10.体験入部~陸~

 積もる話も然る事ながら、愁斗は俺の育ったA県の隣、B県の中学に通っていたはず。それがなぜ海王に入学している?


「監督の教えを乞いたくて」

「なるほどな」


 愁斗の通っていた中学とは地区大会でよく当たった。お互いに県大会を突破すると、同地区の県同士なので必然的に対戦があるのだ。遠征で愁斗の中学まで練習試合に行ったこともある。


 愁斗は一学年下ながら、突出していた。ポジションはボランチだ。ボール奪取とパスさばきが高次元のレベルだった。更にキック力が強い。今でも地区大会決勝の延長戦で決められたミドルシュートは、悔しさを思い出す。警戒はしていたし指にかすめたものの、止めることができなかった。


「もしかしてそっちは日下部?」

「うん。大野君、久しぶり」


 そうだ。俺の出身中学は男女ともにサッカーが強豪なので、特にそこのエースだった紗奈は有名人だ。どうやら愁斗と面識があるらしい。


「同じ高校だったんだ。気づかなかったな。けど、うち女子サッカー部ないぞ? これからはクラブチームか?」

「高校ではもうサッカーはやらないつもりだから」

「へぇ、もったいねぇなぁ。そっちは美少女敏腕マネさんじゃん」

「こんにちは」


 それほど面識はないようだが梨花のことも認識している。逆に言えばライバル校の選手だったのだから、梨花の方がマネージャーとして愁斗のことを知っているのか。まぁ、紗奈と梨花は美貌の方でも目立つからな。


「あら。天地君。見学に来たの? いつから新入生になったのかしら? 早く着替えて練習に入りなさい」

「げ……」


 見つかってしまった。こいつがいるからここに近づきたくなかったのだ。紗奈と梨花も誰だろうと怪訝な表情を見せる。


 声をかけてきた彼女は二年の木田碧きだ・みどり。サッカー部のマネージャーだ。昨年、この木田からの入部の勧誘を躱すことにどれほど苦労したことか。木田としては監督からの指示だと言っていたが、他の部員に聞いたところ、そもそも木田が監督に俺を一押ししていたらしい。なんでも中学時代、愁斗の中学を偵察目的で行った全中の地区大会で、俺を見かけたとか。


「新入生の部活見学に付き合ってるだけだよ」

「ふーん」


 ふーん、ってそれだけ? それはそれで不気味なんだよ。この後何を言われるのか。木田は美人だが性格のとおりきつい顔をしている。けど美人だが。


「今ね、3チームに割って一本20分の紅白戦を始めたの。全三本よ。今紅チームと白チームがやってるわ」

「ヘー、ソウナンダ」


 無感情、無関心。この後の言葉に嫌な予感がする。


「けどねこの次の青チームは人数が足りないの。しかもキーパーもいない」

「ヘー、ソウナンダ」


 それならばわざわざ無理して3チームに割らなくてもいいのに。


「出て」

「やだ」

「出て」

「……」

「決定ね」

「ちょっと待て。必要人数は3チームで33人。海王のサッカー部ならそれ以上部員いるだろ?」

「主力は今日、練習試合で外に出てるわ。そこの大野君は予め呼んでおいたの。他に入部予定の一年生にも声掛けたんだけど、ダメね。練習着はおろか、スパイクも体操服ももってないなんて」

「いつ声掛けたんだよ?」

「今日よ」


 即答。そりゃ、一年を責めるのは酷じゃないのか? と言うかそもそも……俺は愁斗を向いた。


「お前は持って来てたのかよ?」

「はい。今日から参加するつもりでしたから」

「……」


 やる気があってよろしい。アスリートの鑑です。だから青のビブスを着ているのか。


「俺、練習着もスパイクも持ってないよ」

「天地君の練習着とスパイクとキーパーグローブなら私が持ってるわ」

「なぜ?」

「去年あなたが体験入部をした時に、私が洗濯を買って出たからよ」


 そうだった。スパイクまで持っていかれて不思議だとは思っていたのだ。


「何人足りない?」

「あなたと大野君が入って青チームは10人になるわ。1人レッドカードで退場者が出たというていでいきましょう。ちなみに青チームは8人が高校からサッカーを始めた二、三年生よ」


