17.女子トーク~紗奈~

 むぅ。朝から機嫌が悪い。その自覚がある。その理由にも心当たりがある。

 昨日の夜、2泊3日の帰省を終えて東京の愛の巣へ帰って来た。私は実家から一番最寄りの新幹線の駅で買ったお土産を、陸先輩と梨花に渡した。ただ、最寄りと言っても実家から1時間以上掛かるが。


「ただいまー。これお土産。あとで、三人で食べよう?」

「あー、紗奈。あたしこれめっちゃ好きー」

「俺達からもお土産あるぞ」


 ん? お土産? 私に? 「達」ってことは陸先輩と梨花から?


「はい、これ。人気店のチョコ」

「どっか行ってたの?」

「うん。昨日、映画見て買い物行ってたのー」


 なんだとー! 二人でか? それは二人で行ったのか?


「今度紗奈も一緒に行こうな」

「誰と?」

「俺と。嫌?」

「嫌じゃない」


 陸先輩、今のは「達」って言わなかった。つまりそれは二人で、ってこと? デートだよね? デート。もう陸先輩ったら。顔がデレデレしちゃう。そう考えたら一気に機嫌が良くなった。私はその日はルンルン気分で寝床に入ったのだ。


 しかし、今日になって思い返してみる。結局聞けなかったが、一昨日、陸先輩と梨花は一緒に映画と買い物に行った。二人で? もしそうならつまりデートだ。ちくしょう。私がいない隙を狙って、そんな羨ましいことを。けど、ここで不機嫌を見せて陸先輩が私とデートしてくれなくなったら嫌だ。だから今日の朝は頑張っていい子したよ。


「紗奈、なんか、おこ?」


 この日の昼休み、一緒にお弁当を突いていた遥に聞かれた。むむ、外面にも出ていたか。反省しよう。――と、思いながらも。


「実はね……」


 愚痴ってしまった。陸先輩と梨花がデートをしたことを、遥に。


「本当、紗奈は天地先輩大好きだね」


 当たり前です。私は早々に遥には陸先輩のことが好きなのだとカミングアウトしていた。これ以上ライバルが増えても困るから。現時点で梨花という、最強無理ゲーのラスボス並みに強敵のライバルがいるのだから。


「じゃぁ、食べたら先輩の教室に遊びに行こうよ?」

「え? 二年の教室に?」


 遥が突然そんなことを言うので虚を突かれた。そう言えば、入学してから一度も二年の教室に上がったことがない。学校で陸先輩と顔を合わせるのも、4月の部活見学以外は登下校だけだ。


「うん。二組なら茜先輩いるから私も行きやすいし」

「行く」


 私は力を込めて返事をした。たぶん目はギラついていたと思う。


 そうして私と遥はお弁当を食べ終わるとそそくさと片付け、並んで教室を出たのだ。階段を上がり二年生の教室がある二階。陸先輩の二組は階段からすぐ近くだ。一年と縦割りのクラス配置は同じなのですぐにわかった。


「茜せんぱーい!」


 教室を覗くなり遥がすぐさま茜先輩に声を掛けた。茜先輩は私と遥を確認すると、一度ニコっと笑って寄って来てくれた。なんと人当たりのいい先輩だ。


「遥。紗奈も。どうしたの?」

「遊びに来ちゃいました」

「へぇ。入って、入って」


 茜先輩は私達二人を快く教室の中に入れてくれた。そして自分の友達の輪に連れて行ってくれた。そこは茜先輩を入れて4人のグループになっていて、由香里先輩もいた。知った顔が二人もいると安心で、入りやすい。

 茜先輩からそのクラスメイトに私と遥を紹介してもらうと、私は周囲を見渡した。


 ――いた。


 陸先輩だ。て言うか、すぐ隣にいたじゃないか。私と目が合ったし。教室を覗いた時は茜先輩達のグループの陰に隠れていて気がつかなかった。それなのに本人は私より先に気づいていたようだ。声掛けろよ。可愛い後輩が来たのだから。そう、所詮まだ可愛い後輩だけど……。


「あんたは陸が目当てでしょ?」


 私の様子を見ていたのか由香里先輩が顔を近づけて小声で話しかけてきた。ボブカットの可愛らしい顔をしているのに、今は締まりのない顔をしている。


 ――と言うか、なぜわかった!?


「……」

「ふふん。見てりゃわかるよ」


 何も答えられないでいると、そんなことを言う。私、そんなに顔に出ていたのか? 恥ずかしくなって俯いてしまう。


「本当わかりやすいな」


 私ってそこまでわかりやすいのか? 陸先輩と結ばれるまではと思い、この儚い気持ちはひた隠しにしてきたつもりなのに。まぁ、梨花はライバルだから、梨花の前での行動はオープンだけど。あと知っているのはここにいる遥と、中学のもう一人の親友そらくらいなんだけど。


「い、い、い、いつから……」

「そんなの最初から気づいてよ。一緒に買い物に行った時は何かと陸に絡みたがるし、歓迎会の時は陸の女関係の話題になった途端すっごい怖い目してたし」

「……」


 むむむ。それほどとは……自分、侮れん。そして噛みまくって気づく。由香里先輩に見透かされたことに動揺している自分がいると。


「そんなに気になるなら、今から陸を連れ出したらいいじゃん」

「う……、そんなこと……」

「ほうほう、さすがにここまで人目があるとしおらしくなるのね」

「……」


 何も言い返せない。そんなことができていれば、中学の居残り練習の時にやっていた猛アタックを既にぶちかましている。今は家でやっているけど。


「なら私とお出掛けしようか?」

「由香里先輩と?」

「あんたがいると教室中の男子が騒がしいのよ」

「う……」


 確かにさっきからざわついている。普段から賑やかなクラスなのかと思っていたけど、視線は今私がいるグループだ。たぶん、私が原因なのだろう。


「お供します」

「よろしい」


 なんだかこの先輩を見ているとそらを思い出す。有無を言わせない圧力とか、部活見学の時にはプレースタイルも似ていると思ったし。尤も顔は全然違うが。そらは幼顔だし、由香里先輩は可愛い系だけど年相応だ。ただこの人は海王高校のそらだと認識しておこう。


