さんにんの探偵(前)

 部屋はがらんとしていました。ベッドの上にも下にも、誰の姿もありません。

 クララが消えた時同様、窓も閉まったままです。虫メガネを取り出したキリンには、怪しいものは見つけられませんでした。

「どうして……。この部屋ばっかり」

 キリンは呆然と呟きました。

「……不思議だねえ」

 ナマケモノも事態が呑みこめてきたのか、目を丸くして、室内を見廻しています。

「昨日は廊下で別れて、それからは誰も階段を降りていないはず、なのに……」

「本当にずっと起きてたの?」

 ナマケモノが疑いの視線を向けると、キリンは真面目な顔で答えます。

「起きてたわよ! じゃぱりまんに誓えるわ!」

「……いや、じゃぱりまんに誓っても意味ないと思うけど」

 ふたりはああだこうだと話しますが、全く解決の糸口は摑めません。

 そんななか、

「くっくっく……」

 ただひとり、ラオだけが怪しげな笑い声をたてました。

「ラ、ラオ様? なにを笑ってるのよ」

 キリンが訊ねます。

 するとラオは腰に手を当て、いっそう高笑いをはじめました。

「くっくっく、はっはっはっは! 名探偵よ、これこそ我らがのぞんでいた『謎』ではないか……?」

「え?」

「どちらがすぐれた探偵か決める、推理勝負……。この謎を先に解きあかしたものが、パーク一の探偵ということにしようではないか!」

 びしり、とラオは奇妙なポーズを決めました。

 キリンとナマケモノは呆気に取られて、室内で立ち尽くします。

「……おお、そうだナマケモノ。きさまも勝負するとよい。さんにんの探偵による、推理合戦といこうではないか! はっはっは」

「ラオ様、そんなこと言ってる場合じゃ……。もしかしたら、セルリアンの仕業かもしれないのに……」

 深く考えずそう言ったキリンは、自分の口から出た可能性に、思わず身震いしました。

 ――そう、これはセルリアンの仕業ではないかしら? この部屋のどこかにセルリアンがまだ隠れていて、夜な夜な宿泊客を食べているとしたら……?

「ね、ねえ、早くこの部屋、出ましょうよ……」

 キリンが声の震えを隠しつつそう言いました。が、ナマケモノはそんなキリンの様子を見て、一言。

「……セルリアンの可能性は、ないと思う」

「え? ど、どうして?」

「仮にセルリアンに食べられたとしても、元の動物に戻るだけのはず。そうでなくとも、痕跡は残る。階段を下りた人はいないんでしょう? だったら」

「で、でも……」

 キリンは震える手で、片方のベッドを指差します。

 黒い羽。これが、クララの「元の姿」だとしたら?

「……だとしても、ピューマがいないのはおかしいよ」

「うん……」

 たしかに、それはナマケモノの言う通りでした。ピューマの元の姿はわかりませんが、ベッドの上、室内に痕跡らしきものはありません。

 ラオは廊下に出て、にやりと笑いました。

「――というか、我はもう、事件の謎がわかっているのだ!」

「え、ええ⁉」

 キリンが大袈裟に驚くのに、ラオは片手を挙げ、「まあ落ち着くがよい」と言いました。

「さっそく我の推理をひろうしてやる。ふふっ……これで探偵の座はあたちのものに……」

 キリンとナマケモノは顔を見合わせ、ラオに続いて一階へ下りていきました。


「さて――」

 机を囲んで座る三人。ラオは再び奇妙なポーズをとって、口を開きました。

「まあこのていどの謎、我にはとっくにお見とおしなのだが、きさまらにもわかるよう、説明してやろう。聞いたあかつきには、我にたいらふくするのだ!」

 たいらふくがなにを意味するのか、キリンにもナマケモノにもわかりませんでしたが、とにかく続きを促します。

「……それで、ラオ様はどう推理してるの?」

こげるでない、ナマケモノ……。まず、クララとピューマが、今どこにいるかだが――」

 そう言って、ラオはふたりの顔をゆっくりと見ました。緊張した空気に、キリンも息を潜めます。

「――地下室。ふたりはそこにいると、我の悪魔推理がささやいている」

「……地下室?」

 ナマケモノは、はてな、と首を傾げました。

「待ちなさい、ラオ様。ならふたりは、どうやって私に気づかれずに階段を下りたっていうの?」

 キリンが指摘すると、ラオは勝ち誇った笑みを浮かべました。

「くく、名探偵よ……。きさまは大切なことを見逃しているな。クララは鳥……。飛んでいったに決まってるであろう」

「あ」

 あまりにも当然の推理に、キリンは愕然としました。なぜそんなことに気づかなかったのでしょうか……。

「ま、まあ、たしかにそうね。私もそう思っていたわ! で、でも、証拠がないから言わなかったのよ! ラオ、あなたには、クララが飛んで行ったという証拠があるの?」

 そう言いながらも、キリンは自分が苦し紛れの文句をつけているだけだとわかっていました。まさか、こうもあっさりと、自分を上回る探偵が登場するとは、完全に想定外のことです。

