空から、地から(中)

 キャプテンとキリンが駆けつけた先で、クロテンが森の奥を指差して震えていました。その足元で、ナマケモノが欠伸をひとつ。この騒ぎには、さすがの彼女も目を覚ましたようです。

「大丈夫、クロテン?」

 キャプテンが訊ねると、

「は、はい。私は大丈夫ですが……。野菜泥棒が、あっちに……」

「木陰に隠れたか。ここからじゃ見えないわね」

「手分けしましょう、キャプテン」

 キリンが提案します。

「あなたは空から見て。私は地面に降りて捜すわ」

「……オーケイ。でも大丈夫?」

「大丈夫よ。こう見えて、私けっこう足は速いの」

 無言で頷きあうと、ふたりは弾かれたように追跡を始めました。

 キャプテンは大きな翼を羽ばたかせ、上空から地上を睨みます。キリンは樹々の間を縫うように走って、木陰に目を光らせました。


 夜が明け、畑に朝陽が注ぎます。

「……そっちはどうたった?」

 泥だらけのキリンが言うと、キャプテンは首を振って、肩を竦めました。

「駄目だったわ。逃げられたみたいね」

「……お疲れ様ぁ」

 ナマケモノが労いました。

「ごめんね、何もできなくて」

「ナマケモノが気にすることじゃないわ。……見逃した私が悪いのよ」

 キャプテンが肩を落としました。獲物を見つけることにかけて、自分の右に出るものはいないと自負している彼女にとって、今回のことは想像以上にショックだったようです。

 勿論それはキリンも同様で、名探偵と名乗った手前、犯人を逃がしてしまったのは、無念の至りでした。

「クロテン、あなたの見た犯人って、どんな姿だった?」

 せめて手掛かりがないものかとキリンが訊ねます。

「え? ……その、申し訳ありません。フレンズさんの姿だったとは思うのですけれど……。暗くて、それも一瞬のことでしたので、よくわかりませんでしたの」

「よくわからなかったの? なら見間違い、ということはないかしら?」

 なるほどね、とキャプテンが頷きます。

「確かに、畑から野菜が減っているか確かめるまでは、本当の泥棒かはわからないわね……。フォロミー! 早速行くわよ!」

 彼女は颯爽と飛び上がります。飛び上がった後で、自分以外のフレンズは飛べないことを思い出し、ひとりひとり畑の中に運びました。

「ここはよし、ここもよし……」

「こっちも変わりありませんわ」

 キャプテンとクロテンが畑を確かめていきます。

「ここは、どうかしら?」

「……うん、大丈夫みたい」

 キリンは前日の様子を憶えていなかったので、ナマケモノを背負って畑を見廻りました。驚くべきはナマケモノで、昨日遠目に一瞥しただけで、畑の様子を記憶してしまったそうです。

「ほかにすることもなかったからね~」とは、彼女の言。

 地面が柔らかく、何度か足を取られそうになりながら、キリンは歩きました。畑の土は、他と違ってもわもわして、とても歩きにくいです。

「……ん、ここ」

 唐突に、ナマケモノがキリンの背中を叩きました。足を止めて、キリンは訊ねます。

「どうしたの?」

「ここ、昨日と違うかも。いくつか取られてる気がする……」

 ナマケモノが指差す畑では、生い茂る葉っぱの間に、ところどころ地面が露出していました。


「ニンジン畑、ですわね。確かに盗まれているようです」

 どこからともなく一冊の本を取り出したクロテンが言います。博士に借りている本で、畑にある野菜の名前かわかるそうです。これまでの事件の時も、彼女が盗まれた野菜を特定する役でした。

「うーん、やっぱりやられたかあ……。じゃあ、戻ろうか」

 キャプテンが言いました。これも博士の言ったことですが、塀の内側には、長時間いてはいけないそうです。またひとりひとり、キャプテンが外へ運び出しました。

 四人で輪になって、今後の対策を話し合います。四人全員で警備にあたるか、博士に更なる増員を頼むか……。

「……でも、その犯人って、どうやって盗んだんだろう」

 話し合いの最中、ずっとうつらうつらしていたナマケモノが、出し抜けにつぶやきました。

「え?」

「それは、どういう意味でしょう?」

 キリンとクロテンが、それぞれナマケモノを見つめます。

「…………」

「「…………」」

「……え?」

 自分に向けられた視線と気づかず、ナマケモノはぽかんと首を傾げました。

「いや、あなたに言ってるのよ?」

「おぉ。……えっとね、畑の周りは塀で囲まれているでしょ? 私たちも、キャプテンに抱えられて入ったわけだし」

「まあ、私にはそれくらい楽勝。ピースオブケイクだけどね?」

「……うん。だから、塀の内側に入れるのはトリ系の子だけだと思うんだけど……、でもそれは――」

「私の誇りに懸けて、それはないわ」

 キャプテンが真面目な顔で断言します。

「いくら夜とはいえ、空を飛んで入ってくるのを、私が見逃すはずないわ。昨日の夜だって……」

 ハクトウワシがそう言う以上、空から入ったとは考えられません。四人はまた、腕を組んで考えます。

「わかったわ。塀を砕いて――」

「……なら逆に、地面から入ったのかなあ?」

 キリンの発言を遮ったのはナマケモノでした。

「トンネルを掘って侵入して、他の野菜に隠れるようにして、こっそり盗んだ、とか」

「う……。確かに、それなら私も見逃すかもしれないわ……認めたくはないけど」

 キャプテンが頷きます。

「でも、そんなことできるのでしょうか?」

「それこそ、確かめればいいことだわ!」

 キリンが元気よく言って立ち上がります。キャプテンもつられて、

「その通り! 行くわよ!」


「なかったわね……」

「うん……」

 キリンとキャプテンはぐったりして、樹の幹にもたれかかりました。

 塀の周囲をぐるりと一周、捜索範囲を広げてもう二三周しましたが、トンネルの痕跡は発見できませんでした。これだけ捜してないとなると、地中から侵入したという線は薄そうです。あるいは、穴を塞いで行ったのかもしれませんが、逃げる泥棒にそんな余裕があったか、疑問が残ります。

「おふたりとも、大丈夫ですか?」

 クロテンが言って、じゃぱりまんを渡しました。

 ありがとう、と二人が受け取ります。ナマケモノが申し訳なさそうに、

「……ごめんなさい、私が筋違いなことを言っちゃって」

 ううん、とキリンは首を振りました。

「なにを言ってるのよ。あなたのお蔭で、ほかの可能性を潰すことができたんだから。残った可能性を推理するに、隠し通路を作って――」

「しかしこうなると、どう監視したものか、迷うわね」

 キャプテンが溜息をつきました。

「警備の人数を増やしても、相手がどこから入ってくるかわからなければ意味がないし……」

「いえ! 相手がどこから来るかなんて、知る必要ないわ!」

 突然キリンが叫びました。

 キャプテンは目を丸くして、

「どうしたの、名探偵?」

「私に考えがあるわ! クロテン、昨日犯人を見かけたっていう場所を教えてくれるかしら?」

「え? ええ、構いませんけれど……。あの、何をなさるおつもりですか?」

「聞いて驚きなさい! まずね――」


 話を聞き終えたハクトウワシとクロテンは、黙って顔を見合わせました。

「あのさ、名探偵。それはちょっと難しいんじゃないかな?」

「そんなことないわ。ナマケモノ、あなたもそう思うでしょう?」

「…………」

「って寝てるし!」

 キリンの膝で眠り始めたナマケモノを見て、クロテンは微笑みました。

「キリンさん。もう少し情報を集めてからでも、遅くないんじゃありませんか?」

「甘いわ! 思い立ったら即実行が鉄則よ!」

「鉄則って……、なんの?」

 キャプテンの問いに、キリンは即答します。

「名探偵のよ!」

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