オアシス4
しばらく歩いていくと、いつの間にか景色が一変していました。
ひび割れた大地は、明るいオレンジ色の砂っぽい地面に。所々には背の低い樹が生え、枯草かと思うような色合いの、草の塊がそこかしこに転がっています。
「ここも砂漠なの?」
キリンが不思議に思って訊ねると、ヒクイドリが無言で頷きました。
「へえ……、砂漠って色々あるのね」
「見えてきたぞ」
感心していると、シバが進行方向を指差しました。
「あれがオアシス4だ」
キリンとナマケモノが眼を凝らすと、遠くの方に大きな白い建物が見えました。
「……ほんとうに、あそこ?」
ナマケモノの問いに、ヒクイドリが答えました。
「うん。まあ、一見しただけでは、オアシスとは思えないだろう。オアシス4は、あの建物の中にあるんだ」
「建物の中?」
ふたりの疑わしそうな視線を向けられて、ヒクイドリは声を高くします。
「本当だ! 見ればわかる。ただ、今は……」
彼女の落ち込んだ言葉に、キリンとナマケモノも事情を思い出しました。
「ああ……」
話が真実なら、今頃あの中は、セルリアンで溢れているはずです。
近づいていくと、確かに背の低い囲いが、建物の周りを囲んでいました。
木製の杭が等間隔で立てられ、その間を紐のようなもので、繋いであるだけです。
「随分適当なつくりね……。これならいくらでも……」
キリンがそう言って囲いに触れようとすると、
「駄目だ! キリン!」
「え? ちょ、ちょっと」
シバに後ろから羽交い絞めにされ、キリンはばたばたと暴れます。
「どうしたの、急に……」
目を丸くして訊ねると、息を切らせて、シバが答えました。
「この囲い――というかこの紐みたいなものはな、触ると即怪我をしてしまう、危険な代物なのだ」
「……危険? これが?」
ナマケモノが、しげしげと囲いを眺めます。
「あぁ、たしかに棘みたいなものが付いてる……」
「大したことなさそうだろう? だが、それは見た目だけの話。飛び越えようとして引っ掛かるだけでも、大変なことになるのだ。お主ら、絶対に触れぬようにな」
「ふ~ん……」
キリンは疑いの眼差しでその囲いを観察しましたが、言われたほど危険なものには見えませんでした。とはいえ、シバが嘘をつくとも思えず、触れるのはやめておくことにしました。
「入るには手順があるんだ。随いてきてくれ」
ヒクイドリがそう言って、ふたりを先導していきます。
周りをぐるりと回っていくと、囲いの途切れている部分がありました。囲いが内側に折れていき、一人くらいなら通れる幅の通路になっています。通路はそのまま、白い建物の玄関へ続いています。
「あれ? セルリアンは? この囲いの中にいるんじゃないの?」
キリンがつぶやくと、シバが首を振りました。
「いや、そうではない。あの建物の中には、外があるのだ」
「……? どういうこと?」
「まあ、見ればわかるだろう」
一同が白い建物の玄関に近づくと、扉がひとりでに動きはじめ、キリンはひっくり返りました。
「え、え? 誰かいるの?」
慌てて周囲を見廻しましたが、四人以外には誰の影もありません。
「……ふしぎだなぁ」
ナマケモノも、キリンほどではないにせよ、驚いた様子で扉を観察します。
「うむ。我らもよくわからぬのだが、ここはそういう施設らしい」
シバとヒクイドリは躊躇いなく建物の中へ踏み入り、ふたりを手招きしました。
ふたりがおっかなびっくり玄関を潜ると、扉がまたひとりでに閉まりました。
ブツリ――。
「⁉」
ふいに異音が響き、キリンが音のした方を見つめます。天井についている、黒い箱から出た音のようです。
「大丈夫。いつもと同じだ」
シバが穏やかな口調で言います。
黒い箱からは少しの間、ブゥゥ――ンと音が響き、かと思うと突然喋り出し、キリンは再びひっくり返りそうになりました。
「
登録済み・二名……確認を」
「ヒクイドリ」
「シバテリウム」
ハンターふたりは、落ち着いた口調で、そう言いました。するとまた、黒い箱から声が出ます。
「確認……。
未登録・二名……登録を」
「え?」
キリンとナマケモノは、顔を見合わせ、互いに首を振りました。シバとヒクイドリがそれぞれ近づき、「名前を言って」と耳打ちします。何が何だかわかりませんが、ふたりとも言われた通り、名乗りました。
