第五章 『一年回って』

104.先輩方の卒業式~陸~

 3月に入った。サナリーとの同棲も2年目を迎える。三人での交際になってからも毎日仲良く暮らしている。そして毎日イチャイチャの生活に変わった。こう生活が変化してから早1カ月。すごく充実している。


 そして今日は卒業式だ。俺と交流があった三年生は、一緒にサッカー部を引退した三人と、土屋先輩だ。式自体は滞りなく済んだ。あまり式そのものに感慨深いものはない。それよりもその後か。


 と言うか、中学の卒業式なんかはさっさと帰りたくて即学校を後にした俺。それに気づいたサナリーとそらに捕まり、学校に連れ戻されて「卒業式」の看板の前で写真撮影をねだられたのだが。それくらいだからあまり卒業式に思うところがない。


 ただ、高校の一学年上の卒業式は交流のあった先輩が4人もいるのだし、それなりに何か言葉は交わしたい。土屋先輩には細心の注意を払わないといけないが。


 まずはサッカー部。校内で送別会をするとのことで俺も呼んでもらえた。途中で引退した身なのに嬉しい限りだ。木田が言うように部員みんな納得してくれているのだろう。林と征吾にしか真意は伝えていないのが心苦しくもなる。


 最後のホームルーム後、集まった三年生は総勢20人。ほとんどの生徒が夏のインターハイを最後に引退した。冬まで残った三人以外、俺は交流がない。


 俺と交流がある中でまずはフォワードの佐藤先輩。挨拶で冬の選手権で決めたゴールが一番心に残っていると言っていた。その時に俺の名前も出た。実は俺もそれが強く印象に残っている。二回戦だ。


 1点先制したものの、1点を返されて迎えた後半35分。アディショナルタイムを除き残り5分だった。PK戦も頭を過ぎり始めていた時間帯だ。

 それは相手のコーナーキックだった。身長の高いフォワードの扇原と鈴木もディフェンスに加わっていた。佐藤先輩は一人だけ前線に残り、カウンターに備えていた。


 そして蹴られたコーナーキック。俺はそれをダイレクトでキャッチした。それをすぐさまパントキックで前線に送った。しかし強く蹴り過ぎてしまった。本来は佐藤先輩がボールを収めて、味方の上りを待たなくてはいけないのに。


 しかし佐藤先輩は俺のキックに追いつくと、そのまま相手ディフェンスを置いて抜け出したのだ。そして相手ゴールキーパーと1対1になり、これを冷静に決めて得点した。つまり俺にアシストが付いたのである。俺の高校サッカー人生唯一のアシストだ。


 次に阿部先輩。海王高校の逸材である同じポジションの愁斗をとにかく気に掛けていた。教えられることは教えようと、愁斗とのコミュニケーションを大事にしていた印象だ。愁斗も素直で、かなり吸収していたと思う。


 俺と交流がある中では最後にディフェンダーの高橋先輩。公式戦や練習試合は言わずもがな、練習の時から俺達は密にコミュニケーションを取った。意見が分かれることもあったが、ぶつかり合いながらもお互いを尊重して、いい関係が築けていたと思う。

 一時開催された天地塾は高橋先輩のサポートが大きかった。彼がいてこそ守備力が伸びたし、塾の成功は彼の功績でもある。


 そして記念品として卒業生一人一人に贈られるサッカーボールのオブジェ。飾るための物で、ソフトボールくらいの大きさのクッションボールだ。海王高校サッカー部というチーム名と年代がプリントされている。在校生から集金して贈った物だ。


 ただしかし、サッカー部での送別会が終わると始まるのが告白合戦だ。木田と梨花の前に卒業生が列を作る。梨花には彼氏ができたと海王高校では周知の事実なのに、最後の望みなのだろう。俺の彼女なのに……。

