91.隠していた理由~陸~

 リビングのL型ソファーに腰を下ろす俺と、木田と、林と、征吾。短手方向に俺が座り、長手方向に三人が並んで座っている。梨花は俺の脇に座布団を敷き、床に座った。梨花はまだ制服姿だ。

 紗奈は今、書斎にいる。そらが人数分のお茶を出してくれた。そらはお茶出しを終えるとすぐさまキッチンに身を寄せた。離れて聞くようだ。


 俺の覚悟は決まった。そらとサナリーの理解も得た。そらの理解を得られたことは大きい。さぁ、いつでも来い。


「突然押しかけたのはすいません。在宅で仕事してるお母さんは大丈夫でした? 正月休みっすか?」


 まずは征吾からの質問だ。入りは柔らかいようだ。


「母さんは実家にいる」

「お爺さん、お婆さんの家ってことっすか?」

「違う。俺の実家だ」

「え? どういうことっすか」


 母親が在宅で仕事をしているという嘘の設定を、征吾のみならず林も表情から認識しているようだと思った。俺から言ったことはないが、ここに来る途中、木田か征吾から聞いたのだろう。真実を知る木田は俺が否定をしたことで驚きの表情を向ける。


「この家は俺が一人で暮らしている。ここは俺個人が所有するマンションの一室だ」

「ちょ、天地君?」

「は? 先輩は親の仕事の都合でA県からこっちに来たんじゃないんすか?」


 木田の焦りに征吾が質問を被せる。林はひとまず傍観と言ったところか。


「俺の実家がA県で、俺の両親はそこに住んでる。話の前に全員こっちに来てくれ」


 俺はこの場の全員を立たせると廊下に出た。そして書斎のドアを開けた。中から姿を現すのは紗奈だ。今日まで正月休みなので仕事をしているわけではない。紗奈は私服姿のまま自席に着いている。


「皆さん、今日はお疲れ様です」

「天地君いいの?」


 書斎を見せたことで、紗奈の言葉に続いて木田が心配そうに問う。林と征吾は状況が理解できていないようだ。


「林と征吾はここまで気持ちを見せてくれたんだ。こうなると隠す方が失礼だ。ちなみに他の部員は納得してくれたのか?」

「えぇ。この二人以外は全員。監督の説明で納得したわ」

「翔平も愁斗もか?」

「そうよ。育成の成果よ」


 他の部員はゴールキーパーの育成の成果から納得してくれたようだ。なら暴露しなくてはいけないのは林と征吾だけか。二人とも学校では黙っていてくれるだろうか? いや、不安になるな。俺は覚悟を決めたはずだ。俺は一つ息を吸って言った。


「ここは俺が代表を務める個人事務所だ」

「は? 天地が代表?」


 林が反応した。征吾は半口を開けた状態で、理解が追い付いていないようだ。


「あぁ。そして紗奈がそのアシスタント。俺達二人はここで仕事をしている」

「お前、就労学生なのかよ?」


 就労学生……。クソジジイには苦学生と言われたっけ。なんだかどちらも古い言葉に聞こえるな。けど、どちらも事実ではあるな。


「そうだ。俺は親から一切養われていない。生活費も学費も自分で稼いでいる。そして妹の生活費と学用品も。妹はスポーツ特待で入学しているから学費は掛かってないけど」

「マジか……。これが部活を続けられない理由か……」

「そうだ」


 林が納得したのか落胆の表情を見せた。しかし、征吾が続いた。


「じゃぁ、逆になんで今までは部活がやれたんすか?」

「紗奈がこっちの高校に入学して手伝ってくれるようになったから」

「じゃぁ、結局まだやれるんじゃないっすか?」

「私のお父さんが会社設立の打診をしているのよ。天地君はそれに前向きなの」


 征吾の疑問に木田が答えた。ここからは木田が説明した。自分が崇社長の令嬢であること。崇社長の会社の業務内容。そして俺に会社設立の打診をし、その回答期限が決まっていること。

 木田はやはり学友に自身が社長令嬢だということを話していなかった。隠してはいないとのことだが、進んで言ってはいないそうだ。そのため、海王高校の中では恐らくこの場にいる者以外、知っている生徒はいないとのこと。

 木田の説明に林も征吾も一応の納得の表情は見せてくれた。俺が最長で今年度まで、公式戦で切ると今日までしか部活をやれないことに。


「あぁ、でも席が三つあるな。さっきは二人でやってるって言ってたよな?」


 木田からの説明を受けて林からの質問だ。これには俺が答えた。木田に余計なことを言わせないためだ。木田は先ほど家に入る前の俺達の打ち合わせを知らないから。


「それは余りの席だ。机を組む上で都合が良かったんだ。それに作業面が広くなるし、もう一席あると収容力も増す。あとパソコンももう一台あると何かと便利だから」


 木田が出入りしていることを林が知ったらいい気はしないだろう。それに梨花の席だと言って、木田に共同生活がバレた経緯がある。共同生活のことは隠したままにしたいので、この場はこれで凌いだ。机の数には納得した林が質問を続ける。


「なんで天地はこのことを隠してたんだよ?」

「それは木田にも話したことがないな?」

「えぇ」

「じゃぁ、俺の中学の時の話をしよう。一度リビングに戻ろうか」


 俺達はリビングに戻り、全員が最初の位置に収まった。紗奈もこの時についてきて、そらと一緒にキッチンに身を寄せた。


「俺達は訳があって親から養ってもらうことができなくなった。それについては俺と妹のプライバシーに関わるから詮索しないでくれ。俺は高校から先の進学と生活のために、中一の時から自分で金を稼ぐようになった」