 なんなんだ、その不条理は。高校から始めったって、つまり初心者じゃないか。歴一年以上だから厳密には初心者とは言えないが、そもそも8人初心者って、経験者は俺と愁斗だけじゃないか。


「人数合わせなら私も入りましょうか?」


 おい、紗奈。なぜ拍車を掛ける? 俺はこの場から如何にして逃げるかしか気持ちがいっていないのに。


「紗奈、大丈夫なの?」

「人数合わせだから大丈夫だよ」


 梨花が深刻そうな顔をして聞く。何をそんなに心配しているのだろう?


「あら。さすがは全中得点王の日下部さんね」

「得点王?」

「陸さん知らなかったんですか? 日下部、三年の時、得点王ですよ」


 マジか、知らなかった。紗奈はどや顔で笑っているし。今そんな顔をするくらいなら予め教えといてほしかった。しかも紗奈のことは木田にしっかりと認識されているし。梨花は梨花で紅白戦を真剣に見始めているし。


「それなら日下部さんもお願い。スパイクと練習着は?」

「あ、持ってません」

「なら私の体操着とスパイクを貸してあげるわ」

「ありがとうございます」


 ちょっと待て。百歩譲って体操着を持っているのはわかる。なぜマネージャーの木田がスパイクまで持っている? 必要なのか? 必要ないだろ。




 結局俺はサッカー部の部室で、紗奈は女子更衣室で着替えを済ませ、キックオフの時が来た。俺と紗奈だけアップなし。まぁ、仕方ないか。適当に流してさっさと帰ろう。

 まずはビブスを着ていない白の練習着の白チームとのゲーム。ほんの数分さっきのゲームを見たが紅チームよりは劣る。


『ピー!』


 相手のキックオフでゲーム開始。序盤からパスを回されて味方の初心者たちが振り回される。そして徐々に青チームの陣地に押し入ってくる白チーム。しかし、愁斗が見事なパスカット。


「さぁ、どうする? 味方は初心者ばかり。パスの出しどころは?」


 と思ったらなんと愁斗は前線に大きくフィード。一瞬俺の第二視野に捉えた紗奈がうまいこと最終ラインを抜け出した。オフサイドぎりぎりの見事な飛び出しだ。


 そして圧巻はここから。まずは大きなフィードにも関わらず絶妙な柔らかいタッチでトラップ。ボールが紗奈の足元に収まり、相手選手を置き去りにしてペナルティーエリアに入った。けどここからが問題。女子にしては少し距離がある。相手キーパーも前に出てきている。これは難しいか。


 ドン!


「え?」


 今ドンって言った? 女子のキックなのに一番後ろの俺にも聞こえたよ、音。気づけばボールは相手ゴールの中。紗奈、その細い足でどう蹴ったらそんなに強烈なシュートが打てるの? 俺の知らない一年間でどれだけ化けたんだよ。


 俺の驚きをよそに相手のキックオフでゲーム再開。すぐさま紗奈が前線からのプレス。更に愁斗のコーチングで、うまく味方が相手のボールホルダーを囲んでボール奪取。やればできるじゃない、初心者でも。

 ボールはハーフェーラインを走り抜けた愁斗に渡る。一点目で警戒された紗奈は相手がマンマーク。さすがに体格差があるなぁ、と思っていたら。


 ドン!


「え?」


 今ドンって言った? まだハーフェーライン超えて少し進んだとこだよ? 愁斗がシュート打っちゃったの? と言うかそのキック力、レーザービームかと思ったよ。後ろから見ていても強烈なのがわかった。ボールは相手のゴールの中だし、君もどれだけ成長したんだよ。先月は紗奈も愁斗も中学生だろ?


