はじめての依頼
「見えてきましたわね」
「ああ、良かった……」
アミメキリンが胸を撫でおろし、背中のナマケモノを一瞥します。
「この子は相変わらず寝てるけど……」
クロテンの案内で、キリンはなんとか図書館へとやって来ました。到着した時には、すっかり朝になっていました。
「博士、起きてるといいけど……」
「たぶん起きていると思いますわ。この時間はいつも」
図書館の周りは森が開けて、だだっ広い草原になっています。朝露で濡れた草を踏んで、ふたり(と背負われたひとり)は歩いていきます。
「お邪魔しますわ。博士たち、起きていらっしゃいます?」
クロテンが図書館に入って、そっと声をかけます。
図書館はひっそりして、物音も聞こえてきません。
「やっぱり寝てるのかしら?」
同じく扉をくぐってきたキリンが、首を傾げます。
「起きてるですよ」
「ひゃあ!」
ぬう、と突然目の前に顔が現れて、キリンは腰を抜かしかけました。背負っているナマケモノの存在を思い出し、なんとか踏み止まります。
「です」
と、背中側にはいつの間にか、別の影が。
「ひぃ!」
前から後ろから囲まれて、キリンは膝を震わせます。
「……博士、イタズラが過ぎますよ」
クロテンがやれやれと首を振りました。落ち着いて見ると、突然現れたのは、キリンもよく知る相手でした。
目の前にいるのは、白い毛並みの鳥のフレンズ、アフリカオオコノハズク(フクロウ目フクロウ科コノハズク属)。自称も他称も「博士」。
後ろに立っているのは、茶色い毛並みの、これも同じく鳥のフレンズ、ワシミミズク(フクロウ目フクロウ科ワシミミズク属)。自称も他称も「助手」。
博士と助手。この図書館に棲み、自らを天才と呼んで憚らないふたり組でした。実際とても賢く、普通の子が知らないことをたくさん知っています。
ふたりはキリンをぐっと見上げました。
「それで、どうしたのですか? クロテンと、キリンと……、そっちのは知らないのです」と博士。
「私たちはこれから眠るところなのです。用件があるなら早く言えなのです」と助手。
クロテンはキリンに目配せし、軽く片目を瞑りました。それを見て、キリンも自分の用事を思い出します。とりあえず壁際にナマケモノを降ろしました。
「そ、そうだわ、博士。ここにヤギ――かもしれないフレンズは来なかったかしら?」
即座に答えがきます。
「ヤギですか? 来ましたですよ」と博士。
「ですね。昨日来ました」と助手。
ああよかった、とキリンが溜息をつきます。これで彼女の目的は達されたわけです。安心したついでに、以前読んだホラー探偵ギロギロを、また読ませてもらおうかと、あたりを見廻しました。すると、そこで彼女の目に止まったものがあります。
「それで、用事はそれだけですか?」
博士が欠伸しました。
「我々は眠いのです。たくさん頭を使ったので」
助手も欠伸しました。
「――ね、ねえ……。博士」
キリンは震える声を押し殺して、机の上を指差します。
「なんですか?」
「あれ……、私にくれないかしら?」
「あれ? あれとはなんですか?」
「これよ!」
机に近づいて、キリンはそれを取り上げます。彼女の手に握られたのは、
「これ、虫メガネ――よね?」
「いかにも、虫メガネです。お目が高いですね」
博士が頷きました。
「しかし、それを欲しい、というのは認められないのです」
助手が首を振りました。
「ええ! ど、どうして?」
「それはこっちの台詞なのです。なぜお前はその虫メガネが欲しいですか?」
「ですね。まさか、お前もりょう――」
「それは、私が名・探・偵だからよ!」
キリンが虫メガネを構えます。博士たちは互いの顔を見合わせ、若干落胆したように溜息をつきました。気づかず、キリンはなおも言い募ります。
「探偵は虫メガネを使って、現場に残された証拠を捜すと聞いたわ! これがあれば、私もさらに難事件を解決できるはず! あのギロギロも――」
彼女の熱弁を聞いて、ふうむ、と博士が腕を組みました。助手と顔を突き合わせて、なにかこそこそ話をはじめます。その間も、キリンの演説は続いていました。クロテンは
「――というわけで、私にはこれが必要なの!」
肩で息をするキリンに、
「なるほど、お前の言い分はよくわかったです」
と博士が言いました。本当は何も聴いていませんでしたが。
「じゃ、じゃあ!」
顔をぱあっと輝かせたキリンを、助手が遮ります。
「とはいえ、お前がその――名探偵? かどうか、我々には判断できないのです。もし欲しいのなら、証拠を見せてもらうです」
「証拠?」
博士が背伸びして、首を傾けました。
「そうです。名探偵とは、難事件を解決するものなのですね?」
「ええ、まあ――そうね」
助手も同じく背伸びして、首を傾けました。
「つまり、お前はある事件を解決するです。できたら、その虫メガネをやるのです」
「なるほど……。まさに! 私にうってつけの状況というわけね!」
キリンは元気よく胸を張りました。
「いいでしょう! その事件、この私に任せなさい! ばっちり推理してあげるわ!」
わっはっは、と笑い出したキリンを見て、助手が不安そうに眉をひそめました。
「博士、やはり我々で解決するべきだったのでは?」
「しかし助手、我々は研究で忙しいのです。こいつが失敗したら解決に乗り出せばいいでしょう」
「ですね。すでに先遣隊は送ってありますし……」
「それで? その事件はどこで起きているのかしら? ここかしら?」
本棚をひっくり返しかねないキリンを、慌てて博士が止めます。
「違うです。畑で起きている事件なのです」
「……はたけ?」
何もわかっていない顔で、キリンが鸚鵡返しにしました。
「クロテンに案内させるです。詳しいことは、そこにいる奴に訊くです」
助手がクロテンを手招いて、何事か耳打ちしました。
はい、はい、と頷いていたクロテンが、にっこり笑います。キリンの方を向いて、
「わかりましたわ。ではキリンさん、畑へ参りましょうか」
「え、ええ! 行きましょう!」
早速ふたりが図書館を出ようとすると、待ったがかかりました。
「そこのを連れて行くのです。というか、誰だったのですそいつは」
博士が指差す先にいるのは、相変わらず眠っているナマケモノでした。
「我々はこれから寝るのです。そいつを見てたら、どんどん眠くなってきたのです。くぁ~」
助手が欠伸を噛み殺して言いました。
そのまま、ふたりは図書館の奥へ姿を消してしまいました。
「…………」
「…………」
キリンはクロテンと顔を見合わせた後、よっこいしょとナマケモノを再び背負いあげます。もう何度もしていることなので、慣れてしまいました。
「でもいいのかしら……。本人の領解も得ずに連れて行って……」
彼女に言えたことではありませんが、キリンはそうつぶやきました。
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