49.ヒルメシオゴルヨ~陸~
盆も明けたとある夏休みの日曜日。朝食を終えた俺はリビングで寛いでいた。今日は仕事も定休で、梨花は部活に行った。紗奈はキッチンを片付けた後、今自室で着替えている。すると俺のスマートフォンが鳴った。
「もしもし?」
『陸! 助けてくれ』
電話の相手は圭介だった。どうしたのだろう? 切羽詰まった様子だ。
『服がない……』
「は?」
いきなり何の話だ? そう思ってよくよく話を聞いてみると、なんと圭介は今日、女の子とデートだと言うのだ。いつの間に……? 何でも夏休み前に一年の女子に連絡先を聞かれたそうだ。それからメッセージのやり取りをするうちに、遊びに行く約束をしたと。それが今日らしい。
しかし張り切って意気込んだはいいが、着ていく服がないのだとか。結局当日の朝になって俺に泣きついてきたとうオチだ。
『待ち合わせ11時なんだよ。それまで服選び付き合ってくれ』
「いや、そう言われてもなぁ……」
『用事あんのか?』
「まぁ一応……。一回切ってかけ直すわ」
そう言って俺は電話を切った。今日の俺の予定は紗奈とのデートだ。夏休みは仕事もあってあまりデートの予定も入れていない。貴重な予定なので、これを覆すと紗奈の機嫌を損ねる恐れがある。お伺いを立てなくては。
コンコン。
俺は紗奈の部屋のドアをノックした。そしてドアの先から聞こえる「どうぞ」と言う紗奈の声。俺はドアを開けた。
「う……」
紗奈は着替え中だった。いや、服を選んでいる最中だった。しかもパンツ一枚で。ベッドには広げられた数種類の服。その状態で「どうぞ」かよ。
「何動揺してんのよ。今更」
「確かに、今更だけどな……」
「で? どうしたの?」
「あぁ、実はな……」
俺は圭介から受けた連絡の内容を紗奈に話した。すると意外にも紗奈からは「いいよ」の返事。けっこうあっさりしていた。
「湯本先輩の待ち合わせが11時なんでしょ? そのくらいの時間までならいいよ」
と言うので俺は紗奈の部屋を出て、圭介に電話をかけた。紗奈も一緒であることを伝えて、俺は圭介の買い物に付き合うことになったのだ。と言うことは急がなくては。俺と紗奈が家を出る予定が早まった。俺はそそくさと着替えた。
俺と紗奈は着替えが終わると揃って家を出て、圭介と待ち合わせの駅に着いた。圭介はすでにいた。
「すまんな、二人とも」
申し訳なさそうに言う圭介。GパンにプリントTシャツだ。そしてスニーカー。うむ、カジュアル系と言えば聞こえはいいが、確かにこの格好で女の子とは会うのは……。
ちなみに紗奈は短い丈のワンピースに、デニムのショートパンツを穿いている。俺はカラーパンツにシャツだ。
俺達は早速メンズ服のショップに行った。そこで圭介に合う服を見繕ってもらった。もちろん店員に。事前に聞いた圭介の予算だとそれなりの物が買えそうだ。紗奈はショーケースの中のアクセサリーに目が向いている。一箇所に留まることができない奴。まったく、この暴れん坊が。
「紗奈、今はこっち」
「あ、ごめん。えへへ」
俺は紗奈の手を引いてやる。それなりに広い店なので絶対に迷子になる。紗奈を迷子にする自信が俺にはある。しっかり手綱を引かなくては。
そして試着室から出てきた圭介。うん、悪くない。と思っていると圭介が一言。
「本当、仲いいんだな。やっぱり付き合ってんのか?」
「ん?」
俺の隣で紗奈が照れたように俯く。と思っていたら俺は気づいた。しまった。紗奈の手を握ったままだ。俺は慌てて手を離した。
「いや。紗奈ってすぐに迷子になるから」
「ふーん」
半ば納得顔の圭介。つまり半分は納得していない。紗奈が迷子になるのは本当だから……と心の中で言い訳をする俺。
圭介はこの後、何度か試着をし、ようやくこの日のコーディネートが決まった。綿のパンツにVネックのシャツ。そして半袖で薄手のジャケットを羽織っている。足元も革靴だ。まぁ、これなら暑くもないし、見栄えもいいだろう。汗かきの圭介は汗も誤魔化せるし。
そして店を出る俺達三人。圭介の次の待ち合わせ時間は迫っている。さてと、ここから俺は紗奈と二人でデートだ。映画を見に行って、こないだ思いついたボウリングにでも連れて行こうかな。
「じゃ、圭介。頑張れよ」
「湯本先輩。頑張ってね」
圭介を応援する俺と紗奈。しかし圭介から返ってきた言葉はと言うと。
「昼飯奢るよ」
「は?」
「ヒルメシオゴルヨ」
棒読みで繰り返す圭介。君は日本語を覚えたての外国人か。
「今日、二人が一緒なのは相手の子に言ってあんだよ。付き合ってくれ」
「「……」」
言葉を失う俺と紗奈。なぜ俺達が圭介のデートにお邪魔しなくてはならないのだ。
「相手の子にはいつそう言ったんだ?」
「今日の朝。二回目の陸との電話の後。俺、女子と二人で外で会うのが初めてなんだよ。だから無理だ。ダブルデートってことで了解してもらってるから」
こいつ……、最初から俺達を巻き込むつもりだったな。しかしどうしたものか。とりあえず俺は紗奈の様子を伺う。紗奈は少し難しそうな顔をして言った。
「しょうがないよ」
だよね。紗奈が理解のある子で良かったよ。と言うことで、俺達は圭介と最初に待ち合わせた駅に行った。ここが圭介と女の子との待ち合わせの駅だそうだ。
するとそこには一人の女の子がいた。その女の子は圭介を見るなり気恥ずかしそうに笑顔を向けて、駆け寄って来た。そう、この子が圭介の今日の予定の相手である。
「湯本先輩、こんにちは」
「ま、待たせちゃった、かな?」
「いえ。全然です」
一気に余裕がなくなる圭介。大丈夫か?
