対決!無限セルリアン

砂漠へ

「そう……。じゃあ、その子はあっちに行ったのね?」

「ええ。そうですよ、名探偵さん」

「ありがとう。じゃあ、私たちは行くわ」

 インドゾウ(ゾウ目ゾウ科アジアゾウ属)と別れて、アミメキリンとナマケモノはジャングルを進みます。

 高山から、ジャングルへ。ヤギ(推定)の目撃情報を辿りながら進んでいるつもりですが、いかんせん目撃された時期が曖昧なため、逆方向に進んでいる、というおそれもあります。とはいえ、ほかに採るべき方法もありません。

「にしても歩きにくいわ……」

 アミメキリンは、顔にかかった葉を鬱陶しそうに払いながら、つぶやきました。ジャングルは足場が悪く、マフラーが樹々に引っ掛かり、背の高い彼女には、時々枝にぶつかりそうになりながらの道程です。

「私はこっちの方がおちつくけどねー」

 ナマケモノはキリンに背負われながら言いました。彼女も歩くことは歩くのですが、キリンと比べて遅いうえ、すぐに疲れてしまうので、必然的にキリンが運ぶことが多くなります。

「……でも、このままだと、砂漠に出るかもねえ」

 ナマケモノのつぶやきに、キリンが反応しました。

「えぇ? 砂漠って……、あの、暑いところ? あのもこもこには、けっこう辛いと思うんだけど……」

「うん。あれ、キリンは砂漠に行ったこと、あるの?」

「ええ、まあ。一度だけだけどね。砂に足が沈んで、歩きにくいところだったわ……」

 苦々しい思い出なのか、キリンは顔を顰めました。そうなんだ、とナマケモノが言います。

 樹々の葉っぱに遮られて、陽射しは弱いですが、湿度と気温は高いようで、キリンは流れてくる汗を拭いました。時折涼やかな風が、肌を擦っていきます。

「ところで、けっこうキリンの名も、パークに知れてきたんじゃない?」

「まあ、そうね」

 キリンが頷きます。

「さっきのインドゾウも私のこと、知ってたみたいだし」

「博士たちが広めているのかなぁ」

「う~ん……」

 キリンの煮え切らない返事を聞いて、ナマケモノは首を傾げました。

「どうしたの? 名探偵の名前がみんなに広まるなんて、すごいことだと思うけど」

「まあ、そうだけど……ね」

「なにか不満なことでもあるの? 伝わり方が不正確、とか?」

 ナマケモノの問いに、キリンはしばらく答えるか迷っていましたが、やがて口を開きました。

「でも、ナマケモノの名は――探偵の名は、全然知られていないじゃない。ラオ様の名前だって……」

「まあ、私たちはキリンの後追いみたいなものだし……、仕方ないんじゃないかな?」

「だとしてもよ」

 キリンはなにかを振り払うように、首を振ります。

「今までの事件だって、私だけの力で解決したわけじゃないわ。みんなの協力があったからで……。ついこの間の、樹が増えた事件でも、あなたの推理がなかったら――」

 ううん、とナマケモノは呻りました。まさか、キリンがそんな悩みを抱えているとは、思っていなかったのです。彼女はすこし考えて、柔らかい口調で言いました。

「……だったら、そうなればいいよ」

「え?」

「いつか自分ひとりで事件を解決できれば、胸を張れるんじゃない?」

「……ナマケモノ」

 キリンが背を振り向くと、

「って、寝てるし……」


「――――!」

 それは突然のことでした。

「っ!!」

 咄嗟にキリンは前傾姿勢をとり、前方に走り出します。

「……ど、どうしたの?」

 身体が揺すられ、震える声で、ナマケモノが訊ねます。

「後ろ、後ろ!」

 ナマケモノが背後を振り返ると、

「……セルリアン」

「そういうこと!」

 薄黄色に、一つ目。キリンより一回りは大きいセルリアンが、自分たちを追って、滑るように接近してくる光景が目に入ります。

 キリンの俊足であれば、あの程度、すぐさま引き離せるはずでしたが、今はそうもいきません。

「――はぅっ」

 地面に突き出た木の根を踏んで、キリンの体勢が崩れます。

「キリン!」

「大丈夫!」

 なんとか姿勢を戻し、再び走り出します。

「……っていうかあなた、そんな声出せたの?」

 足場が悪く、キリンは思うように走れません。が、とにかくいまは振り返る暇もなく、一心に足を動かすだけです。


