空から、地から(前)

「見えてきましたわ。あそこが畑です」

 クロテンが指差す先、下り坂の先に、森の開けたところがありました。

「へえ……。いったい何なのかしら、あれ」

「さあ、詳しくは私も知りませんの」

 実に奇妙な場所でした。まず目に飛びこんでくるのは、延々と広がっている高い塀です。灰色の塀が、敷地を大きく四角形に囲っていました。その中には巨大な灰色の建物が一棟と、周囲より濃い茶色の大地が広がっています。そうでない部分にはすべて、青々とした葉が生い茂っていました。

「あれは――」

 アミメキリンの見つめる先、建物の扉が開きます。中からは、大きくて黄色い、カクカクした形のものが現れました。喧しい音を立てながら、葉っぱを踏み潰すように移動していきます。

「博士によると、あれはフレンズではないそうですわ。きかい? とかなんとか……」

「ふうん……」

 どことなくバスに似ているな、とキリンは思いました。バスより大きく、色々なものが付いていますが。

 そのきかいが通った後、あれほど茂っていた葉は、跡形もなくなっていました。残ったのは濃い茶色の地面だけです。

「なにあれ……」

 キリンは開いた口が塞がりません。なにをしている場所なのか、彼女には見当もつきません。が、安易に「わからない」と言っては名探偵の名折れ。ぐっと堪えて、彼女は考えを巡らせます。

「……わかったわ。つまりあれは、地面を綺麗にしているのね! きっと遊び場を作るんだわ!」

「いえ、野菜をとっているのだと思いますけれど……」


 近づくにつれて、だんだん塀の大きさがわかってきました。キリンを二人重ねたよりも高いでしょうか。それにとても丈夫で硬そうです。キリンたちがいるのは、四角形の一辺にあたる部分ですが、見る限り出入口はないようでした。

「お、来たわね! さあ、早速話を聞かせてもらうよ!」

 ふいに、上の方から声がしました。

「え?」

 キリンとクロテンが見上げる先、塀の上にフレンズの影があります。

 彼女は塀から飛び降りると、その羽を使い、見事に減速して着地しました。

「あれ? 知らない子がいるけど……まあいいか。ナイスツ・ミーツユー! 私はキャプテン・ハクトウワシ。キャプテン、と呼んで頂戴ね」

 そう言って、ハクトウワシ(タカ目タカ科ウミワシ属)は、キリンに右手を差し出しました。ぽかんとして、その右手を見つめるキリン。

「へ?」

「握手よ、握手!」

 ほら、とキャプテンはキリンの右手を摑みます。

「どうも……、アミメキリンよ」

「よろしく、キリン。素敵なマフラーね」

「あ、あなたも、大きな翼が素敵だわ!」

 キャプテンはにっこり笑って、ありがと、と言いました。彼女はキリンの背中に目をやって、

「それで、ナマケモノを連れて来てくれたのね? まったく、いつまで経っても来ないものだから……」

「……ん?」

 その時、ようやくナマケモノが眼を覚ましました。瞼をごしごし擦って、いつの間にか、自分が見知らぬ場所にいるのに気づきます。

「……おはよ」

 暢気に挨拶した彼女を、キャプテンが睨みます。

「『おはよ』じゃないわ。ナマケモノ、あなたを呼んだのは、もう随分前のことよ?」

「…………」

「…………」

「……おお、いつの間にか目的地に着いてるなんて。感動~」

 やれやれと、キャプテンが溜息をつきました。その様子を見て、キリンが眼を丸くします。

「目的地? あなたもここに向かってたの?」

 それを聞いて、キャプテンも驚きます。

「え、知らずに連れて来たの?」


 しばらく会話をして、互いの事情を確認しました。

 キャプテンは、博士たちに頼まれて、ある事件を解決するためにここにいること。彼女の判断で、付近に住むフレンズたちに、訊き込み調査を行っていること。対象のひとりであるナマケモノが、いつまで待っても来なかったこと。

「なるほど……。セルリアンに襲われそうになっていたのは、ここに移動するためだったのね?」

 キリンが言いました。

「ん~」

 いつもは樹の上で過ごしているはずのナマケモノが地面にいたのは、こういうわけだったのです。

「それで、その事件っていうのはなんなのかしら? 私も名探偵として、博士に依頼を受けたのよ!」

「へえ、名探偵! ……が何かは知らないけど、協力してくれるっていうならウェルカム! 事件っていうのはね――」

 うぇるかむ? と頭を悩ますキリンに、キャプテンの説明が始まりました。


 薄い月明りが照らす夜。

 キャプテンがキリンの両脇を摑んで、ゆっくり飛び上がりました。

「ごめんなさい……、私の首が前みたいに長ければ……」

「大丈夫、私ってけっこう力持ちなのよ?」

 言葉通り、キャプテンは軽々と、キリンを塀の上に降ろします。

 キャプテンとキリンは、並んで塀に腰かけました。

「こうして朝まで監視するっていうのが、主な仕事かな。キリンが来てくれて助かったわ。私ひとりじゃ、ずっと起きてられないから」

「なるほど……。私が来たからには観念しなさい、野菜泥棒……!」

 キリンが眼を細めます。起きていることに関して、キリンは自信満々でした。


 事件というのは、「畑に野菜泥棒が出る」ということでした。キリンにはなにがなんだかよくわかりませんが、この畑というのは、「野菜」を育てている土地なのだそうです。野菜というのは、あの生い茂る緑の葉っぱや、その下にある根っこの部分――つまり何人かの子が、フレンズになる前に食料としていたものです。ですが博士たちによると、最近、畑から野菜が忽然と消える事件が頻発しているのだとか。

 それで博士たちが白羽の矢を立てたのが、遠くまで見える眼をもつキャプテン、というわけです。ひとりでは辛いだろうということで、クロテンも協力しています。

「正義のためならとことんやるわ! ……と思ったんだけど、どうにも上手くいかないのよね。野菜は消えるし……。ナマケモノで近くに住むフレンズは最後だったけれど、特に怪しい子はいなかったし……」

「安心しなさい! 私が名探偵の観察眼を見せてあげるわ!」

 キャプテンとキリンはすっかり意気投合しました。

 ちなみに、ナマケモノの取り調べはすぐに終わりました。彼女がキャプテンに見つからないよう動けるはずもなく、そもそもここ最近は、ずっと樹の上で眠っていたからです。今は近くの森で、クロテンと眠っています。


「でも、どうして野菜を……」

 キリンには、野菜の使い道も、野菜を盗む理由もわかりません。食べ物であることは理解できましたが、そんなものをわざわざ盗まずとも、じゃぱりまんを食べれば良いのでは? あるいはセルリアンの仕業では?

 呟きを聞いたキャプテンは、指を立てて、

「博士によると、じゃぱりまんはここの野菜から作られているそうだよ」

「え? じゃぱりまんは……、じゃぱりまんじゃないの?」

「うーん、まあそうなんだけど……」

「???」

 キリンの頭の中はぐるぐるしてきました。じゃぱりまんが野菜から? どう見ても見た目が違います。でも、博士が言うなら間違いないはず……。

 とりあえず、野菜とじゃぱりまんの関係について考えるのは後にしました。

「そういえば、キャプテン。あなたはどうして博士の頼みを受けたの?」

「え、私?」

 キャプテンは少し俯きました。

「それはね、私が正義の味方だからよ。曲がったことが許せないっていうのかな……。誰か困っている子がいたら、真っ先に助けてあげたいし、特にセルリアンなんかは――」

 夜が更けるにつれ、声に熱が籠ってきます。

「――だから私は悪を追うわ! そう、いつまでもどこまでも! うおおおお、ジャスティス!!!」

「じゃ、じゃすてぃ……?」

 キリンの知らない言葉もありましたが、彼女が頼れる存在であることは、なんとなくわかってきました。


 その時です。

「――――!」

 叫び声が静寂を掻き消しました。

 キリンにはどこか聞き覚えのある声です。

「! 今の声は……」

「クロテンのものよ!」

 言うが早いか、キャプテンがキリンを抱え、空へ舞い上がります。

「行くわよ名探偵! レッツジャスティ―ス!!」

 なんだか楽しくなってきて、キリンも一緒に叫びます。

「じゃすてぃーす!」

「合体技必殺技は『ダブルアロードロップ』でいくわよ!」

「え、なにそれ聞いてな……」

 キャプテンの大きな翼が、夜闇を切り裂いていきます。

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