よんどめの正直

「謎も解けたことだし、現場をあらためるとしましょうか!」

 すっかり解決した気のキリンは、そう言って階段に足をかけました。

「我も! 我も行くぞ!」

 ラオが歓声を上げてついていきます。

「…………」

 怪訝な表情を浮かべたナマケモノは、まあいいか、と肩を竦めて、ふたりに続きました。


 階段を上り終え、廊下の奥まで進む一同。先頭のキリンが、勿体ぶってノブを摑みます。「toilet」と書かれた扉。

「私が正しければ、この部屋に……」

 ごくり、と喉を鳴らすラオ。

 最後尾でよく見えていないナマケモノ。

「躊躇っていても仕方ないわ! いざっ」

 深呼吸したキリンが、一息に扉を開けました。

 その先には――。

「…………」

 無言で扉を閉めるキリン。彼女は再びノブを摑み、

「いざっ」

 その先には――。

「…………」

 またも扉を閉めようとしたキリンを、後ろで見ていたラオが、抱きついて止めました。

「お、おい、名探偵! べつにきさま一人が間違えたわけでもないのだし――」

「放してラオ様! これは沽券にかかわることなのよ!」

 後ろでよく見えていなかったナマケモノも、その問答を聞いて、概ねのところを察しました。

「……まあまあ」

「ナマケモノまで~!」

「落ち着きなよ~」

 徹頭徹尾のんきな、気の抜けた声に宥められたのか、

「……わかった」

 キリンはようやく大人しくなりました。


「うぅ……。まさか私の推理が間違ってるなんて」

 開いた扉の先。部屋の中には誰もいませんでした。壁に大穴が開いていることもなく、キリンの推理は大外れしたわけです。

「うむむ、我も完璧な推理だと思っていたのだが……」

「……いや、けっこう無茶苦茶だったと思うけど」

 首を傾げるラオの横で、ナマケモノがそう指摘します。

「むちゃくちゃ? どのあたりがだ?」

「ええっと……」

 ナマケモノは腕を組んで、どれから挙げていくべきか考えます。

「まず、壁に穴を空けたって簡単に言うけど、さすがに音が響くと思う……。それに、ピューマがそんなことをする動機もない。クララがどこにいるのかだって、わかってないまま。あと――」

