第四章 『冬』

78.背番号12~陸~

 12月に入ると冷え込みが一層厳しくなる。その最初の日曜日。午前の部活を終えた俺は、紗奈と外で合流して買い物だ。目的は梨花の誕生日プレゼント選び。12月7日が梨花の誕生日である。


「先輩はもう買う物決めてるの?」

「うん。て言うか、梨花からこれっていうものを言われてる」

「そうなの? 何?」

「紗奈の時と同じような写真立て」


 俺は紗奈の誕生日プレゼントを買いに梨花と出掛けた時、梨花に自分の時もこういうのが欲しいと言われていたのだ。


「そっかぁ。私は何にしようかな?」

「目星も付けてないの?」

「全く何も」

「おい……」


 梨花は川名さんと交流ができて役員秘書の仕事に興味を持ったそうだ。それに関係あるものでもと思ったが、紗奈が言うには高校一年だしそれはまだ早いと。

 確かに……。たまに忘れそうになるが、俺や紗奈と違って梨花は仕事社会に出ていない普通の高校生なんだよな。


 その梨花は今日、川名さんとランチを予定しているらしく、部活が終わると制服のまま学校から向かった。そのまま夕方まで帰らないとのこと。随分と親しくしているようだ。

 川名さんはあれほどの美人なのに、休日の日曜日に高校生の梨花の相手をしてくれるなんて、彼氏はいないのだろうか? まぁ、上京一年未満の梨花と親しくしてくれることは、俺としても嬉しいので全く問題はないのだが。


「さてと、どこから回ろうかな」


 昼食のために入った定食屋を出ると紗奈が言った。俺は雑貨屋か家具屋の小物売り場に行ければ目的の物は見つかるのだが。まぁ、そんなわけにはいかないよな。二人で来た買い物なのだから。俺は紗奈に手を引っ張られ、歩き始めた。


 しかし、まぁ、この暴れん坊。途中からしっかり手を繋ぐのはやっぱり俺だよ。手を離すとすぐにどこかに行ってしまう。今度リードでも繋いでやろうか。


 最初に入ったのは雑貨屋。俺は写真立てでも見よう。しかし、紗奈に腕を引っ張られる。まったく、目が輝いているし。散歩中の犬だな。絶世の美少女犬だが。ただこの店では納得のいく写真立てがなく何も買わずに出た。


 次に入ったのはファンシーショップ。ここにも写真立てあるのかな?


「先輩、これ」


 そう言って紗奈が売り物のパーティー用メガネを俺に当てる。


「何やってんだよ……」

「あはは、変な顔」


 変な顔で悪かったな。この店に写真立ては置いてあったが、納得のいくものがなく、何も買わずに出た。


 次にやってきたのは洋服店。十代女子向けだ。俺は紗奈の手を握って、紗奈に付いて行くだけ。のはずが……。


「なんで紗奈が試着してんだよ」

「え? 可愛い服だったから」

「……」


 次に行こう。と言うことで入ったのは家具屋。俺は紗奈の手を引いて真っ直ぐに小物売り場に行った。

 商品を見ること数分。梨花の部屋のイメージに合う写真立てを発見。ちゃんと3枚入れられる。よし、これにしよう。


「紗奈、レジ行くよ?」

「私、他見てるから一人で行ってきて」

「……」


 迷子になるなよ。家具屋って売り場面積が結構広いのだから。頼むぞ。


 俺は会計を済ませ、紗奈を探した。グルッと店内を回ると、いた。紗奈だ。寝具売り場で、後ろで手を組んでベッドを見ている。俺は真っ直ぐに紗奈に近寄った。


「行くよ?」

「う、ん……」


 歯切れの悪い返事。


「どうした?」

「ん? このベッドいいなって」


 紗奈が見ているのはキングサイズのダブルベッドだ。っておい、紗奈の部屋には収まりきらないだろ。俺は呆れながらもそう突っ込んだ。


「私の部屋じゃないよ。先輩の寝室」

「は? 俺の?」

「うん。これなら梨花も入れて三人でも寝られるじゃん?」


 梨花も……、いかん、一瞬妄想をしてしまった。これは浮気心だよな。けど紗奈が言い出したことだから俺は悪びれない。


「紗奈は俺の彼女だろ。一回寝落ちしたことはあるけど、俺と梨花が一緒に寝るの、平気なのかよ?」

「二人で寝るのは平気じゃないよ。けどその寝落ちした日も含めて、三人同じ部屋で寝たことは二回あるじゃん。だから三人仲良く寝られたらいいなって。毎日じゃなくてもさ」


 むむ、何て微笑ましい。下心を抱いた自分が恥ずかしい。


「けどさすがに高いなぁ。三人で割っても手が出ないや」

「まぁ、確かに高校生が買う様な値段じゃないな」


 セミダブルにシングルベッドをくっつけるという方法もあるが。けど商品を揃えないとインテリアやサイズが不揃いになるんだよな。


「あと、梨花がそれを望んでないだろ?」

「そんなことないよ。たまに三人で一緒にお昼寝とかできたらいいねって話してるもん」

「そうなの?」

「そうだよ。陸先輩が梨花に手を出さなければだけど」

「俺って信用ないんだな」

「へへん、冗談だよ。行こ?」


 悪戯に笑って俺の手を引く紗奈。まったくもう。ただもうここで俺の買い物はできた。あとは紗奈だ。俺は店を出るなり聞いた。


「次はどこ行くんだ?」

「先輩の買い物終わったから……。よし。じゃぁ、あそこに行こう」

「どこだよ?」

「ついてきて」


 そう言って歩き出す紗奈。どこに行くのだろうと思いながらも、黙ってついて行くと紗奈が入ったのはスポーツショップだった。


「ここ?」

「うん」


 梨花の誕生日プレゼントを選ぶのにスポーツショップ? プレゼントじゃないのかな? 紗奈は引退した身だし。すると紗奈は迷わず奥のカウンターに行った。サッカー用品売り場の一角だ。


