回想#1.梨花

 高校からの友達から結婚式の招待状が届いた。婚約した相手は職場で出会った彼氏とのこと。大学時代に初彼氏ができて別れているから、二人目の彼氏なのかな。数カ月前、プロポーズをされたと嬉しそうに報告をしてくれた。


 あたしは高校一年の終わりに彼氏と彼女が同時にできた。彼女は幼い頃からずっと想ってきた紗奈。彼氏は高校に入学してから一緒に暮らし始めたパパ。その後2年ちょっとの高校生活は正にリア充だった。そして高校を卒業と同時にゴールインだ。




 ふと回想をしてみる。それは高校二年の終わり頃だった。サッカー部の冬の選手権の全国大会が終わった後だ。紗奈と陸先輩は会社設立に向けて忙しそうだった。ちなみに大会はベスト4という好成績。更に言うとその前の夏のインターハイは全国優勝だ。


 その日あたしは隣のクラスの小金井里穂こがねい・りほちゃんと話していた。里穂ちゃんから相談があると言われ、部活後に一緒に帰ったのだ。里穂ちゃんは部活が終わるまであたしを待っていた。その帰りの道中だ。


「あのね……。天地先輩にチョコを渡したいの」

「あ、バレンタインの?」

「うん……」


 気恥ずかしそうに言う里穂ちゃん。2月に入り、バレンタインデーまで残すところ数日。里穂ちゃんと陸先輩の出会いを知っているから、里穂ちゃんのバレンタインデーに対する強い思いは理解できる。

 ただ、里穂ちゃんはあたしと陸先輩が付き合っていることを知らない。絶対に言えない関係ではあるが、里穂ちゃんの陸先輩に対する気持ちをいち早く知っていたので、言えないことが心苦しい。

 とは言え里穂ちゃんは、陸先輩が紗奈とも付き合っていることは知っている。それでも里穂ちゃんは一途に陸先輩を想い続けているのだ。


「天地先輩、もう自由登校になっちゃってほとんど学校に出てきてないでしょ?」

「うん」


 陸先輩は推薦で大学が決まり、三学期に入った途端ほとんど登校していない。恐らく卒業式まで登校しないだろう。仕事に専念と言った感じだ。


「梨花ちゃんから渡してもらえないかなと思って。家、確か近くだったよね?」


 はぁ、なんて答えよう。自分の彼氏に他の女の子からの本命のチョコを渡すのか。複雑だ。


「連絡先知ってるんだから呼び出して渡さないの?」


 陸先輩の二年生の時の誕生日の日は、あたしが里穂ちゃんに協力して陸先輩を呼び出した。その時里穂ちゃんはまだ陸先輩の連絡先を知らなかったから。けど今は知っている。複雑な気持ちのあたしはこれを逃げ文句にしたのだ。


「そ、そ、そ……、そんなこと……。紗奈ちゃんに悪いから」

「けど、本命チョコなんでしょ? 自分の手で渡さなくていいの?」

「……」


 押し黙ってしまった里穂ちゃん。あたしは自分が卑怯だと思う。里穂ちゃんの気持ちを知りながら、陸先輩との関係を隠して、協力することから逃げている。できれば渡してほしくない。里穂ちゃんから陸先輩にチョコを。

 そうかと言って、協力したらしたでそれは失礼だとも思う。結局、友達面して彼女の想い人と隠れて交際をしているのだから、どちらにしてもあたしは悪魔だ。


「けどやっぱり紗奈ちゃんのことも大事な友達だから。天地先輩に気持ちはあるけど、義理チョコでいい」


 健気だ。あたしはそれを聞いて本当に複雑だ。心苦しさが拭えない。だからあたしは言ってしまった。里穂ちゃんのことを友達だと思っていたいから。決まり事違反だが、仕方がない。


「里穂ちゃん、ずっと嘘吐いててごめん」

「え? どうしたの?」

「あたしの遠距離恋愛ってあれ嘘なの」

「え? え?」


 ちょっとパニックになる里穂ちゃん。恐らく心がざわついているのだろう。けど、ごめん。その不安が的中だと知らしめる。一部だけだけど。


「あたしの好きな人は陸先輩なの」

「そ、そうだったの?」


 付き合っていることまでは言えない。陸先輩の二股がバレるから。そして紗奈とあたしが付き合っていることも言えない。紗奈がバイセクシャルだとバレてしまうから。あたしは自分だけが悪者になる。

 とは言え、どう言ったらいいものか。完全に見切り発車だ。こういう時は言い訳からしか話を進められない。


「里穂ちゃんの気持ちを知った時は陸先輩への気持ちに気づいてなくて」

「そうだったんだ……。けど、その時も好きな人がいるって言ってたよね?」

「うん。それは違う人」

「そっか……」


 あぁ、本当に最低だな、あたし。友達失格だ。


「紗奈ちゃんはそのこと知ってるの?」

「うん。知ってる」

「天地先輩は知ってるの?」

「知ってる」

「そっか。それでも仲いいんだね」

「まぁ……」


 三人同時交際自体が一般の人からは受け入れがたい非常識。そうかと言って、あたしが陸先輩に惚れていることだけ伝えても、未だ三人の仲がいいことに価値観がそぐわない。人に説明する時のこのもどかしさ。


