9.部活見学~陸~

 入学式の翌日。俺達二、三年は始業3日目。新入生は始業2日目だ。今日から授業開始だが午前のみで、午後は新入生のための部活見学だ。つまり帰宅部の俺は本来ならば帰宅できる。けど紗奈に弁当を持たされ、それを教室で突いている。


「あれ、陸。弁当手持ち?」


 これは一緒に昼食を取ろうと俺の席に寄ってきた公太の言葉で、彼は野球部である。この後、新入生に向けた公開練習がある。今年度は今日から部活開始だ。


「あ、本当だ。あの美人の家政婦さん辞めたんじゃなかったっけ?」


 これに続いたのは圭介である。圭介は華奢に見えて意外と柔道部の所属だ。と言っても海王高校の柔道部は参加自由型なので、圭介は試合前や新入生勧誘の時くらいしか部活に出ない。


「うん。昨日の夜に母さんが帰って来たから」

「へぇ、そうなんだ」


 俺はこの日の朝、家で紗奈に弁当を渡されて初めて気づいた。親しい友人の多くは今まで家政婦の美鈴さんが弁当を作ってくれていたことを知っている。そしてその美鈴さんが家政婦を辞めたことも知っている。炊事をあまりしない俺が手持ちの弁当を持っていてはおかしい。そこで梨花が設定を考えてくれた。


「同棲生活決まり事第六条で、両親の帰国を理由に人の連れ込み禁止にするんだからいいじゃん。お母さんが作ってくれたって言えば?」

「みんなで歓迎会したばっかだぞ? 昨日の今日でか?」

「じゃぁ、昨日の夜先行してお母さんだけ帰国したことにすれば?」

「うーむ、なるほど」


 俺は公太と圭介に梨花が考えてくれた設定を説明した。


「と言うことで、母さんがこれから自宅で仕事するから人を上げれなくなったんだよ。もうすぐ親父も帰って来ると思う」

「そっかぁ。陸の家は広いから重宝してたんだけどな」


 そう、一年の時は危うく溜まり場にされそうになった。公太はともかく、圭介はあまり部活に顔を出していなかったので、溜まろうとしていた一人だ。

 しかし、実際に自宅で仕事をしているのは俺。しかも一年の時からずっとあの家でやっている。仕事のことを学友には言っていない以上、あまり人を家に上げたくなかった。仕事をする時間もなくなってしまうし。


「で、帰宅部のお前がなんで弁当食ってんだ? 午後も学校にいるのか?」


 公太が当然の疑問を投げかける。


「あぁ。部活見学」

「「まさか……」」


 公太と圭介の目が輝いた。普通そこは新二年生の俺がなぜ部活を見学して回るのかを聞くだろう?


「「サナリーちゃん?」」

「正解」


 こいつらのアンテナはなぜこうも鋭いのだ。嗅覚が素晴らしいと言うか、まったく。


「絶対野球部連れて来い」

「女子の二人にできるわけないだろ?」

「マネージャーだよ」


 公太の食いつき様が半端ない。とりあえず早く飯を食え。


「たぶんやらないよ。二人とも野球の知識ないし、それに紗奈に至っては自分が体動かす方だぞ? 中学の時は女子サッカー部でエースだったし」

「それなら柔道部連れて来い。男子も女子も募集してる。初心者大歓迎だ」


 当然圭介も食いつくわな。しかし知っているぞ。柔道部は男女合同練習だ。一緒に寝技の練習がしたいという下心が見え見えだ。

 それに女子部員は確かにいるが、二人しかいない。だから団体戦には出られないはずで、個人戦だけのエントリーだ。新入生次第で変わるとは思うが、サナリーのどちらかが入部したら圭介は毎日部活に出るだろうな。サナリーが柔道はやらないと思うが。


