103.バレンタインデー~陸~

 2月14日。海王高校の入試の日である。在校生は休み。そしてバレンタインデー。昨日クラスのとある女子が言っていた。


「バレンタインが休校日だと本命に渡せないじゃん」


 確かに、校内に本命がいると学校内でそれは叶わない。去年は前日が入試だったが、当日も学校が外部利用で休校だったんだっけ。そして思い出されるのが、小金井との出会いと、土屋先輩を勘違いさせてしまった出来事。後者は今でも震撼する。


 それでも昨日は学校中が一日早いバレンタインデーに浮かれていた。至る所でチョコを渡す女子生徒を目撃した。


「んー、これおいしい」

「あ、おい。食べていいの一つにつき一粒だけだぞ」


 梨花の手が早そうなので慌ててそれを制する。時は午前中。場所は書斎。入試に合わせてグラウンドが使用不可のため、今日はサッカー部もオフだ。梨花は暇を持て余して書斎にいる。俺と紗奈は仕事中だ。と言っても来客も訪問も予定がないため部屋着姿である。


「モテ男君なんだから、そんなケチケチしたこと言わないでよ」

「全部義理だよ……」


 甘い物が好きな梨花。油断していては全部食べられてしまう。俺だって甘い物は好きなのに。その様子を見ながら紗奈が言う。


「しかしよくこんなに貰ったね。本当にそれ全部義理なの?」

「そりゃ、そうだろ」

「茜先輩に、由香里先輩に、木田先輩に、土屋先輩に、里穂ちゃん。うわっ、5個も」


 指を折りながら数える紗奈。5個も……とは言え、公太と翔平はもっと貰っていた。永井も結構貰ったと梨花から聞いている。あいつらの方がよっぽど本命だ。征吾と圭介はそれぞれの彼女から貰った一個に浮かれていたので、それはそれで微笑ましかったが。


「木田先輩と土屋先輩は本命じゃん。ま、この中で義理確定は由香里先輩だけか」

「なんで紗奈にそんなことわかんだよ?」

「え? ん? なんでだろう? あはは」


 乾いた笑い。明らかな苦笑いだ。さては吉岡の本命を知っているな。


 ピーンポーン。


「あ、あたし出るよ」


 鳴ったインターフォンに反応したのは梨花だ。俺と紗奈は梨花に任せた。その隙に梨花に確保されていたチョコを取り返す。すると程なくして梨花が書斎に戻って来た。


「先輩、家具屋さんから委託された配送業者を名乗る男が来てる」


 なんだか詐欺番組特集のナレーションみたいな言い方をするんだな。とりあえず心当たりがある業者なので、梨花に通すように言った。


「なんか家具を買ったの?」


 梨花がオートロックを開けにリビングへ戻ったところで、紗奈が聞いてきた。


「あぁ、ちょっとな」

「必要な家具なんてあったけ?」

「買い替えかな」

「なに?」

「今来たとこだから見てのお楽しみだよ」

「ぶー」


 せっかちだな。そんな話をしていると業者が家に入って来たので、俺はその業者を寝室に通した。


「お引き取りのベッドはこちらで良かったですか?」

「はい。お願いします」

「え? ベッドを買い替えたの?」


 脇で見ていた紗奈が反応する。梨花も一緒になって見ている。ついて来るものだから、結局見る前にわかってしまったし。


「あぁ、俺から紗奈と梨花にバレンタインの贈り物」

「え? 本当に?」

「うん。キングサイズのダブルベッド」

「「うわぁぁぁぁぁ」」


 お、これはいい反応だ。二人とも目を輝かせている。


 2月に入ってすぐの頃、俺はバレンタインデーが控えていることに気付いた。今年は彼女がいる。しかも二人。俺は紗奈と梨花から本命を貰えるはずだ。そこまで考えが行き着いて俺はふと思った。


 紗奈と梨花もそれぞれと交換するのか?


 すると浮かぶ次の疑問。俺は二人から貰えるのに、二人はそれぞれからの一つしか貰えない? ホワイトデーというお返しの機会もあるが、せっかく三人での交際を始めたのに、これは寂しい。チョコではなくても俺も何かを贈りたい。


 そこで思いついたのが、一度紗奈と買い物に行った時に、紗奈の目に留まったダブルベッドだ。その時紗奈は、梨花もこういうものに肯定的だと言っていた。

 このやり取りを覚えていて良かった。思い立った俺は早速家具屋に買いに行ったのだ。そして配送の日を今日に合わせてもらったのである。


「あれ? でも先輩。ダブルベッドだともっと幅が広くなるよね? 書斎との引き戸、全部潰しちゃうの?」


 梨花からの疑問だ。それについては既にレイアウトを考えている。


「枕を南向きにして窓に向ける。潰すのはベランダへの出入り」

「なるほどね。どうせこんな高層階じゃベランダに出ることは少ないしね。それに寝室以外からも出入りはできるし。これからは引き戸が二枚とも有効になるわけだ」

「そういうこと。もう覗き魔もいないし」

「ちょっと」


 膨れる梨花。梨花はどんな顔をしても可愛いな。これは紗奈にも言えることだけど。

 俺が梨花に言ったレイアウトを業者に指示すると、業者はテキパキと作業を進めた。紗奈の部屋との界壁は、収納タンスや漫画の本棚を並べているので枕を向けられない。クローゼットは季節物や布団で一杯。服が多いとレイアウトに苦労する。