 しかし意外なことに、ラオは「ぐっ」と呻きました。

「しょ、証拠か……。証拠……。それは――、いや、ある! なにを隠そう、我がこの目で見たのだ!」

「えぇ……?」

 ナマケモノが困惑気味の声を上げました。

「あー! その顔は信じてないな!」

「……いやー、さすがにそれは無理があると思うけど」

「む、む、む……。つ、ついてこい! 我の擬態術を見せてやろう!」

 立ち上がって、ラオは再び二階へと向かいます。


「いいか、かつもくして見よ!」

 廊下に立ったラオはそう言うと、俯せに寝転がりました。

「どーだ! 完璧な擬態であろう!」

 ラオの茶色いフードと、木造廊下の茶色で、多少見づらくなった気もします。

 とはいえ……。

「…………」

「…………」

 冷たい沈黙が場を充たします。

「ほ、ほら! まったく見えないだろう!」

「…………」

「…………」

 キリンと顔を見合わせたナマケモノは、優しい声で言いました。

「……ラオ、その、それは、森の中で、落ち葉に交じって隠れる方法じゃないかな?」

「ま、まあ普段はそうだが……」

 ラオはようやく立ち上がって、満足げな顔でふたりを見ます。

「とはいえ、我がこうして隠れていたのは、どっちも夜のことだ。飛んでいるクララが気づかなかったのも、むりはないだろう」

 そう言われると、キリンには、ラオの発言に理がある気がしてきました。たしかに暗い夜でした。夜目が利くとしても、廊下に伏せる彼女は目に入らなかったかもしれません。

「な、な? 我の推理が正しいだろう?」

 ラオは瞳を輝かせて、ふたりへ詰め寄ります。

「え? ま、まあ、大きな穴はないようだけど……」

 キリンが渋々ながらも、相手の推理を認めようとしたとき。


「……どうかなあ」

 廊下を見廻していた、ナマケモノが呟きました。

「ど、どうかなとは、どういうことだ?」

 ラオが動揺した様子で問いただします。ナマケモノはいつものゆっくりした動きで、腕を組みました。

「うん……。クララが飛んで階段を下りた……っていうのは、たぶん正しいと思うよ」

「だったら!」

「でも――、なら、ピューマが消えた時はどうやったんだろう? クララが抱えて行ったの?」

「そうじゃないの? 私とあなたを運べたクララなら、できると思うけど」

 そう答えたのはキリンでした。

 ナマケモノは、ゆっくり二回、首を振ります。

「……だとしたら、高さが足りない」

「高さ?」

 キリンが廊下の天井を見上げます。たしかにあまり高くなく、キリンがジャンプすると、頭をぶつけそうな程度ではありました。屋根が傾いている都合、階段の天井も、廊下のそれとほとんど変わりません。

「クララひとりなら、飛ぶことで、足音をたてずに階段を下りられたかもしれない。でも、ピューマを運んでいくのは、無理じゃない? ……と、そう思ったんだけど」

 ナマケモノはそれだけ言うと、疲れた様子でキリンにもたれかかりました。

「た、たしかに……。ナマケモノの言う通りだわ。やっぱりすごいじゃない!」

 キリンがナマケモノの両肩を摑みます。

 納得できないのはラオでした。

「き、き、きさまたち! この我の推理が間違っていると?」

「……そこまでは言ってない。ちょっと難しいかな、と思うだけで」

「うぬぬ……。そ、それなら仕方ない! 今から地下室に行こうではないか!」

 ラオは小さな肩をいからせて、階段をのしのしと下りていきます。

「そこにクララとピューマがいれば、我の勝ち! そうだろう⁉」

「でも――」

「まあ、そうなるね。……その可能性もあるし」

 慌てるキリンに構わず、ナマケモノは平然と答えました。

「よし! 我についてこーい!」

 ラオと、ナマケモノを背負ったキリンは、階段を下りていきました。

 一階、そして、地下室へ向かって。

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