24.綺麗になった?~梨花~
あたしは今日、サッカー部の試合に同行だ。インターハイ都大会の試合である。そらも今日は試合なんだろうか。大会登録メンバーに入ったとは連絡を受けているが、レギュラー獲得には至っていないと聞いている。
その兄、陸先輩は最近様子がおかしい。ずっとぼうっとしている。時々あたしや紗奈に儚げな視線を向ける。とうとう紗奈に惚れたか? と焦ったりもしたが、あたしにも同じような視線を向けるのだ。だから全くもって意味がわからない。
更に、もう一つ。陸先輩はとうとう禁域を犯した。なんとあたしと紗奈の下着をおかずに使ったのだ。一緒に暮らし始めた頃からそういうことはあってもおかしくないとは思っていた。しかし2カ月そう言った痕跡がなかったので感心していたのに。
ただ陸先輩で良かった。他の男子だったら気持ち悪くて絶対に無理だ。知った瞬間燃やして捨てる。陸先輩は距離が近すぎて兄妹のようにも思うし、そうかと言ってやっぱり先輩後輩だ。だから陸先輩に対して嫌悪感を抱くことはなく、その行動には理解ができる。
その陸先輩は今日、あたしの愛しの紗奈とデートだ。ちくしょう。本当にお願いだから二人の関係は進展しないでくれ。今日サッカー部の同行がなかったらあたしもついて行ったのに。紗奈が気合を入れた私服姿を見てみたかった。あたしの方が家を出る時間が早かったから見られなかったよ。ただ悲しいことに、その気合はあたしのためじゃないけど……。
「おう。じゃぁ、ミーティング始めるぞー」
大嶺監督の登場だ。眼鏡を掛けていて貫禄がある。今日は学校から試合会場が遠かったので部員みんな現地集合。近ければ学校集合でミーティングをしてから移動する。それなので今日は会場近くの中学校の一室を借りている。
「監督、これ。今朝学校に寄ったら教頭先生に渡されました」
「ん? あ、俺の眼鏡か」
マネージャーの木田先輩に渡されたのは遠視用の眼鏡。もしかして今掛けているのは近視用か……?
またやったのか、この人は。広いサッカーグラウンドになぜ近視用の眼鏡を持って出てくるのだ。間違えるなら両用メガネを買えばいいのに。眼鏡ケースに白マジックででっかく書いてやろうか。間違えなくなるまで貫禄があるとはもう二度と言わない。
「じゃ、月原君頼む」
「はい」
指名をされたあたしは教壇に立った。ベンチ入り部員達の視線が集まる。と言うか、半数以上が締りのない顔をしているのだが、まったく。まぁ、試合前の緊張がこれで解れるのなら文句は言うまい。
「今日の対戦相手、丸大付属はサイド攻撃が得意なチームです。相手の両サイドバックが徹底したオーバーラップを仕掛けてきます」
「相手の右サイドバックはスピードがあります。左サイドバックはクロスの精度が高いです。しかし右ほどスピードはなく、守備への切り替えが遅いです。なので狙うならここ。うちの右サイドから攻めましょう」
「サイド偏重のチームなので、バックラインでの組み立て以外、相手ボランチがボールに触る回数が少ないです。なのでボールウォッチャーになりやすい。うちがサイド攻撃をする時は一度カットインを入れて、高速クロスなんてのも有効かと思います。それから……」
こうしてあたしは自身の分析を部員に伝えた。話し始めてすぐの時から部員みんなの目が真剣になった。これにはさすが強豪校だと思う。切り替えが早い。
「さすがね」
教壇脇に戻ると木田先輩に小声で言われた。私は「いえ」と短く返した。なんだかこの先輩、突然綺麗になった? 元々美人ではあったけど、魅力が増したように感じる。気のせいだろうか。
「おーし、俺からの指示は以上だ。木田君、何かあるか?」
「はい」
木田先輩は返事をして教壇に立った。あぁ、わかった。この人髪を切ったのだ。背中まであった髪が肩より長いくらいになっている。紗奈と同じくらいの長さだろうか。けど、雰囲気が変わったのは髪型のせいだけだろうか?
