孤独な現場検証(後)

 ふたり分の足音が、洞穴内に反響していました。

「ここ、本当に大丈夫かしら……」

 進むにしたがって、中はどんどん暗くなっていきます。キリンは背後を振り返りましたが、入口の光は、もうほとんど見えませんでした。

 やがて僅かな明かりもなくなり、真っ暗になろうかというところで、

「――あれ?」

 突然、洞穴内が明るくなりました。

「なんだ?」

 ヒクイドリも不思議そうに、きょろきょろと辺りを見廻します。

 ふたりが立ち止まっていると、穴の奥から、シバの声がしました。

「おい、まだ来ぬのか?」

「あ、いま向かってるわ! もうすぐだと思う!」

 そう返事をして、キリンはまた、歩を進めました。


 入口はぎりぎり通れる程度の広さでしたが、奥に行くと、突然広くなっている場所がありました。幅も高さも広くなり、ふたりが並んで歩くことができます。

 それと同時に、見慣れないものが転がっているようになりました。道の隅っこになにかが積み上げられていたり、ところどころ、光を放つ装置が置かれているのです。洞穴内が明るかったのは、これのお蔭のようです。

「うーん……」

「ほら、先にシバのところまで行こう」

 思わず虫メガネを取り出し、一つひとつ観察しそうになったキリンを、ヒクイドリが引っ張っていきました。

 すぐに洞穴の突き当りが見えてきました。シバがその前で手を振っています。

「おお、来たか。ふたりとも」

「中で危険はなかったか、シバ?」

「問題ない。セルリアンとも出会わなんだ」

 シバはそう言って、腕を組みました。

「……しかし。この穴は如何にも奇怪である」

「たしかに、ただの洞穴ってわけじゃなさそうだけど……」

 キリンが岩壁に手を触れつつ、頷きました。

「ということは、お主にもわからぬのか?」

「わからないというか、こんなの見たこともないし……」

 ごにょごにょとキリンはつぶやき、まあとりあえず、と思って虫メガネを取り出しました。

「セルリアンの気配はないな……。いったいどういうことなんだろうか」

「わからぬな。中に入ってみれば、多少なりとも解決の糸口になると思うたのだが」

 ふたりの会話を背に聞きつつ、キリンは壁に張りつくようにして、慎重に手掛かりを捜します。といっても、なにを捜せばいいのかもわからないのですが……。

「……あら?」

 突き当りの壁際を調べている時、地面に何か光るものが落ちているのが見えました。屈んで拾い上げると、それは銀色に輝く、小さい球のようでした。

 虫メガネを通してみても、とくにそれ以上のことはわかりません。

 キリンは首を傾げ、その球を元の場所に置き、ふと視線を上へ向けました。

「!」

 途端、彼女は思い切り背伸びをして、目を細めました。

 洞穴の突き当り、その壁の上部に、小さな横穴が開いています。明かりの陰になって、遠くからは見えなかったようです。

「むむ~」

 しかし随分高いところにある穴で、背の高いキリンが思い切り背伸びをしても、まったく内部の様子はわかりませんでした。

「どうした、名探偵?」

 シバがその様子を見て、近寄ってきました。

「ああ、シバ。あの上に穴があるみたいなんだけど、高くてよく見えないのよ」

 ほら、と指差してみせます。ほう、とシバが額に手を翳しました。

「私の首が前みたいに長ければ……」

 自分の身体について嘆いても仕方ないので、ひとまずあれを調べるのは後回しにしようかな、とキリンが思っていると、腕を組んだシバがつぶやきました。

「……あの中を見たいのか?」

「え? ええ、まあ、手掛かりになるかはわからないけど……」

「そうか、わかった。おーい、ヒクイドリ! すこし来てくれ」

 呼ばれてやって来たヒクイドリに、シバは事情を説明しました。

「なるほど。それで、私はどうすれば良い?」

 ヒクイドリが言うと、シバは穴の真下まで行き、壁に両手を付いて、軽く腰を曲げてみせました。

