29.まずは気持ち~梨花~

 今日は陸先輩の17歳のお誕生日だ。あたしと紗奈は学校が終わるとすぐさま一緒に下校した。今日は張り切って一緒に夕飯を作るのだ。材料は昨日のうちに買ってある。あとは自宅最寄りの駅前のケーキ屋さんで、予約しておいたケーキを取りに行くだけだ。


「先輩、喜んでくれるかな」


 電車に乗り込むと超ご機嫌でそんなことを言う紗奈。本当に可愛いなぁ。あたしもいつか紗奈にそんな笑顔を向けられたらな。完全に恋する乙女の顔だ。陸先輩が羨ましい。


「そうだね。喜んでくれるといいね」


 あたしも笑顔でそう言って答える。陸先輩が羨ましいとは思いつつも、これはあたしの本心だ。あたしだって陸先輩のために張り切っているのだから、やっぱり喜んでほしい。プレゼントだって用意したわけだし。


 あたしと紗奈は電車を降りると予約したケーキを受け取り、真っ直ぐ家に帰った。いつもならこの一本後の電車で陸先輩は帰って来る。

 けど、今日はたぶん遅くなる。なぜなら里穂ちゃんがプレゼントを渡すために放課後に呼び出したから。実はあたしが呼び出し役をやったのだけど。里穂ちゃん、陸先輩の連絡先知らないから。応援する気がないと言っても、せっかくプレゼントを用意したのだから、このくらいは協力しないと里穂ちゃんがかわいそうだ。

 と言うか、里穂ちゃんが早まって告白なんてしていたらどうしよ。そんなことになっていたら紗奈に合わせる顔がない。今一緒にいるけど。それに里穂ちゃんと陸先輩がくっつくなんてことになったら、そらが……。


 ただ里穂ちゃんのおかげで炊事の時間が取れる。いつもなら陸先輩は仕事のために学校から真っ直ぐ帰って来てしまうから。あたしならともかく、普段仕事を手伝っている紗奈はキッチンに隠したい。せっかくなら手間暇掛けた豪華な料理で陸先輩を驚かせたいのだ。


「そう言えば……」

「ん? どうしたの?」

「あ、いや。何も」


 木田先輩が昇降口にいたことを思い出す。あれってたぶん陸先輩を待っていたのだろう。陸先輩って何気にもてる。里穂ちゃんと言い、あんな美人ばっかり寄ってきて羨ましい。親衛隊を全員あげるから、少しはあたしに譲ってくれないかな。いかん、いかん。あたしには紗奈がいるのに。


 紗奈主導の下、料理は着々と進む。あたしは補佐だ。料理ができないわけではないが、紗奈の腕には到底及ばない。ただこうして紗奈を手伝っているだけでも、かなり料理の勉強になる。


「先輩、遅いね」


 料理も中盤まで進むと紗奈がそんなことを呟いた。二人の美人に呼び出されているのだから無理もない。木田先輩の方は予想だけど、少なくとも里穂ちゃんは確実だ。そんなこと紗奈には言えないが。


「なんか用事でもあるんじゃない?」

「そうなのかな。昨日仕事を装って今日の放課後の予定を聞いた時は、何も言ってなかったんだけどな」

「……」


 さすがはアシスタントの紗奈。そういうところは抜かりない。


「里穂ちゃんいつプレゼント渡したんだろ? もしかして里穂ちゃんが放課後呼び出してるから遅いのかな」


 う……、鋭い。もしや、里穂ちゃんが陸先輩に気があることを悟ったな。呼び出し役をやったあたしとしては立つ瀬がない。


「どうだろうね。そうだとしてもそろそろ帰って来るんじゃない?」

「そうかな」


 紗奈が心配そうに言う。紗奈の様子がこうなってくると早く帰って来てほしいと思う。もう今の時間なら、普段紗奈は仕事を抜けてキッチンにいる時間だ。ここに紗奈がいるのは不自然ではない。


「ただいまー」

「あ、帰ってきた」


 遅せーよ、ったく。

 いかん、いかん。焦りから言葉遣いが汚くなってしまった。制服にエプロン姿の紗奈が満面の笑顔で玄関まで出迎えに行く。同じ格好のあたしもそれに付いて行った。

 陸先輩は玄関で靴を脱いでいるところだった。肩には通学鞄が掛けられ、手には贈り物用の紙袋が3つ握られている。1つは見覚えがある。里穂ちゃんが用意した物だ。もう1つはやっぱり木田先輩だろうか。あと1つはわからない。


「どうしたの? それ」


 紗奈も里穂ちゃんが用意したプレゼントは見覚えがあるのだろうに、すっ呆けて聞く。いや、里穂ちゃん以外にもあと2つっていうのが気になっているのか。


「あぁ、プレゼントって言ってもらった」

「誰に?」


 間髪入れずに聞く紗奈。やっぱりは気になっているようだ。


「水野と、木田と、小金井」


 茜先輩かよ。結局全員女子かよ。頼むからこれ以上紗奈の心配の種を増やさないでよ。あくまでクラスメイトとして、だよね? 茜先輩。


「ふーん」


 紗奈はそんな薄い反応をしているし。内心は穏やかじゃないだろう。紗奈の恋の道は険しそうだ。て言うか、あたしはなぜ紗奈の心配をしているんだ? 紗奈がうまくいかないことを願っているはずなのに。


「そんなにもらって。1つくらい愛の告白でもあった?」

「あ、あるわけないだろ!」


 あたしの意地悪な質問に動揺を見せる陸先輩。面白い。まぁ、でも陸先輩がそう言うなら本当だろう。しかしあたしは知っているぞ。木田先輩に先月告白されたことを。恐らく動揺はそこからだろう。紗奈は隣であからさまに安堵しているし。