「日下部です。受け取りに来ました」

「あぁ、はい。少々お待ち下さい」


 紗奈が若い男の店員に声を掛けると、店員は店の奥に消えた。


「何か注文してたのか?」

「うん」


 何だろう? まぁ、見ればわかるか。すると程なくして店員が戻ってきた。手にはシャツを複数枚持っている。その中から1枚を取り出し紗奈に聞いた。


「こんな感じになります。よろしいですか?」

「はい。ありがとうございます」


 紗奈が会計をしている横で俺は、紗奈の確認のために広げられた1枚のシャツを見た。

 サッカーのユニホームだ。シャツだけだが。しかしどうして紗奈が。しかも胸にプリントされた文字が、『天地事務所』になっている。どういうことだ? 背番号なのか、腹部に小さな番号が振ってある。10番だ。紗奈の中学の時の背番号……。


「ありがとうございました」


 俺は紙袋を持つ紗奈に聞いた。紙袋の中身は先ほどのユニホームだ。しかも複数枚の。


「どうしたんだ? それ」

「梨花の誕生日プレゼント」

「は?」


 この後紗奈と喫茶店に入って説明をしてもらった。その時に1枚袋から出し、ユニホームを広げてくれた。背番号は1番。背番号の上の個人名は『RIKU』になっている。


「梨花がね、マネやっててずっとお揃いのユニホームいいなって言ってたんだよ」

「そうなの?」

「うん。高校でマネ復帰してからも」

「じゃぁ、せめて中学の時だけでも選手やれば良かったのに」


 梨花の運動神経は悪くない。とにかく足が速い。中学の時はマネージャーながらトレーニングパートナーもやっていたのだから。


「それは嫌だったみたい。運動神経いいくせに、運動は嫌いだから」

「なんて奴だ……」

「けどお揃いのユニホームは憧れてたんだって」

「へぇ……」

「それで私と梨花と先輩とそらのお揃いのユニホーム作ったの。陸先輩もポジション柄、みんなと同じ色のユニホームってないでしょ?」


 なるほどな、確かに。そしてそらも入っているのだな。それならこれは俺の分か。なら梨花に渡すまでは一旦袋に戻しておこう。


「陸先輩が1番で、私が10番。そらは4番。みんな中三の時に付けてた番号。陸先輩は今も同じ番号だけど」

「梨花は?」

「12番。日本のサッカーって12番はサポーター番号にする傾向があるでしょ?」

「確かに。マネならぴったりの番号だな」

「そう。けどチームユニホームって最低注文枚数が5枚からだから1枚余っちゃった」


 それでも一昔前は最低注文枚数が10枚からだったと聞いている。サッカーのフィールドプレイヤーの数だ。5枚はフットサルの人数。フットサル人口が増えてのことだろう。


「て言うか、胸の表示は?」

「あぁ。あれは会社設立したら天地事務所って屋号がなくなるかもしれないじゃん。それは寂しいなと思って。それに天地事務所あってこその今の4人の生活だから」


 そうだったのか。人や事務所に対する紗奈の愛情と愛着を感じた。これは俺も嬉しい梨花への誕生日プレゼントだ。


「5枚だと金掛かっただろ?」

「まぁ……。それで相談なんだけど。今回のお金は私の給料から出してもらえないかな? 貯めてた仕送りのお小遣い、結構無くなっちゃって」

「それは全然構わん。出資額と比較したら大した金額にはならないから。そもそも紗奈の金だし。むしろ俺とそらの分は俺が出すよ」

「それは助かる。ありがとう、先輩」


 梨花には紗奈の給料のことは言っていないが、紗奈が自分で稼いだ金で買うプレゼントだ。その方がいいだろう。て言うか、待てよ。


「まさか、プレゼント決まってて、しかも注文してあって俺を買い物に連れ回したのか?」

「あはは」


 笑って誤魔化す紗奈。まったく、もう。


 こうして買い物を終え、俺と紗奈は家に帰った。すると程なくして梨花も帰ってきた。


「見てー! もうすぐ誕生日だからって川名さんがくれたー!」


 梨花がご機嫌だ。興奮気味である。梨花が見せてきたのはブランド物の手帳カバーだ。来年の手帳も入っている。さすがだ、洒落ている。高収入なんだろうな、川名さんは。


「さっき川名さんの家でお祝いもしてもらっちゃった」

「ん? 制服のままお宅まで行ったのか?」


 本当にまぁ、随分と仲良くなったものだ。良くしてくれて川名さんには感謝だよ。


「うん。川名さんが制服のままがいいって言ったから」

「ん? 制服のままがいいって言ったのか?」

「ん? 違うよ。制服のままでいいって言ったんだよ。なに聞き間違えてんの? 着替えの煩わしさに気を使って言ってくれたんだよ。麻友さんの心遣いだよ。バカだなぁ、先輩は」


 なぜ俺がディスられる? それに聞き間違えてはいないと思うのだが。そして梨花は川名さんを名前で呼んだか?


「川名さん一人暮らしなのに家が広くて綺麗だったよ。寝室もお洒落だった」


 おい、寝室覗いたのかよ。相手は成人女性なんだからもう少し気を使えよ。プライベートルームだぞ。て言うか、呼び方はやっぱり苗字か。今度川名さんに会ったら「後輩がお世話になってます」ってお礼を言っておこう。

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