50.ダブルデート~紗奈~
今日は愛しの陸先輩とデート。の予定だったんだけど……。湯本先輩と八組の綾瀬里美ちゃんも一緒になってのダブルデートとなってしまった。陸先輩とイチャイチャ思い出作りをしたかったのに。
とは言え、困った人を放っておけない陸先輩。仕事では人の見極めが早く、時には非情な決断も下す陸先輩。しかし、一部を除く身内や友達関係は無条件に大事にする。デートに不慣れな湯本先輩を助けるためだ。仕方がない。陸先輩のそんなところも私は好きだから今日は従おう。
そして早めのランチと言うことで入った小洒落たお店。夜は居酒屋だそうだ。湯本先輩お薦めの店とのことだが、私は気づいているよ。陸先輩の陰のエスコートだということに。さすが、陸先輩。お店に詳しい。
しかし、里美ちゃんはどんなきっかけがあって湯本先輩のことを知ったのだろう? 湯本先輩の連絡先は里美ちゃんの方から聞いたそうだし。デートだというくらいだから気があるってことだよね?
「お二人は付き合ってどのくらいなんですか?」
注文の品を待っている間、徐に聞いてくる里美ちゃん。ふわっとした可愛らしい子だ。
「えっと、せん――」
「だから、付き合ってないって」
先月から、と言おうとした私の言葉を遮る陸先輩。危ない、危ない。第七条……。今のは完全に誘導尋問だった。侮れない、里美ちゃん。まるで警察の取調べだな。
「ふーん。お似合いなのに」
お似合いだって。嬉しいな。うふふ。
「天地先輩はこんなに可愛い後輩と親しくて何も思わないんですか?」
お、突っ込んで聞いてくるな。第七条……。けどもっと聞いてくれ、里美ちゃん。
「付き合い長いからね。女と言うより、妹みたいなもんかな」
ちっ、帰ったらシメてやる。全てを捧げたのに。今の台詞、ブラコンのそらにも報告してやるからな。と言うかである。湯本先輩、何かしゃべれよ。いつもの軽い調子はどうした? しょうがない。私から話を振ってやろう。
「二人はどういう経緯で知り合ったんですか? 湯本先輩」
「え? あ、えっと……」
もじもじしている湯本先輩。調子狂うな。湯本先輩に振った質問だから里美ちゃんは湯本先輩が答えるのを待っているし。
「夏休み前に学校で突然声掛けられて……」
「ん? 逆ナン?」
すかさず反応する陸先輩。確かにそういうことだと言えるけど、それってちょっとデリカシーなくないか? ストレート過ぎだよ。あぁ、ほら。里美ちゃん恥ずかしそうに俯いちゃったし。
「えっと、ちょっとしたきっかけがあって、湯本先輩のこと知ったんです。それで……」
顔を赤くしながら補足する里美ちゃん。陸先輩がもう少し気の利いた返しができていれば、その「ちょっとしたきっかけ」も突っ込んで聞けたのに。
そしてテーブルに並べられた賄い丼。なかなかボリュームがあって心躍る。けどな、ミニトマトが乗っている。丼飯なのになぜトマトを乗せる? 嫌いなんだよ。
するとすかさず私の丼からトマトを掻っ攫う陸先輩。やんっ、素敵。私は陸先輩の丼からカリフラワーを掻っ攫った。陸先輩、苦手だからね。私が作る料理では容赦しないけど、ここはお礼としてもらってあげる。その様子を見ていた里美ちゃんが一言。
「ほぇ~。本当に仲いいんだね。阿吽の呼吸だ。付き合ってるんじゃなくて、結婚してるみたい」
うひょぉ! 結婚だって。そうだよ、そうだよ。一緒に暮らしているからね。陸先輩は私の大事な未来の旦那様だよ。
「まぁ、俺が保護者みたいなもんだからね」
私の感動の腰を折る陸先輩。ちくしょう。否定はできないけど。ただ、保護者とベッドで甘い時間を過ごす私って……。本当は彼氏だからね、彼氏。
「んん! 美味しい!」
満面の笑みで舌鼓を打つ里美ちゃん。実に楽しそうで、幸せそうだ。その笑顔は湯本先輩に向けられている。ちゃんと見てやれよ、湯本先輩。黙々と食べているし。て言うか、本当に美味しいな、この賄い丼。
ランチを終えると私達は映画館に向かった。たぶん陸先輩が湯本先輩にウェブでエスコートしたのだろう。昨日のうちに予約していたチケットが無駄にならなくて良かった。
ランチの最中に陸先輩が映画館の予約サイトをスマートフォンで開いていたのが見えた。恐らく湯本先輩と里美ちゃんの分のチケットを予約したのだろう。さすが、仕事のできる人は違うね。二人のチケットも取れたからの提案だろう。良かったよ。
映画館に着くと早速チケットを買った。2対2で席は離れてしまったが、映画が始まればそんなことはあまり関係ない。私は陸先輩と隣で見られればそれで十分さ。と言うか、それは絶対さ。
男子二人が飲み物とおやつを買いに行っている間に、私は里美ちゃんからお手洗いに誘われた。これは女子の秘密のトーク部屋だな。そんな予感がする。
「なんで湯本先輩のことを知ってたの?」
洗面台の前で私が先に切り出した。里美ちゃんは少し恥ずかしそうにしながらも答えてくれた。なんだか微笑ましい笑顔だ。
「私ね、入学前の春休みに右足を怪我したの」
「え? そうなの?」
「うん。そんなたいした怪我ではなかったんだけど。松葉杖も必要なかったし。けど、固定してて、包帯も巻いてたから、ローファーが履けなくて。右足だけサンダルだったの」
「そうなんだ」
「入学してまだ1週間も経たない日だったかな。私が一人で電車に乗った時なんだけど、海王の男子生徒が妊婦さんに席を譲っててね。私はそれを見て恥ずかしながら、私に譲ってほしかったな、って思ったの。怪我してたから」
それは恥ずかしい意見ではないと思う。怪我人なんだから。それこそ電車内には妊婦さんや怪我人など、身体的弱者の人のために設けられた優先席という席があるくらいだから。
「けど松葉杖をついてるわけでもないし、私の足元をしっかり見ないと怪我も認識してもらえないから仕方ないかって思ってた。特にその電車はそこそこ混んでたから、他人の足元を見る人ってほとんどいないし」
言われてみればそうだ。人が多い電車の中で、他人の足元を見たことってない。それこそ自分の靴すらも視界に入らない。
「そしたら妊婦さんに席を譲った海王の生徒さんがね、優先席の前まで行ってその中で一番若そうな人に声を掛けたの。私を指して『この子怪我人だから譲ってあげて下さい』って。私びっくりしちゃって。しかも声を掛けた相手が結構強面の人だったの」
凄い。そんな人がいるんだ。里美ちゃんの怪我を認識した人が……。ん? この流れはまさか……。
「それが湯本先輩だったの」
うおー! なんだ、その胸キュンストーリーは!