 こうして私は由香里先輩に連れ出された。遥、せっかく誘ってくれたのに勝手に抜けてごめん。


 行った先は屋上。結局教室にいた時、陸先輩は話し掛けてくれなかった。まぁ、注目されてしまうし仕方ないか。

 屋上の風は穏やかで心地良くて、髪が揺れる。由香里先輩もボブカットの髪を揺らし横顔を隠している。今一表情が見えないその由香里先輩が口を開いた。


「三人での新生活は楽しい?」

「えぇ、まぁ」

「……」

「……」

「……」

「っっっっっ!!!」


 今絶対私物凄い顔をしていた。それこそ女子力最底辺の。由香里先輩はしてやったりの笑みを向ける。


「ひどい、かまかけるなんて」

「あはは。ごめん、ごめん」

「知ってたんですか?」

「ううん。今知った」


 あぁ、同棲生活決まり事第四条……。私が早速破ってしまった。罰則規定はあるのだろうか? これはダメージがでかい。


「ごめんって。そんな項垂れないでよ。誰にも言わないから」

「本当ですか?」

「うん。約束する。たぶん他には誰も気付いてないと思う。陸にも梨花にも私が知ってることは内緒にしとくから」

「それ絶対お願いします」


 しかしなぜ気づいたのだ? 誰かがボロを出したのか?


「なんで……?」

「あぁ。歓迎会した時にさ、紗奈の我が家感が凄くてさ。玄関入って迷いがなかったり、キッチンでの手際が良かったり。来たことある程度のレベルじゃないなって」


 犯人は私だった……。


「けど、なんで梨花まで?」

「二人はルームシェアをしてるって言ってたじゃん? それは本当っぽい気がしてたんだよ。けど帰りに家まで送られるのは頑なに断ってたし、それに紗奈か梨花のどちらかが陸とくっついてる様子もなかったから。部活見学以外だと登下校の時しか見掛けてないからね。つまり、三人で一緒に暮らしてて、ぎりぎりのバランスが取れてるから関係が発展しないんだろうなって」


 う……。凄すぎる、この人の洞察力。


「はぁ、しかし共同生活とは……、当たってしまったか……」


 突然何やら困ったように言う由香里先輩。どうしたのだろう?


「どういう意味ですか?」

「いや、何でもない。こっちの話」


 まさか、由香里先輩も陸先輩のことが好きなのでは……?


「もしかして……」

「違う、違う。私は陸に対して特別な感情はない」


 この人はサトリか。なぜ質問を言い切る前に私の質問がわかった?


「由香里先輩は好きな人とかいないんですか?」

「うーん……。難しい質問だな」


 難しいのか? イエスかノーの回答ではないのだろうか。


「私には小学校入学から今年まで9年間同じクラスの奴がいるんだよ」

「9年間!?」


 私は驚いて声を上げた。17年の人生で9年間同じクラス。凄まじい。


「違ったのは小三と小四の時だけ」

「今年でもう7年連続ですか?」

「そっ。だから今一恋愛感情がわからないんだ。あいつにとっても同じだと思うよ。気づいたら大事な存在にはなってたんだけど、付き合うとかには発展しないし。他に誰と仲良くしててもお互いに焼きもちも焼かないし。けどエッチはする仲」


 おぅ、今最後に爆弾発言をしたような気がする。

 と言うか待てよ。陸先輩から聞いた去年も同じクラスのメンバーは、歓迎会の時5人。もちろん由香里先輩もいる。その中で男子は3人。陸先輩は童貞。しかも由香里先輩は陸先輩に特別な感情はないと言っていた。湯本先輩も童貞を匂わせていた。と言うことは……。


「その予想で当たってるよ。茜以外私達の関係知らないから内緒ね」


 だから、あなたはサトリか!?


「内緒にします。焼きもち焼かないってことは、成宮先輩が他の人としても許せるってことですか?」

「そうね。まぁ、それを知った日には私の経験人数に2人目が刻まれるけど」

「……」


 なかなかあっさりしていらっしゃる。ただ、私には無理だ。陸先輩が他の人としているなんて。まだ私が陸先輩のことを好きじゃなかった頃なら理解はできるが、しかしそれだと陸先輩が中学一年までだ。


「紗奈の方は、一緒に暮らすことは逆効果だったんじゃない?」

「え……」

「例え紗奈と陸の二人の生活だったとしても、高校生が同棲なんてことになったら、箍が外れるし、それこそ破局した時大変だよ。そうかと言ってブレーキのある今は発展しようがないし」


 確かにそうかもしれない。けど、経済的な事情もあったし、どうしようもないと言えばどうしようもない。ただ……。


「発展しない一番の障害はライバルも一緒に生活していることです」

「ん? 梨花も陸のことが好きなの?」

「そう聞いたことはないんですけど、そうじゃないかなって……」

「ふーん。私にはそうは見えないけど。それよりどちらかと言うと……」


 そのまま由香里先輩は押し黙ってしまった。何だろう? 気になる。


「どちらかと言うと?」

「ん? 何でもない。多分私の勘違いだ」


 この後は私の地元の話を聞かれたくらいで、特段恋愛の話はしなかった。しかし、この日の昼休みの女子トークは内容が濃かったように思う。恐るべし、海王高校のそら。元々私のお目当ては陸先輩だったのに。

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