無限のしくみ(後)
「その謎も解いてるって……」
トラが怪訝な顔を作ります。
「この球のカラクリは、一度見た程度でわかるようなものじゃないと思うけど」
「ほう……。つまりトラは、何度も観察して解決した、ということか?」
シバがつぶやいて、トラははっと口を押さえました。
「い、いや、たまたまだよ、たまたま……」
「やはりトラ、おぬしもハンターにならぬか? フレンズを想う気持ちは人一倍と思うが」
「前にもトラを誘ったことがあるのか?」
ヒクイドリが訊くと、シバは無言で首肯しました。トラはそっぽを向いて、
「ふん、アタシは誰かと群れるのなんて、柄じゃないんだよ。キリン、続きを話してくれ」
「え、ええ……」
ひとつ咳払いをして、注目を集め、再び口を開きます。
「たしかに私は、この施設に本来あったっていう、しくみの方は知らないわ。そんなものがあるとも知らなかったわけだし……。私が見つけたのは、また別のしくみよ。トラの話からするに、誰かが新しく造ったんでしょう」
「つまり――今回の騒動は、故意に引き起こされたものだって言いたいの?」
トラの問いに、真面目な顔でキリンは頷きます。
「その通り。まあ、それが誰かはわからないんだけど……」
「確かにね。そんな動機のあるフレンズがいるとは思えないし」
自分の敵を自分で作る者がいるでしょうか? そんなのいないだろう、というのが、この場にいる皆の共通見解でした。
「――だからまあ、この球を出していたしくみだけ、説明するわ」
キリンはそう言って、銀の球を陽に透かしました。
「セルリアンを大量に生み出すには、まずこの施設を使って、サンドスターがあの穴から出っ放しになるようにする、それはいいわね? そしてもうひとつ、この球を、一定の時間おきに、あの穴へ供給する必要があった。あとはそれをどうやって達成するか、だけど――」
一度言葉を切って、ゆったりと面々の顔を見廻します。
「答えは、『泉』よ」
人差し指を立て、つぶやくように言いました。
答えとやらを聞いてもわからず、みんなは首を傾げます。代表して、ナマケモノが訊ねました。
「泉? あの、オアシスの?」
「そうよ」
キリンは一度頷くと、室内を歩き回りつつ、言葉を続けます。
「私がオアシス4の泉を調べた時、底に妙な穴を見つけたわ。深く続いている穴らしくて、指を入れても底につかなかった。大きさはだいたい、このくらい」
右手で丸を作り、左手に球を持ったキリンが、意味ありげな笑みを浮かべます。
それ見て、ナマケモノは思わず「あっ」と声を上げました。
「気づいたかしら? そう、このふたつは、ほぼ同じ大きさなのよ」
「? ……だから、なんだと言うんだ」
ヒクイドリがきょとんとして周囲を見ると、トラとシバも、まだわかっていない様子でした。
キリンは銀の球を、ヒクイドリに手渡しました。
「簡単な話よ。つまり、泉の底から、あの横穴まで、細い穴を掘ればいいのよ。この球がぎりぎり通るくらいのね。そうして堀った穴の中に、球をたくさん詰め込んでおく。あとは水が、球をひとつひとつ押し出していってくれる――というわけ」
すらすらと言って、キリンは両腕を拡げました。
「――これが私の推理。どうだった?」
彼女は眼を閉じ、拍手喝采を待ちます。
「…………」
やけに拍手が遅く、片目を開けた彼女に投げかけられたのは、疑問の言葉でした。
「……そんな大変なことができるのか?」
シバが首を傾げ、口を開きます。
「いや、たしかに説得力はあった。動機を無視すれば、納得できる話である。しかし細い穴を掘った――と云うが、それはどうやってだ? そんな短期間のうちにできることとは思えぬが……」
なるほどそれもそうだ、と視線がキリンに向けられます。
「え、えっと、それは……」
キリンはマフラーをぎゅっと握って、頭を働かせます。シバの疑問は、彼女が考えもしていなかったことでした。答えに窮する彼女を見て、シバは首を振りました。
「――名探偵と云えど、そこまではわからぬか。まあ大筋で間違っているとは思えぬが……」
「うっ……」
それは、深い意味をこめて言ったものではありませんでしたが、キリンにはなかなか堪える台詞でした。
「べべ、べつに、短期間で準備したとは、限らないでしょーが!」
