31.現状と思惑~陸~

 放課後、両手に花。相手は紗奈と梨花だ。浮かれそうになるが、周囲の目がそれを許さない。どこから湧いてきたのか、海王高校のサナリー親衛隊が時々目に付く。いつも下校中、サナリーをお誘いしたく虎視眈々と狙っている。

 一歩間違えればストーカーだ。まったく、危ない奴らめ。気が抜けん。頼むから家まで付いてくることは止めてくれよ。


「三人でこうして遊びに出るのって久しぶりだね」


 ご機嫌な表情で言う紗奈。確かに、思い返してみると中学の時以来か。昨日のサッカー部のインターハイ都大会敗退を知って、梨花を誘う時に一緒に誘ったのだ。遊びに出るならやはり三人の方が楽しいだろうと思って。


「仕事は大丈夫だった?」


 少し遠慮気味に言う梨花。事務所が二人体勢になってからすこぶる順調だ。業績もいい。今日は梨花に楽しんでほしいので、そんなことは気にしないでくれ。途中仕事の関係者から電話は入るかもしれないが、その時だけ席を外させてもらおう。


「うん、大丈夫。梨花はどこか行きたい店とかあるか?」

「そうだな……。キャバクラ」

「ん? ……は?」


 何を言っているのだ、この子は。本気で言っているのか? 制服姿で入れるわけがないだろ。俺達は18歳未満だ。


「と言うのは冗談で」


 さらっとそんな冗談を言うのは止めてくれ。


「やっぱり服とかアクセサリーが見たいかな」

「そっか、そっか」

「先輩の誕生日プレゼント選びで時この辺来たんだけど、その時は自分の買い物じゃなかったから。いいなって思うお店いくつかあったんだけど、ゆっくりは見てないんだよね」

「その節はありがとな。じゃぁ、今日はちょうど来れて良かったな」

「うん」


 そして最初に梨花が選んだのは雑貨店。梨花がショッピングモールで小金井に声を掛けた時のことを思い出す。あの時の店と系統が同じだ。今回の店の方が店内は広く充実している。

 この店は学校帰りの女子高生の姿が目立つ。俺一人だと場違いな店だから、紗奈と梨花とはぐれないようにしなくては。と言うか紗奈、いろんな棚に興味を示しては一人でふらふらと歩いて行く。またかよ。俺は紗奈を追いかけるのも面倒だったので梨花についていた。


「先輩これなんかどう?」

「ん? 可愛いんじゃないか?」


 梨花が手に取ったのはカチューシャと髪留め。女の子らしい可愛いデザインだ。


「それじゃ」


 そう言って俺の頭に当てる梨花。


「おい、何をしてる?」

「ん? 可愛いって言ったから当ててみた」

「……」


 梨花が付けたら似合うと思ってそう答えたのに。俺に女装の趣味はない。だから俺で遊ぶな。悪戯に笑っているし。


「よし、次行こう。あたし外で待ってるから、紗奈を探して来てよ」

「……」


 何を言っているのだ。この華やかな店内を俺一人で歩き回ってあの暴れん坊を探し出すのか? 絶対無理だ。

 結局俺は梨花と一緒に店を出て、文明の産物を使って紗奈を呼び出したさ。すると紗奈は少ししてから店の外まで出てきた。何やら包装された物を鞄に詰めながら。


「何か買ったのか?」

「うん。デコレーション用のシール。名刺入れに貼ろうと思って」

「……。名刺入れをデコレーションするのか?」

「ん? ダメかな?」

「ダメではないが、ケースの裏だけにしとけよ」


 それに納得した表情の紗奈。

 紗奈は金属製の名刺入れを使っている。女子高生らしくそれをデコレーションしたい気持ちはわかるが、あくまでビジネスアイテムなのに。まぁ、ケースの裏だけなら目立たないからいいだろう。


「梨花、次はどこに行くの?」

「クレープ屋さん」

「あ、こないだ見て気になってたとこ?」

「そう」


 甘いものが好きな梨花。紗奈との会話の様子から察するに、まだ行ったことがないのだろうか?


「こないだ来た時は行かなかったのか?」

「うん。紗奈がたこ焼き食べたいって言ったから、そっちに行った。しかもその後紗奈はたい焼きまで食べてたし」

「……」


 大食い紗奈。その華奢な体のどこにそんな容量があるのだか……といつも感心してしまう。その俺の隣で「あれは美味しかったね」なんて嬉しそうに言っているし。


 この後クレープ屋台でクレープを買って、俺とサナリーは頬張りながら歩いた。久しぶりに食べるクレープはうまい。俺も梨花ほどではないが、甘いものが好きだ。すると道路脇から近寄ってくる一人の男。ノーネクタイのスーツ姿だ。


「あの……、今少しよろしいですか?」

「何でしょう?」


 俺に対応を任せて一歩下がるサナリー。まったくもう。


「私こういう者です」


 名刺を差し出すスーツ姿の男。何とかプロダクションと書いてある。俺が名刺を読んでいると男が話を続ける。


「芸能事務所の者です」


 あぁ、芸能事務所ね。そんな人が何の用だ?