「勝って」
それだけ言うと木田先輩は教壇から下りた。部員みんなぽかんである。言葉が短い。恐らくこれが木田先輩らしさなんだろうが。
ただこの木田先輩は大きな会社の社長令嬢とのこと。学校でこのことを知っている生徒がどれほどいるかは知らない。木田先輩がそれを秘密にしているのかも知らない。あたしはそれを陸先輩から聞いた。
陸先輩は木田先輩のお父さんである会社社長と、お仕事での繋がりができたらしい。そういう陸先輩の仕事の話を聞くと、陸先輩が遠くの人のように感じる。まだ高校生なのに。
紗奈も陸先輩の仕事を手伝い始めて、紗奈に対してもそう感じる日が来るのだろうか。そうなったらなんだか寂しい。
ミーティングが終わると試合まで自由解散。会場集合となり、それまでに各自ウォーミングアップを済ませるように指示された。さて、あたしも移動しようか。
「月原、行こうぜ?」
そこへ声を掛けて来たのは同じクラスで隣の席の永井君だ。入学初日に少し話した永井君。その時はサッカー部に入部する生徒だとは知らなかった。すぐさま大野君も駆け寄ってくる。この場に一年生は三人だ。
大野君はさすがでボランチのレギュラー。背番号は6番だ。永井君はレギュラーではないが、ベンチ入りメンバー。背番号は17番。三年生が引退するまでサッカー部では、一年生仲間のこの三人で行動することが増えそうだ。
ベンチ入りを外れた他のメンバーは既に会場入りをしており、応援席を陣取っている。
「分析さすがだな。説明もわかりやすかったし」
会場へ向かって歩いていると大野君に言われた。さりげなく車道側を歩くあたり、あなたこそそう言う意味でさすがだと思うよ。永井君もそれをしようとして大野君に先を越されていたが。さりげなくっていうのが大事なんだよ、永井君。だからと言ってなぜ二人であたしを挟むように歩くのか。
「ありがとう。二人とも頑張ってね」
「俺は試合出られるかわからないけど」
永井君も一年生なのにこの強豪校でベンチ入りできるだけ凄いけど。
「そんなこと言わないの。いつ何があるかわからないんだから。いつでも出られる準備はしとかなきゃだめだよ」
「そうだな」
「月原ってなんで正式部員になってくれないんだ?」
「あたしもいろいろと忙しいんだよ」
はい。紗奈の陸先輩に対する過剰なスキンシップを阻止するという最重要使命がありますから。全くもって不純だ、あたし。中学の時は紗奈も同じ部活だったから目が届いたけど。今頃二人はどうしているだろうか。
「月原が正式部員なら心強いんだけどな。今でもかなり助かってるけど」
大野君に続いて永井君までこんなことを言う。できる限りのことはするから許してくれ。あたしにとってはサッカーより紗奈の方が大事なのだ。そして陸先輩と紗奈との三人での生活が何より一番大事なのだ。
「ん?」
「どうした?」
「ううん……」
三人での生活が一番大事? あたしにとって紗奈個人よりも? そうだったのか、初めて気づいた。
「月原って彼氏いるのか?」
それって試合前に聞くことかよ、大野君。話題のサイドチェンジが大きすぎて、ボールはタッチラインを大きく割っちゃったよ。
「いないよ」
「そっか」
そうだよ。なぜならあたしは彼氏を求めていない。あたしが欲しいのは彼女だ。紗奈にあたしの彼女になってほしいのだ。口に出しては言えないが。
「好きな奴は?」
永井君までそんなことを聞くし。まぁ、あたしの好きな人は紗奈。尊敬できる男子は陸先輩だけ。ん? 別にこの質問に陸先輩は関係ないか。なんで出てくるんだよ、陸先輩。
「いるよ」
「「……」」
うおっと。なぜ急に二人とも足を止める。振り返ると揃って半口開けて固まっているし。
「どうしたの? 早く行かないとアップの時間なくなるよ?」
「あ、ごめん」
慌てて取り繕うように言う大野君。それに続く永井君。なんなんだよ、この二人は一体。
昼過ぎに試合は終了。結果は見事勝利。課題も見つかりいい試合だったと思う。
「月原さん、時間ある?」
この試合の反省会を終えて解散になった頃、あたしは木田先輩に声を掛けられた。あたしの分析ノートでも見たいのだろうか?
「あ、はい。今日は特に用事もありませんので」
「そう。なら行きましょう」
そう言ってあたしは試合会場近くの喫茶店に木田先輩と一緒に入った。やたらと試合後のランチに誘ってくる部員達を躱すのが大変だったが、あたし達をアフター目的のキャバ嬢だとでも思っているのだろうか? まぁ、最後は木田先輩の一睨みが効いて部員たちは去って行ったが。
「これ、今日のノートです」
「ありがとう。今日のスコアとDVDはまた用意しておくわ。今度学校でノートを返す時に一緒に渡すわね」
「はい」
しばらくして注文したパスタが届いた。木田先輩はナポリタン。あたしはカルボナーラだ。木田先輩は時々話し掛けてくれるものの、基本的には黙々と食べる。あたしはそんな木田先輩の調子に合わせていた。
喫茶店から見える窓の外では日曜日の喧騒が映る。ビジネスマンやOLよりも、私服姿の家族連れや学生が多いだろうか。部活帰りのあたしと木田先輩は学校の制服姿だ。
木田先輩は食後のコーヒーを啜る。ブラックのまま飲めるなんて大人だ。あたしの注文の品はいちごミルクだと言うのに。
「あたし振られたの」
「……」
咥えていたストローからあたしの吸引が止まった。そういうぶっこみは飲食物が喉を通過してから言ってほしい。危うく吹き出すとこだった。
「あの、えっと……。彼氏ですか?」
「ううん。好きな人。告白したんだけど」
そうだったのか。木田先輩の雰囲気が変わったように思えたのは失恋が原因だったのか。しかし、こんなに綺麗な人を振る男子なんているんだな。
「相手は天地君なの」
「っっっっっ!」
何ですとー! こんなに綺麗な人を振る男子はあたしの大家だったのか。
「えっと……、それはいつの話ですか?」
「一昨日の夜。商談が終わった後に」
あぁ、それで陸先輩の様子がおかしかったのか。けど、あたしと紗奈に向ける儚げな視線の意味はわからないが。
「天地君、よほどあなたと日下部さんのことが大事みたいね」
「え……」
「本人がそう言ったわけではないけど、なんとなくそう感じたわ」
あれほどまでにあたしと紗奈との共同生活を、人に知られることを嫌っていた陸先輩。だから恐らく共同生活のことは言っていない。けど、あたしと紗奈二人を大事にしているという意思を、木田先輩に垣間見せた。それって陸先輩も今の生活を大事だと思ってくれているってこと? むむ、なんで嬉しいと思ってしまうのだ?
これ以降、あたしの方から詳しい話を聞き出すことはできなかった。なぜならそれは木田先輩の傷を抉るような行為だと思ったから。木田先輩もサッカーの話や雑談を多少するだけで、特に陸先輩のことは口にしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます