79.バースデーゴール争奪戦~陸~
そして迎えた梨花の誕生日当日。部活の夕練時、グラウンドには冷たい風が吹き込んでいる。紅白戦が始まる前に梨花から言われた。
「陸先輩。あたしのためにバースデーゴールを叩き込んできて」
「……」
俺、ポジションがゴールキーパーなのだが。フットサルならゴールの経験はあるが、これは縦方向105メーターのサッカーだ。その難しさはマネージャーなら梨花にだってわかるだろう。
「オウンゴールでいいか?」
「ぶー」
膨れる梨花。悔しいが、その顔も可愛い。残念だが俺がバースデーゴールを叶えてあげるのは難しそうだ。
「月原、俺が決めるよ」
すると話に入って来る愁斗。それは俺への挑戦状か? て言うか、愁斗のシュートは食らうと痛いのだよ。ひじ関節が逆に持っていかれるし。
今日の紅白戦はレギュラーのディフェンダー4人とゴールキーパーの俺に対して、フォワードとミッドフィルダーが敵チームに分かれる。つまりボランチの愁斗は俺と敵チームだ。拮抗したチーム力で、ディフェンス陣とオフェンス陣が連携を確認することが目的だ。
「頑張ってね」
満面の笑みで答える梨花。梨花って世渡りうまそうだな。秘書に興味を持ち始めたと聞いているが、会社を設立したら俺の会社にほしいな。できれば俺の秘書として。なかなかやり手になりそうだな。
「月原、俺が決めるよ」
むむ。今度は永井。まったく、この一年生レギュラーコンビは。て言うか永井、お前はディフェンダーだろ。サイドバックが点を取るなとは言わないし、得点に貪欲なのはいいことだが、まずはしっかり自分の役割を果たしてくれよ。
「永井君、期待してる」
これまた満面の笑みで言う梨花。愁斗には「頑張って」で永井には「期待してる」かよ。別に深い意味はないよな、梨花。ゼロではないが、得点を取ることがほぼ不可能な俺のポジションが恨めしい。
「月原、俺が決めるよ」
むむ。次なる参戦者は二年生フォワードの扇原。レギュラーなので俺とは敵チーム。俺への挑戦者だな。受けて立とう。
「頑張って下さい」
相変わらず満面の笑み。うむ、梨花の営業スマイルは今日も快晴。けどこの季節の夕方はもう日が暮れそうだ。
「月原、俺が決めるよ」
まだいるのかよ。これは二年生センターバックの加藤。レギュラーのディフェンダーなので俺と同じチーム。て言うか、お前はコーナーキックの時しか攻撃参加しないだろ。確認のための紅白戦だぞ。勝手なことすると大嶺監督に怒られるぞ。
「はい。期待してます」
なぜ、ディフェンダーがレギュラーのチームにばかり期待するのだ。本来期待できるのはオフェンスがレギュラーのチームだろ。どんでん返しでも期待しているのか、梨花は。
「月原、俺が決めるよ」
「月原、俺が決めるよ」
「月原、俺が決めるよ」
はいはい、続々と挑戦者が。もう解説もツッコミも面倒くさいよ。結局、フィールドプレイヤー20人全員が参加じゃないか。サブ組まで。
あろうことかキャプテンの翔平まで参加表明。お前は他校に彼女がいるではないか。自チームのマネージャーに現を抜かすなよ。頼むから皆、試合を壊さないでくれよ。
参加表明しなかったのは俺と、敵チームのゴールキーパー林だけ。林は木田に一途なようで感心。その前に俺への対抗心もあるのかな。更にその前にゴールキーパーか。
ピー!
