106.こうして新年度もまた~紗奈~

 今日は始業式。校門前の通りは桜が満開だった。その道を愛しの彼陸先輩と、愛しの彼女梨花と手を繋いで登校した。私と梨花は今日から二年生だ。陸先輩は最高学年の三年生である。


 私達三人は仲良く校門を通過して学校敷地を進んだ。昇降口前にある掲示板。そこに今年度のクラス割が張り出されていた。さてさて私は何組だろうか。自分の名前を探していると隣で梨花が声を上げた。


「きゃー! 紗奈。一緒のクラス」

「え? 本当に?」

「六組だよ」


 私は梨花に教えられて、六組のクラス名簿を見た。あった。自分の名前。


「本当だ。やった。梨花と同じクラスだ」


 両手を握り合ってピョンピョン飛び跳ねる私と梨花。愛しの彼女と同じクラス、嬉しいな。一度落ち着くと改めてクラス名簿を見てみた。


「あ。里美ちゃんが一緒だ」

「乃亜も一緒だ。大野君もいる」


 船山乃亜ふなやま・のあちゃんは去年梨花と同じクラスで梨花と仲良しだっけ。そして男子はサッカー部の大野愁斗おおの・しゅうと君か。更に湯本先輩の彼女、綾瀬里美あやせ・さとみちゃん。


「陽奈子は別れちゃったな。里穂ちゃんも同じクラスじゃないや」


 梨花がちょっと落胆した声を出す。神村陽奈子かみむら・ひなこちゃん。この子も去年梨花と同じクラスで梨花の仲良しか。そしてクラスも違ったのになぜか梨花と仲良しの小金井里穂こがねい・りほちゃん。この子も同じクラスになることは叶わなかった。


「あぁ、遥も別れちゃった」


 私も去年仲良くしていた遥と別れてしまった。征吾君と遥も違うクラスのようだ。カップルがそんな都合よく同じクラスにはならないか。私と梨花は特別だけど。私はふと横を見上げて陸先輩に聞いてみる。


「陸先輩は何組?」

「六組」

「え? 縦割り一緒じゃん」

「だな」


 なんと。愛しの彼と縦割りのクラスが一緒。これは体育祭が楽しみだ。


「有名どころでは同じクラスに誰がいる?」

「圭介と水野」

「じゃぁ、里美ちゃんも湯本先輩と縦割り一緒じゃん」

「だな。あと、翔平も一緒のクラスだ」


 美山翔平みやま・しょうへい先輩か。サッカー部のキャプテンでモテるとか。


「成宮先輩と由香里先輩とは別れたの?」

「あぁ。そもそも公太は理系だし、吉岡は看護系だから。俺は文系。木田が隣の五組だ」


 むむ。木田先輩が隣のクラスか。油断ならないぞ。そして長年連れ添った成宮先輩と由香里先輩はとうとうクラスが分かれたのか。とは言え、理系と看護系で別々の進路を選択したのだからそうなるか。陸先輩は湯本先輩と茜先輩とは3年間同じクラスなんだ。


「吉岡の十組は看護系だから女クラで、公太の九組は唯一の男クラだな。体育が合同か」


 それでも隣のクラスで体育が合同なのか。なんとまぁ、縁のある二人だか。


 私は昇降口で陸先輩と別れて梨花と一緒に二年六組の教室に向かった。すると六組と五組の間の廊下でモジモジしながら立っている女の子を発見。里穂ちゃんだ。里穂ちゃんは私達の隣の五組だ。すかさず梨花が声を掛けた。


