7.歓迎会~陸~

 オートロックのエントランスを抜け、エレベーターで上がり、俺達一行は俺の自宅玄関まで来たのである。


「すっごーい。綺麗」


 玄関に入るなり水野が感嘆の声を上げる。玄関自体は広いわけではないが、それなりの内装で仕上げられている。隣接の扉を開けると土間の玄関収納もあり、それは廊下からアクセスできる納戸と一体になった玄関収納なので、広く充実している。


 7人全員が靴を脱ぎ、家に上がると玄関前の廊下は狭い。以前は一人で、今では三人で暮らしているから普段は狭さを感じないが、さすがに7人だと窮屈だ。早く左手のリビングドアを開けてみんなを通そう。

 傍らで梨花はみんなの靴を揃えている。帰って来た時点で玄関に他の靴は脱ぎ散らかしていなかったし、梨花の普段からのこの行動には感心する。靴はしっかりシューズクロークに仕舞ってあるのだろう。

 すると徐に紗奈が玄関を右折した。それを見て俺はとにかく焦った。


「おい、こら」


 俺は慌てて紗奈の首根っこを捕まえた。


「あ……」


 紗奈はバツが悪そうな表情をする。絶対今、自分の部屋に荷物を置きに行こうとしただろ。油断できない。

 一行が俺と紗奈の行動に怪訝な表情を向けたので、俺はいそいそとドアを開けた。そして一行をリビングに通した。


「広ーい。こんなところで一人暮らしなんてセレブじゃん」


 今度は吉岡が感嘆の声を上げる。一体となった正方形に近いLDK。入って左手、北西のスペースはキッチン。Iランド型のシステムキッチンが据わっている。その奥、北東スペースは6人掛けのテーブルを置いたダイニングだ。

 南東のスペースはサンルームになっていて、リビングダイニングとはガラスパーテーションで仕切られている。基本は洗濯物を干す場所だ。それなのでブラインドを下ろしていて今は閉鎖している。そして南西のスペースが居間だ。ソファーとテレビを置いている。


 梨花がしっかり片付けてくれているので、サナリーの生活感はないはず。――と思ったのも束の間。


「はっ!」


 俺はソファーの前にあるリビングテーブルにダイブした。テーブルの角で鳩尾を強打して悶絶。


「何してんだ?」


 虚を突かれたような顔で聞いてくる公太。俺はただ笑って誤魔化すだけ。なぜならテーブルの上にあったのは同棲生活決まり事を書いたノートだ。表紙には大きくマジックでそのタイトルが書かれている。それを隠すために俺はダイブしたわけで、慌ててそのノートをリビングテーブルの下に滑り込ませた。

 靴を並べ終ってリビングに入ってきたばかりの梨花が、俺の様子を見て手を合わせている。そして口パクで「ごめん」。ふぅ、事なきを得たから良かったが。


 キッチンでは紗奈と水野と吉岡が買い出しの品を仕分けしていた。紗奈、実に手際がいい。普段はそれがありがたいのだが、今に限って言えばそれは宜しくないのでは……。


「陸、ホットプレートどこ?」


 水野のその言葉に、ホットプレートはどこにあったかと思考を巡らせる。以前までお勝手は美鈴さんに任せっきりだったし、今では紗奈だ。するとその紗奈が買ってきた野菜をてきぱきと冷蔵庫に入れながら答えた。


「ホットプレートなら真ん中の食器棚の下段です」

「よく知ってるね。来たことあるの?」

「え? ん? いや、初めてです。そんな気がしただけで。あはは」

「……」


 ほらね。俺は声も出ない。それほど手際よく動いて即答でホットプレートの位置を答えられるあたり、初めてどころか来たことがある程度でもないだろう。冷や汗が止まらない。ずっと落ち着かない時間が続きそうだ。


 この日のメニューはどうやらお好み焼きのようだ。人数が多いので、食卓にホットプレートを置き、更にフライパンでも焼くらしい。お好み焼きなら料理に不慣れなメンズ三人も手伝いようがある。