 まぁ、今日くらいはそっとしておいてやるか。梨花が俺と紗奈と交際していることは秘密だし。と言うか、この縛りがでかいからそっとする。梨花、信じているからな。


 俺は二年二組の教室に戻った。まだ荷物が置いてあるので取りに来たのだ。数人生徒が残っていて、その中に圭介もいた。俺は圭介に声を掛けた。


「圭介。土屋先輩来なかった?」

「来たぞ。陸が戻って来たら呼んでくれって言われてっから、今から呼ぶわ」


 頼むから平和に過ぎてくれよ。俺は圭介伝いに土屋先輩から話したいと言われていたのを承諾した。さすがに卒業式の日まで邪険に扱うのは可哀想だと思ってのことだ。

 圭介は自分のスマートフォンを使って土屋先輩を呼び出した。俺は連絡先を教えていないから。土屋先輩はすぐに二年二組の教室に来た。サイドテールの髪を揺らして、ブレザーの胸には卒業生が付ける花を飾っている。


「りっくん」

「はい……」


 俺は二年二組の教室で土屋先輩と対面した。教室内に残っている数少ない生徒の視線が集まる。俺を追いかける土屋先輩は名物だったから周知の事実だ。昨年度の末と、今年土屋先輩が帰国してから、紗奈が俺との関係を公表するまで。


「留美、高校卒業後、すぐに留学するの」

「え? そうなんですか?」

「うん。元々の予定だった1年を半年に切り上げて帰国したから」


 それって俺のせいではないか。なんでそんなことをしたんだよ、まったく。


「じゃぁ、削った分の半年海外ですか?」

「うんん。今度は2年くらい向こうに行こうかと思って」

「そうですか」


 2年か、結構長いな。一年の頃はあれほど邪険にしていたが、紗奈が俺との交際を公表してからはしおらしくなっていた土屋先輩。少し寂しさも感じる。


「あの、えっと……。メアドの交換はしてもらえないよね?」

「う……、ごめんさなさい……」

「だよね……。留美、携帯も解約しちゃうから、フリーのメアドしか残らなくて最後の望みだったんだけど」


 心苦しい。ただ土屋先輩との連絡先の交換は紗奈と梨花からきつく禁止されている。俺の大事な二人の言うこと。これは叶えてあげられない。


「留美……、えっと。私、りっくんのことが好きです。海外に行ってしまうけど、私と付き合って下さい」


 突然そう言って土屋先輩が頭を下げた。真っ向からきたな。これは誠心誠意対応しなくては。


「ごめんなさい。俺には大事な人がいます」


 そう言って俺も頭を下げた。程なくして土屋先輩が頭を上げたことがわかったので、俺も頭を上げた。


「そうだよね、ありがとう。最後にちゃんと振ってくれて」

「本当にごめんなさい」


 自席で首だけこっちに向けて圭介が見ている。他のクラスメイトの視線も感じる。あまり目立つのは好きじゃないが、こればかりは仕方がない。


「あの……、ボタンもらえないかな?」

「えっと、ブレザーのですか?」


 コクン。土屋先輩が上目遣いで俺を見て首肯した。


「それは大丈夫です」

「ありがとう」


 土屋先輩は通学鞄からソーイングセットを取り出した。そして糸切り鋏を手に握ると俺のブレザーのボタンを掴んだ。顔の下に感じる土屋先輩の頭。距離が近くてちょっと動揺する。ほんわりいい香りも漂う。

 パチンという音が鳴って、俺のブレザーからボタンが一つ無くなった。土屋先輩はギュッと俺のブレザーにあったボタンを握った。


「ありがとうね。それじゃ」

「はい。卒業おめでとうございます」


 そう言葉を交わして土屋先輩は二年二組の教室から去って行った。俺も荷物を手に持つと、圭介と一緒に教室を出た。


 数分後。俺と圭介は一年二組の教室の前の廊下にいた。教室とは反対側の壁に背中を預け、腰を浮かして座っている。はぁ、腹が減った。


「陸先輩、本当凄いっすね」


 圭介とは反対隣の征吾が言った。この一帯で唯一人口密度の低い一年二組の教室前。そこで俺達5人は肩を並べている。


「お前たちまで付き合わせちゃって悪いな」

「しょうがないですよ。終わるまで待ちましょう」


 答えてくれたのは柏木だ。征吾の反対側にいる。ちなみに圭介の反対側には綾瀬がいる。俺達は今、三人の女子生徒を待っている。みんな一年だ。一組の梨花と、三組の紗奈と、四組の小金井。このメンバーでランチをする約束をしていたのだ。