 その後も紗奈と愁斗の活躍で立て続けに得点を重ね、終わってみれば20分ゲームで6得点。俺も何度か見せ場は作った。ただ味方のオウンゴールで1失点してしまった。まぁ、これは仕方がない。ただ主力のいない紅白戦だし、一本目を見た感想ではこれなら紅チームにも勝てるだろう。


 そして続けて迎えた紅チームとのゲーム。今度は我ら青チームのキックオフでゲーム開始。まずはボランチの愁斗にボールを預ける。定石だね、と思いきや。


「げ……」


 愁斗に3人がかりで囲みに来た。最前線の紗奈は? さっきみたいに絶妙な飛び出しを……。


「げ……」


 紗奈には相手センターバック2枚がしっかりマーク。女子相手にそこまでするかよ。体格差を見ると悲しくなる。こっちの初心者3人余っているのもお構いなしかよ。


 案の定、愁斗はパスの出しどころがなく、苦し紛れに出したパスを味方の受け手が取られ、シュートまで打たれた。なんとか俺がセーブしたが。

 しかし相手のコーナーキック。紗奈もディフェンスに入ろうとしたので俺がすかさず一言。


「紗奈は前線に残れー!」


 紗奈は手を一度上げるとセンターサークルまで戻って行った。

 そして相手が蹴ったコーナーキック。ボールの落下点にいち早くボジションを取り、俺はしっかりキャッチ。


「今だ」


 俺はすかさずパントキック。ちょっと逸れたが、さっきのゲームを見る限り紗奈ならなんとかするだろう。相手のセンターバックは今コーナーキックのシュートチャンスだったため、上がって来ている。つまり俺の傍にいる。

 紗奈は俺の期待どおりボールをうまく処理してそのままドリブル。しかし最終ラインに残っていた相手のボランチが密着マーク。しかも紗奈の右から。


「ん? 右から?」


 あいつ……、紗奈の左足のキック力が弱いのを知っているのか?

 俺の不安は的中。紗奈が左足で打ったシュートはあまり威力がなく、コースは良かったが相手キーパーがキャッチ。すかさずパントキックを返される。


「まずい!」


 まだ相手選手が俺の近くにたくさんいる。うちの味方は超高校級の化け物が1人と、8人の初心者達。密集地じゃ技術力で圧倒的に不利だ。

 そして案の定、混戦の中から失点。さすがにこれは凹むぜ……。


「げ……、あんにゃろう」


 失点後に相手選手が自陣に戻って行く姿を見ながら目に入ったコート外の人物。相手ベンチにいる人物、紛れもなく梨花だ。分析力に長けた名参謀が紅チームに加わっているじゃないか。

 中学時代は選手よりも警戒された敏腕マネージャー。出入り禁止を食らった学校は数知れず。しかし得意の困り顔で難なく躱したそうだが。とは言え、月原梨花には絶対にスカウティングをさせるなと恐れられたほどだ。


「おかしいと思ったんすよ」


 声を掛けてきたのは愁斗だ。紅チームは白チームとゲームをやった時とポジションが変わっているらしい。俺は着替えていて数分しか見ていないのでわからないが、そのポジションが選手の特徴を掴んでいて適格なのだと。

 絶対梨花の仕業だ。一本目からしっかり見ていたし、しかも紗奈の弱点を知っているあたりそれは確定だろう。


 この後は愁斗のいる真ん中を徹底的に避け、サイド攻撃を繰り返され失点を重ねた。これも梨花の入れ知恵か。しかも俺の苦手な脇の下のシュートを徹底的に狙ってきたあたり確定だ。終わってみれば0対4で負けだよ。


「ふぅ、負けたとは言え、いい汗かいたわ」

「久しぶりに先輩とやれて楽しかった」


 俺の言葉に紗奈も笑顔で答える。そこに駆け寄ってきた梨花。


「おつかれー」


 こいつ……、敵にするとすげー嫌な奴だ。俺と紗奈と愁斗は徹底的にジト目を向けたのだった。

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