57.食生活の救世主~陸~
新学期2日目の昼休み、俺は学食にいた。紗奈が作ってくれた弁当は、午前中の授業の合間に全て俺の腹の中に消えた。部活が始まってから早弁が止まらない。公太みたいに間食用のおにぎりでも持って来ようか。
海王高校の学食は昼休みの時間帯、購買が営業している。俺はそこでパンを買おうと思ってやってきた。早弁をしても不思議なもので、昼休みになればしっかりと腹の虫は自己主張をしてくれる。
「どーん」
購買で順番待ちをしていると背中に感じた衝撃。俺は後ろを振り返った。
「早弁ですか? ダーリン」
紗奈だった。背中にタックルをされたようだ。紗奈の脇には柏木がいる。と言うか、関係がバレるからその呼び方は止めてくれ。
「そうだよ。部活始まってから昼休みまで食べ物が手元に残らないよ」
「私と同じですな」
「なんで紗奈まで?」
「梨花の朝練が始まって早起きするようになって、朝ごはんの時間が早まったからお腹すいちゃって。お弁当半分食べちゃった」
「……」
まぁ、紗奈なら納得。柏木の前で「梨花の朝練」と答えたのは合格点。俺の弁当も作っていることは言えないからね。
「なら三人で、ここでランチにしましょうよ?」
「いいね」
突然こんな提案をしてくる柏木。それに乗っかる紗奈。
「私、教室行ってお弁当取ってくる。紗奈の分も持って来てあげる」
「助かる。じゃぁ、私席取っておくよ」
俺の返事を聞かずに話を進める紗奈と柏木。一応俺にも教室に公太と圭介という弁当フレンズがいるのだが。まぁ、たまにはいいか。
「先輩、私焼きそばパンとウーロン茶ね」
そう言って紗奈はそそくさと購買の順番待ちの列を離れて行った。柏木はすでに食堂を出ているし。て言うか、紗奈から代金もらってない。俺を見つけて最初からたかるつもりだったな。
購買で買い物を終わると俺は紗奈を探した。紗奈はすぐに見つかった。なぜなら男子生徒が群がっているから目印になる。紗奈は4人掛けの席にいて、代わる代わる男子生徒が、隣の席空いているか? と声を掛けている。
「あそこに割り込むのか……」
俺はげんなりした。また白い目で見られそうだ。
「ほれ、紗奈」
「あ、ありがとう」
俺は紗奈の隣の席を確保し、紗奈ご注文の品を紗奈の前に置いた。俺の手元には焼きそばパンとメロンパン、それにコーヒー牛乳だ。すると離れていく男子生徒達。一様に不満げな顔が見て取れる。
「ちっ」
むむ、誰か舌打ちしたぞ。お前だな。顔覚えたからな。紗奈は俺の彼女だぞ。秘密交際だけど……。
「あー! 天地先輩。ちわっす」
男子生徒の群れが消えると聞こえてきたその声。俺が顔を上げるとそこには五反田が立っていた。
「よう。学食組か?」
「えぇ。一人暮らしなんで」
「へぇ、そうだったんだ」
「いつもサッカー部の学食組と固まって食べてるんすけど、今日は自分の分だけ席が空いてなくて……」
苦笑いを浮かべる五反田の手には、学食で注文した品のトレーを持っている。
「ここで食うか? 一席空いてるし」
「え? いいんすか?」
俺はそれに肯定してみせると五反田は喜んで俺の正面に座った。俺と紗奈が隣同士で座っていた4人掛けのボックス席は、正面の二席が空いていた。もうすぐ柏木が戻ってくるけど、五反田が入るのは問題ないはずだ。
「とんかつセットのご飯大盛りか。五反田ってちゃんと食べてんだな」
「いやぁ、月初めで仕送りもらったばっかなんで。月末はいつも家からおにぎり持ってくるだけです」
「……」
そりゃ、そんな食生活してればその線の細さは納得だよ。
「て言うか、征吾でいいっすよ。名字じゃ言いにくいっしょ?」
「ま、まぁな」
「紗奈ー、お待たせー」
「あー、ありがとう」
そこへやってきたのは柏木だ。紗奈は柏木から弁当を受け取るとすかさず広げた。
「おい……」
「ん?」
紗奈の弁当、半分どころか既に七割ほどない。人のことは言えないが、どれだけ食ったんだよ。
「あれ、ご近所さんじゃない?」
「あ、ども」
柏木が征吾を見るなり言うと、征吾も柏木を認識しているような反応を示す。そのやり取りに反応したのが紗奈だ。
「ご近所さんなの?」
「うん。うちの隣のアパートに出入りするのを見たことがあるから」
それってご近所さんと言うより、お隣さんではないか。確かに、ご近所さんも間違いではないが。そして紗奈が質問を俺に向ける。
「で? 彼は陸先輩のお知り合いでもあるの?」
「あぁ。サッカー部の――」
「弟子っす!」
サッカー部の後輩と言おうとした俺の言葉を遮り、弟子だと言う征吾。確かに育成目的もある入部ではあったが、いつから弟子になったのだ? 俺はそんなに偉い人間ではない。
「私、三組の日下部紗奈。よろしくね」
「知ってる。天地先輩の彼女だよね?」
「違う」
即否定する俺。ここで間を開けると紗奈が何を言い出すかわかったものではない。
「一回噂になりましたよね? そもそも日下部さんは有名だし」
征吾が俺に言葉を向けるが、これがまったく面相臭い。紗奈が隣で膨れているけどそれは無視して、いつもの言い訳設定を説明した。
「へぇ、そうだったんすか。て言うか、先輩。俺も陸先輩って呼んでいっすか?」
「ん? まぁ、いいけど」
「よっしゃ」
拳を握って喜びを表現する征吾。何がそんなに嬉しいのだ? まぁ、俺はどっちでもいいのだが。
「いきなり慕われてんじゃん」
「うん。よくわからんが、そうみたい……」
