48.アスリートは負けず嫌い~陸~
ボウリング場にてボウリングを楽しんでいる俺達。そらと公太と吉岡は、さすがボールを投げるスポーツのアスリートである。一ゲームが終わって三人とも180以上。180点台って……。公太に至っては190点台だし。
「て言うか、なんで陸が一番スコアいいのよ?」
「へ?」
吉岡の言葉に俺は自分のスコアを見てみる。212点。ちょっと腕が鈍ったか。すると公太が悔しそうに続く。
「絶対陸にも勝てると思ったのに。サッカーより俺達の方が有利な種目だろ? しかも陸は現役じゃないし」
「フットサルを舐めるな」
「フットサルやってんのか?」
「たまにだけど」
「ポジションは?」
「キーパー」
本当は、サッカーで言うゴールキーパーのポジションをフットサルではゴレイロと言う。しかしどうせ通じないので、面倒くさいから「キーパー」と言っておく。
「キーパーにしたって、フィールドプレイヤーにしたってボールを蹴るスポーツでしょ? 陸はボウリングの経験者なの?」
吉岡め、フットサルのゴレイロを舐めているな。フットサルのゴレイロはサッカーのゴールキーパーよりもボールを蹴ることが多いし、そして何よりボールを投げることが多いのだ。それこそハンドボールよりも大きいボールをワンハンドで掴み、転がすことが一番多い。俺はノールックフェイクでだって投げられる。
「マジか……」
それを説明すると素直に実力差を認めた吉岡と公太。
「むー」
しかし俺の隣でそらが難しい顔をしている。どうしたんだ?
「もう一回勝負です」
勝負って誰と張り合っているんだ? そらは。確かに順位はそらが4位だが、スコアを見る限りあっぱれなんだが。
「吉岡さん、次はチーム戦です」
あぁ、吉岡と張り合っていたのか。その提案に目をギラつかせるのは吉岡だ。インターハイのリベンジができて気分が良かったのだろう。公太は公太で同調気味だし。
まったく、どいつもこいつも負けず嫌いなんだから。紗奈がこの場にいたら収集が付かなくなっていたところだ。とは言え、肺に負荷が掛かるスポーツではないし、今度紗奈もボウリングに誘ってみようかな。
そして団体戦と称して二ゲーム目が始まったのである。チーム分けは俺とそらの兄妹チーム対、公太と吉岡の幼馴染チーム。個人スコアの二人合計で勝敗を決める。とりあえずジュースを賭けた。
その二ゲーム目は終ってみるとわずか1ピン差で勝負が決まった。俺、215。そら、193。我が妹ながら何だ、このスコアは。そして公太、209。吉岡200。何なんだ、こいつらのスコアは。合計408対409で兄妹チームの負けである。
俺とそらは自販機コーナーで二人分のジュースを買いに行った。徐に小銭を差し出すそら。小銭は持っていたんだな。まぁ、でも妹に金を出させるのはな……。そう思って俺は、「いいよ」と言った。
「だめ。負けは負けだから。ちゃんと半分払う」
まったく本当に負けず嫌いなんだから。俺はそらを微笑ましく思いながら小銭を受け取った。
俺とそらはボウリング場で公太と吉岡と別れ、新幹線の駅へ向かった。駅に着いた時点で、そらが予約した新幹線の時間より余裕がある。俺達は駅構内の喫茶店に入った。俺の足元にはコインロッカーから出したそらの荷物がある。
「三人での生活は楽しい?」
アイスミルクティーをテーブルの上に置くと徐に聞いてくるそら。俺の前にはアイスコーヒーが置かれている。
「うん、まぁ。最初は焦ったけど、慣れてくるとこれが意外とね」
「そっか、いいな」
そらはそう言って再びミルクティーのストローを咥える。スポーツ特待で入った寮生活だと色々と気苦労があるのだろう。まだ最小学年だし。
「今幸せ?」
「ん? 紗奈のこと?」
「他に何があるのよ? 梨花のことでも聞いてほしいの?」
「あ、いや……。幸せだよ」
「ふーん。梨花のことはどう思ってるの?」
結局聞くんじゃないか。しかし、そらから見たら俺とサナリーの関係性ってどう映っているのだろう。
「可愛い後輩だよ」
「ふーん。中学の時、お兄ちゃんは梨花のことが好きだと思ってたんだけど」
「……」
鋭いな。
「答えにくそうね。それはつまり今でも思うところがあるのね」
本当に鋭いな。と言うか、なぜ兄妹間で
「まぁ、今のことは誰にも言わないわよ。お兄ちゃんと紗奈と梨花にはいつまでも仲良くしてほしいから」
「助かるよ」
それだけ言って俺はアイスコーヒーを一口吸った。
「中学の時の淡い気持ちまでは、口を閉ざした保証はないけど」
「……」
言ったのか? 誰かに言ってしまったのか? 「口を閉ざした保証」って言ったぞ、今。過去形……。そんな俺の不安をよそに話を続けるそら。
「梨花の恋愛対象聞いたんでしょ?」
「うん、まぁ。けど偏見は持ってないし、梨花の気持ちは尊重してる」
「そう。それなら良かった」
そう言えばそらの浮いた話は聞いたことがないな。まぁ、今は女子高だし、部活で忙しいだろうから、そんな暇はないのかもしれんが。聞いたところで兄としては複雑だし。そう思っている時点で結局俺もシスコンなのかな。
そんなことを考えているとそらが徐に切り出した。
「私はね、たぶん梨花は同性愛者ではないと思っているの」
「ん? どういうことだ?」
「確信はないから本当にたぶんなんだけど。梨花は両性愛者じゃないかと思って」
「両性愛者?」