 とりあえず今回は紗奈と梨花の歓迎会なので、二人はリビングのソファーに座って待たせた。紗奈がキッチンに立つとどんなボロが出るかもわからないし、とにかく気が抜けないのだ。

 ただ事あるごとに公太と圭介が調理の手伝いを抜けてはサナリーのところへ行く。そして何かと話しかける。それを俺と二年女子が連れ戻す。まったくもって油断ならい生物が多すぎる。


 そして時間は過ぎ、食卓に全員分の食事が並んだ。6人分の椅子しかないので俺は仕事部屋にしている書斎からオフィスチェーを持って来た。しかしなぜか俺が上座。主役はサナリーだろうに、その二人はなぜか下座。


 全員が食卓に着くとこの日の夕食が始まった。上座の俺から見て手前の右に吉岡、左に水野。その次は、右に公太、左に圭介。一番奥が右に紗奈、左に梨花という並びだ。窮屈な真ん中にわざわざ男が収まっている。

 しかし全員着席したところでよく分かった。俺からサナリーを遠ざけ、男子二人が心置きなくサナリーと会話できるようにこの並びにしたな。間違いない。


「二人とも彼氏はいないの?」


 ストレートに聞くんだな、公太。しかしナイス質問だ。俺は普段距離が近すぎて聞きたくてもなかなか聞けないから。


「私達彼氏なんていませんよ。いたこともないし」


 紗奈は今「私達」と言った。つまり梨花にもいない。そしていたこともない。いい情報だ。


「けど、好きな人はいます」

「あたしもいます」


 ガクンと椅子から落ちるかと思った。いるのか、好きな人。そりゃ、いるだろうな。高校一年という年頃の女の子だしな。


「へぇ、誰? 誰?」


 ここで水野が食いつく。吉岡も興味津々の目を向ける。女子は得てしてこういう話が好きだ。俺は平静を装っている。――と思うが、実は内心バクバクだ。


「えぇ……。それは内緒です」


 梨花が笑ってはぐらかす。いつもの満面の笑みではなく、照れ笑いのようだ。恋する乙女だ。教えてくれないのか。ちょっとばかり肩を落とすと梨花は続ける。


「先輩たちはどうなんですか?」

「「「「いません……」」」」


 口を揃える4人の二年生。情けない。かく言う俺もその仲間だが。まぁ、相手がいる奴がこんな場所に集まることはないわな。


「陸先輩は?」


 むむ、俺にもその質問が来るのか。質問の主は紗奈だ。


「いないよ。いたこともないし」

「へぇ」


 どういう意味の「へぇ」だ、それは。聞いといてリアクションそれだけかよ。すると圭介が爆弾をぶっこんだ。


「お前、一年の時の夏、女の影あったじゃん」

「ん? 女の影? はて?」


 何のことだ? 俺は今まで彼女という存在を手にしたことはない。心当たりがないのだが、どういう質問だ?

 紗奈が鋭い視線を向けるのだが、なぜそんなに睨む。一方梨花は締まりのない表情を見せる。この先を聞きたいと顔が言っているが、ため息が出そうだ。わかってはいたことだが焼きもちは焼いてくれないのか。


「だって、夏休み明けたら童貞捨てたって喜んで話してくれたじゃん」

「……」


 あー! 言った! 確かにそんな話をした。この圭介と公太に。しかし女子が4人もいる前でそれは爆弾発言だ、止めてくれ。よし、誤魔化そう。


「誰だったんだよ? あれ。相手のことだけは絶対教えてくれなかったし」


 俺の誤魔化したい気持ちを無視して圭介が続ける。ここはなんとか逃げなくては。と言うかさっきから紗奈の視線が究極に恐ろしいので震撼する。なぜだ? 梨花は驚きの表情を見せつつも興味津々だし。


