30.素直に喜べよ~陸~

 17歳になった。今年は多くの人からお祝いをしてもらったので嬉しい限りだ。順位を付けることは本意ではないものの、やはりサナリーからのお祝いは一番嬉しかった。

 去年は誰にも誕生日を知らせていなかったし、そらやサナリーとも離れて暮らしていたから当日は誰からのお祝い事もなかった。そらとサナリーが携帯メッセージでお祝いの言葉はくれたくらいで、これは嬉しかったけど。あとは後日に知った美鈴さんが慌ててお祝いしてくれたくらいだ。これも嬉しかったけど。


 そして今年の誕生日、俺はクラスメイトの水野茜から学校の昼休みに教室で声をかけられた。ちょうど紗奈の作った弁当を食べ終わり、机の上が片付いた時だった。水野は無表情だったかな。


「陸、今日誕生日でしょ? これあげる」

「え? 知ってたの?」

「まぁ」


 そう言って水野は贈り物用の紙袋を差し出してきたのだ。中身は連載中の俺が好きな漫画だった。まだ単行本を買ったことがない作品だったのだが、その発売中の単行本全巻を用意してくれたのだ。


「うわっ、これすげーテンション上がるわ。ありがとう」

「そっ。喜んでくれて良かった」


 その様子を見ていた圭介がポケットから徐に10円チョコを取り出した。


「俺、陸の誕生日初めて知ったからこれやるわ」

「……」


 気持ちとしてありがたく受け取っておくよ。すると公太も続く。


「明日俺のお宝AVを――」

「いらんわ!」


 これは公太が言い切る前に即お断りした。そんな物を所持していたら絶対梨花に発見される。その時は何を言われることか。


「陸さ、今週の日曜日って暇?」


 すると公太をよそに水野が続ける。俺はふと考える。今週の日曜日……、月中だが仕事は詰まっていないし、そもそも公休日。紗奈が入ってから、日曜日まで仕事をしなくてはいけないことはない。すこぶる順調だ。


「うん。特に用事はない」

「前に演劇観てみたいって言ってたじゃん?」


 そう言えば、一年の終わり頃に水野とそんな話をしたことがある。商談の席でのちょっとした話題作りに事欠かないので、一度観てみたいなと思っていた。去年の文化祭で水野の演技を観て興味を持ったのだ。


「うん」

「部活のOGの先輩がさ、結構有名な劇団にコネがあって、それでチケットを回してもらえる話になったんだけど、良かったら観に行かない?」

「いいね! 行く」

「お、デートの誘い?」


 バシンッ!


 するとすかさず聞こえる乾いた音。横から口を挟んだ公太に、どこから出てきたのか吉岡が公太の頭を叩いていたのだ。


「茶々入れないの。――陸これ」


 後半は俺への言葉だ。手に持っていたクッキー1袋を俺に差し出す吉岡。うむ、圭介同様気持ちとしてありがたく頂くよ。


「じゃぁ、詳しい時間はまた連絡する」


 そう言うと水野はそそくさとその場を後にした。心なしか顔が赤かったように見えた。公太が茶々を入れるものだから、恥ずかしかったのだろう。




 そして迎えた17歳最初の日曜日、天気はいい。と言っても、ほぼ屋内で過ごしたけど。11時に水野と駅で待ち合わせ、デパートを少しぶらついて、昼食を取って、それからこの日のメイン、文化会館のホールで観劇だった。


「すげーな。プロの演技は」

「ほう、陸にも少しはわかったの?」

「そりゃな。まず声量が違うじゃん。凄い通るって言うか」

「へぇ、それなりの感想を持ってんだ」


 俺は初めて演劇を観た感動を水野に話していた。場所は文化会館。ホールはもう出ていて、この後どこに向かうかもまだ決めていない。ただ単に文化会館の敷地の出口を目指していると言った感じだ。


「少しそこ寄って行かない?」

「あ、うん」


 出口に差し掛かった所で水野が誘う。水野が言ったそことは文化会館に隣接された大きめの公園で、芝生の広場やジョギングコースなどがある。特に急いで帰る予定もないし、俺は水野の誘いに乗った。梅雨知らずの日差しが夏の訪れを告げるようだ。


 俺はジョギングコースを背に、芝生の広場を向いてベンチに座った。すぐに水野が二人分の飲物を持って俺の横に座った。家族連れがバドミントンをしているのが目に映る。


「ほい。コーヒー微糖」

「ありがとう」


 水野はレモンティーの小さなペットボトルを持っている。今日の水野はミニスカートにカジュアルなシャツと言った服装だ。ミニスカート言ってもキュロットタイプのようで、普段は制服姿しか見ないから新鮮である。


「どう? 東京の生活は」

「うん。楽しいよ」

「そっか。それは良かった」


 水野は風を体で受けるようにして、家族連れを見ている。俺は缶コーヒーのプルタブを引いた。


 ピンポン、ピンポン。


「ん?」


 俺のスマートフォンがメッセージの受信を知らせた。しかも2回。誰だろうと思い、俺はアプリを開いた。


「あ……」


 俺は言葉を失った。二人の人物から届いたメッセージを見て。


「ん? どうしたの?」


 水野が横で怪訝な表情を向ける。俺のスマートフォンが気になるようだ。


「サッカー部負けたって」

「え? インハイ?」

「うん」


 メッセージの送り主は梨花と木田だった。二人ともインターハイ都大会のサッカー部の敗退を知らせてきたのだ。水野が質問を続ける。


「何回戦だっけ?」

「今日準決勝」

「えっと、東京の全国大会出場枠いくつだっけ?」

「決勝に残った2チーム。同点でPK戦の末負けたらしい」

「マジか……」


 落胆が大きい。俺はサッカー部ではないし、サッカー部の部員からしたら、サッカーから身を引いて入部を拒む俺に心配される筋合いはないのかもしれない。けどずっと気に掛けてはいる。


