ごかいと手掛かり

 窓からは柔らかい陽光が射しこんでいます。外はすっかり穏やかで、これならいつでも帰ることができるでしょう。

 クララとナマケモノは興味なさげに、ラオは俯いて、ピューマは不安そうに、名探偵の推理を待っています。

 アミメキリンは一同を見廻し、すこし微笑むと、口を開きました。

「まずは結論を言うわ。今回の、クララとピューマがいなくなった事件。すべての元凶、犯人は――」

 キリンが右腕を振り上げました。

 反射的に、ラオはぎゅっと眼を瞑ります。

「それよ!」

「……え?」

 ラオは薄目を開き、次いで怪訝な顔になりました。

 キリンに指を突きつけられた先。

「ふふっ。クララが犯人といいたいの……?」

 クララが自分を指差すと、キリンは首を振って、指差す先を下へ下げていきます。

「犯人は、クララのよ!」


「まず、一日目。おなかが空いて堪らなくなったクララは、地下室にじゃぱりまんの備蓄があることを知ったわ」

 キリンの推理が始まりました。

「なんでか知らないけれど、この建物の地下には、じゃぱりまんが大量に置かれていた――そうね、ピューマ?」

 話を向けられたピューマが、勢いよく頷きました。

「う、うん。だから僕はここに住んでて……」

「夜中にお腹が空いたクララは、廊下で音を立てないように飛んで、地下まで下りた。そこでじゃぱりまんをたらふく食べて、一日過ごした……間違いないわね」

 キリンひとりだけが立ち上がり、机の周りをぐるぐると歩き廻っています。これもまた、彼女の思う名探偵像でした。

 しかし彼女が近くを通るたび、びくびくと震えているフレンズがいます。

 そう、ラオです。ラオは自分のフードをぎゅっと摑んで、俯いていました。

 その様子を見たクララは、手で口元を隠し、小さく微笑みました。

「ええ、そう……。クララは悪魔……。いつも渇いているの……あの日もそうだったの」

 それを聞いて、キリンは軽く頷きます。

「そのとき同室のピューマはなぜ気づかなかったか? それはあとで説明するとして、私たちはその日、結局クララを見つけることができなかった。……まあ、その理由は推理の本筋に関係ないから、いいとするわ」

 キリンはそう言って、「ね?」と四人の顔を見ました。

 ナマケモノ、クララ、ピューマ、そして……。

「そ、それは――我が……!」

 ずっと俯いていたラオが手を挙げたのに、クララは驚いた表情を浮かべました。そしてまた、小さく「ふふっ」と微笑みました。

「く、クララを我は……。いえ、あたちは、見つけてた……。だからこんな騒ぎになって……。えっとえっと、それは……その」

 ラオは口の中でもごもごと呟いていましたが、最後にひとこと、

「ごめんなさい」

 とだけ言いました。

 目を丸くして彼女の自白を聞いていたキリンも、何かを言おうとして、結局はひとことだけ言いました。

「うん」


「では、ピューマはなぜ、どうして消えたか? これもまた、関わってくるのはクララのおなか事情ね。地下室へ行ったクララは、あろうことかじゃぱりまんを食べ尽くしてしまった。それでも足りなくて、ほかにもじゃぱりまんがあるのではないか、と考えた……」

 若干呆れた表情のキリンに、クララが微笑みかけます。

「じゃあ、ここのことを一番知っている子は誰か……? それは勿論、棲家にしているピューマ。クララは二日目の晩、地下室からまた飛んで階段を上り、眠ろうとしていたピューマを問い詰めた。それで他にもじゃぱりまんがあったか、というと……」

「ないよ、もう……」

 ピューマが苦笑します。

「っていうか、あれだけあったじゃぱりまんを食べ尽くした、というのが僕にはもう、信じられないくらいだったし……」

「ごめんなさい……」

 クララが悪びれず、そう謝りました。

「ま、まあ、僕もたまたま見つけたってだけだから、別にいいけど……」

「本当? あなた、優しいの……」

「い、いや、僕は……」

 クララの雰囲気に、若干気圧されるピューマ。キリンはぱんと手を打ち、ふたりの注意を惹きました。

「それで、じゃぱりまんの備蓄がないと知ったクララは、どうしようと考えたか……。わかる、ナマケモノ?」

「……私たちが持って来たじゃぱりまんを、食べようと思った」

 机に伏せるようにして話を聞いていたナマケモノは、意外にも即答しました。そうよ、とキリンが頷きます。

「あとは簡単。私とナマケモノとラオ様、それぞれが一階へ下りるのを待って、私たちの部屋に移動すればいい。たぶんピューマは、計画をばらされないよう、無理やり共犯にされた――というところかしら」

