのです。どちらを倒すべきか、とヒクイドリが一瞬悩んだ間隙を突き、三体、四体と数を増やします。

「――ヒクイドリッ!」

 シバが大地を蹴り、背後から彼女を襲おうとしていたセルリアンを、一刀のもとに消滅させます。そのまま二体、三体と蹴散らしますが、しかし一度決壊した前線は、もう修復できません。

「すまない、シバ――」

「いいから退くぞ! キリンも!」

 叫びを聞いて、ふたりの邪魔にならないよう、キリンは奥に向かって駆けて行きました。

「くっ……」

 道幅が広くなったせいで、前から横から、セルリアンが同時に襲ってくるようになりました。シバとヒクイドリは並んで応戦し、互いの隙をカバーし合いますが、いかんせん多勢に無勢。じりじりと、後退を余儀なくされます。

「何体、いるんだ、こいつ、ら……」

 ヒクイドリが肩で息をしながら悪態をつきます。

 押し寄せるセルリアンは、通路内を緑色に染めていき、まったく限りが見えません。何十体もの足音が反響し、轟音となって耳を突き抜けていきます。

「ふ、まだまだ……!」

 顔を歪めながらも、シバは不敵な笑みを浮かべました。

「どうだ、ヒクイドリ。これだけのセルリアンを倒せば、本部も我らを認めるのではないか?」

「……まあ、信じてくれるとは思えないけ、ど!」

 ヒクイドリもつられて笑い、三体をまとめて蹴り上げます。美事みごと、とシバが口元を吊り上げました。


「ど、どうしようどうしよう……。協力するなんて言っちゃったけど、あんなの……」

 再び洞穴の最奥へ逃げてきたキリンは、頭を抱えていました。

 とにかく数が多すぎます。いくらハンターといえども、あれをたったふたりで倒しきれるとは思えません。自分が加勢したところで……。

「い、いえ、私が信じないでどうするのよ!」

 自分を叱咤しながらも、キリンの頭には、ひとつ引っ掛かっていることがありました。

「――でも、どうしてセルリアンが……?」

 急にセルリアンがこの洞穴に押し寄せてきたのは、なぜなのか。

 たしかにセルリアンは、フレンズの存在を察知すると、食べようと近寄ってくるものです。しかし地上から洞穴の奥まではかなり距離があり、察知されるとは思えません。

「じゃあ、跡を追って……?」

 つぶやいて、いいえ、と首を振ります。

 キリンたちの跡を追ってきたセルリアンがいたとしても、それは一体二体に過ぎないはず。後から後からやって来るとは考えられません。

「だとすれば、別に原因が? それを突き止めれば……」

 もうキリンたちが見つかっている以上、帰ってくれるとは思えませんが、これ以上やって来るのは防げるでしょう。

 ――そうよキリン! 今こそ名探偵の出番じゃないの!

 頬を叩き、キリンは考えます。

 洞穴内にあったもの、観察したもの、気づいたこと。

 この洞穴は普通の穴じゃなかったはず。


 ――そう、それが理由ではないかしら?


 無限にセルリアンが出てくる洞穴。

 その仕組みは……。


「うっ」

 シバの腕が、どぷり、とセルリアンの内部に取りこまれます。

「駄目だ!」

 叫んで、ヒクイドリが彼女に取りついている個体を、無理やり蹴り上げました。

「す、すまぬ」

「礼なんていいから!」

 ふたりは後退を続け、何体もの敵を倒し、しかし果ては見えません。

 通路がまた広くなり、見渡す限りセルリアンが地面を覆っています。

「……これは」

 思わずシバは苦笑を漏らしました。

「笑えてくる、な」

 連綿と続いてきたハンターの歴史上、こんな光景を見たのは何人いるだろう、と益体のない想像を膨らまし、ふっと笑います。

「余裕だな、シバ」

 ヒクイドリが横目に彼女を窺い、つぶやきました。

「いや、いや。余裕などないとも。だが……」

「だが?」

「おぬしと共に討ち死にできるなら、それも悪くはない、と思ってな」

「……どういう意味だ?」

 ヒクイドリは首を傾げ、すこし考えて、「いや、それは駄目だろう」と真剣な口調で言いました。

「駄目か? 何故なにゆえ?」

「名探偵を見捨てるわけには、いかないだろう」

 シバは目を丸くして、戦闘の最中だというのに、まじまじとヒクイドリを見つめてしまいます。

「……なにか?」

「いや、まあ……。何でもない。そうだな、ここで倒れては、彼女に申し訳がたたぬな」

 彼女は武器を構え直し、セルリアンの方に視線を向けます。

 そこで、異変に気づきました。

「む? ヒクイドリ、これは……」

「あ、ああ……」

 ヒクイドリも困惑して、首を捻ります。

「勢いが、弱まっている……?」

 波のように押し寄せてきていたセルリアンは、なぜかその歩調を緩め、まったく統制のとれていない動きになっていました。勿論、目の前にいる個体は、彼女達を狙ってきているのですが、奥の方はめちゃくちゃで、通路を帰っていくものまでいます。

 不思議に思いつつ、手際よくを倒していくと、地面を埋め尽くさんばかりだったセルリアンは、あっという間にその数を減らしていきました。


「はッ!」

 気合と共に、ヒクイドリが最後の一体を倒すと、洞穴内はしんと静まり返りました。

 彼女は呆然とつぶやきました。

「……終わった、のか?」

「全部倒したわけではないはずだが……」

 シバが腕を組みつつ、ふう、と腰を下ろします。随分長い間戦っていた気がしますが、恐らくそれほどではないでしょう。

「あ、ふたりとも! 大丈夫だった?」

 奥から足音が近づいてきて、キリンが顔を覗かせました。

「お蔭様で、なんとかな。突然セルリアンの勢いが収まって……」

 ヒクイドリが肩を竦めてみせると、よかったあ、と彼女は胸を撫でおろしました。しかしその姿を見て、シバは眉根を寄せました。

「名探偵、マフラーはどうしたのだ?」

 キリンのトレードマークである長いマフラーを、彼女は付けていません。

「ああ、ちょっとね……」

「――もしかして、お主、なにかしたのか?」

 シバに問われ、キリンは曖昧な笑みを浮かべました。

「まあ、その、たぶん……」

「たぶん?」

 キリンは、「まあ、あくまでたぶん、の話よ」と前置きして、口を開きました。

「私、この洞穴から、無限にセルリアンが出てくる理由がわかったのよ。それと突然セルリアンがやって来た理由も……」

 シバとヒクイドリは驚いて、彼女の顔を見つめました。

「ほ、ほんとうか?」

「うん……。で、でもまあ、とりあえずここを出ましょう? 私のマフラーを回収してから……」

 そう言ったキリンの顔は、暗がりに隠れて、興奮ですこし赤らんでいました。

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