80.屋上会議~陸~

 昼休み。弁当を食べた後に屋上で会議をする俺と圭介。と言うか、会議だと言われて圭介に連れて来られただけなので、俺は何の話なのかもまだわかっていない。圭介はさっきからもじもじしていてなかなか話を切り出さないし。ただ、もじもじと言うことは……。


「綾瀬のことか?」


 ビクン。


 圭介の肩が上下した。正解のようだ。観念したように圭介が切り出す。呼び出したのは圭介なのだから、観念もクソもないが。


「クリスマスプレゼントってもう決めたか?」

「は?」

「日下部に贈るプレゼントだよ」


 まずは季語からいこうか。

 梨花の誕生日の翌日。12月上旬の校舎の屋上は凍えるほど寒い。と言うことで……。


「何週間先の話してんだよ?」

「俺達の初彼女だろ? 余裕持って準備したいじゃん。クリスマスは冬休み中だし」

「まぁ、一理あるな」


 一般的な高校生の目線であればだが。ただ、俺は紗奈と一緒に暮らしている。冬休みも同じ家の中だ。首都圏開催の全国大会があるので帰省もしない。あまり焦ってはいない。


「陸は部活もあるから買い物行く時間もあんまないだろ?」

「むむ……」


 この言葉にはちょっと焦りを感じた。これはご尤もだ。先日梨花の誕生日プレゼント選びに紗奈と買い物に行った。しかし紗奈に贈り物を内緒にするなら、紗奈へのクリスマスプレゼントをその場で買うわけにはいかない。

 しまったな。その時に欲しい物をリサーチしておけばよかった。あと梨花にもやっぱりクリスマスプレゼントは用意してあげたい。


「圭介は何か目星付けてんのか?」

「あぁ。その前に一つ聞いていいか?」

「何だ?」

「日下部とはもうヤッたのか?」


 ストレートに聞くな。まぁ、男子高生の会話なんてこんなものか。


「そりゃまぁ……」

「何? いつだ?」

「夏休み中かな」

「なんだと? 早くないか?」


 ここから先の圭介との会話はちょっと面倒くさいので割愛。本題に飛ぼう。


「で? それとクリスマスと何の関係があんだよ?」

「俺は童貞を捨てたい」

「お前こそ早くないか? 俺達はそもそもの付き合いが長いんだよ。綾瀬は経験あんのかよ?」

「ない。ダメかな……」


 そんなに落ち込むなよ。言った俺が悪者みたいではないか。


「まぁ、ソフトに迫るのはいいんじゃないか?」

「本当か?」


 途端に声が弾む圭介。感情の起伏が忙しい奴だ。とは言え、圭介と綾瀬は同士か。


「けど相手が拒否したら引けよ?」

「お、おう。わかった。それでこれを見てくれよ」


 そう言って圭介が見せてくれたのは自分のスマートフォン。表示されていたのは一つのネット記事。何やら、クリスマスはパートナーに下着を贈って甘い夜を過ごすことがトレンドだとか。それ、本当かよ。


「お前、まさか、プレゼントに下着を考えてんのか?」

「ダメかな……」


 また落ち込む圭介。まったくもって面倒くさい。


「ダメじゃないけど、それ以外にちゃんとした物も用意してあげたらいいんじゃないか?」

「本当か?」


 もういちいち突っ込むまい。話を続けよう。


「で? 会議って何だよ? これが会議か?」

「一緒に買いに行こう」

「……」


 何を言っているのだ、圭介は。女性用の下着売り場に、俺に一緒に買いに行こうと言っているのか? この記事の解釈は、カップルが一緒に買いに行くことを言っているのではないのか? 俺はとりあえずその旨を伝えた。


「デート中に下着売り場に行こうなんて言えるかよ」


 あぁ、バカだ、こいつは。まず童貞がバージンの女の子を相手に下着を贈ろうなんて考えないよ。既に逢瀬を重ねた男女間で成り立つ話だ。記事に触発されて、肝心なところが抜けている。


「ただな、買いに行くにしても男だけでは無理だろ?」

「何か方法ないかな?」

「ないよ。それ以外のプレゼントを用意してソフトに迫ることだ」


 項垂れる圭介。すると俺のスマートフォンが振るえた。着信だ。表示を見てみると発信者は川名さん。まずい、仕事の電話だ。俺は圭介から離れ、校舎の中に入った。そして人目に付かない場所に移動して電話に出た。


「はい、天地です」

『川名です。お世話になっております』

「お世話になっております。川名さん、後輩の月原が大変良くしてもらっているみたいで、ありがとうございます」


 梨花が二度ほど川名さんから食事に誘ってもらったそのお礼。まずはこれを伝えなくては。梨花に誕生日プレゼントもくれたわけだし。

 それに梨花から聞いたが、梨花は俺達が一緒に暮らしていることも話したそうだ。まぁ、木田も知っていることだし、仕事関係者だからそれはいい。だから家主としてのお礼も兼ねて。


『いえ。こちらこそ良くしてもらって、ありがとうございます。今お電話よろしいですか?』

「はい。どうぞ」


 俺が学校だとわかっているからな。電話を掛けるタイミングに気を使っているのだろう。それでもしっかり昼休みを狙ってくるあたり、さすがである。社会人と高校生では昼休みの時間帯がずれているのに。


