事情聴取
「なにそれ? わけがわからないんだけど……」
困惑顔のキリンとナマケモノに、そうだろうな、とシバが頷きました。
「セルリアンの専門家たる我らですら、未だ解決の糸口が摑めておらんのだ。とはいえ、捨て置くわけにもゆかぬ問題でな」
「まあ、その話が本当なら、聞き捨てならないことだけど……。詳しく聞かせてもらえるかしら?」
キリンが腕を組みました。シバはうむ、と答えて、ヒクイドリを指差しました。
「では、まずはヒクイドリに話してもらおう。最初に発見したのは彼女だ」
「え、私……?」
「嫌なら我から話すが?」
「……いい。自分で話す」
ヒクイドリは目線をあっちこっちに彷徨わせつつも、前に進み出て、話をはじめました。
「定期巡回で、各オアシスを見廻っていたときのことだ。いま私たちがいるオアシス
たしかに、オアシス4にほど近い、小さな洞穴……そこにセルリアンはいた。だが意外と小さな奴で、大きさは私の腰くらいしかない。これならひとりでも倒せるぞ、と思い攻撃をしたのだが――」
これまで流暢に話していたヒクイドリが、そこで言葉を切って、ぶるりと身震いしました。
「……大丈夫?」
ナマケモノの心配の声に、ヒクイドリは片手を振って答えました。
「――そいつを倒した次の瞬間、同じ洞穴から、またセルリアンが飛び出てきた。同じ色で、同じ大きさの……。いや、もう、全く同じ個体にしか見えなかった。今のセルリアンを仕留めそこなったのかと思ったほどだ。まあ見過ごすわけにもいかないから、それも倒した。だが、また同じセルリアンが飛び出てきた。そればかりか……」
ヒクイドリは疲れた様子で、溜息をつきました。
「それを倒しきる前に、またセルリアンが飛び出てきた。これは手に負えない、ということでシバを呼びに行ったんだが……」
ヒクイドリがシバに目線を送ると、シバが代わって口を開きます。
「うむ。我が現場へ着いたときには、もうセルリアンは十体ほどに増えていたうえ、尚もその洞穴からセルリアンが飛び出しておった。空恐ろしくなってな……。ひとまずオアシス4周辺に近づかぬよう、近隣のフレンズに触れを出していたのだ。そこへお主らがやって来た……、というわけである」
シバの言葉が終わると、重苦しい沈黙が降りました。
どうやらこのオアシス3に誰もいないのは、近づかないように、みんなを避難させたからのようです。辺りを見廻し、ナマケモノは嘆息しました。
ナマケモノがキリンの横顔をそっと伺うと、彼女は真剣な顔で、なにか考えているようでした。ナマケモノ自身も事件について考えてみますが、正直なところ、説明を受けてもわけがわかりません。
セルリアンが無限に飛び出てくる洞穴……? そんなものがあったら、パークはあっという間にセルリアンで覆われてしまうのでは……?