「はぁっはぁっはぁっ……」

 息切れして、キリンの足が遅くなってきたころ。

「……あれ?」

 セルリアンの様子を窺おうと、何度目かに振り返ったナマケモノが、首を傾げました。

「ぜぇ……なに? どうしたの? はぁ……」

「セルリアンがいなくなってる」

「いない?」

 それを聞いて、キリンは走る脚を緩め、後ろを見ます。

 たしかに、つい先ほどまで自分たちを追っていたはずの、セルリアンの姿は見えません。ジャングルは嘘のように静まり返っていました。

「……もしかして、ほかの子に押しつけちゃった?」

 キリンの不安そうな言葉に、ナマケモノは首を振って答えました。

「それはない、と思うけど……」

「とにかく、ハンターに連絡した方がいいかしら?」

「……うん」


 ハンターというのは、このパークに数多くいるフレンズの中でも、セルリアンを倒すことを専門にする集団のことです。彼女たちは連携し、またその攻撃力を活かし、時には自分たちの体躯をはるかに超える大きさのセルリアンを倒してしまう、まさにプロフェッショナルでした。

 キリンも何度かハンターを頼り、また活躍の場を眼にしたことがありますが、その洗練された動きは、今もはっきり憶えているほどです。


「――いや、その必要はないよ」

「うぇ⁉」

 ふいに響いた声に、キリンが硬直していると、目の前にすたりと降りる影がありました。

「あのセルリアン、途中で自滅してたから」

 淡々とした口調で言った彼女の様子を、ナマケモノはまじまじと観察します。その視線にたじろいで、

「……な、なに?」

「……ううん。ありがとう」

「礼なんて、いいよ。アタシはただ見てただけなんだから」

「…………」

 なおもじっと見つめてくるナマケモノの視線に耐えられなくなったのか、彼女は首を振りました。

「えっと、アタシはトラ。アンタたち、砂漠に向かっているんでしょ? 早く行ったら?」

「……あなた、怪しいわね!」

「えぇ?」

 口を開いたかと思ったら、いきなりキリンに指を突きつけられたトラ(ネコ目ネコ科ヒョウ属)は、首を竦めるようにしました。

「怪しいって……アタシが?」

「ちょっと、キリン」

 ナマケモノがマフラーを引っ張るのも意に介さず、キリンは得意気な顔で、滔々と続けます。

「まずセルリアンが自滅したっていうのが怪しいわ。私が走っている途中には水溜まりなんてなかったもの。次に、それを知っているのが怪しい。セルリアンに追われている様子をずっと見ていたとでもいうの? それに、この名探偵の耳は聞き逃さなかったわ」

 キリンは自分の耳をぱたぱたといじりました。

「……なにを?」

 ナマケモノが興味なさげに相槌を打ちます。

「私たちが砂漠の方へ向かっていることを、どうしてあなたは知っているのかしら? もしかして、ずっと私たちをつけて来たんじゃないの? それとも……まさか、あのセルリアンをけしかけたのは――」

「それは暴走しすぎ。それだったら、自滅したっていうのもわからないし」

 ナマケモノが、熱の入ったキリンに水をかけます。

「ま、まあ、それもそうね。ごめんなさい」

「……ごめんね、トラ」

「だ、だからいいって別に。早く行きなよ」

 ふたりの様子を呆気にとられて見ていたトラは、やや顔を赤く染めつつ、顎で道の先を指しました。


 キリンが斜め上を見ながら、ジャングルの道を進みます。

「でも強そうな子だったわね」

「……うん」

 枝からしなやかに飛び下りた身のこなし……。トラはきっと強いんだろうなあ、とキリンはぼんやり思います。

「あ」

 そんなことを考えているうち、いつの間にかジャングルを出ていたようです。

「……うわぁ、暑そう」

 燦々と照りつける太陽の下、黄金色に輝く地。

 吹き付ける風が熱砂を巻き上げ、どこかへ去って行きます。

 ふたりの前には、砂漠が広がっていました。

「ここでの人探しは大変そうね……」

 キリンが溜息をつき、ナマケモノが無言で肯きました。

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