かけだしハンター
砂漠をあてもなく彷徨っても迷子になるだけだ、というナマケモノの提言を聞いて、キリンはひとまず、オアシスへ向かうことにしました。
この砂漠地方には、泉の湧き出るオアシスが点在していて、フレンズたちは水を求め、よくそこに集まっているのでした。まずはフレンズたちの集まる場所へ行き、情報収集するべきと考えたのです。
「この辺りだと……、どのオアシスが近いのかしら?」
「……私に訊かれても」
ナマケモノが肩を竦めました。彼女もキリンも、この地方にはあまり明るくありません。
キリンはしばらく腕を組んで、考えこんでいましたが、やにわに顔を上げ、適当な方向を指差しました。
「よし! たぶんあっちだわ!」
「……いま、たぶんって」
「名探偵の勘は当たるものよ!」
そう叫んで、キリンは砂漠へ足を踏み入れました。
「……結局、意味なかったような」
ナマケモノが小さくつぶやきました。迷子にならないようオアシスを目指すはずが、その前に迷子になりそうです。
ふたり分の体重を乗せた足跡が、砂の上に残っていきました。
「うーん……まさか当たるとは」
はたして、ナマケモノの懸念とは裏腹に、見事キリンはオアシスに辿り着いていました。キリンはすっかり得意顔です。
「ほら、やっぱり私の勘は正しかったわ!」
「だいぶ、遠回りしてきた気がするけど……」
「け、結果おーらいよ!」
周りには砂のない、岩だらけの荒野が広がっています。ひび割れた大地に、ところどころ、草が生えていました。
「う~ん、しかしすごいわね、オアシスって……」
キリンが感心して言いました。
ふたりがいるオアシスは、周囲の風景とは打って変わって、綺麗な泉が湧き出、青々とした茂みや樹々が、風に揺らいでいました。泉の底から水面に、ぷつぷつと小さな泡が昇っていました。
キリンはごくごく、と喉を鳴らして泉の水を飲みます。乾いた身体に、甘く滲み込んでいく味でした。ナマケモノも樹の枝を見上げて、「ぶら下がりたいなぁ」と暢気な調子でつぶやきました。
「……でも、誰もいないね」
一息ついたところで、ナマケモノはそう言って、辺りを見廻しました。
「人気のないところなのかしら?」
キリンも背伸びするようにして、周囲を見ます。
オアシスにも、オアシスを囲む荒野にも、誰の影も見えません。
時折乾燥した風に押され、風塵が流れていくほか、動くものもありませんでした。
「これじゃあ、話も聞けないわ……。別のオアシスを目指した方がいいかしら」
「……今度こそ迷子になりそうで、こわい」
「いや、それは……」
「とりあえず、しばらくここで待ってみようよ。誰も来ないなんてことはないと思うし」
「そう? ナマケモノがそう言うのなら、そうしようかしら……」
地面にぼんやりと座って休んでいたキリンの耳が、ぴくりと反応しました。
「……どうしたの?」
ふいに立ち上がった彼女を見て、ナマケモノが問いかけます。
「誰か来る、みたい。足音が聞こえたわ。あと、話し声も」
キリンの視線の先、徐々に大きくなってくる影があります。
ナマケモノが億劫そうに身を起こし、そちらの方を見る頃には、その姿ははっきり見えていました。どうやら自分たちと同じ、二人組のようです。向こうもこちらの姿を見つけたようで、眉をひそめるのが見えました。
「おーい!」
キリンが叫んで手を振りますが、彼女たちはそれには答えず、何やらふたりでひそひそと話をはじめます。
「ちょっと! ねえ、あなたたち!」
なおも返事はありません。
「きーこーえーてーるー?」
声がすこし裏返りました。
さらに叫ぼうと、キリンが大きく息を吸いこむのを見て、ナマケモノがキリンのマフラーを引っ張りました。
「……近づいて来るの、待ったら?」
「え、ええ……ふぅ」
キリンは泉で喉を湿しました。
「ああっと……、先ほどは返事をせず、すまなんだな。我らを呼んでいたのだろう?」
オアシスへやって来た二人組のうち、片方が胸に手をあて、そう言いました。
「申し訳ない……。新手のセルリアンかと思ったもので」
もう片方も、そう言って、頭を下げます。
「せ、セルリアン⁉ 私が?」
なにがそれほどショックだったのか、キリンはがっくり項垂れました。
「いや、なに。我々はハンターでな。職業病というものだ。……挨拶が遅れたな。我が名はシバテリウムなり。シバと呼んでくれ