 キリンの確認に、クララとピューマは、首肯で答えました。「よしっ」とキリンは小さくガッツポーズを作ります。

 そこにラオが、不思議そうに訊ねます。

「だとしたら……、我らが二階へ行ったとき、クララとピューマは、もうキリンたちの部屋にいた、と?」

「それはどうかしら……。ナマケモノが下りてきてすぐ、私たちは二階へ行ったでしょ。そんな暇があったかどうか……」

 キリンが首を傾げると、クララがあっさり答えてくれました。

「そう……。すぐ階段を上がってくる音が聴こえたから、びっくりしたの……。クララたちが移動したのは、あなたたちがまた一階へ下りて行った、その後」

「……じゃあ、我らが捜したとき、どこに隠れていたというのだ」

「ええ。それがこの事件の鍵だったのよ」

 キリンは腕を組み、深く息を吐きました。

「ピューマとクララははじめから、廊下の突き当りの部屋……。あそこに隠れていたのよ!」

 ラオの顔中に、はてなマークが浮かびました。

「な、なぜそんなことを? べつにあそこに隠れずとも……いやまあ、結果的にはそれでよかったのだろうが」

 ナマケモノはもうわかっているのか、無言で話を聞いているだけです。

「それはね、ラオ。そもそもピューマは、あっちの部屋で寝ていたからなのよ」

「え、あの狭い部屋で……?」

 ラオがピューマを見ると、彼女は顔を赤くして、そっぽを向いてしまいました。

 視線を逸らしながらもピューマは、言い訳するように返答しました。

「その、僕、狭いところの方が落ち着くし……。いつもあそこで寝ていたから……」

「ベッドに、クララの羽しか落ちていない時点で、気づくべきだったわ。一日目に同室した――というか同室しなかった――クララは、当然それを知っていたから、ピューマを訪ねるときも、最初からあっちの部屋へ行った」

「あれはすっごい驚いたよ……」

 ピューマがその時のことを思い出して、身を震わせました。

「そしてその部屋で朝を待った。共犯にするためのピューマを監視しなくちゃいけないからでしょうね。そういうわけで、ふたりはずっとあの部屋にいた」

「相当狭苦しかったろうなあ……」

 ずっと黙っていたナマケモノがそう呟いて、ふたりの苦笑を誘いました。

「……とまあ、これが事件の概要ね。どう、あ、当たってたかしら? 当たってるわよね⁉」

 キリンは机に手をつき、クララとピューマの顔を交互に見ました。

 固唾を飲んで、ふたりの答えを待ちます。

「う、うん。合ってるよ」

「正解よ……」

 ピューマとクララがそう言ったのを聞いたキリンは、

「良かったあぁ~~」

 胸を撫でおろして、崩れるように椅子に座りました。



「名探偵の生推理、面白かったわ……。またやってね」

「え、あの、事件を起こすのはやめてね……?」

「もちろん……」

「クララが言うと、やっぱり信用できないわね……」

 ここは空中。クララに運ばれて、キリンは元のじゃぱりカフェへ帰るところでした。随分時間が経過した気もしますが、わずかに三日のことでした。

 山頂が見えてきます。外に出ていたアルパカがこちらに気づき、大きく手を振るのが見えました。

「それで、キリンはこのあと、どうするつもり……?」

 クララの問いに、アルパカに手を振り返しつつ、キリンは答えます。

「ヤギを追うわ。手掛かりも見つかったことだし……」


「え、ピューマは運んでもらわないの?」

 クララがキリンを運び終えるのを待っている間、ナマケモノが言いました。

「うん……。もうここには住めないけど、でもいきなり行くのは、すこし恥ずかしいから。私は自分で降りられるし」

「そうなんだ……」

「で、でもすぐ行くから。そう……、アルパカには言っておいてくれない?」

「わかった」

 ナマケモノの淡々とした返答に、ありがとう、とピューマはぎこちない笑みをつくりました。

 ナマケモノは、今度はラオに話しかけます。

「……ねえ、ラオ。さっきの話、また聞かせてくれる? 白いもこもこの……」

「ん? べつに構わないぞ!」 

 ラオは元気よく言って、眼を瞑り、記憶を思い起こします。

「あれは我が、名探偵ここに在りと聞き、この山へ向かっている最中のことだった……。白いもこもこの、変わったフレンズに出会ったのだ。我々は二言三言会話した。だが『あなたは誰?』という問いに、『我は悪魔探偵のラオ様。名探偵の居場所を知っているか?』と、いふうどうどうした風格で答えてやると……、ふふ、我の悪魔さに恐れをなしたか、あっという間に逃げていったのだ。あっちの方に……」

 ラオが指差す先を見て、ナマケモノはふうと息を吐きました。

「また、長い距離を移動しなきゃなぁ」

「ん? きさま、あいつを追っているのか?」

「……まあ、すこし事情があってね」


 遠い空に、クララの姿が見えました。キリンを運び終え、戻ってきたようです。

「な、なあ、我もあれで行かなきゃいかんのか……?」

「……え? まあ、安全に下りようと思ったらね」

 震えた声のラオを不思議に思い、ナマケモノが彼女の顔を見ると、なぜか顔を真っ青にし、ラオは震えていました。

「どうしたの、ラオ様?」

「え? べべべ、べつにどうもしておらんぞ? いつも地面にいるから、た、高いところが恐いとか、そんなことは全っ然ないぞ!」

「……そう」

「そうだとも! ご、誤解してくれるなよ!」

 その様子を見て、ピューマが首を傾げて言いました。

「私が背負って行こうか?」

「だーかーら! べつに恐くないと言っているだろうが!」

「でもー」


 ふたりの会話を聴き流して、ナマケモノは背後を振り返ります。

 崩れかけの、古びた建物。

 一夜にしてこうなってしまったという、不思議な建物。

 ――ほんとうに、セルリアンの仕業なのかな? だとしたら、なぜ……?

 彼女の疑問は余所に、青い空を背景にして、黒い「悪魔」が降り立ちます。

「次はどちらを運べばいいの……?」

「わ、我は最後でいいぞ! 最後で!」

「わかったわ。ラオを先に運べばいいの?」

「な、なぜそうなるのだ! クララッ!」

「ふふっ……。ああでも、その前に……」

 ナマケモノは溜息を吐いて、こっそり隠し持っていた、最後のじゃぱりまんを取り出しました。

「『お腹が空いた』?」

 クララは驚いた顔をして、またすぐに、にこりと笑みを浮かべました。

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