「里穂ちゃん、どうしたの? 教室に入らないの?」

「去年せっかく仲良くなれたクラスの子がみんな別れちゃって……」


 泣きそうになりながら言う里穂ちゃん。人見知りだからね、ちょっと可哀想だ。また一からクラスの子と仲良くしなきゃいけないから。


「ちょっと待って」


 そう言うと梨花は五組の教室を覗いた。


「あ、いた。ひなこー!」


 梨花に呼ばれて陽奈子ちゃんが教室から出てきた。陽奈子ちゃんも五組のようだ。


「この子、小金井里穂ちゃん」

「知ってるよ。スリートップだもん」


 あ、そうか……。私と梨花と里穂ちゃんはそんな訳のわからない代名詞があるのだっけ。


「あたしの友達なんだけど、人見知りなの。仲良くしてあげて」

「ん。わかった。私、神村陽奈子」

「小金井里穂です。よ、よろしくね」


 お、それならば。私はちょうど五組の教室の前まで来た遥を捕まえた。遥も五組なのだ。朝の挨拶もそこそこに、私は遥に梨花と同じ言葉を言った。


「わかった。私、柏木遥。よろしくね」


 遥は里穂ちゃんに向き直り挨拶をした。里穂ちゃんも挨拶を返す。そして陽奈子ちゃんと遥に連れられて里穂ちゃんは教室に入っていった。これなら安心だ。それを見届けて私と梨花は六組の教室に入った。


「紗奈ちゃーん」


 すぐに声を掛けて来たのは里美ちゃんだ。


「あー、里美ちゃん。よろしくね」

「こちらこそ。もう呼び捨てでいいよ?」

「じゃぁ、私も。えへへ」


 梨花は乃亜ちゃんと一緒にいる。私は里美を連れて梨花と合流した。乃亜ちゃんからも呼び捨てをお願いされたのでこれからは乃亜だ。始業時間まで4人でワイワイ過ごした。


 予鈴が鳴って、黒板に張り出された名簿順の座席表をもとに席に着く私達。そして本鈴とともに入って来た先生。


「あ……」


 森永先生だ。去年の梨花の担任で、一昨年の陸先輩の担任。そしていち早く私と陸先輩の関係を見抜いた仏のクソ教師。この人が今年の担任のようだ。


 梨花も共同生活を冷やかされたことがあるらしく、クソ教師と言っていたことがある。美少女の梨花に暴言は似合わないよ。そんな梨花は離れた席で落胆の表情を見せているし。

 もしかして私も今年は冷やかされるのかな。下ネタ好きそうな先生だからな。とうとう梨花も含めて3P……、おっと。三人で仲良くイチャイチャするようになっちゃったし。このネタは森永先生の恰好の餌食だよな。百合だけは絶対にバレないようにしなきゃ。




「それは森永先生に守られてんな、俺達」

「え? どういうこと?」


 これはこの日の学校を終えて、ランチの予約をしたお店に行く道中の、陸先輩と私の会話である。ちなみに梨花は、私達の会話が聞こえない程度の距離を開けて、後方を大野君と一緒に歩いている。


 元々今日は、恋人同士の三人でランチをする予定だった。それでレストランの個室を予約していたのだ。

 しかしこの日のホームルームが終わると梨花が大野君からランチに行こうと誘われた。陸先輩と私と予定している旨を伝えると、大野君は自分も混ぜてくれと言ってきた。明後日の新入生の部活見学まで部活はオフなのだ。明日は入学式だし。


 私と梨花は陸先輩に大野君も一緒にいいかとお伺いを立てたところ、快諾してもらったので、4人で学校から移動中なわけだ。くそ、個室で三人イチャイチャランチタイムが。まぁ、陸先輩と梨花は仲間入り歓迎派なのでいいけど。


 しかし、大野君はずっと梨花を離さないな。教室でもやたら絡みたがっていたし。もしかして大野君って梨花に気があるのかな? 梨花は彼氏を遠距離ってことにしているから、まだまだ男子が寄ってくるんだよな。梨花は私と陸先輩の彼女だから渡さないけどね。