「うん。つまりバイセクシャル。梨花は限りなく同性愛者に近いんだけど、異性を毛嫌いしてる感じは否めないし。けど……」
けど……、の後を押し黙るそら。この後何が続くのか、俺はそらの次の言葉を待った。
「ううん、何でもない。やっぱり私の勘違いだ」
そう言ってそらは話を締めた。これ以上聞くなと言うオーラが体中から出ている。それなので俺はそれ以上何も聞けなかった。
バイセクシャルか……。
新幹線の時間が近づき俺とそらは一緒にホームまで上がった。俺が手に持っていたそらの荷物をそらに手渡す。
「荷物持ってくれてありがとう」
「ううん。あと、これ」
俺は財布から札を抜き取りそらに差し出した。小遣いのつもりだ。
「ありがたくいただく。本当にいつもありがとう。感謝してる」
「いや」
そらは荷物を床に置き、受け取った札を自分の財布に仕舞った。そらは自分から金の無心をしないが、俺から渡す分には必ず礼を口にして受け取る。生活費の仕送りもそらが入金を確認すると、必ずお礼のメッセージをくれる。
すると新幹線の到着を告げるアナウンスが流れた。財布を肩掛けバッグに仕舞い両手が空いたそらは俺に抱き付いてきた。
「お兄ちゃん、紗奈にしたみたいに愛でて」
「うん」
俺は片方の手でそらの肩を抱き、もう片方の手でそらの頭を撫でた。大きくなったな。小学生の頃はいつも俺の後ろをついてきていた。その頃は小さかった。それが今では立派に成長した。
俺には東京で家族ができた。かけがえのない家族だ。しかし地元に家族と言える存在はそらしかいない。爺ちゃん、婆ちゃんも良くしてくれるから敬ってはいる。けどやっぱり俺にとって守るべき家族はそらだけなのだ。
そして新幹線がホームに入ってきて、扉が開いた。そらは荷物を持って新幹線に乗り込んだ。扉が閉まり、姿が見えなくなるまでそらはずっと手を振っていた。俺もそれに応えた。
「さて、帰ろうかな」
そうして俺は新幹線のホームを後にした。帰りの道中、電車の中で梨花からメッセージが届いた。
『8月30日の練習後、大嶺監督と木田先輩とミーティング。もちろんあたしも同席する。仕事の予定は紗奈に確認済みだよ』
セッティングをしてくれたか、俺がサッカーに復帰するかどうかの話し合いの席を。紗奈とも話さないといけないな。
家に帰ると既に夕食ができていた。いつもの夕食の時間よりは少し遅くなってしまったが、サナリーは俺の帰りを待っていてくれたようだ。
「先に食べててくれても良かったのに」
「夏休み明けにさ、あたしの部活が始まるとこうして三人で食べられる回数が減っちゃうじゃん。朝練は始まるし、夕練が遅くなったりした時なんかも」
「そっか。ありがとな」
確かにそうだ。梨花の部活が始まると揃っての食事の回数は減る。けど、俺も部活を始めれば梨花と一緒か。その場合、紗奈は間違いなく俺達に合わせるだろう。一緒に暮らすようになってわかったが、紗奈は尽くすタイプだ。付き合ってからは特にそれが顕著だ。
ただサナリーが東京に来てから、こういう食事の席を大事にしている俺がいる。高校生三人ではあるが、家族だと置き換えれば何でもない日々の食卓だ。
地元にいた時は団欒という雰囲気には縁がなかった。俺もそらも好きな時間に食べて、基本的に二階から下りて来なかった。
「家族ってこういうものだよな……」
いかん、つい口を吐いてしまった。たぶん今の言葉は、紗奈にも梨花にも聞こえた。恥ずかしくて二人の顔が見られず、俺は慌ててご飯をかき込んだ。
「先輩、今日こそは背中流してあげようか?」
「な、何言ってんだよ?」
突然紗奈がそんなことを言うから、俺はそれに狼狽える。俺の言葉を聞いて紗奈なりの家族の形なんだろうか。ただ身体も結ばれたとは言え、梨花も一緒に暮らしているこの家でそんなこと……。
「あたしのことは気にしなくていいよ」
「う……」
梨花公認か。彼女と一緒に風呂……、興味あるな。
「何ならあたしも一緒に入ろうか?」
「……」
完全に固まって、箸が止まる俺。梨花に目を向けると、梨花は素の表情をしている。
「紗奈が良ければだけど」
「私は全然いいよ」
いいのかよ。確かに梨花の胸を直で見てしまうことはよくあるが。風呂もとなれば下もだし、それどころか一糸纏わぬ姿だぞ。
「私は梨花と一緒に入ることよくあるし、これで三人裸の付き合いだね」
これが家族の形なのだろうか? 年頃の高校生だぞ? そらと一緒に風呂に入ったのも小学校の中盤くらいまでだ。普段の薄着と言い、なぜ梨花はそんなに抵抗がないのだ?
「「ぷっ!」」
「え……?」
すると二人して吹き出し、笑い出した。……しまった。気づいた時にはもう遅かった。
「冗談だよ、先輩。胸チラだけで我慢しといて。真っ赤になっちゃって」
あぁ、やっぱり。絶対に俺の表情を見て二人して面白がっていたな。いや、待てよ。聞き捨てならない言葉があった。梨花の胸を見たことがバレている?
「ふーん。先輩、梨花の胸見てたんだ」
ジト目で言う紗奈。まずい、怒られる。
「ま、梨花ならいいけど。浮気だけはしないでね」
紗奈の言葉に胸を撫で下ろす俺がいる。しかし、この生活は一体どこまでが浮気なんだ? わからん。
そして食後、俺が風呂に入っていると紗奈が入ってきた。紗奈と一緒に入るのは冗談ではなかったのか。嬉しい誤算だったな。
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