終章 『その後』

107.エピローグ~陸~

 俺は高校を卒業した3月に会社社長になった。社名は『株式会社アースサナリー』だ。ネーミングは……、まぁ、察してくれればいいと思う。大学は法学部に進み、俺は学生社長だ。


 会社設立までの道のりは険しかった。まずは不動産部門の王平不動産。それは夏だった。不正取引が発覚して会社が傾いた。そして確保してもらう予定だった人員の話も流れた。任命責任だと言って崇社長がうちまで菓子折りを持って謝りに来た。


「頭を上げて下さい……」

「そんなわけには……。こちらの調査不足でした……」


 次にキダGHグループホールディングス。それは秋だった。役員の中から反対派が出たと言って出資の話そのものが流れかけた。どうやらキダGHは崇社長率いる社長派と、副社長率いる副社長派の二派閥があったらしい。また崇社長が菓子折りを持って謝りに来たのだが。


「頭を上げて下さい……」

「そんなわけには……」

「私も御社に任せっきりだったので申し訳ない」

「恐縮です。役員の意思統一ができておりませんでした。私の根回し不足です」


 こんな感じ。けどその後崇社長が尽力してくれた。当初の出資額の6割に減額されたものの、なんとか役員会を通してくれた。けどそれは資本金の減額である。事業規模を見直さなくてはならなかった。


 しかしそれを助けてくれた救世主が手塚不動産の手塚社長だ。俺の方から出向いて相談に行ったのだが、なんと、減額分の出資を名乗り出てくれたのだ。

 更に不動産資格者も出向させてくれた。しかも三人。これはなんと、紗奈に大学進学の道が開けたのだ。紗奈は既に資格試験の願書を提出していたので、結局資格試験は受けたわけだが。そして見事一発合格だから恐れ入る。


 キダGHの減資の影響で、キダGHが手配する予定だった人員は減っていた。だから手塚不動産からの出向は併せて救われた。至れり尽くせり、感謝の限りである。

 この件で、信頼関係の構築は大切だと改めて痛感した。手塚不動産にとってもキダGHとのパイプができることにメリットがあったそうだ。


 株式は出資額を按分して、俺、キダGH、手塚不動産、紗奈が4、3、2、1の割合で分けた。キダGHと手塚不動産から役員が一名ずつの選出となった。


 後日わかったことだが、陰で副社長を操作していたのは、なんとクソジジイだ。つまり天王寺ファンド会長の天王寺正造。俺の祖父だ。キダGHから同業子会社ができることに恐れての妨害工作だった。副社長はライバル会社との癒着がバレて更迭された。


 ただそれが発覚した時、俺は頭に血が上りA県まで行って、天王寺ファンドに乗り込んだ。新幹線の駅のホームから見える築数年の真新しいビル。その一フロアを丸々借り切っている会社に。

 中学入学前、クソジジイとの約束は守ったのに、邪魔をされた。それが気に入らなかった。しかし、クソジジイは悪びれもせず、こう言った。


「お前との約束は関係ない。ライバル会社が同業子会社を作ろうとしているのだ。それを阻止するのはビジネス手法の一つだろ」


 言葉が出なかった。確かに俺も利益のために非情な決断を下すことはある。棚に上げた不都合を引きずり降ろされた気分だった。それにもう問題は解決しているわけだし、何かが変わるわけではない。俺は消化できない気持ちを呑み込んで引き下がった。

 そしてその時、俺をA県まで迎えに来たのは梨花だった。天王寺ファンドが入居するビルの1階エントランスで待っていた。その時に梨花と交わした会話。


「こんなとこまで乗り込んで、もし問題起こして会社設立がパーになったらどうするの?」

「ごめん……」

「けどお爺さんからの言葉、喜んでいいんじゃない?」

「え?」

「陸先輩を脅威に思ってるってことだよ。つまり評価されてるんだよ」

「梨花……」


 確かにそうだ。これはモチベーションに変えられることでもあったのだ。俺はそれに気が付いていなかった。まだまだ青いな。


「あと、紗奈から伝言。『私は陸先輩を待つことしかできない。気の利いた言葉を掛けられるのは梨花。私は陸先輩が留守の間、事務所を守るから。ご飯作って待ってる』だって」

「なんか中学時代とは梨花と紗奈の行動力が逆だな」

「本当だよね。気の利いた言葉なんて持ってないんだけどな」


 十分言ってくれたよ。それに仕事に関与していないのに心配して迎えに来てくれた。紗奈も梨花も随分と変わったものだな。二人には本当に支えられている。


「紗奈に心配掛けちゃうから早く帰ろうか」

「それ、あたしのセリフ」


 そうして俺は東京に帰ったのだ。


 サナリーの高校卒業式の日の夜、俺は紗奈と梨花二人にプロポーズをした。1年会社をやって業績も順調で、自信が付いてのことだった。結果は、二人とも婚約指輪を受け取り、泣いて喜んでくれた。


 その後、話し合いを重ね、紗奈が俺と入籍することになった。紗奈と梨花が大学に入学する直前、俺は戸籍上も紗奈とは夫婦になった。もちろん紗奈と梨花も非合法とは言え婚姻パートナーだ。紗奈と入籍した理由は梨花が身を引いたこと。梨花が身を引いた理由はこうだ。