 みんなそれぞれの教室の前で男子の卒業生に囲まれている。告白合戦だ。紗奈に至っては俺との交際を公表しているのに、最後のチャンスとばかりに彼氏が近くにいてもお構いないしだ。最初は割って入ろうとしたのだが、俺は無残にも弾き飛ばされた。


 因みに今回の予定だが、まず俺と圭介が発案した。最初は二人で食べに行くつもりだったが、綾瀬が加わった。それならば紗奈も誘いたい。そうすると梨花も外せない。と言うことで二人にも声を掛けた。

 すると梨花は小金井に、紗奈は柏木にも声を掛けた。そうなると柏木は征吾にも声を掛けるわけで、部活がない卒業式のこの日、これほどの大所帯になったわけだ。征吾と柏木はいつの間にか交際を周囲に公表しているようだ。


「なぁ、あと何人待ちだ?」

「小金井ちゃんが一番長くて、まだ10人以上はいるかと」


 綾瀬が答えてくれた。そうか、まだ10人以上もいるのか。そして振られるたびにボタンを千切っては渡している。だから時間が掛かるのだ。海王のスリートップは強力だ。小金井ももうシャドウではないな。完全なトップだ。


 紗奈が俺との交際を公表したことでまず人気が落ちた。それでも根強いファンは多い。なぜだよ……? 告白していたら、もうファンではない。想い人だ。

 次に梨花だ。彼氏ができたことを公表した。実はその彼氏とは俺なんだが、相手の顔がわからないので、梨花の人気は衰えない。遠距離恋愛ということになっているからだろう。ちくしょう。

 そして現在一気に人気急上昇中なのが、フリーの小金井だ。迷惑掛けちゃってごめんよ、小金井。人見知りだから目立つことは嫌いだろう。時々様子を窺うと明らかに困惑している。最近は男子が群がっているようで、それを梨花が気に掛けているのだ。


 やっと卒業生の処理を終えて最初に合流したのは紗奈だ。合流と言っても隣の教室の前だが。手には透明ビニール袋に入った大量のボタンを持っている。


「ごめん、お待たせ……」


 苦笑いの紗奈。そりゃ、苦笑いしか出てこないよな。


 次に合流したのは小金井。三組の教室の前の人だかりが無くなって、歩きやすそうだった。そして小金井の手にも紗奈と同じように透明ビニール袋に入った大量のボタンだ。


「す、すいません……。お待たせ、しました」


 凄く申し訳なさそうだ。小金井は悪くないよ。気にするな。


 そして最後に合流したのが梨花。なんと、梨花の手には二つの透明ビニール袋。中身は全部ボタンだ。海王の卒業生にそんなに男子生徒いたっけ? 紗奈と小金井と重複して告白した奴がいるな。しかも数を見る限り大量に。それどころか在校生までいるな、この数。なんて奴等だ。

 て言うか、なぜ梨花が最後で一番多いのだ? 小金井ではないのか?


「最後の鷺沼先輩って人がしつこくて」


 うんざりしながら言う梨花。更に話を聞くと、梨花はライン作業のごとく、ことごとく振っていた。それでペースが小金井より早かった。しかし最後にしつこい先輩に捕まったのだと言う。結局一番人気は相変わらず梨花かよ。俺の彼女なのに……。

 こうしてやっと腰を上げ、俺達は学校を出た。


 卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。

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