孤独な現場検証(前)
シバ、ヒクイドリ、ナマケモノ、キリンの順で、白い壁に囲まれた、細い通路を下っていきます。最後尾のキリンは、いつセルリアンが出てくるか、おっかなびっくりの足取りでした。
ふと振り返ったナマケモノは、そっと耳打ちしました。
「……前にはハンターがいるし、だいじょうぶだって」
「で、でもぉ……」
「それにキリンだって、けっこう強いじゃない」
「ううう……」
いざとなればマフラーを振り回し、キックをお見舞いするつもりではありますが、積極的にセルリアンと闘いたい、とは思えないキリンでした。
「さあ、もう到着するぞ」
ヒクイドリが言って、ふたりを振り返ります。
通路の先から光が届いています。どうやら、先ほどは下に見えていた場所まで――つまり本当の地面の高さに、下りてきたようです。
眼下に望んでいた風景が、今は目線の高さに見えました。
「って、普通に開いてるじゃない!」
キリンは思わず叫び声を上げました。自分たちが通ってきた通路と、オアシスの間には、何の仕切りもないように見えたのです。
シバが大丈夫だ、とキリンの肩を叩きました。
「いや、いや。我らも最初はそう思ったのだが……」
そう言って、通路とオアシスの間に歩いて行きます。キリンは右腕を伸ばし、
「ちょっと、危ないんじゃ……」
「それがな、ちゃんと仕切りはあるのだ」
シバは、こんこん、と透明な壁を叩きます。
「「……え?」」
キリンとナマケモノの声が重なりました。
ふたりが呆然と見つめる前で、ヒクイドリが口を開きます。
「そう……。向こう側が見える、なにもないように見える、だが、確実になにかある。遺跡には、そういうものもあるらしい。そのうえ、かなり丈夫に出来ている」
ほら、とシバが手招きして、キリンは恐る恐る、それに手を触れました。
「……本当だ。壁がある……」
「……びっくり」
ナマケモノも興味深そうに、その壁を観察しました。たしかに、なにもないようで、なにかがあります。自分が知っているもので一番近いのは、水――でしょうか。
「まあ、こんなものは、今回の事件には関係がないのだがな」
シバがぱんと手を打ちます。
「それでどうだ、名探偵よ。なんだったら、泉と洞穴も見ていくか?」
「え、でもセルリアンが……」
キリンがオアシスの方を指差して言いました。壁の向こうのセルリアンは、まだこちらには気づいていないようです。
「我とヒクイドリが護衛すれば、ひとりぐらいなら、安全に行かせることが可能だ。名探偵としては、現場を観察したいのではないか?」
シバが「な」と目線を送ると、ヒクイドリも無言で首肯しました。新米ハンターと言う割に、実力には自信があるようです。
「まあ、勿論見ないことには、なにも言えないけど……」
「では行くか? セルリアンが集まってしまう故、順番にひとりずつ、という訳にはゆかぬが……」
キリンとナマケモノは顔を見合わせました。
「……キリン、行ってきたら?」
それを聞くと、キリンは驚いたように首を振りました。
「いや、ナマケモノの方が私よりも――」
「でも、ほら。いつかひとりで全部解決するって、言ってたじゃない」
「それはいつかの話で……」
「…………」
「……ナマケモノ?」
「……ぐぅ」
「え、ここで寝る? ちょっと?」
キリンはナマケモノの身体を揺すりましたが、一向に起きる気配はありません。彼女は苦笑して、
「じゃあ、私が行くわ。シバ、ヒクイドリ、頼めるかしら?」
「ああ。任せておき給え」
シバが壁に手を触れると、がちゃり、と何かが外れるような音がして、透明の壁が開きました。キリンたち三人が中に入ると、また壁が閉まります。
「では行くか。ヒクイドリ、前を頼む」
「了解した」
ヒクイドリを先頭に、キリン、シバの順で、オアシスを歩いて行きます。
いくら護衛がいるとはいえ、キリンもぴりぴりと周囲を警戒します。ふと見上げると、遠くに天井と、白く光るものが、等間隔で並んでいるのが見えました。太陽ではないようだけれど、あれはなんだろう……。キリンがなんとなく、そう考えていた時です。
「――!」
「ひゃぁ!」
脇の草が、がさりと揺れたかと思うと、突如セルリアンが飛び出してきました。キリンが小さく悲鳴を上げます。
しかしそれは、
「あ」
ヒクイドリが、歩こうと踏み出した足にたまたま激突し。
破裂するようにして、消滅しました。
「え……」
キリンが驚愕の眼差しで、ヒクイドリを見つめます。
「あー……」
恥ずかしそうに、ヒクイドリは頬を掻いて、そっぽを向いてしまいました。
足に激突したとは言え、彼女はただ歩いていただけです。セルリアンの弱点である石にぶつかったのでもなく、ただ当たっただけ。
「ふふ、見たか?」
シバがくっくと笑います。
「ヒクイドリの脚力……恐るべきものであろう? あれをかわれて、彼女はハンターに勧誘されたのだ。単純な破壊力では、トップ・ハンターにも及ぶと云われておる」
「ええ、すごいわ……」
感心して、そう呟きました。
キリンもキック力には自信がありましたが、ヒクイドリのそれと比べると月とスッポンです。
「ほら、話してないで、早く行くぞ」
ヒクイドリはそっぽを向いたまま、ふたりを急かしました。
「ああ、今行く」
シバはそう返事をして、キリンにそっと囁きます。
「……ただ、何故かはわからぬのだが、彼女はそれを厭うてもいるようなのだ。本人の前で、あまりその話はせんでくれ」
「? ……わかったわ」
そう頷いたものの、キリンには、その理由はさっぱりわかりませんでした。あれほどの力を持っていれば、堂々誇っても良さそうなものなのに……。
ヒクイドリが前からの敵を、シバが後ろと横からの敵を、見事に分担して倒していきます。特に足止めをくらうこともなく、キリンは泉に到着しました。
「う~ん……」
虫メガネを取り出し、地を這うように、つぶさに観察しますが、異常があるようには見えません。オアシス3で見た泉と同じです。
淵から見ていてもこれ以上はわからないな、と判断して、彼女は泉にざぶざぶと入って行きました。キリンの突然の行動に、泉の周りを警護していたふたりが、驚いた表情を浮かべました。
泉の底を撫でるように、キリンは丹念に調べていきます。
「……?」
すると、端の方に、小さな穴が開いているのが見えました。人差し指ほどの、細い穴です。
首を傾げて、キリンが指を入れてみますが、底にはつかず、魚の巣のようでもありません。泉の湧き出ている場所でもないようでした。
「……駄目だわ」
しばらく考えて、キリンはつぶやきました。自分では何一つ思いつきません。あるいはナマケモノなら、なにかわかるのかもしれませんが……。
首を振って、そんな考えを頭から追い出します。
いつまでもナマケモノに頼っているのでは駄目だ、と自分自身を叱咤し、キリンは顔を上げました。
「シバ、ヒクイドリ、次は洞穴を案内してくれるかしら?」
そう言って、両頬をぱんと叩きました。
キリンの奇行を見て、ハンターふたりは顔を見合わせ、互いに肩を竦めます。それとも、名探偵というのはそういうものなのだろうか……? と、ふたりは思いました。
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