「も、もういいわナマケモノ……。私が間違ってたわ……」

 指折り数えるナマケモノに、キリンが掌を向けました。言われてみると、たしかに穴だらけの推理だったと気づきます。ラオも「なるほどなぁ」と頷きました。

「でも、ならどうやったというのだ……? ナマケモノよ、きさまにはわかっているのではないか?」

「……うーん、それは本当にわからないかな」

「そうか……。しかしピューマまでどうして消えたのか……」

 ラオのその言葉は、クララと組んでいたことを自白したに等しいのですが、キリンもナマケモノも、なにも言いませんでした。


 一日目、クララは音を立てないよう飛んで階段を下り、地下室へ身を隠していた。それは確かなようです。

 問題は、二日目に消えたピューマ、そしてクララの現在の居場所です。


 各々の推理が外れ、黙りこんでしまった、さんにんの探偵。

「むむむ……」

その中でひとりキリンは、虫メガネを取り出し、室内を調べはじめました。

「いや、キリン。気持ちはわかるけど……」

「うむ。もう隠し通路とかはないと思うぞ」

 未練がましいその姿勢を、ふたりはやんわり制止します。

 キリンは聞く耳持たずといった様子で、床に伏せるようにして、虫メガネを覗きこみます。そして独り言のようにつぶやきました。

「……だって、捜査は振り出しに戻ったんだもの。また一から調べるべきよ」

 ナマケモノとラオはそれを聞き、驚いたように顔を見合わせました。

「……そうだな。名探偵の言う通りだ」

「うん」

 ふたりは頷きあい、すこし笑いました。

「では我らも再び調べるとしよう! 我は下を見てこよう。ナマケモノ、二階は任せたぞ」

「わかった~」

 階下へ消えていくラオの姿を見届け、ナマケモノはそれぞれの部屋を順番に見ていくことにします。


 ふたりのやりとりを聞いていたキリンは、緩む顔を堪え切れず、こっそり笑いながら虫メガネを覗いていました。

「探偵が三人もいて、どうかと思ったけど……」

 白いものの裏側を調べながら、キリンは小さく首を振りました。

 その時、彼女の目に飛びこんでくるものがあります。

 虫メガネに拡大されたそれは――。

「まさかピューマの毛……? それにこっちは……」

 黒い羽。まず間違いなく、クララのものでしょう。

 ゆっくりと、キリンの口角が上がりました。

「……まあ、パーク一の探偵は私で決まりだけど!」


 一階を調べるラオは、クララのことをいつ告白すればいいか、ずっと考えていました。

 「悪魔繋がり」の彼女を誑かし、地下室に隠れさせたのは、ほんの出来心だったのです。その謎を鮮やかに解いてしまえば、あの名探偵も自分に一目置くだろう、という安易な考えに過ぎません。

「まさか、こんなことになるとは……。うう、クララ、どこにいるのだ……」

 ピューマが消えた時は、クララが気を利かせたのだとばかり思っていましたが、まさか本当にいなくなってしまうなんて、話が違います。

 ですがそこは、さすがの名探偵でした。間違えたショックから立ち直り、またすぐに一から調べ直す――これが優れた名探偵というものか、とラオは密かに感動していました。

「……まあ、パーク一の探偵は我だがな!」


 二階の部屋を調べるナマケモノは、のんびりとした動作で、部屋から部屋へ移ります。

 クララとピューマの部屋――なにもなし。

 ラオの部屋――なにもなし。

 そして、ナマケモノとキリンの部屋――。

「あれ?」

 そういえば、とノブに手を伸ばしかけたナマケモノは首を傾げます。

「クララが消えた時は、上から下まで建物中調べたらしいけど……」

 ピューマが消えた今日、二階の部屋は全部調べたっけ?

 うーん、とナマケモノは呻り、

「まあいいか」

 あとで訊けばいいか、と思い直し、扉を開けます。

 つい今朝まで自分が眠っていた部屋。

 そのベッドの上――。

「あ」

 ナマケモノは、呆然と呟きました。


「ふぁら、ふぉふぉふぁっふぁふぁふぇ」

「そ、そ、その、僕は……」

 口いっぱいにじゃぱりまんを詰め込んだクララ。

 申し訳なさそうに縮こまるピューマ。

 いなくなったはずのふたりが、そこにいました。

「ナマケモノ! さっきの部屋でふたりの痕跡が見つかっ――って、ええええ⁉」

 部屋に駆けこんできたキリンが、腰を抜かします。

「なんだ! なにがあっ――って、ええええ⁉」

 騒ぎを聞いてやって来たラオも、似たような反応を示しました。

「うーん……」

「その……」

 腰を抜かすふたりの前で、ナマケモノとピューマが居心地悪そうにしていました。



「だってクララは、お腹が空いていたの……」

 頬杖をついたクララが、悪びれず言いました。

「あ、あなたね……。最初に言うことがそれなの?」

 キリンが呆れて言います。

「地下室のじゃぱりまんは食べ尽くしてしまったけれど、クララの渇きは癒されなかったわ……」

「僕は、その、無理やり……」

 その隣で、ピューマが俯きながらも、必死に弁解しようとします。

「あー、ピューマはいいのよ、別に」

「え?」

 ピューマは顔を上げて、キリンを見ました。

「いや、でも……」

「言わなくてけっこう! 名探偵には、もうすべてお見通しよ!」

 そう言って胸を張るキリン。先ほど苦し紛れの推理を披露したときとは、まるで違う自信に満ちています。今度こそは本当に謎が解けた、ということでしょうか。

 もう解決してるけどね、と思ったナマケモノは、

「…………」

 少し考えて、こう言いました。

「……じゃあ、教えて。キリン」

「ええ、いいわよ!」

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