「もうすぐご飯できるから、また呼ぶね」

「うん。それまで書斎にいる」


 紗奈の言葉に陸先輩はそう答えて寝室に消えた。荷物を置いて書斎にそのまま入るようだ。


 それから少しして、あたしと紗奈の作った料理が完成した。紗奈はルンルンで書斎まで行き、陸先輩を呼んできた。


「うおっ! すっげー!」


 食卓を見るなり目を丸くして言う陸先輩。掴みはいいようだ。よしよし。


「ケーキも買ってあるから後で一緒に食べよう?」

「うん」


 紗奈の言葉に陸先輩が感無量で頷く。あぁ、その笑顔を見られて良かったよ。準備した甲斐があったというものだ。プレゼントを渡すのが楽しみだ。

 こうして陸先輩の誕生日会となる夕食は始まった。終始陸先輩はご機嫌で、何度も料理を美味しいと言ってくれた。自分の作った料理をそう言って食べてもらうのって、こんなに嬉しい気持ちなのか。今まであまりなかったな。


 食事が終わるとあたしと紗奈は一緒に片づけを始めた。陸先輩は今お風呂に入っている。

 あたしは作業の手を止めず紗奈に言う。


「陸先輩喜んでくれて良かったね」

「うん」


 紗奈は満面の笑みだ。本当に微笑ましいなぁ。可愛い奴め。


「けど、まだ二次会がある」


 そう、紗奈の言うとおりこの後二次会だ。紗奈とあたしもお風呂を済ませたら三人でケーキを食べる予定なのだ。遅い時間のケーキは太らないか心配だが。

 紗奈は大食いのくせに太らないから本当に羨ましい。中学の時は運動をしていたからだと思っていたが、紗奈が運動を止めた今、そうではないと知った。体質なんだろう。


 二人で片付けると早いもので、あっと言う間に終わった。あたし達もそれぞれお風呂を済ませて二次会が始まったのである。部屋を暗くして、「1」と「7」の形をした蝋燭を立てると、陸先輩ははにかみながらも終始嬉しそうだった。


「ふー」

「「お誕生日おめでとう」」


 陸先輩が蝋燭を吹き消すとあたしと紗奈は手を叩いて祝った。去年はお祝いしたくても離れて暮らしていたのでできなかった。あたしと紗奈とそらで携帯メッセージを送ったくらいだ。できることならそらもこの場に呼びたかったな。


「これ私から」


 照明を点けると、紗奈が用意していたプレゼントを陸先輩に差し出す。あたしも出遅れないようにプレゼントを差し出す。


「これはあたしから、……って、え?」


 なんと陸先輩、あたし達二人のプレゼントを受け取ると、すぐさま胸に抱き込んだのだ。そんなに喜んでくれるのか。中身を見ずに、って言うことはあたしたちの気持ちをまず喜んでくれたんだよね? それってなんだか嬉しい。


「二人とも本当にありがとう」


 陸先輩がそれはもう嬉しそうな顔で言う。良かった。準備して本当に良かった。


「写真撮ろうよ?」

「いいね」


 あたしは紗奈の意見に同調し、自撮り棒を用意した。紗奈が陸先輩の隣に座り、あたしは中腰で自撮り棒を構える。紗奈と陸先輩を挟む位置だ。


 パシャッ。


「うん、うまく撮れてる」

「本当だ」


 あたしはそれを『天地家同棲なう』のグループメッセージを使って二人に送ってあげた。さてと、ケーキを食べなくては。時間が遅くなると太っちゃうから。


「ちゅっ」

「え? 紗奈?」


 それはあたしが席に座り直した時に聞こえた。いや、聞こえたどころかはっきり見てしまった。陸先輩の隣から動かない紗奈が陸先輩のほっぺにキスしたのだ。とうとう紗奈のスキンシップもここまで来たか。


「さーなー」

「いいじゃん、今日くらい。先輩のお誕生日なんだから」

「むー」


 陸先輩は全く抵抗を見せない。誕生日を祝ってもらって浮かれているのだろうか? しょうがない、今日は見逃してやろう。しかし、羨ましいな。紗奈からのキス。


「うお、ネクタイ。この柄すげーいいじゃん」

「へへん。お仕事の時使ってね」


 紗奈が満足そうに言う。そして陸先輩はあたしのプレゼントも開けた。


「お、名刺入れ。自分で買おうか迷ってたんだよ。どっちもすげー嬉しい」

「良かった。買う前に渡せて」


 陸先輩はその後金額のことを心配していたが、そんなこと気にしないでくれ。日頃の感謝の気持ちだから。高価なものが必ずしもいいわけではないが、あたし達がしてもらっていることに比べたら安いものだよ。

 そしてその後の紗奈は陸先輩にべったりである。見逃せば調子に乗って、まったく。


「ちゅっ」


 あ、また。そろそろ陸先輩も困り顔になってきたし、ここらが限界かな。


「はい、陸先輩、食べたならもう行くよ。仕事、仕事」


 あたしは陸先輩の腕を引いた。


「梨花」


 その救世主を見るような目、止めてくれ。あたしはあなたのために紗奈のスキンシップを阻止しているのではない。あたし自身のためにやっているのだから。


「紗奈はここのお片付け。あたしは洗濯物畳むから」

「ぶー」


 紗奈が膨れたように口を鳴らす。そう言えばスキンシップを阻止するために陸先輩の方を引き剥がすのは初めてだな。まぁ、これも一つの方法か。

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