ここで否定しても過剰な謙遜だ。嫌味にしかならないので、肯定しておこう。
「私も三組。柏木遥だよ」
「自分、八組の五反田征吾。名字言いにくいから征吾でいいよ」
紗奈と柏木にも名前の方をアピールする征吾だが、そう言えば八組だと、圭介といい仲の綾瀬と同じクラスか。これは記憶しておこう。
「弟子ってことは教えてもらってるの?」
紗奈の質問に一度咀嚼をしてから征吾は答える。
「うん。けど全然足りない。部活以外の時間でももっと教えてほしいっす。陸先輩に追いつくのが目標なんで」
感心だ。俺が師匠とは恐れ多いが、ここまでやる気があるのなら協力しよう。
「じゃぁ、これから昼休みに講義でもしてやろうか?」
「マジっすか? お願いします」
一気に征吾が興奮するので、かなりストイックなようだ。
「じゃぁ、明日から作戦ボード持ってくるから、飯食ったらお前の教室に行ってやるよ」
「やったー! 待ってます」
うむ。梨花からスカウティングノートも借りよう。そして征吾のクラスに行く時は圭介も誘ってやろう。せっかく告白してきた女子がいる教室だ。ダブルデートの時を見る限り、誰かが背中を押さなきゃ進みそうにない奴だからな。まぁ、圭介に迷惑でなければだが。
その前に、一つ言っておかなくてはいけないことが。
「て言うか、月末おにぎりだけの生活を改善しろよ」
「いやぁ、実家が東北の農家なんで米はどれだけでも送ってもらえるんですけど、金は送ってもらえないから。自炊もしないんで」
「へぇ。大変なんだな。木田とかに食事管理で意見言われないか?」
「いつも言われてます」
「なら、せめて弁当くらい木田が作ってやればいいのに」
「そんな話も出たことあるんすけど、何でも木田先輩は本当に作ってあげたい人は別にいるからそれが叶うまで作らないって言ってるみたいなんすよ」
「……」
それ、たぶん俺だ。木田は、俺の彼女になってそんなことを思い描いていたのか。色恋よりマネージャーの仕事を優先しろよ。て言うか、俺の弁当を作っているのは今隣にいる紗奈で、しかも俺の彼女だ。苦笑いしか出てこない。
「じゃぁ、あとは梨花か。正式部員になったし」
「そもそも月原さんの弁当はルームシェアしてる日下部さんが作ってるんだよね?」
「あは。知ってたんだ」
次は紗奈が苦笑い。そうだった。梨花は料理ができないわけではないが、今の生活は紗奈任せだ。と言うことは紗奈か。俺は紗奈を向いてみる。紗奈も理解したのか納得の表情を見せた。しかし声は正面から聞こえた。
「なら、私が作りましょうか?」
声の主は柏木だ。柏木が征吾の弁当を作ってくれるのか?
「私、家の炊事全部やってるんですよ。お父さんはいつも帰りが遅くて、お母さんが看護師だから夜勤もあって。中二と中一の弟が部活やってるから毎朝のごはん作りで5時半起きです。その時に自分のお弁当作ってます」
なんと、それは全くもって好都合な話ではないか。栄養管理士柏木、ここに現る。
「助かる。どうだ? 征吾」
「本当にいいの?」
申し訳なさそうにお伺いを立てる征吾。
「うん。一人増えたところで手間は変わらないから。隣なんだし、朝ごはんも作って持っていくよ」
なんと、女神の降臨だ。こんなに話がとんとん拍子で進むとは。征吾も感動で柏木を崇めるような目を向けているし。
「遥って三人兄弟だったの?」
「ううん。小五の妹と小二の弟もいる」
「ご、五人兄弟……。大変だね……」
「そうなの。特に中学生の二人はよく食べるからエンゲル係数が凄くて」
困り顔で答える柏木。すると紗奈と柏木の会話を聞いていた征吾が一言。
「米ならいくらでも回すぞ? こういう話なら親にどんだけでも説明つくし」
「本当? それすごく助かる。そこまでしてもらえるなら晩御飯も持っていくよ」
「マジで? それすげー助かる」
なんだ、なんだ。取引が成立しているではないか。完全に利害が一致している。ご近所付き合いって大事なんだな。
「そう言えば、サッカー部の他の一人暮らしの連中ってどうしてんだ? 愁斗も上京組だろ?」
「だいたいみんな学生向けの下宿か、自炊っす。愁斗は大学生の姉貴がこっちにいるらしくて、同居してるから食事の面倒はみてもらってるらしいっすよ」
「へぇ、そうだったんだ」
みんな色々とやりくりしているのだな。去年まで家政婦を雇っていた俺は甘えていたのかもしれないな。
「なんでわざわざ東北から上京してきたの?」
柏木から征吾への質問だ。征吾は食事の手を止めずに答える。
「サッカーのため。向こうにもサッカーの強豪校はあったんだけど、大嶺監督の指導を乞いたくて」
「へぇ、そうなんだ」
なるほどね、大嶺信者か。かく言う俺も大嶺監督にお目に掛かりたいと思い、この高校を選んだ。入学前から部活をするつもりはなかったが、憧れの監督ではあったから。
地方組の俺は受験を前に東京の高校の選び方が全くわからなかった。そこで手塚不動産の手塚社長に紹介してもらった学校が三校あったのだ。条件としては進学校であることだった。その中で校名を知っていたのがサッカー強豪校のこの海王高校だったわけだ。
因みに、この日の夕練で木田と梨花に、柏木が征吾の食事の世話をしてくれることになったことを報告すると、二人は揃って喜んでいた。
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