「そしたらその強面の人も意外といい人で、『気づかなくてすいません』って言って私に席を譲ってくれたの」
「そうだったんだ。それで湯本先輩のことが気になってて学校で声を掛けたんだね」
「そ。そういうこと」
里美ちゃんは洗った手をハンカチで拭きながら肯定した。わかるよ、わかるよ。男の人の優しさって胸に響くよね。中学時代の私もそうだったから。
「紗奈ちゃんって呼んでもいい?」
「うん、もちろん。私も里美ちゃんって呼んでいい?」
「もちろん。紗奈ちゃんは天地先輩のことが好きなの?」
こっちに話題が返ってきた。うーん、何て答えよう? 第七条……。住人の恋愛事情の口外禁止か。私は本人だからいいのだろうか? けどやっぱり住人でもあるしな。
「えっとね、色々とお約束事があってそれは人に言えないことになってるの。とだけ言っておく。あとは察してほしいかな」
私が陸先輩のことを好きな気持ちは、私の誇りだ。できれば隠したくはない。自分一人の都合で済むのなら、陸先輩のことが好きだと声を大にして言える。しかし、三人で共同生活をしているし、学校生活にも影響を与えるので言えない。
「そっか。わかった」
そう言って受け入れてくれた里美ちゃん。ありがたい。
「私ね、今日の最後に湯本先輩にお付き合いして下さいって言おうと思って」
「え? そうなの?」
「うん。やっぱりいい人だなって。物知りなお友達にも恵まれてるし」
「あ……、それって、もしかして……」
「今日のエスコートって天地先輩だよね?」
「……」
バレていた。私からは苦笑いしか出ない。まぁ、陸先輩と湯本先輩の中では私にも黙っていたことだから、私が気を使うことではないか。けどそれがわかっていて里美ちゃんは落胆をしなかったのだろうか? するとその疑問に答えるように里美ちゃんが続けた。
「お友達に恵まれてる人に悪い人はいないっていうのが私の持論」
「それは私も思う」
「それにポジティブな考え方をすれば、湯本先輩は天地先輩の手を借りてでも私を楽しませようとしてくれてる。それはそれで嬉しいじゃない?」
「うん。そうだね」
いい子だ、里美ちゃんは。ちゃんと湯本先輩の気遣いを理解して、本人の気持ちに配慮している。里美ちゃんは超お薦めだよ、湯本先輩。
この後私達は映画を見終わり、映画館を出た。デート初心者に映画っていいな。上映中は無言が当たり前だから、間が持たないなんて感覚はないし。上映後は映画の感想を話せば会話が続くし。里美ちゃんと湯本先輩の様子を見ていてそう思った。まぁ、私と陸先輩はいつも通りだけど。安定だね、陸先輩。大好きだよ。
そして映画館を出た私達はこの大型商業施設に併設されたゲームセンターでひとしきり遊んだのだ。ダブルデートって意外と悪くない。凄く楽しかった。梨花にも彼氏ができたらぜひ一緒に遊びたいな。
そして夕方になり解散となった。最寄りの駅から湯本先輩だけ逆方向とのこと。里美ちゃんは私と陸先輩と途中まで同じ方向だ。
「それじゃ、俺こっちだから」
おいおい、ちょっと待て。そんなことを言う湯本先輩を私は慌てて引き止める。
「家に帰るまでがデートですよ? ちゃんと里美ちゃんを送って行って下さい」
「お、おう。……迷惑じゃないか?」
私に返事をした後、遠慮がちに里美ちゃんにお伺いを立てる湯本先輩。陸先輩はぽかんとしている。まったくどいつもこいつも鈍いんだから。
「あ、あの……。お願いします」
恥ずかしそうに答える里美ちゃん。せっかく勇気を出して告白しようと思っているのだから、ここは断ったらだめだよね。私もおせっかいだな。
そうして4人で電車に乗り込み、途中の駅で湯本先輩と里美ちゃんとは別れた。報われるといいね、里美ちゃん。
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