『年始に一度アポイントを頂けないかと思いまして』

「お誘いいただいている件のお返事ですね?」


 会社設立の返事の話だな。俺が返事をしなくてはならない。返事はもう決まっている。答えは「やる」だ。紗奈が一緒に働いてくれるので自信も付いた。断る理由はない。

 返事を先延ばしにしている理由は、残りのサッカー人生を満喫させてもらうため。これしか残っていない。


『はい。アポイントのお願いをしておいて恐縮ではありますが、何分木田も多忙な身でして。今のうちにスケジュールを押さえたいと思っております』

「えぇ、構いません」

『高校サッカー選手権があるのを存じておりますので、大会の全日程終了後、最初の金曜日などいかがでしょうか? 夕方からの時間帯で、制服のままで構いません』


 木田から部活の結果は聞いているのだろう。もしかしたら梨花かな。どちらにせよありがたい配慮だ。平日だし、まだ先の話だし、恐らく予定は入れていない。紗奈に確認するまでもないか。


「はい。ぜひその日でお願いします」

『ありがとうございます。詳細な時間と場所は追ってご連絡させていただきます』

「わかりました」


 一瞬圭介が視界の隅を通過した。今屋上から下りてきたのだろう。下着ね……。


『では、失礼します』

「あ、あの……」

『はい』


 しまった。圭介との話題を思い出して引きとめてしまった。何と言うことを。相手は崇社長の秘書なのに。仕事の付き合いの大人な女性なのだぞ。けどな、梨花と仲良くしてもらっているし、もしかしたら話しやすいのかもしれないな。


「えっと……。仕事の話とは関係ないのですが……」

『はい、構いません。どうぞ』

「大人の女性に対する、高校生のちょっとした相談だと思って聞いてほしいのですが。ただのどこにでもいる男子高校生の質問です」

『ふふ。大丈夫ですよ』


 川名さんの物腰が柔らかくなった。笑い方もフランクだ。堅いイメージがあったけど、なんだか話しやすそうだ。


「クリスマスプレゼントに下着を贈るのってどう思います?」

『あははっ! 面白いことをお聞きになるんですね』


 恥ずかしい。圭介のバカ。けど川名さんがすごく親近感を持てる笑い方をしてくれた。根はすごくフレンドリーな人なのかな。


『日下部さんですか?』

「えぇ、まぁ」

『いいと思いますよ』

「そうですか。けど、普通は一緒に買いに行くものですよね?」

『そうですね。もしかしてサプライズですか?』

「えっと……、友達がそうしたいから一緒に買いに行こうって誘ってきて。けど男だけは売り場に行くのに抵抗があるんです。それでどうしたものかと。その相談です」


 もうここはしっかり圭介に責任を取ってもらおう。俺の発案ではない。これを強調。本当のことだし。


『それでしたら通販っていう方法がありますよ』

「なるほど、通販ですか」

『もしくは私がそのお買い物にお付き合いしましょうか?』

「え?」


 聞き間違いか? 川名さんが買い物に付き合ってくれるのか?


『私がよく行くお店に話を通しておきますので、目立たないようにしますよ?』

「いいんですか?」

『えぇ。何でしたらお店の近くで待ち合わせて、お会いするのは買い物までにしますし。プライベートでお会いすると日下部さんへの体裁もありますから』

「それ凄くありがたいです」


 俺はその提案に飛びついた。外で彼女以外の女性と会うことへの配慮もしてくれている。


 この後、日程の打ち合わせをして、俺は深くお礼を言って電話を切った。ただ一つ。なぜか川名さんに条件を突き付けられたのだが。困った。意外とハードルが高い条件なのだ。しかし相談した結果、協力的だった川名さんの手前断れなかった。

 とりあえず圭介だ。俺は教室に戻ると圭介を連れて人目に付かない場所に移動した。


「なんだよ……」


 相変わらず項垂れたままの圭介。今から喜ばせてやるからな。


「さっきの話。一緒に買いに行こう」

「本当か?」


 ほら喜んだ。圭介の目が輝いている。


「あぁ、梨花がこっちで仲良くなった大人の女の人がいるんだよ。その人がお忍びで俺達の買い物に付き合ってくれるって」

「りくー! お前は心の友だよ」


 泣き顔で俺の肩を掴んで言う圭介。涙は流していないが。て言うか、感謝すべきはまず川名さんだよ。


「来週の金曜日、俺の部活が終わってから。遅い時間までやってる店らしいぞ」

「わかった。死んでもその日は空ける」


 川名さんも俺の部活後の時間ならその日は退社できるそうだ。と言うか、むしろこの日しか予定が合わなかった。川名さん多忙なのに感謝だ。


 川名さんは当日、俺が仕事を友人関係に隠していることにも配慮してくれるそうだ。つまり呼び方が「代表」ではなくなり、敬語もなくなる。本当に助かる。

 ただ、俺も川名さんを「麻友さん」と呼ばなくてはならない。ちょっとハードルが高い。あくまで年の離れた友人だ。できるかな、俺。


「よし、じゃぁ綾瀬の下着のサイズ、ちゃんと確認しとけよ」

「ん?」

「ん? って、サイズだよ、サイズ」

「は?」

「は? じゃねぇよ。サイズがわかんねぇと買えないだろ?」

「どうやって調べんだ?」

「……」


 まずい。俺は川名さんから梨花を通して紗奈のサイズを聞き出してもらうことになっている。このルートなら、まさか俺が下着を用意しようとしているなんて思わないだろう。

 俺は一緒に生活しているので、下着のタグを見れば確認もできる。けどよくわからんから失敗しないためにここは女性の川名さんに任せた。けど圭介はどうする? 全くもって俺は自分のことしか考えていなかった。


「頑張ってくれ」

「陸、何とかしてくれ……」


 泣きそうな顔で言う圭介。本当にテンションの忙しい奴だ。


「そこまでは知らん。できなきゃ当日お前は欠席だ」


 俺はそう吐き捨てて教室に戻って行った。ここまでやったのだ。後は自分で何とかしてくれ。

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