 こう切り出して俺は話し始めた。




 時は中学入学後すぐ。俺は父方の爺ちゃんに頼み込んでパソコンを買ってもらった。そして俺とそらのお年玉貯金を使ってインターネット回線を引いた。月々の支払いもここからの支出だ。


 ちなみにこれは、母さん経由でクソジジイの秘書から許可をもらった。家計に影響がないことに念を押して。このことは海王の生徒への説明からは割愛。以下、クソジジイに関わることは同様だ。


 俺は必死でパソコンの操作を覚え、ネットビジネスを始めた。元手が掛からないから。ただ、右も左もわからず、最初は苦労した。すぐに結果は出なかった。そんな中、学校の勉強、部活と居残り練習、株の勉強を併行した。


 しかし秋ごろになると徐々に収入が増え、年明けには100万円を溜めた。時は来たと思った。残りの2年でこれを100倍にして家を買わなくてはならない。宝くじなんて運だけのものに頼るつもりはなかった。運も必要だが、知識の要素が強い株に手を出した。

 中学二年の4月。俺は100万円を叩いて株を買った。勉強していた中学一年の頃からずっと狙っていた銘柄だった。最初は手元の現金がなくなったことで夜も眠れなかった。不安だったのでネットビジネスは続けた。


 しばらく株価は変動しなかった。プレッシャーに押しつぶされそうになりながら俺は我慢強く粘った。

 そして株購入から5カ月後。ちょうど夏休み明けだった。株価が跳ね上がった。俺は歓喜した。年を越す頃には配当による預金と株価の時価合計が8千万円になっていた。これを機にネットビジネスは止めた。

 その後は緩やかな伸びだったが、中学卒業までに1億に到達する見込みができた。俺は浮かれた。それをクラスの数人の生徒に話した。


「株で8千万儲かっちゃった」

「マジで? 今度どっか遊びに行こうぜ。陸の奢りで」

「遊びに行くのはいいけど、割り勘にしてくれよ」

「は? お前そんなに金持ってて何ケチ臭いこと言ってんだよ」


 この頃から学校中の生徒が俺に群がるようになった。紗奈と梨花もそれには気づいていた。しかし学校以外のことは、俺が上京後にそらから聞くまで二人も知らなかった。


 ある日突然、近所のおばさんがうちにやってきた。


「陸ちゃん。株を始めようと思うんだけど、どんな銘柄がいいかな」


 これはまだマシな方だった。ただしつこかったのでかなり鬱陶しかった。俺はそれを躱していた。すると寄付を求める団体などがうちにやって来るようになった。後から知った話だが、このおばさんが俺から相手にされない腹いせに俺の個人情報を拡散させたらしい。

 更には直接金を貸してほしいと言う人まで来た。その人が言うには遠い親戚とのことだが、まずそれは嘘だろう。

 中学三年に上がると、学校では俺の周囲から人が消えた。そして聞こえてくる陰口。


「あいつ、成金のくせにケチなんだよ」

「突然大金を手にしたから私達のこと見下してんじゃない?」

「調子乗んなっつーの」


 俺の心はどんどん病んでいった。しかしギリギリの所で自我を保てたのはサナリーとそらのおかげだった。部活に出れば居残り練習で紗奈の相手。そして癒される梨花の笑顔。

 俺が部活を引退してからも付き合わされたわけだが、俺としてはそれが心の支えだった。だから口では恨み節を吐きながらも断らなかった。二人とも俺に対する接し方を変えなかったのだ。


 家に帰ればそら。株価のチェックでパソコンに向かう俺は、受験勉強を夜中に回していた。そらは部活があるのに俺に夜食を作ってくれて、お茶を煎れてくれた。更に労いの言葉を必ず掛けてくれる。


 そして中学三年の12月にやっと目標額が貯まった。株も一部だけ残し他は全て売っての現金だった。俺は人間不信になりかけたので、地元を出るつもりでいた。

 それに残した株と多少残る現金で、今後これを元手に業としてやるつもりだった。それには東京の方がやりやすい。だから東京で億のマンションを買った。

 それに合わせて海王高校を受験し無事合格。今に至るわけだ。




「成金って言ってたのはそういうことだったの……」


 木田が恐縮そうに言う。一度木田とはホテルの一室で話した時に、成金が口を吐いたことがある。そこからの言葉だ。


「あぁ。それで俺は一度人間不信になりかけたから今の仕事を黙ってる。林も征吾ももし協力してもらえるなら、黙っててほしい」

「わかったよ」

「俺もわかりました」

「あぁ、えっと……」


 林が頭を掻きながら声を発した。何か言い辛そうだ。俺は林の言葉を待った。


「さっき、突っ掛かって悪かったな」


 試合会場で胸倉を掴んで壁に叩きつけたことを言っているのだろう。


「気にしてないよ。だから林も気にするな」

「俺もすいません」


 今度は征吾だ。征吾に謝る理由なんてないような気がするのだが。


「俺が押し掛けて来たことで、本当は知られたくないことを言わせてしまって」

「大丈夫だ。二人が言わないって約束してくれたから、俺はそれを信じる」

「ありがとうございます」

「ところで天地君。いつまで隠すつもり?」


 これは木田からの質問だった。俺としては個人事業から会社経営になれば人に知られてもいいと思っている。個人の金ではなく、法人の金になるから。しかし紗奈のこともある。学校へは嘘の報告で押し切ったとは言え、紗奈も就労だ。


「会社設立が高校卒業と同時だから、その時まで。若しくは手伝ってくれてる紗奈が高校を卒業するまで。その場合はもう1年後。そのどちらかで迷ってる」

「わかった。そう認識しておく」

「頼むよ」


 この後事情を知った林と征吾と木田は帰っていった。高校に入ってからいい友達を持った。気持ちをぶつけ合うことは中学の時はあまりなかったから。

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