「わ、私はヒクイドリという」
そう言って、シバテリウム(鯨偶蹄目キリン科シバテリウム属)とヒクイドリ(ダチョウ目ヒクイドリ科ヒクイドリ属)は、揃ってお辞儀しました。清々しい、流麗な仕草です。
「それで、我らに何か用がありや?」
シバがキリンとナマケモノの顔を交互に見て、訊ねます。ヒクイドリは彼女の陰に隠れるようにして、辺りを見廻しています。警戒しているのでしょうか。
「まあ、用ってほどではないんだけど……。実は――」
キリンがヤギ(推定)の風貌を説明しました。
腕を組み、ふむふむと頷いて聞いていたシバテリウムは、「残念だが」と口を開きます。
「特にそのような者を見てはいない。……ヒクイドリ、お主は?」
名を呼ばれて、びくりと反応したヒクイドリも、首を振りました。
「い、いや。私もべつに……」
「ということだ。力になれず、申し訳ない」
「いえ、それならそれでいいんだけど」
キリンはそう言って、ふたりをよく観察します。似通った雰囲気をしているのは、両方ともハンターだからでしょうか。シバは手に武器を持っているいっぽう、ヒクイドリが何も持っていないのは気になりますが……。
「――あら?」
「どうした?」
キリンに見つめられて、シバが訊きます。キリンは怪訝な顔になり、
「……あなた、私と昔、会ったことがないかしら? どこかで見たことがあるような……」
「いや。憶えはないが」
「……ふたりとも、見た目が似てるからじゃない?」
ずっと黙っていたナマケモノが、ふと口を挟みました。
そう言われて、ふたりは自分と相手を見比べます。
「ふむ……。たしかに我とお主は、似ているような気もするが……」
シバもキリンも、首に長いマフラーを巻いていますし、その柄もよく似ています。
キリンが納得したように頷きました。
「そうね……言われてみると。ま、まあ、私も気づいてたけど!」
「ただ、我には角があり、お主にはない」
シバが互いの頭を指差します。
「そ、それも気づいてたわ!」
「そうか。先に言ってすまなんだ」
「……まあ、性格はだいぶ違うみたいだけど」
ナマケモノが、ね、と目線を送ると、ヒクイドリはなぜかシバの後ろに隠れてしまいました。
「あ、自己紹介が遅れたわね。私はアミメキリンよ」
「……私はナマケモノ」
「……ふむ」
そう言うと、シバは眼を細め、ふたりを睨みました。
「な……、なに?」
キリンが気圧されつつ睨み返します。
「いや……。これは僥倖
キリンはそれを聞くと、嬉しそうに胸を張って答えました。
「え? ええまあ、そうだけど?」
「であれば、我々の手助けをしてもらえぬか?」
シバがふっと微笑みました。
「実は今、ちと困ったことになっておってな――」
「なあ、シバ」
話を遮って、ヒクイドリがシバを後ろから突っつきます。
「なんだ?」
「私たちの問題に、外部者を巻き込むのはどうかと思う」
「しかし我らではどうすることもできまい。解決のために必要な助力だ」
「だが……」
ひそひそ話をはじめたふたりに、キリンが声をかけます。
「そのー、なにか、困ったことが?」
ナマケモノも付け加えます。
「……頼まれれば、力にはなるよ」
それを聞いて、シバとヒクイドリはしばらく顔を見合わせました。
やがてヒクイドリは諦めたように溜息をついて、そっぽを向いてしまいました。
「ではその力、すこし貸してもらおう。……ヒクイドリのことは気にするな。元来気の小さき者なのだ」
「シバ!」
ヒクイドリの声を無視して、シバは言葉を続けます。
「先ほども言った通り、我らはハンター――それも新参のハンターでな。実は今、少々困った事態になっておるのだ。困ったというか、不可解な事件に巻き込まれている」
「不可解な事件……」
キリンの耳がぴくぴくと反応します。その横で、ナマケモノが嘆息していました。
「いいわ! この私が解決してみせましょう!」
「かたじけない……恩に着る」
「で、その事件って、どんな?」
わくわくしながら、キリンが訊ねます。
「いや、それがな――」
シバは瞑目し、ゆっくり首を振りました。
「倒しても倒しても、無限に湧き出るセルリアンがいるのだ」
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