「天地先輩と日下部さんですよね? 私八組の
俺と紗奈に明るい笑顔を向けてくれる女の子。綾瀬というらしい。
「私達のこと知ってたんだ?」
「うん。朝、湯本先輩から聞いてたし。それに学年スリートップの美少女とその彼氏だから」
「いや、付き合っているわけでは……」
ここは一応否定をしておかなくては。しかし俺にだけわかるように膨れた表情を見せる紗奈。第七条だぞ、紗奈。
「え? でも、噂になりましたよね?」
「あぁ、あれは確かに二人で出掛けたけど。この暴れ馬が迷子になるから手綱を握ってただけ。仲のいい先輩後輩だよ」
「そうだったんですね」
ぼふっ。
俺の脇腹に紗奈の肘が入った。内心顔が歪む俺。言われたくないなら、迷子にならなければいいのに。
「一年にはスリートップがいるのか?」
とりあえず話題を返してみる。そんなに膨れるなよ、紗奈。と言うか何かしゃべれよ、圭介。いつから人見知りになったんだよ。
「はい。日下部さんと月原さんは有名処ですよね? あとゴールデンウィークデビューした四組の小金井里穂ちゃんが。最近隠れファンが増えてるみたいです」
「あぁ……」
なるほどね、納得。隠れファンと言うなら、ツートップワンシャドウと言ったところか。皆俺と縁がある女子だ。これは役得か? 一方、紗奈と圭介は小金井にピンと来ていないようだ。紗奈は面識ができたと聞いているが、地味っ子時代を知らないから。
綾瀬ははきはきしゃべる可愛らしい女の子だ。ふわっとした雰囲気である。髪はセミロングと言ったところか。ショートパンツに、体のラインがわかるピチッとしたシャツを着ている。細身で、控えめな胸が神秘的だ。やっぱり俺って控えめな方が好みかも。
ぼふっ。
「う……」
さっきより強烈な一撃。声が我慢できなかった。どうやら俺の視線が紗奈にバレてしまったようだ。家の中で梨花に向ける視線と同じだから、すぐにわかったのだろう。今後は気をつけよう。
「湯本先輩、今日はどこに連れて行ってくれるんですか?」
さっきからもじもじしている圭介に綾瀬が問い掛ける。この質問の内容から推察するに、この日のデートプランは圭介任せのようだ。女子と二人は無理だと言っておきながら、ちゃんと任されているではないか。感心したぞ。
「ちょっと早いけどまず飯でも行こうか?」
「はい。美味しいところ知ってるんですよね?」
「うん、まぁ……」
と言いながら綾瀬に隠れて背中から俺のシャツを引っ張る圭介。まさか……。
「頼むわ」
ぼそっと俺の耳元で一言。前言撤回。感心しない。そんなことなら、昨日の夜のうちにでも相談してくれよ。色々提案できたのに。
俺は思考を巡らせる。この近くでランチ向きの店か……。紗奈と付き合い始めたとは言え、俺もまだデートは不慣れだ。ただこういう状況になると、仕事をしていて良かったと思う。あそこかな。
俺は一行に声を掛けて歩き始めた。周囲はなかなか人が多く、紗奈は色んな店や建物に目が向いている。心配だな。俺はスマートフォンのメッセージアプリを使って、圭介に店の位置情報を送った。『先導しろ』と言うメッセージも添えて。
それを確認したのか、圭介が綾瀬を連れて俺と紗奈を追い越す。圭介が先導しないと、圭介エスコートのダブルデートにならないから。
俺はそれを確認して紗奈の肩を引き寄せた。危ないから歩道側を歩けよ、まったく。紗奈と立ち位置が変わると俺は紗奈の手を引いた。途端に少し俯いて照れる紗奈。まったく、もう。可愛いな、俺の彼女は。
やがて圭介エスコートで店に着いた。ウェブ上では俺のエスコートだが。まぁ、綾瀬はそんなこと知らなくていいから、それはいい。
着いた店は、夜は創作料理の居酒屋をやっている小洒落た店だ。賄い用のメニューをたまたま常連客に出したらこれが受けて、今ではランチタイム営業も始めた。昼間の客単価は高校生にもありがたい設定だ。だからお洒落な雰囲気と美味しいランチをリーズナブルで楽しめる。
「すごーい。綺麗」
店に入るなり感嘆の声を上げる綾瀬。掴みはいいようだ。よしよし、後は会話を引っ張れるように頑張ろうな、圭介。
「メニューは何がお勧めなんですか?」
「えっと……」
スマートフォンでメッセージを早打ちする俺。俺ってこんなに早くタイピングができたのか。パソコンなら自信があったけど。切羽詰まると人間何でもできるのだな。隣の綾瀬に見られないように確認してくれよ、圭介。
「あ、賄い丼。ここは夜の居酒屋営業がメインだから」
「そうなんですね。居酒屋の時間にも来たことあるんですか?」
「ないよ。たまたま友達と昼の営業時間に発見してさ。あはは」
うむ。ちゃんと返しができている。お調子者の圭介だ、種さえ巻いてあげればあとは自分で何とかする。頭の回転が早いのでちょっと安心した。高校生なのに夜来た事があるなんて言ったら話題が展開されて面倒だから。「どうして来たの?」「付き添いで」「誰の?」みたいな。
何とかなりそうだと感じる圭介の初デートはこうして始まったのである。
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