「誰なのよ?」

「……」


 質問を被せる水野。君の真剣な表情も心なしか怖い。それほどまでに人の男女関係に興味があるのか。


「逃がさないよ?」

「……」


 止めを刺す吉岡。この家の主は逃げることを許されないのか。発言していない公太は完全に他人事の笑みを浮かべている。むしろ先を続けろと言わんばかりだ。


「いや、あの……、えっと……」

「誰なの?」


 紗奈の追い打ち。いや、もう目がマジで怖い。なぜだ? これはもう尋問だ。


「ごめん。見栄張って嘘吐いちゃった。あはは」


 一瞬ポカンとする一行。少ししてからそれを吉岡が裂いた。


「なぁんだ。やっぱり、そういうことか。そうじゃないかと思ったのよ」

「良かったぁ。ずっと陸に先越されたと思ってたんだよ」


 圭介に至っては同士を得て安堵の表情を向ける。ちっ、童貞め。しかし俺のことは絶対に話さない。


 この後しばらくして食べ終わると、二年の皆で片づけをし、この日はお開きとなった。俺は玄関で6人を見送るため玄関に立った。そう、見送る人数は6人。サナリーもだ。

 二年の4人は駅まで行って帰る。サナリーは近くでルームシェアをしていることになっているので、近所を一周回って帰って来る。


 ただややこしくなってきたな。この家から見て、サナリーの親には俺が近くで一人暮らしをしていることになっていて、海王の学友にはサナリーが近くでルームシェアをしていることになっているのか。


 みんなを見送って数十分後。


「「ただいまー」」


 サナリーが帰って来た。すでに食事は済んでいるし、キッチンも片付けてある。もう家事がない紗奈は帰宅するなりすぐ風呂に入ると言って浴室に消えた。

 そしてリビングに残された俺と梨花。俺はソファーで脱力していた。かなり神経を使った。買い物にも行ったので気力、体力共に消耗していた。紗奈が風呂から上がったら俺も入ろう。


「先輩」


 梨花が徐に俺を呼ぶと、俺の脇に座った。肩が触れるほど近くに座って俺の顔を覗き込む。満面の笑みだ。この表情と距離感に心臓が落ち着かないのだが、いつもは紗奈がしでかしそうな密着。それを今は梨花がしている。


「嘘吐いたでしょ?」


 はて? 嘘とは?


「ご飯の時」


 あぁ、見栄を張って童貞を捨てたという嘘を吐いていたことを言っているのか。


「ちょっとくらい見栄張ったっていいじゃん」

「違うよ」

「ん?」


 違うとは? 梨花の質問の意図が読み取れない。


「見栄張って嘘吐いたって言ったことが嘘でしょ?」

「……」

「その表情は図星みたいだね」


 どんな表情をしていた、俺? そしてなぜ見破る、梨花?


「へへへぇ。あたし見つけちゃったんだよね」

「見つけた、って、何を……?」


 俺は恐る恐る梨花に聞いた。さっきの会話以外に何か根拠を持っているのか?


「掃除してる時に先輩のベッド下の収納から出てきたんだ」

「……」


 やばい。これはかなりまずい。出てきた物って……。


「とある箱なんだけどね、連なった四角いビニールがその箱に入ってたの。ビニールの中には丸い輪っかが入ってなぁ」

「……」

「けどおかしいんだよ。12個入りって箱には書いてあるのに、中には2つしか残ってなかったの。どういうことだろ?」

「……」

「白状する? するなら誰にも言わないけど」

「白状します……」


 この後、紗奈が風呂から上がってくるまで俺は梨花に洗いざらい白状した。梨花の質問は一切の逃げ道を塞いでいて、はぐらかすことはおろか、黙秘権すらも認められなかった。それに密着されていたし。


 因みにこの日をきっかけに、同棲生活決まり事に「第六条、陸先輩の仕事関係者以外、人を連れ込まないこと」が書き加えられた。人が来たらいつか絶対ボロが出るから。

 今後、人に説明をする時の設定としては、世界中を飛び回っている両親が帰って来た。母が在宅で仕事をするので友達を呼べなくなった。――ということにした。もちろんこの第六条は俺にも課される。

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