「お連れのお二人が凄く可愛い方なので声を掛けさせてもらいました」


 むむ、これは俗に言う芸能スカウトか? 紗奈と梨花に目を付けたな。二人の容姿からして納得はいくが。


「少しお話よろしいでしょうか?」


 俺は振り返ってサナリーを見てみる。二人はクレープのために手と口をしっかり動かしている。俺に丸投げかよ。


「話聞く?」


 俺の質問に揃ってぶんぶんと首を横に振るサナリー。面倒くさいから拒否、と言う意思を顔全体で表現している。俺はスーツ姿の男に向き直った。


「だそうです」

「少しだけでいいのでそこを何とか」


 すぐには引き下がらないスーツ姿の男。て言うか、なぜ俺が対応をしている? 窓口担当者かよ。


「芸能界に興味がないかと思って。お二人の容姿なら、アイドルにだってなれます」

「あぁ、それは無理ですね」

「なぜ?」

「この二人、究極に歌が下手なんです」

「え……」


 一瞬言葉を失うスーツ姿の男。なぜか俺は背後から殺気を感じるのだが。俺に対応さているのはサナリーなんだから、これくらいのディスりは我慢しろ。リズム感のない梨花と、音程の取れない紗奈よ。


「あ、レッスンも事務所がしっかり面倒見ますし、何ならタレントや女優なんてのは?」


 なおも引き下がらないスーツ姿の男。この後しばし俺とこの男の押し問答は続いた。切りがないので俺は紗奈の腕を引き、紗奈が梨花の腕を引きその場を立ち去った。三人ともクレープで片手が塞がっているから芋づるだ。


 そしてクレープを食べ終わると俺は抱いていた疑問をサナリーにぶつけた。二人は先ほどの対応を俺に丸投げしたのでとっくに食べ終わっている。こいつらは……。


「もしかしてよく声掛けられるのか?」

「うん。ナンパや芸能スカウトやキャバクラのスカウト。ひどい時は如何わしいビデオの出演まで」

「……」


 紗奈の答えに呆れる俺。如何わしいビデオって……。まぁ、この二人ならいろんな方面から声が掛かるのは納得できるが。


「こないだあたし達と里穂ちゃんと三人でいた時も結構声掛けられた」


 続く梨花。確かに小金井もあの容姿だから納得だ。そんな三人が一緒に歩いていれば目立ち過ぎて自ずとそうなるか。ともあれ、変な奴に絡まれていなくて良かった。もう少し俺も気をつけなくては。まぁ、だからこそこの二人は俺に対応を任せたのだろう。


 そして歩を進める俺とサナリー。服やアクセサリーなどいろいろと見て回ったのだが、店を出て外を歩くたびに声を掛けられる。確かに二人の言うとおりだ。男連れなのでさすがにナンパはなかったが。


 この後日も暮れ俺たち三人は家に帰った。少し落ち込んでいた梨花にも笑顔が戻ったので安堵した。やっぱり梨花は笑った顔が一番いい。たまに悪魔の笑顔だが。


「先輩、今日はありがとね」


 俺が書斎にいるとふと口を開いた梨花。俺はもう食事も風呂も済ませ、夜は更けている。仕事は順調だと言っても、毎日の確認作業はあるので俺はそれをしていた。学校の宿題だってこの書斎でやるから、ここが家の中で一番活動時間が長い。


「気にするな」


 俺は短くそれだけを返した。「元気になって良かったよ」と続けようかとも思ったが、人から元気がないことを指摘されるのも複雑だろうと思い、言葉を呑んだ。


「お仕事、本当に順調なんだね」

「うん。紗奈のおかげだよ」


 その紗奈は今、風呂に入っている。梨花は既に風呂を済ませたようで、ふわっとした雰囲気を醸し出す。ただノーブラキャミソールに下着姿だから目のやり場に困るが。


「サッカー部は選手権まで三年生が三人しか残らないんだって」

「受験で引退か?」

「そう」


 海王高校は一応進学校。冬の選手権を待たずに部活を引退する部員は多い。つまりこれから新チームになる。


「梨花の見立てだと新チームはどうなんだ?」

「正直、選手権都大会を勝ち上がるのは厳しいと思う。良くてベスト8」

「ベスト8!?」


 俺は驚いて声を上げた。手が止まり、目もパソコンから離れてしまった。それと同時に俺は梨花を見た。


「う……」


 やっぱり薄着。この悶々とした気持ちはどう発散すれば? 梨花はそんな俺の様子に構うことなく続ける。


「それでね、先輩……」

「ん?」


 呼んでおいてしばらく押し黙る梨花。しかも俺から目を逸らす。何だろう?


「ごめん。やっぱいいや」

「それ気になるだろ。言えよ」


 すると再び梨花が俺を向いた。大げさではない困り顔。狙っていない素の表情だ。


「弱点は最終ラインとキーパーなんだよね」

「ディフェンスってことか?」


 梨花が一度首肯する。深刻そうな表情にも見える。


「センターバックのレギュラー二人は、技術は高いけど統率力がないんだよ。三年生のキーパーはみんな引退。二年生にキーパーは二人いるけど、一人は高校からサッカーを始めた素人。一年生のキーパーは一人。けど体がまだできてなくて、高校サッカーに対応できてない」

「二年の主力キーパーって川口だよな? あいつ確か試合中のコーチングうまくなかったっけ? ディフェンス統率できないのか?」

「できるよ。けどね、川口先輩は怪我が多いんだよ」

「そうなの?」


 初めて知った。川口とは同じクラスになったことはないが、それなりに親しくしている部員だ。校舎で顔を合わせれば話くらいはする。


「うん。腰痛持ちで最近復帰したばかり。けど腰だからいつまた再発するかもわからない」

「それってつまり……」


 腰の持病か、それは痛い。ただ梨花が仕事の具合を伺ったこと、そしてサッカー部の現状の話。梨花の言いたいことがわかってきた。


「さてこっちは終わった。部屋で宿題しようっと」


 梨花は話の続きを遮って立ち上がった。


「う……」


 しかししっかり見えた梨花の下着。紗奈の薄着もそうだが、まだ免疫ができない。梨花は俺の疑問と、余計な気持ちをよそに書斎を出た。

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