孤独な現場検証(中)
襲いかかってくるセルリアンを倒し、茂みを抜けた先に、その洞穴はありました。泉にほど近い大地に、ぽっかりと穴が開いています。ほとんど縦穴に近く、急な傾斜が、地下に続いているようです。大きさは、フレンズひとりがぎりぎり通れるくらい。
「むむむ……」
虫メガネを通して観察しますが、中は暗く、一メートルほど先までしか見えません。
「気をつけて。いつセルリアンが飛び出てくるかわからない」
「え、ええ……」
頷いて、おっかなびっくり、キリンは穴に手を入れてみました。
冷たい空気が、指先を撫でていきます。
「この穴、奥まで続いているみたいね……」
「入るか?」
シバが訊ねると、キリンは首を振って答えました。
「まあ、入れるのならそれが早いでしょうけど、危険だと思うわ。わざわざそんなことをしなくても――」
「いや、解決するためには一度入らねばならぬと、ヒクイドリとも話していたところなのだ。――む」
シバが武器を振るい、穴から頭を覗かせたセルリアンを、即座に仕留めました。
「うわぁ!」
遅れてキリンが驚き、ヒクイドリの背に隠れます。
洞穴を覗きこんで、シバが息を吐きました。
「大丈夫だ。この程度、物の数ではない」
「……本当に入る気?」
「うむ。とりあえず我が先に行く。安全が確認できたら声をかける」
そう言って、キリンが止める間もなく、シバはすたすたと洞穴に足を踏み入れてしまいました。
「だ、大丈夫かしら……」
キリンが不安そうにつぶやきます。
「まだ入って一分も経っていないが」
「でも……」
「心配しなくても、シバなら大丈夫だ。キリンも見ただろう? 彼女の落ち着きっぷりを」
そう言ってヒクイドリは、茂みを揺らし近寄ってきたセルリアンを蹴り飛ばしました。相手は破裂し、一瞬で消滅します。
目覚ましい働きの割に、彼女の表情には憂鬱の色がありました。
「……ねえ、すこし訊いていいかしら?」
キリンが言うと、ヒクイドリは片眉を上げました。
「なんだ?」
「その、どうして、ヒクイドリはハンターになったの?」
「……それは、この事件の解決に必要な情報なのか?」
「いえ、そういうわけじゃないけど、すこし気になって……」
「…………」
ヒクイドリは眉根を寄せて、しばらく沈黙した後、口を開きました。
「別に、大した話じゃない。私がセルリアンを倒すところを、たまたまシバに目撃されてね。一緒にハンターになりに行こう、と誘われたから、それに乗っただけのことだ」
彼女は周囲を見廻し、肩を竦めます。
「見ての通り、私のキックは強力だからね」
「なら、なにを悩んでいるの?」
キリンが言うと、ヒクイドリは驚いたように、目を丸くしました。
「……悩んでいる? 私が?」
「だって、セルリアンを倒すたびに、なんだか辛そうな顔をしているじゃない」
「そ、そうなのか?」
キリンは深く頷いて、ヒクイドリをびしりと指差します。
「名探偵の観察眼を、甘く見ないことね!」
「――それは」
「まあ、言いたくないなら、別にいいんだけど?」
「…………」
彼女が黙ってしまったので、キリンは洞穴に近づき、また穴を覗きました。シバの声はまだしません。すこし不安になってくる頃合です。もしかすると、中でセルリアンに囲まれているのかも。
「……別に、悩みというほどのものじゃないんだ」
ふいに、ヒクイドリが口を開きました。キリンはなにも言わず、彼女の言葉に耳を傾けます。
「ただ……。シバが言っていただろう? 私は元々臆病な性格だ、と。それは真実なんだ。私は小心者だし、できれば戦いたくはない。でも、この脚がな……」
彼女は視線を落とし、自分の脚を軽く叩きました。
「この脚は強すぎる。というよりも……危険すぎる。たまたまぶつかった誰かに怪我を負わせてしまうほどにだ。だから――、すこしでも良い方に役立てようと思って、シバの誘いに乗った。けれど、セルリアンを倒せば倒すほど、自分の力を思い知っていくようで、なんだか奇妙な気分になる……。それだけだ」
語り終え、ふっとヒクイドリが顔を上げると、いつの間にかキリンが目の前まで近づいていて、彼女の両手を取りました。
「わかるわ、ヒクイドリ!」
「うぉっ⁉」
「私もそう……。名探偵として、自分の推理力が恐くなることがあるもの! その悩み、わかるわぁ~」
「……そ、そうか」
ヒクイドリは曖昧に頷きました。
「ところであなた、誰かフレンズに怪我をさせたことがあるの?」
ふとキリンは真剣な顔になって、首を傾げました。
「え……、どうして?」
「いえ、確かに私は自分の推理力が恐くなるけど、的中率はあまり高くないから」
「それはそれでどうなんだ……」
そう言って、ヒクイドリは苦笑しました。
「いや、幸いにも、まだ怪我をさせてしまったことはない」
「え、そうなの?」
キリンは瞬きしました。
「――それなら、そう悩むこともないと思うけど……」
「え?」
今度はヒクイドリが瞬きして、キリンの顔を見つめます。
「だってそうでしょう? 私の推理は当たることがあるから、恐くもなるけど……。でもヒクイドリはまだなにもないじゃない。勿論、気をつける必要はあるかもしれないけど、悩むのはまだ早いような……」
心底不思議そうな口調を聞いて、ヒクイドリは腕を組みました。
「う~ん、しかしだな――」
「それにヒクイドリ、ハンターやるの楽しそうじゃない」
キリンは思い出したようにつぶやきました。
「楽しそう? 私が?」
ヒクイドリが自分を指差して、首を傾げます。そうそう、とキリンが頷きました。
「……いや、名探偵。さっき『辛そう』と言っていなかったか?」
「確かにセルリアンを倒したときは顔を顰めてたけど……、でもシバと話している時とか、あたりを警戒してる時とか、随分楽しそうだったわ!」
キリンが自身ありげに声を上げました。
しばらく考えた後、ヒクイドリはすこし笑って訊ねます。
「――それも名探偵の観察眼?」
「もっちろん!」
キリンは堂々と、胸を張って答えます。
「…………」
ヒクイドリがなにを言ったものか、と思案していると、
「下は大丈夫だ! 入ってきても良いぞ!」
穴から反響した声が届きました。シバの声です。どうやら、中の安全は確保されたようです。
「じゃあ、行きましょうか」
「ああ」
キリンとヒクイドリは顔を見合わせ、順番に洞穴に入って行きました。
暗い穴の中へ……。
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