 この弁当の時間中、俺はずっと二人に曖昧な返事を返していた。


「とりあえず連れて来るだけ、絶対に連れて来いよ」


 しかし二人とも食べ終わると最後には、こんな言葉を残してそれぞれの部活に向かった。果たしてサナリーは部活に所属するのか。所属したとするならどこを選ぶのか。けど、紗奈は他のことに興味があると言っていた。それは何なのだろう。


 俺も弁当を食べ終わるとサナリーと合流した。そこには紗奈のクラスメイトである柏木遥もいた。初対面なので俺たちはお互いに挨拶を交わす。一緒に回りたいのだと言うが、紗奈はもう友達ができたのか。さすがだな。

 ただまだ部活の開始まで時間がある。俺達4人は学食の自販機でジュースを買って中庭のベンチで休憩をした。と言うか、中庭っていつからこんなに男子の休憩率が高くなったのだ? サナリーに囲まれるように座る俺への視線が痛い。


「三人とも見たい部活決めてんのか?」

「私は断然演劇部に興味あります」


 最初に答えるあたり柏木は物おじしない性格なのだろう。俺としてはその方がありがたい。気を使わなくて済むから。


「うーん。私は高校では部活はやってもやらなくてもいいと思ってるからな。それより自分の時間がほしいかな」

「ふーん。梨花は?」

「とりあえずサッカー部は見てみたいかな。もちろんマネだけど」


 サッカー部か。できればあそこには近づきたくないのだが、今日は三人の保護者だし仕方ないか。割り切ろう。


「野球部と柔道部には来てくれって言われてんだよ」

「なんで先輩が言われてんのよ?」


 当然の疑問だよな、紗奈。俺、新入生じゃないからな。


「公太が野球部で、圭介が柔道部なんだよ」

「ふーん。それなら昨日買い物付き合ってくれたし、歓迎会してくれたから行かなきゃな」


 さすがです。義理は大事だと思うぞ。俺も仕事をするようになってそれは痛感したことだ。それを聞いていた梨花が続ける。


「茜先輩と由香里先輩は?」

「水野は演劇部。吉岡は女バス」

「じゃぁ女バスも行こう。演劇部は遥が見たい部活だからちょうどいいね」

「そうだね」

「回るとこたくさんあるな」


 さっきから通りすがりに、部活勧誘のチラシを俺達が使っているベンチに置いていく輩がやたら多い。大抵がマネージャー募集になっているが、そのマネージャー募集は明らかにチラシ印刷後の手書きだ。この場でサナリーを見つけて慌てて書き加えたな。まだ入学2日目なのになんなんだ、この情報の回る速さは。


 時間になりとりあえず俺たちはまず初めに演劇部に行った。校舎内で練習をしているからだ。屋内の部活を見て回って外に出て、そのまま帰ろうという段取りだ。


「あ、サナリー。来てくれたの?」


 水野が俺たちを発見するなり声を掛けてくれた。


「茜先輩こんにちは。こっちは私のクラスメイトで遥。演劇部に興味あるみたいですよ」

「そうなの?」

「はい。柏木遥です。よろしくお願いします」

「水野茜だよ。今から小演劇やるんだけど、もし良かった体験入部で参加してみない?」


 水野の質問に柏木は遠慮がちに紗奈を見た。


「こっちのことは気にしなくていいよ。他に見てみたい部活ないなら参加しなよ?」

「本当?」

「うん。私達他の部活見て回ってるから」

「それじゃぁ、また連絡するね。水野先輩、お願いします」


 柏木は紗奈の返事を聞いて水野にそう言うと、台本を渡され奥の準備室に消えた。


 少しそのまま演劇部を見ていたが活気があっていいと思う。一年の時の文化祭では、今まで知らなかった水野の演劇中の顔に新鮮味を感じたものだ。


 柏木を演劇部に預けて次に俺たちは武道場に行った。見る部活は柔道部だ。と言うか、サナリーを連れて歩いているとチラシを渡されるのは序の口。俺と顔見知りの男子生徒なんかはうちの部にも連れて来いと直接俺に言ってくる。親しい奴も親しくない奴も、お前らはキャッチセールスか。


『ドンッ』


「一本!」


 武道場に入るなり、人が畳を叩く音と活気のある声が響いた。


「あ、湯本先輩だ」


 梨花が圭介を発見した。圭介がちょうどこれから乱取りをするようだ。一丁前に黒帯を締めているが、一応有段者だったんだな、あいつ。


 ん? 今圭介がこっちを見たか?