「……我が一番下となる」

「わかった」

 ふたりが当然のように会話するのを見て、キリンは困惑して訊ねます。

「え、どういうこと?」 

 ヒクイドリはそれには答えず、シバの背の上に、器用に昇って行き、彼女同様、壁に手を付きました。そうしてから、

「私たちの上に乗れ。ちょうど穴が見えるだろう」

「え? いや、それは……」

 たしかにシバ、そしてヒクイドリの背に上がれば、高いところにある穴の中も、観察することができそうです。しかし……。

「でもそれ、シバがかなり大変なんじゃ……」

 つぶやくと、「なに、心配は無用なり」とシバが答えます。

「フレンズふたり位、なんの問題にもならぬ。それにいまは、セルリアンの謎を解く方が先である。構わず行け、名探偵」

「わ、私も大丈夫だ。迷ってないで行くといい」

 そう言われては、キリンも断れません。

「じゃ、じゃあちょっと失礼するわね……」

 さっと昇ってさっと降りようと思い、やや苦労しながら、ふたりの身体を昇ります。ヒクイドリの背に立つと、ちょうど目の前に横穴が続いていました。ヒクイドリはすこし顔を上げて、

「どうだ、なにか見えるか?」

「えっと……」

 キリンが覗きこむと、穴の奥、きらりと輝くものが見えました。

「――これ」


 彼女がつぶやいた瞬間です。

 洞穴の入口の方から、不思議な音が響いてきました。

 なにかしら、とキリンが思っていると、ヒクイドリが血相を変え、叫び声を上げました。

「シバ!」

「わかっている! ……すまぬが名探偵、降りてもらっても良いか?」

「え、ええ。構わないけれど」

 事情はわかりませんが、とにかく地面に降ります。続いてヒクイドリが飛び下り、シバと顔を突き合わせ、深刻な顔でなにか話しはじめました。

「あのー……」

 話しかけていいものか逡巡していると、ふたりは互いに頷きあい、ヒクイドリが入口の方へ駆けていきます。シバはこの場に残り、キリンに話しかけてきました。

「すまぬな、名探偵。すこしここで待っていてもらえるだろうか?」

「それはいいけど、事情を説明してくれないかしら」

「……先ほどの音、お主も聞いただろう?」

 ええ、とキリンは頷きます。

「あれはセルリアンの足音だ」

「え⁉」

 キリンは顔色を変え、ヒクイドリが駆けて行った方を見つめます。

「あれだけの足音となると、大群と見て間違いあるまい。オアシスにいた奴等が、洞穴に雪崩れ込んできた可能性がある」

「そ、それ、それって……」

 あわわわ、とパニックに陥ったキリンの両肩を、シバはがっしりと摑みました。

「どうか落ち着いてほしい。大丈夫、ハンターの誇りに懸け、お主の安全は保障する。……どうか信じてはもらえまいか」

 彼女の落ち着いた口ぶりを聞いて、キリンも平静を取り戻しました。

「わ、わかったわ。……私も協力する」

 胸に手を当てて言うと、シバはふっと微笑みを浮かべました。

「いざとなれば助力を請うかも知れぬ。だが、ひとまずは我らに任せて欲しい。我とヒクイドリは、狭い通路でセルリアンを迎え撃つつもりである。お主にはここで待っていて欲しい……頼む」

 それだけ言って、駆け出していこうとする彼女の裾を、咄嗟にキリンは握ります。

「ま、待って。私も行くわ」

「駄目だ。護衛対象を危険に晒すわけにはゆかぬ」

 首を振るシバに、キリンは片目を瞑って見せました。

「ここに残る方が心配でどうにかなっちゃうわ。後ろから見守るだけにするから……」

 彼女の必死な視線を見て、悩みかけたシバですが、今は一刻も惜しいと思ったのか、すぐ首を縦に振りました。

「――わかった。行こう、名探偵」

 ふたりの行く先、セルリアンの足音は、ますます大きくなっていきます。

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