「め、名探偵?」
突然叫んだ彼女に若干驚きつつ、シバは言葉を継ぎます。
「しかし長期に渡ってそんな作業をしていたら、嫌でも噂になるのではないか? 我らはそのような話は聞いていないが……」
「そ、その理由は一旦置きましょう。まずは穴を掘った方法よ」
シバに掌をむけて、キリンは考えます。
「むむむむむ……」
「――下から、だね」
ふいにそう言い放ったのは、ナマケモノでした。
「え?」
「……下から大き目の穴を掘っていって、泉の直下まで伸ばしておく。その穴に球をつめこんで、今度はその周りを土で覆っていき、大きさを調整。最後に泉の方から穴を掘ればいいんだよ。人の目にも触れないし。ある程度の時間さえあれば……」
まるで見てきたかのように語るその言葉には、説得力がありました。
「おお、なるほど……、それならば」
「たしかに……」
皆は興奮した顔つきで、ざわざわと会話を交わしました。
「そう云えばナマケモノ、おぬしも探偵であったな」
感心してシバが言いました。
「…………」
「……ナマケモノ?」
見ると、彼女は力を使い果たしたのか、ずるずると床に崩れ落ちているところでした。ふっと微笑んで、「お疲れ様、ありがとう」とキリンが彼女の姿勢を直します。
「じゃあ後は、誰がやったか、だね」
トラが言って、溜息をつきました。
「まあ、それがわかれば苦労はないんだろうけど……」
「わかるかもしれない……」
思案顔を浮かべていたキリンが、つぶやくように言いました。
「え? キリン、わかるの?」
「いえ、私はわからないわよ?」
「……どういう意味?」
首を傾げたトラに、キリンは指を突きつけました。
「わかるのはあなたよ、トラ!」
「ア、アタシぃ?」
「トラの疑惑は晴れたんじゃないのか?」
ヒクイドリが言うと、キリンは静かに口を開きました。
「……この施設の使い方。今回の事件を起こすには、この施設の使い方や、その動作を知らないといけないわ。ハンターですら知らなかったことなんだから、きっと誰もが知っていることじゃない」
「――それでアタシが犯人だ、と?」
苦笑を浮かべて自分を指差すトラに、キリンは首を振って答えます。
「そうじゃない、そうじゃないのよ。……トラ、あなた、誰かにこの施設のことを教えたんじゃないの? 使い方も、動作も」
「!」
そう訊かれて、トラは明らかに動揺の色を浮かべました。
「…………」
「……いえ、別に責めてるんじゃないわ。あなただって、こうなると思って教えたわけじゃないだろうし」
「どうなんだ、トラ?」
問い詰められても、トラは俯いたまま、話そうとしません。
そこで口を開いたのは、ずっと黙っていたシバでした。
「……トラよ。おぬしがフレンズ想いな性格なのは、我がよく知っている。誰もおぬしを疑いはせぬよ。問題は、この事件を起こしたのが誰か、ということだ。我々ハンターは、その者と話をせねばならない。どうか、教えてくれぬか?」
この通りだ、と頭を下げたシバを見て、さすがのトラも思うところがあったのでしょう。
「わ、わかったよ。話すよ。……でも、ゴメンよ。アタシも、彼女が誰なのか知らないんだ。教えてくれなかったからね」
重い口を開いた彼女を、ナマケモノを除いた一同が見守ります。
「……突然話しかけてきて、『あなたは何をやっているのか』と訊ねられたんだ。適当にあしらっていたんだけど、まあ
言って、トラはふうと息をつきました。
「――いつの間にかどっかに行っちゃったんだけどね。まさかこんな事件を起こすなんて……」
そう言いながらも、彼女は懐かしそうな表情を浮かべていました。
シバは頷いて、さらに訊ねます。
「ふむ。名前はわからぬと言ったが、その者、見た目はどのような?」
「えっとね、全身が白いもこもこで、頭に角があったかな……」
「嘘⁉」
がたり、と大きな音を立て、キリンがトラに詰め寄りました。
「いまの話、本当⁉」
「う、うん。嘘はつかないって……」
「なんだ、キリン。知り合いか?」
ヒクイドリに言われて、キリンはなんとも言えない表情を浮かべました。
「知り合いも、なにも……」
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