「はじめ」

「せいやー!」


 うお、圭介の気合が凄い。こんなにも声が響く奴だったのか。恐らくこっちを見た気がしたのは気のせいではないな。サナリーに良いとこを見せたいのだろう。


 しかし結果は惨敗。払い腰で綺麗に腰に乗せられたものの、畳に着く前に辛うじて肩を捻り技ありで凌いだ。しかしその流れで押さえ込まれて合わせ技一本。圭介、ご苦労様。良いとこ見せたいなら練習にはちゃんと参加しよう。


 次に俺達は体育館に行った。お目当ては女子バスケットボール部だ。吉岡の所属部である。海王高校はサッカー部とこの女子バスケ部が強豪である。この後見に行く野球部も毎回都大会で良いとこまで行くが、まだ甲子園に出場したことはない。

 ただ女子バスケが強豪ということは、もしかしたら今年スポーツ推薦で入学したあいつと、全国で当たるかもしれないのか。


 体育館に着くと女子バスケ部はゲーム形式の練習をしていた。すぐに目に留まった選手が吉岡だった。ポジションはポイントガードだ。クラスが同じでも女子とは体育の授業で種目が違うため、初めて吉岡がプレーする姿を見る。


「由香里先輩、凄くない?」


 紗奈が感嘆の声を上げる。素人目に見ても吉岡が凄いのはわかる。吉岡が凄い選手だということは噂でも聞いていたが、これなら大学や実業団からもオファーが来るのではないか? 背はそれほど高くないのに上手さが目立つ。それこそあいつを見ているようだ。


 吉岡が休憩でベンチに下がるまで女子バスケ部を見た。体育館を去る時には吉岡もサナリーの姿を捉え、お互いに手を振っていた。


 俺たちは靴に履き替えると次に向かったのは野球部だ。校舎裏に野球部とソフトボール部の練習場がある。この二つの部が校庭を使わないので、サッカー部と陸上部は校庭で練習ができる。


 野球部に着くとちょうど公太がノックを受けていた。ボジションは内野手。セカンドかショートが専門だと言っていた。昨年は惜しくもベンチ入りメンバーに入れなかったとか。それでも当時一年生なのだから、ベンチ入り候補に入っただけでも立派である。今年はぜひとも背番号を獲得してほしい。

 しかしこの野球部は曲者だ。サナリーが来た途端、ノックを受けていない主力選手がわざわざ挨拶に来た。しかも背番号付きの試合用のユニホーム姿だ。よほどマネージャーで入部させたいらしい。この気合の入り様、二人が来ることを公太に聞いて知っていたな。


 営業スマイルで野球部の練習場を後にすると俺たちは校舎を迂回し、校庭に出た。練習をしているのはサッカー部と陸上部。


「はぁ、来てしまった……」

「ん? 何か言った」

「あ、いや」


 嘆きが梨花の耳に届いたらしく俺は慌てて平静を装った。


「あれ、陸さんじゃないですか?」


 ん? 陸さん? こんな呼び方をする奴はほとんどいないはず。俺が声の方向に視線を向けるとそこには一人の男子生徒が立っていた。サッカーの練習着姿で、青いビブスを着ている。


「はて?」

「俺ですよ、俺」


 オレオレ詐欺? と言うか敬語。もしかして後輩? 練習着姿で?


大野愁斗おおの・しゅうとですよ」


 大野? 大野? 愁斗? しゅうと? シュート……?


「あー! 愁斗」

「お久しぶりっす。俺、海王に入学しました」


 なんと。愁斗が海王に入学していた。全く知らなかった。

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