 フレームや枕棚は分解された状態で梱包されているので搬入に苦労はなさそうであった。組み立ての手間はあったようだが。

 ただ、マットレスの搬入は苦労している様子だった。何せ、キングサイズだから。まぁ、俺はこのために奮発したのだ。業者の皆さんも頑張ってくれ。


 やがて組み立てが終わり、マットレスがセットされたダブルベッド。業者が出て行くと、まだシーツも被せていないのに紗奈と梨花は早速寝転がり始めた。


「ゴロゴロ~」

「ゴロゴロ~」


 こんなことを口にしながら、腕を頭上に真っ直ぐ伸ばして、体を横に転がすサナリー。


「紗奈、ちゅう」

「ちゅっ」

「えへへ。もっと」


 むむ。二人が濃いキスを始めた。顔を離すたびにはにかんだり、うっとりした表情を向け合ったりしている。まさか、おっ始まるのか? いや、それはない。今日は二人とも女の子の日。紗奈の方が先だが、月にわずか1日か2日被る谷間の日だ。


「ぷはぁ。紗奈。百合萌えする彼にいっぱい見せつけてあげよ?」

「そうだね、梨花」


 そう言いながら濃厚なキスを繰り返すサナリー。しかしそれは聞き捨てならん。ここは一言物申す。


「俺は別に必ずしも百合萌えするわけじゃない」

「「え?」」


 二人は横になりながらきょとんと俺を見上げる。


「俺はレ○もののAVを手に取ったことはないし、動画を視聴したこともない」

「そうなの?」


 意外そうに問う梨花。そんな意外だったのか? 俺を何だと思っているのだ? まず、そもそも18禁だというツッコミはないのか? まぁ、いい。解説を続けよう。


「これほど可愛い二人の絡みだから興奮するんだ。他の組み合わせに必ずしも萌えるわけじゃない。サナリーの百合は芸術だ」


 胸を張って言えた。どや。すると「えへへ」とはにかんで濃厚なキスを再開する二人。やっぱりこの二人の絡みは何度見ても興奮するな。けど残念ながら今日は二人とも女の子の日だ。後で自己処理しようかな。


 しかしこんなに可愛い二人と同棲している俺って本当に幸せ者だ。この交際が始まって2週間ちょっと。今まさに幸せの絶頂である。ただ、避妊具と箱ティッシュの減りが極端に早くなったが。今までは金曜日しか紗奈と一緒に寝なかったから。


 そうして過ごしていると時間は昼前になり、紗奈は炊事のためキッチンに行った。梨花はシーツを被せてくれるそうだ。俺は書斎に籠っていた。


「せんぱ~い」


 寝室から梨花に呼ばれた。何だろう? 俺は立ち上がり、寝室に入った。するとそこには広げられたシーツと、ベッドの上に女の子座りをする梨花がいた。萌える困り顔をしている。


「さすがにキングサイズは一人じゃ無理だ。手伝ってぇ」


 どうやら一人でシーツを被せることに挫折したらしい。俺は快く承諾し、梨花と一緒にシーツを被せた。


「えへへ。準備完了」


 完成すると満足そうに言う梨花。その笑顔に癒されるよ。


「先輩、ちゅう」


 梨花がベッドの上で俺の首に腕を回してキスをねだってくる。まったく、可愛いな。俺はそれに応えた。軽く触れる程度の一瞬のキスだ。すると梨花が言う。


「もぉっとぉ」


 お代わりをねだられた。くそ、そんな言い方をされると俺は弱い。梨花をベッドに寝かせ抱き合ってキスを続けた。それをしばらく続けていると。


 ガラッ。


「あぁ! ずるい!」


 書斎から引き戸を開けた紗奈が顔を出す。どうやら昼食ができて呼びに来たようだ。俺が書斎にいなかったので、真っ直ぐ寝室に入って来たのだろう。


「紗奈だってさっき梨花としてたじゃん」

「先輩ともしたいの」

「じゃぁ、おいで」

「えへ」


 紗奈が満足するまで俺は紗奈を愛でてあげた。


 やがて食卓に着く俺とサナリー。席は一度変わってから固定だ。俺の正面に紗奈。隣に梨花。

 すると俺と紗奈の服装を見て食事中に梨花から質問が上がった。


「今日は二人ともそんなに忙しくないの?」

「あぁ。アポも入ってないし、月末でもないし」

「じゃぁ、午後は三人でお昼寝しようよ? 新しいベッドで」

「いいね」


 梨花の提案に声を弾ませて紗奈が乗り気だ。むむ、いいな、それ。俺も乗り気だ。今までベッドの上は二人が限界だった。三人で寝る時は床に布団も敷いて、誰か一人が布団で寝た。まぁ、布団に追いやられるのは大抵俺だが。

 しかし今日からは違う。三人一緒の寝床に入れるのだ。俺も梨花の提案に快諾した。


「先輩これ」

「これはあたしから」


 昼食が終わると差し出された箱。しっかりラッピングがされている。あぁ、待っていたよ。サナリーからのチョコ。


「嬉しい。初の本命チョコだ」

「そんなことないでしょ。私は中学三年間、全部本命だったよ?」

「あ、そうか」

「あたしはごめん。残念ながら先輩には初の本命」


 それでも嬉しいからいいさ。紗奈と梨花はお互いにもチョコを交換し合っていた。やはりか。俺も贈り物を用意しておいて良かった。

 紗奈と梨花からのチョコはどうやら手作りらしい。昨晩、一緒に作ったのだとか。ずっと書斎に籠っていたので、気づかなかった。形や味付けは変えているそうだ。二人から本命チョコをもらって俺は感無量である。


 この後三人でベッドに入り、仲良く並んで昼寝をした。あぁ、いい生活だな。

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