キリンも同じ懸念を抱いたのか、深刻な口調で訊ねます。
「それ……、みんなを遠ざけるくらいで大丈夫なの? いくら小さいからって、セルリアンが色んな場所に広がってしまったら、収拾がつかなくなるんじゃ……?」
シバは軽く微笑んで、首を振りました。
「いや、そうなるまで多少の
「……どういうこと?」
「オアシス4はこことは違ってな。オアシスも洞穴も含め、背の低い柵に囲まれているのだ。背が低いといっても、あの大きさのセルリアンでは、自ら飛び越えることはできぬだろうよ」
「……まあ、それも数が増えれば別だろうけどね」
ヒクイドリが、言い添えました。
セルリアンがぎっしり詰まっている様子を想像して、キリンは顔をしかめました。限界までセルリアンが溜まったところで、その柵が破壊されたら……? 考えたくもありません。
「そうだ、ほかのハンターは呼べないのかしら? ふたりだけじゃ、その、あなたたちを馬鹿にするわけじゃないけど、心細いというか……」
キリンが遠慮がちに言うと、シバは「尤もだ」と答えました。
「愈々となれば、ハンター本部の方に連絡をし、応援を送ってもらう予定である。が、できることなら我らの手で解決したくてな……」
苦笑まじりの言葉に、キリンは首を傾げます。
「さっきも言ったけど、私たちはまだ新米のハンターなんだ。砂漠地方を任されているのも、試験の一環で……」
ヒクイドリが横から口を挟みました。
「一定期間を無事に治められれば、晴れて一人前と認められるんだ。いや、当然フレンズ第一。事態が悪化する前に、報告はする。するが……、まあこれは、私たちの我が侭みたいなものだ」
ヒクイドリとシバは顔を見合わせ、互いに苦笑しました。
なるほどねえ、とキリンは感心ました。ハンターの組織制度など、耳にするのは初めてのことです。思いがけず、ハンターの秘密に迫った思いでした。
「それで……、どうかな? 名探偵殿。我らの我が侭に付き合ってはもらえぬか?」
「あなたが『本部に連絡すべき』と言うなら、すぐそうするつもり、だけど」
シバとヒクイドリに見つめられて、キリンは「そ、そうねえ……」と腕を組み、考えこんでしまいました。
「……ねえ、キリン」
ナマケモノがそっと耳打ちします。
「受けるつもり? この依頼」
「だって頼られちゃったからには……」
キリンはナマケモノの顔を見て、そっと囁き返します。
「セルリアンでしょう? 私たちの手には負えないよ。身の危険だってある」
「でも……」
シバとヒクイドリが、ふたりの話す様子を、不安そうな顔で見守っています。
その表情を見て、キリンは決意を固めました。
「じゃあ、こうしましょう。とりあえず現場の様子を見せてもらって、それで判断するのは? 難しそうだったら本部に連絡を入れてもらって、解決の糸口が摑めそうなら、協力する」
「…………」
ナマケモノは、キリンの爛々と輝く瞳を見て、諦めたように息をつきました。
「わかった。そうしよう。現場を見たくらいで、何かわかるとは思えないけど……」
「名探偵は現場百遍! 現場を見ないとわからないことだってあるわ」
「そうかなぁ……」
ナマケモノの言葉には耳を貸さず、キリンは勢いよく立ち上がり、ハンターふたりの見上げる先、大声で宣言しました。
「その事件、任せなさい! ……と言いたいところだけど、とりあえず現場を見せてもらえるかしら? それから判断したいんだけど……」
シバはヒクイドリと顔を見合わせ、嬉しそうに笑いました。
「ああ、勿論それで構わぬ。いやあ、名探偵の助力があれば百人力よ」
ヒクイドリも無言で、うんうんと頷きました。
「では早速向かうとしましょうか!」
キリンにつられて、ふたりは「おー」と拳を挙げました。
「……でも、不思議」
道すがら、ふと、ナマケモノがつぶやきました。
「まあ、いくらでもセルリアンが出てくる洞穴なんて、聞いたことないけど……」
キリンがそう言うと、「そうじゃない」とナマケモノは首を振りました。
「……どういうこと?」
「……どうして最近になってセルリアンが湧きはじめたのかなって。そんなものがあるなら、ずっと前から騒ぎになっていたはずでしょ?」
「ああ……、たしかに」
キリンが顎に手を当てて、頷きました。
ナマケモノは、いくつか可能性を思い浮かべます。
「つい最近何かが起きたのかなぁ……。でもシバたちは何もないって言うし」
「そうね。もしくは……」
キリンは真剣な顔で、人差し指を立てました。
「騒ぎになる前に、全部倒していたフレンズがいた、とかね」
「……まさか」
ナマケモノは若干呆れて、天を仰ぎました。太陽は変わらず、強烈な熱線を砂漠に届けています。
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