「アミメキリン……だけど」
「……ナマケモノ」
「確認……。
登録中……。
登録完了……。
新規来客者、
アミメキリン、様
ナマケモノ、様
ようこそ、第七研究所へ」
言葉と共に、正面の壁だと思っていた部分が、するりと横に開きました。その先には、他と同様、白い廊下が真っ直ぐ伸びています。
キリンとナマケモノは顔を見合わせ、また互いに首を振りました。それが自分たちでもおかしかったのか、ふたりからは「ふふっ」と笑い声が漏れました。
ヒクイドリに続いて、縦に並んで、廊下を歩いて行きます。突き当りで右に折れて、途中の階段を上に上がっていきます。何人ものフレンズが訪れていた名残か、床にはたくさんの足跡が残っていました。
「……この先だ」
ヒクイドリは、低い声で呟きました。
「この先にオアシス4があり、同じくセルリアンの湧き出す洞穴もある。もしかしたら、もう溢れているかもしれない……。私たちだけならば大丈夫だから、キリンたちは逃げる準備をしておいてくれ」
深刻な口調に、キリンもごくりと唾を呑みこみます。彼女はすこし思案した末、いざという時に備え、とりあえずナマケモノを背負っていくことにしました。
最上階まで階段を上がると、またひとりでに動く壁があり、その先は。
「……うわぁ」
キリンは思わず息を呑みました。
建物の中に外がある――シバの言葉は正しかったようです。
キリンたちの眼下には、広々とした空間が広がっていました。
まず目に飛びこんでくるのは、砂漠の大地、長く背を伸ばした樹、そして泉――つまりオアシスです。地面は遠く下にあり、降りるのも登るのも難しそうです。
というより……、とキリンは考えました。
自分たちは階段を上がってきたのだから、本来の大地は、いま下に見えている、あそこなのでしょう。
自分たちが歩いている通路は、左右に分かれ、この空間の外縁を四角く囲っています。
その不思議な光景に、キリンが呆気に取られていると、ナマケモノが横から肩を叩き、「あそこ」とオアシスの一部を指差しました。
「ん~? ……あっ」
その先には、セルリアンがいました。薄緑色に、一つ目が見えます。オアシスの植物に紛れて、よく見えなかったようです。
「っていうか……」
一体見つけると、次々とセルリアンが目に入ってきました。オアシスのそこかしこでぞわぞわと蠢き、蠢き、蠢き……。
「めちゃくちゃ多いじゃない!」
キリンはほとんど悲鳴のような声を上げました。
眼下に見えるオアシス、その半分ほどはセルリアンで埋め尽くされていました。さながら緑の大地です。ナマケモノも若干青ざめた顔をして、その光景を見つめています。
「うーん、こうして見ると、やっぱり厭なものだ……」
ヒクイドリが腕で自分の身体を抱き、ぶるりと震えました。
「ふむ……。ヒクイドリも、もうすこし図太ければ、トップ・ハンターになることも可能と思うのだが……」
シバが腕を組んでそう言うと、ヒクイドリがそっぽを向いて呟きました。
「……シバが落ち着きすぎなんだ。いつも悟ったような顔をして……」
「悟ってなどおらんとも」
シバが苦笑します。
「我はいまもなお、迷っている
「ふん、嘘ばっかり」
拗ねた表情のヒクイドリを、シバはまあまあ、と宥めました。
「しかし、あのペースで増え続ければ、そろそろ大地を埋め尽くしていてもおかしくはないと思っていたのだが……。案外、少ないな」
「恐いこと言わないでよ」
ヒクイドリがぶんぶんと首を振りました。
「しかしな……。名探偵殿、お主はどう見る?」
シバに声をかけられて、キリンは「え、ふぇ?」と振り向きました。彼女はすこし考えを巡らせた後、
「いや、こんな遠くからじゃ、なんとも言えないわよ……」
「それもそうか……。では、もう少し近づくとしよう」
「え、ええ⁉ ち、近づくって?」
「下に下りる通路があるのだ。そうでなければ、我らもオアシスの水にありつけぬだろう?」
「で、でも……」
「……とりあえず、行ってみたい」
言い淀んだキリンに代わって返事したのは、ナマケモノでした。
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