「はぁ、梨花大丈夫かな……」


 それに木田も。木田とは先月ちょっと事があったので名前を口にしない。梨花は正式部員ではないが、公式戦には同行しているし、参謀としてしっかり活動している。


「前から気になってたんだけどさ」

「ん?」


 少しの無言の後、徐に水野が切り出した。目線は再び家族連れに向いている。


「紗奈と梨花って本当に親の転勤に振り回されて東京に来たの?」


 んごっ! 心の中で水野の質問に驚いてみる。あまり嬉しくない話題だ。俺は平静を装って答えた。


「ん? そうだけど、なんで?」

「陸と同じ中学出身で、元々親しい二人が、陸と同じように親の仕事の関係で親元離れるって都合良くない?」

「まぁ、そういう珍しいこともあるわな」

「普通に考えたら、紗奈か梨花のどちらか、もしかしたらその両方が陸を追いかけて来たと思うじゃん? 紗奈は国内ならどこでもってことで東京を選んだんだっけ?」

「……」


 何て答えよう。確かに紗奈は俺を追いかけて東京に来たなんて言っていた。その真意はわからんが。梨花は俺が紗奈に手を出さないように見張るためだっけか。そんなこと言ったらあらぬ誤解を与えるよな。


「まぁ、出来過ぎた偶然に見えるけど、実際にあるもんだな。アハハ」

「ふーん」


 それは納得していない返事だよな。やっぱり3年間、いや、せめて俺が卒業するまでの2年間、隠し通すことは無理なのだろうか。とは言ってもサナリーは入学が決まってから俺の所に来たのだ。俺としてはそんなタイミングで来られても、二人を助けようとしか考えられなかったし。


「陸は二人のことをどう思ってんの?」


 これも何て答えよう。俺の気持ちか。そろそろ一人で悩むのも限界だったんだよな。言ってもいいのだろうか。相手は水野か。信用はできるだろう。


「よくわかんないんだよね」

「え?」


 驚いたように俺を見る水野。そこでなぜ驚く? 自分から振った質問ではないか。とにかく続けるぞ。


「俺、中学の時は梨花のことが好きだと思ってたんだよ」

「ん? 過去形? ――思ってたって」


 過去形……、それもちょっと違う。なんと言うかこのすっきりしない気持ちは。


「じゃぁ、今は紗奈のことが好きなの?」

「うーん……」


 水野が先を聞きたそうだ。と言っても俺もうまく言える自信がない。


「何よ、はっきりしないね」

「今でも俺は梨花のことが好きだと思ってるんだよ。表面上は」

「表面上?」


 鸚鵡返し疑問を口にする水野。俺でもこの場の聞き手ならそういう反応をすると思う。


「けどさ、先月ちょっとしたことがあってわからなくなった時期があったんだ。その時の気持ちに素直になると、俺はもしかしたら紗奈と梨花、両方好きなのかもしれない」

「なるほどね」

「え? 気が多いって軽蔑しないのか?」

「しないよ」


 ちょっと意外だった。俺は水野に説教をされることも覚悟していた。いやむしろそれを期待していたのかもしれない。それで喝を入れてもらい、自分自身にはっきりしたかったのだ。その水野はまた家族連れに目を戻した。


「陸にとってそれが素直な気持ちならそれが本物なんだよ。好きになってしまったものはどうしようもないよ」

「そうなのかな……」


 確かに恋愛は理屈ではない。そうかと言ってやはりはっきりしないこの気持ちを許せない自分がいる。ただ、俺が一番大切にしているのは三人での生活。俺の恋愛感情はその次だ。


「残念だな」

「う……、ごめん……」


 あぁ、やっぱり軽蔑されたか。俺がはっきりしないことばかり言うから。まぁ、結局いつも行きつく答えは今までと一緒。俺は梨花に憧れていて、紗奈のことは可愛い後輩。それだけだ。


「違うよ」

「ん?」


 違うとは何だ? どういう意味だろう? 水野の視線は変わらず、表情からは読み取ることができない。


「軽蔑はしてないよ。私が陸を見る目はこれからも変わらないと思う」

「俺を見る目?」


 どいうことだ? 水野にとっての俺か……。俺は水野に――公太も圭介も吉岡も含めてだが――東京では本当にいい友達に恵まれたと感謝しているが。


「初めて陸を知った時から変わらないよ。私にとって陸は」

「そっか。それって喜んでいいのかな?」

「素直に喜べよ」

「わかった」


 なんだかわからないが二人して笑った。なんかいいな、この雰囲気。


「もしサナリーのことが解決した時に、うまくいってなかったらその時は言って。私が陸をもらってあげるよ」

「水野が?」

「不服か?」

「いや、全然。ありがたいわ」


 また二人して笑った。気が楽だ、こうして話せる相手がいるのは。言って良かったかもしれない。解決に向かうかはわからないが、少し軽くなった。


 この日、帰宅するとやはり梨花は少し落ち込んでいた。梨花は切り替えが早い方ではあるが、気分転換になればと思い、俺は翌日の放課後に若者の街にでも遊びに行こうと梨花を誘ったのだ。

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