「けどつまり、天地先輩は梨花ちゃんの気持ちには応えてないってことだよね?」

「あたし達三人は、他の人からは理解してもらえないような特殊な関係だから。お互いに尊重し合ってる」


 卑怯にも里穂ちゃんからの質問に、核心の答えを示さずあたしは濁して逃げた。事実を述べてはいるが、里穂ちゃんの質問に対しては曖昧な回答以外の何ものでもない。


「と言うことは、梨花ちゃんはこれからも私の友達でいてくれる?」

「え?」


 予想外の言葉だった。だってあたしのしていることは、友達失格だと思っていたから。絶交されることを覚悟で言ったのだから。こんな言葉が里穂ちゃんの口から発せられるとは思っていなかった。


「いいの? 里穂ちゃん、まだあたしのこと友達だと思ってくれるの?」

「梨花ちゃんさえ良ければ」

「あたしさえって……。最低なことしたのはあたしだよ?」

「紗奈ちゃんと同じ人を好きになって、尊重し合ってるなら私もそういう関係に憧れる」


 あぁ、そういうことか。罪悪感が余計に増す。三人同時交際だから成り立っているのだ。あたし達三人の信頼は。


 確かに紗奈が陸先輩と付き合い始めてからあたしは陸先輩への気持ちに気付いた。当時は紗奈に対しても陸先輩に対しても遠慮をしていた。それこそ今の里穂ちゃんのように。それは一方的な尊重であって、尊重し合っているわけではない。

 けど今は違うのだ。三人同時交際になったからこそ、尊重し合っているのだ。しかも里穂ちゃんの陸先輩の気持ちを知った上であたしは陸先輩と結ばれた。


「例えばの話だけど、今後梨花ちゃんが天地先輩と付き合うことになっても私は梨花ちゃんと友達でいたい。梨花ちゃんが初めてできたまともな友達だから」


 ダメだ。やはりもう少しだけ本当のことを言おう。罪悪感が重すぎる。


「里穂ちゃん。実はあたしも陸先輩と付き合ってるの」

「え? ……も、ってことは紗奈ちゃんと同時に、ってこと?」

「うん。紗奈も知ってる。本当にごめん……」

「そっか……」


 それからは無言でそのまま駅に着いてしまった。すると里穂ちゃんからもう少し話したいと言われ、あたし達は近くの公園に行った。そしてベンチに並んで腰を下ろした。

 罵られるだろうか。優しい性格の里穂ちゃんだから暴言までは出てこないと思うが、それでも覚悟しておこう。そして里穂ちゃんが口を開いた。


「隠してるってことはその三人でしか成り立たない関係なんだよね?」

「うん……」

「他に誰かが加わることはできないんだよね?」

「うん」


 陸先輩の二股まで言ってしまった。陸先輩のイメージを守れなかった。これだけ知れば陸先輩がハーレムということになるが、本当はあたしも紗奈も一緒なのだ。


 里穂ちゃんは一瞬、自分も加わることを考えたのかもしれない。そういう質問の意図だろう。もし誰かが加わるのなら、全員がその人のことも好きにならなくてはいけないし、その人も現状の三人を好きにならなくてはいけない。果たしてその確率とは。

 天文学的な数字になると思う。今のあたし達三人は物凄く奇跡なのだ。世の二人組のカップルだって奇跡だと言われるくらいなのだから。


 日も暮れた時間で、冷たい風が吹きすさぶ。少しして里穂ちゃんが再び切り出した。


「天地先輩はもうすぐ卒業だし、卒業式が会える最後の日かもしれないから、それまでは天地先輩のことを好きでいたい。いいかな?」

「え?」


 お伺い? これだけ最低のことをしているあたしに対して? あたしは驚いて里穂ちゃんを見た。里穂ちゃんは申し訳なさそうな表情をしている。


「これからも出会いはあると思うし、それに期待する。人見知りだから頑張らなきゃいけないけど。それなら梨花ちゃんと友達でいてもいい?」

「なんで……。なんでなの?」


 あたしは嗚咽を漏らしていた。


「なんであたしをそこまで大事にしてくれるの?」

「友達だから。ずっと欲しかった友達に梨花ちゃんが最初になってくれたから」

「うぐっ、うぐっ……。里穂ちゃん、里穂ちゃん……」

「あわわわわ。泣かないで」


 無理だよ、里穂ちゃん。里穂ちゃんの気持ちが心に染みるから。涙はどう頑張っても我慢できないよ。


「うん。ずっと友達でいる。もうこれから先は里穂ちゃんを裏切らない」

「裏切るだなんて、そんな……。恋愛は理屈じゃないし、好きになることは自由だから」

「里穂ちゃん……。うぅーん……」

「受け売りなんだけど」


 里穂ちゃんはそう言って少しだけ微笑みかけてくれた。


 里穂ちゃんは結局陸先輩に気持ちを告げないまま陸先輩の卒業を見送った。あれほど大事にしていたバレンタインデーも陸先輩にチョコを渡すことはしなかった。それでもあたしと仲良くしてくれるし、この秘密を誰かに言うこともしなかった。




「ママー」


 むむ。あたしの長男の明人あきとに呼ばれた。今年4歳だ。


「雪乃が泣いてるよー」

「今行くー」


 あたしはそう返すと立ち上がった。雪乃ゆきのはあたしの長女だ。今年2歳になる。


 あたしは紗奈の二人の子供とあたしの二人の子供を合わせた7人で仲睦まじく暮らしている。あたしと紗奈とパパの三人以外で、あたしの子供の父親を知っているのは麻友さんとパパの妹のそらだけ。――と言うのが紗奈とパパの認識。


 実はもう一人、里穂も知っている。里穂とは今でも付き合いがある。さすがにあたしが性的少数派だとは言っていないけど。里穂は人にペラペラ話す性格ではないし、この秘密を守ってくれている。そんな里穂からの結婚式の招待状だった。


 婚約おめでとう。幸せになってね、里穂。

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