主審を務めるコーチの笛で試合開始された。まぁ、俺にも意地がある。バースデーゴールは決めてあげられないが、無失点ゲームをプレゼントしてやろう。海王高校レギュラーの攻撃陣相手に厳しいミッションだが。
「って、おい」
味方紅チームのディフェンス陣、ラインが高すぎ。つまり相手のゴールに迫りすぎ。これではディフェンスラインと俺の間のぽっかり空いたスペースを狙われて危険だろ。
「5メーターライン下げろー!」
俺は声を張ってコーチングをする。するとステップしながら下がるセンターバックの二人。心なしか高橋先輩に睨まれたような気がするのだが。まずは試合だよ、皆。
すると相手白チームの翔平が中央付近でボールを保持した。すぐに相手フォワード三人がこちらに向かって走り出す。しかしなんと翔平、ドリブルで突っ掛けてきた。なぜ自分の味方を使わない? しかもサブ組の紅チームのミッドフィルダーをごぼう抜きしやがる。
「マジかよ……」
と、思いきや、加藤が翔平のドリブルをカット。そりゃ、そんな突っ掛け方したら取られるよ。加藤は味方にパスを送ると、なんと、全員で相手ゴール前まで上がっていった。
「バカ、人数掛け過ぎだ」
誰も俺の声を聞いてくれない。相手白チームは味方紅チームのボールホルダーを囲む。なんだよ、これ。小学生レベルのボールに群がるサッカーではないか。強豪校として個人の技術は飛びぬけているが、組織がバラバラだ。
ボールは相手ゴール前まで届いたものの、結局ルーズボールを林がキャッチして、すかさずパントキックで蹴り出した。俺の紅チーム……、誰も自陣にいない。敵の白チーム、全員ハーフェーラインより自陣側からのスタート。だから副審のオフサイドフラッグも上がらない。
ボールを持つのはフォワードの扇原。真っ直ぐ俺にドリブルで向かってくる。俺のチームは誰もディフェンスに追いつきそうにない。それどころか相手フォワード、二年の鈴木と三年の佐藤先輩も扇原の脇を駆け上がって来る。もちろん二人はレギュラーだ。
「あぁ……」
俺と相手フォワードの1対3。海王高校のフォーメーションはダブルボランチの4-3-3。都大会優勝のフォワード相手にこんなの勝ち目ないよ。扇原が右にパスを出すのか、左にパスを出すのか、自分でシュートを打つのかもわからないし。
「開き直ろう」
扇原が自分でシュートを打つことに絞って、扇原との1対1だ。左右へのパスは選択肢から捨てた。俺は前に出た。中央を駆け上がる扇原。俺が前に出たのを見計らってループシュート。
「あぁ、やられた……」
ボールはそのままゴールへ。紅チームの失点だ。こんなの止めるなんて人間の身体能力上、物理的に不可能だ。前に出なければシュートコースは空くし、パスコースも空く。前に出ても結局上を通される。
ゴールを決めた扇原は、梨花に向かって手でハートマークを作るゴールパフォーマンスをしていた。あぁ、そうか。途中から必死で忘れていたが、皆梨花のバースデーゴールを狙っていたのだっけ。白チームが点は決めたが、結局フィールドプレイヤー全員で試合を壊しやがって。
ピッピッピッピッピーーー!