「事業をする上で、紗奈が陸先輩と入籍した方がいい。二人とも成人扱いになるから」


「元々あたしが二人に割り込んだ関係だ」


「あたしは大前提が同性愛者だ。唯一たまたま陸先輩を好きになっただけのバイセクシャル。だからそもそも結婚できるとは思ってなかった。入籍まで欲はかかない」


「あたしが陸先輩の戸籍に入ったら、ひらがな表記も、アルファベット表記も陸先輩と一字違いになっちゃう」


 最後は余計だと思うが……。それはさておき、梨花は同性愛者だというプライドが捨てきれなかったんだな。更にこんなことも言っていた。


「事実婚だけど、陸先輩と紗奈とずっと暮らしていくことをここで約束してもらえるのなら、それだけであたしは十分幸せだ」


 この言葉は凄く嬉しかった。結局梨花との関係の秘密は続くが、梨花の気持ちを再確認することができた。


 紗奈のご両親は意外とすんなり結婚を許してくれた。その主な理由は次の通り。

 交際は高校からだが、そもそもの付き合いが長いこと。俺が紗奈の親友であるそらの兄であり、以前からよく知ってもらっていること。俺が自立していること。その仕事を紗奈が手伝っており、既に非常勤の役員として働いていること。


 俺とサナリーは引き続き同居。梨花は間借りしているというのが、世間に対する建前だ。梨花は紗奈と三人お揃いで買った結婚指輪も、喜んで着けてくれた。


 俺は公正証書遺言を遺した。きちんと二人に均等に、配偶者としての相続の権利が守られるように。これは俺しか知らない事実だ。


 サナリーは二人とも大学に進学。紗奈は経済学部に、梨花は外国語学部に進んだ。梨花が短期の海外留学で数回日本を出たことはあるものの、俺達は相変わらず三人仲良く暮らした。


 そらはエレベーター式に系列の大学に進学。高校同様A県C市内だ。経済的な面倒は全て俺が見た。更にバスケットボールは続け、それなりの有名選手だ。


 そらが大学二年生の時、そらに彼氏がいることが発覚した。俺に隠していたようだが、サナリーの会話をたまたま拾って知ってしまった。

 俺は家を飛び出そうとしたのだが、サナリー二人から取り押さえられた。行こうとした先はそらのもとだと二人ともわかったのだ。もちろんその彼氏とやらの所にも。


 俺は大学卒業後、会社に専念。川名さんが出向して俺の秘書に就いてくれた。これには凄くサポートされた。そしてこの頃すぐに知らされた事実がある。

 まず梨花が俺の会社に秘書としてコネ入社を狙っているということ。大学三年生の時から、一切就職に関して動かないからおかしいとは思っていたのだ。まぁ、快く引き受けたが。


 そして川名さんがレズビアンであるということ。トップシークレットとのことだ。これには驚いた。すでに婚姻パートナーもいるらしい。

 この話の続きで更に驚いたのが、梨花が俺と付き合うまで川名さんと関係を持っていたという事実。これをカミングアウトされた。マジか……、その絡み見たかった。紗奈には絶対に内緒だと釘を刺されたが。


 紗奈は大学卒業後、会社に専念し、常勤役員になった。その秘書が梨花だ。梨花は秘書課で川名さんから可愛がってもらっていて、大事に育てられた。元々の素質も相まって梨花は優秀だった。社長として俺はそれがありがたかった。

 まぁ、紗奈の優秀さは言わずもがなで、相変わらず化け物だった。会社へ多大な貢献をした。ただ、たまに用があって紗奈の役員室に出向くと明らかに淫らな臭いがしたことが数回。二人はちゃんと夜は俺の相手もしてくれるからいいけど。


 そらは大学卒業後、実業団のバスケットボール部に社員選手として入部した。その後、現役を6年間続けることになる。引退後は俺が号泣した結婚式だ。


 サナリーが大学卒業後の3年目の秋、紗奈が妊娠した。焦った梨花から妊活を求められ、2カ月後に梨花も無事ご懐妊。それぞれの子供は同級生となった。


 梨花は産休後に仕事復帰。これに合わせて川名さんがキダGHに戻り、梨花が俺の秘書となった。社長室、萌える。そして燃える。

 紗奈は学生以来となる非常勤役員に戻り、ほぼ専業主婦。二人の子供の育児を任された。世間に梨花は未婚のシングルマザーで通している。大学時代に引き続き、俺と紗奈の家に間借りしているというのが建前だ。


 梨花は出産に当たって自身の親とひと悶着あったらしい。当たり前か、父親の名前が一切非公表だったのだから。

 俺は口が出せないのでもどかしかった。一度は挨拶に行くと言ったのだが、拗れるから来るなと言われた。当事者以外、そらと川名さんしか事実を知らない。


 梨花は優秀ながらもおかしな秘書だった。なぜなら接待を受ける時、社長の俺が夜のお店に誘われると必ずついて来るのだ。そしてクラブやキャバクラで誰よりも楽しんでいる。少数派がバレるぞ、おい。


 そして翌年、今度は先に梨花が妊娠した。まぁ、ベッドより社長室の方が頑張り過ぎたから。するとそれを知った紗奈から妊活を迫られ、3カ月後、これまた無事ご懐妊。また同級生の子供が生まれた。上の子とは2学年違いだ。

 これを機に俺は住宅街に土地を購入し、広めの家を建てた。梨花が未婚のシングルマザーで間借りということになっているので、色々と近所からの目は厳しい。けどなんとかやっている。家庭内は円満で、二人の妻と四人の子供と仲睦まじく暮らしている。


「パパ?」


 むむ、梨花に呼ばれた。


「今日はあたしと紗奈に寝室空けてね」

「……」


 またかよ……。


「見学くらいしてもいい?」

「一人で子供全員寝かせたら入室と参戦許すよ」


 紗奈、参戦許可までありがとう。


 そしてやっとの思いで子供四人を寝かせると……。紗奈と梨花、とっくに終わって爆睡。確信犯じゃないか。

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