「森永先生ってさ、担任持ってない学年主任より発言権が強いんだよ」

「そうなの?」

「あぁ。まだ40代前半なのにな」


 年齢は知らなかったが、見た目は年相応だと思う。


「学年の裏番みたいな人でさ、学年毎の学校行事は先生達を仕切ってるんだよ。だから一年の担任になると頭の一組なんだ」

「へぇ」


 そうだったのか。学年の影の支配者だったとは。


「紗奈と梨花が隠れて俺と同棲してることを森永先生は知ってる。けど、もし何か問題が起こった時のために、自分の目の届くところに生徒を置きたいんだよ。だから紗奈と梨花がまとめて森永先生のクラスになったんだ。どうせクラス割りも得意の発言力を発揮したんだろ。でなきゃこのクラス編成はでき過ぎだ」

「なるほど。そんなに恐れ多い先生だったんだ」


 これはクソ教師なんて言っていてはダメだな。


「とは言え、クソ教師だけど気のいい先生だから仲良くしといて損はないぞ?」

「そっか、わかった。ちなみに陸先輩が学校に届けてる住所って二年の時のまま?」

「いや。去年、権田さんの仲介で買った収益マンションあっただろ?」

「あ、うん」


 陸先輩が部活を始めた頃に買った一棟マンションだ。私にとって最初の不動産取引だったから思い入れがある。


「前の建物オーナーが、管理人室があるのに金をケチって、管理人を置いてなかったじゃん?」

「そう言えばそうだったね」

「俺の所有になってからも引き続き管理人は置いてないじゃん?」

「まさか……」

「そう、管理人室を俺の住所で届けた。そこに住民票も移した」

「……」


 私の彼はヤドカリみたいだな。確かにそこなら他の人が入居することはないか。とは言え、私と梨花を守るためにしてくれていること。頭が上がらない。


 この話の続きで陸先輩曰く、森永先生にはそのことを3月に報告しているそうだ。陸先輩の去年の担任にも今年の担任にも言えないことだから、森永先生を頼ったとのこと。クソ教師と言いながらも、森永先生を信頼している。

 この話は帰ったら梨花にもしてあげよう。何かあった時のために頼るべき先生が誰なのかは梨花にも知っていてほしいから。


 やがて到着したお店。この日は中華レストランだ。個室で回転テーブルである。


「うぃー」

「うぃー」

「おい。調味料が倒れるだろ」


 まだ料理が運ばれてこないテーブルを回して遊んでいると、陸先輩に窘められた。その悪い子は私と梨花だ。すると大人しく座っていた大野君が不安そうに陸先輩に言った。


「陸さん、ここ高そうじゃないっすか?」

「奢ってやるから安心しろ。個室予約してあったから、愁斗が加わった時点で店変えられなかったんだよ」

「何か申し訳ないっす」

「気にすんな」

「お言葉に甘えます。……陸さんって何者?」


 後半は、大野君が隣の梨花にボソッと聞いた一言だ。私、陸先輩、梨花、大野君の回りで席に着いている。まぁ、大野君は陸先輩の事業も年収も知らないからね。


 私も陸先輩のお仕事を手伝うまで知らなかったが、陸先輩の年収は凄い。年収という言葉にピンと来なかったお仕事開始当初の私でも、初めて知った時は驚いた。

 比較してみたく、インターネットでサラリーマンの年代別の平均年収を調べた。すると今度はその低さに驚いた。私のお父さんの年代ってこんなに低いのかと落胆したものだ。

 ただ私と梨花と陸先輩が生まれ育ったA県D市のある一帯は、機械産業が盛んで景気がいい地域とのこと。機械関係の会社員のお父さんは、自分の年代の全国平均よりはもらっているだろうというのが、陸先輩の見解だ。


「最近中東で石油を掘り当てたんだよ」


 これは大野君の疑問に対する梨花の回答だ。なんてことを言うのだ。そんな人ならリムジン通学だろうよ。ただ、大野君はまともに答えてもらえないと悟ったのか、質問を引っ込めた。これはこれでナイス回答だったのかもね、梨花。


 こうして新年度もまた、私と陸先輩のビジネスライフ、そして梨花を含めた三人のスクールライフと同棲生活が続くのだ。

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