むむ。何やら警戒感を刺激する笛の鳴り方だ。主審を務めるコーチを見ると、コーチはフィールドの外を指差していた。
「全員集まれー!」
そのフィールド外から怒鳴り声。声の主は大嶺監督だった。
「あーぁ……」
これは大嶺監督の逆鱗に触れたな。
「バカヤロー!」
案の定だった。集まった全員は大嶺監督から大目玉。そりゃ、こんな勝手なプレーばかりしていたらな。て言うか、少なくとも俺と林は真面目にやっていたのに。なんで俺達まで。とばっちりだ。体育会系特有の連帯責任ってやつかよ。
結局試合は大嶺監督の一声で無効。開始たったの2分だ。俺が経験した試合の中で最短ゲーム時間だよ。そして気を取り直して紅白戦は最初からやり直しとなったのだ。
「先輩、着替えたら女子更衣室の前まで来てくれない?」
部活を終えると梨花に言われた。いつもは着替えた後、校門で待ち合わせて一緒に帰るのに、何だろう? ただ特に問題はないので了解の旨の返事をした。
そして着替えて更衣室の前まで行く俺だが、入り口の近くと入り口の正面は避けた。場所が女子更衣室なのでこれはマナーでしょ。すると程なくして出てきた制服姿の梨花が両手に紙袋を持っている。
「荷物持ち手伝って」
「ん?」
両手に持っていた紙袋を俺に押し付ける梨花。中を覗いてみるとラッピングされた箱の数々。
「これ、全部もらったのか? しかも二袋も」
……。
梨花の声が返ってこない。俺が顔を上げると梨花の背中が見えた。梨花は再び更衣室に消えて行った。そしてすぐに戻ってきた。
「……」
唖然とした。梨花の手には再び二袋の紙袋が握られているのだ。俺の前まで歩み寄ると梨花が言った。
「帰ろ?」
「あ、あぁ。四袋全部誕生日プレゼントか?」
「そうなの……」
そう言って歩き出す梨花。どこのアイドルだよ。あぁ、海王のアイドルか。紗奈は夏休み中だったからな。今では俺との交際もオープンだし。
「よくもまぁ、これだけの人数が梨花の誕生日を知ってるな」
「SNSのプロフィールを見たんでしょ」
「……」
あぁ、あの芸能人みたいなフォロワー数の梨花のアカウントね。納得だよ。
「て言うか、これ全部部屋に置いておくのか?」
「そんなの無理に決まってんじゃん。実家に送って保管だよ」
「そ、そうか……。けどいる物といらない物の仕分けが大変だな」
「この紙袋の中の物は全部実家行きだよ。くれた人にお礼のメッセージカード書くくらい。贈り主の確認しかしない」
なんと。梨花になら高価な物を贈る奴までいるだろうに。
「物は確認しないのか?」
「相手の気持ちだから一応見るよ。だけどあたしがプレゼントをもらって嬉しいって思う人はちゃんといるもん。やっぱり気持ちが一番だから、そういう人からは何をもらっても嬉しいんだ」
俺には誕生日プレゼントのリクエストがあったな。この後家で渡すけど。とまぁ、それはさて置き。梨花がもらって嬉しい思う人。気になるな。紗奈は間違いないのだろうけど。
「あ。だからと言って他の人に敬意がないわけじゃないよ」
「そのくらいわかるよ。でなきゃ手間の掛かるお礼のメッセージなんて書かないでしょ。ちなみに梨花がもらって嬉しい人って誰?」
「今年はもう川名さんにもらったでしょ。あれは嬉しかったな。他には実家の家族とか」
「他には?」
「去年はそらもくれたな。エッチな漫画だったけど」
おい、我が妹よ……。なんて物を贈っているのだ。て言うか、まだ俺の名前が出てきていない。
「あとは、家に帰ってからの楽しみに取っておこうかな。あと二人ほど」
良かった。それって俺と紗奈のことだよな。紗奈は疑いようがないけど。
帰宅後梨花は、俺と紗奈が開催した誕生日会を喜んでくれた。そして俺と紗奈からのプレゼントも。良かった。
一緒に暮らすようになって徐々にわかってきたことがある。それは、梨花は俺と紗奈に対して素だ。つまり学校でしているような営業スマイルをしない。確信したのは都大会で優勝をした日、俺の胸で喜んだ時だ。
だから今喜んでくれている梨花は本物だ。その本物の笑顔で梨花は、俺と紗奈と一緒に写真に納まった。誕生日恒例のスリーショットだ。これで紗奈の写真立てが3枚埋まるな。
あ、もしかして梨花もこのために3枚飾れる写真立てをリクエストしたのかな。それだったら嬉しいな。今度梨花の部屋に用事がある時にそれとなく見てみよう。
そして数日後、そらから届いた携帯メッセージ。紗奈が送ったそらの分のユニホームが届いてのことだ。
『パジャマの下に着て寝たわ。まだ、洗ってない。お兄ちゃんも着て寝て。そして洗う前にユニホーム交換しましょ』
とりあえず、意味がわからなかったので既読スルーをした。
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