6.親衛隊誕生~陸~

 二、三年生にとっては退屈であまり意味のない入学式。前日に始業式を済ませていて2日連続の式典であるため、これはなかなか萎える。


 ――と言うのが世間一般の中高生の感想だと思う。しかしこの年の海王高校の入学式は盛り上がっていた。特に男子生徒だが、式の最中ずっとそわそわしているのだ。目当てはもちろん紗奈と梨花である。

 体育館の後方に陣取る二、三年生にとっては新入生の後頭部しか見えないのに、モグラ叩きのモグラのように頭を上に突き出す生徒が続出。やはりサナリーと共同生活を送っていることは内緒だという決まり事を作っておいて良かった。そんなことを知られたら嫉妬の目が半端ないし、絶対家に人が押し寄せて来る。


「陸、この後カラオケ行こうぜ?」


 入学式を経て、ホームルームを終えた時、声を掛けてきたのは公太だ。俺は帰り支度を済ませていて今まさに教室を出ようかとしていた。公太の後ろには圭介と水野と吉岡がいて、ザ・2年目クラスメイトズだ。俺を含めたこの5人でというお誘いなのだろう。


「あぁ、ごめん。サナリーに生活用品の買い物付き合えって言われてて」

「なんだと! サナリーちゃんとデートだと?」


 いち早く反応し声を張り上げたのは圭介だ。いや、デートとは言っていない。そもそもデートをしたことがないので、デートの定義がわからん。それに自分で言っておいて何だが、サナリーでよく通じたな。

 すると水野が言った。


「それなら私達も付き合うよ。あの子達上京してまだ日が浅いんでしょ? あんまり店とか知らないんじゃい? 陸もこっち来てまだ1年だから私達の方がこの辺り詳しいし。女子の方が都合いいこともあるしね」

「さんせー。カラオケはキャンセルで、まずはみんなで飯行こう」


 俺の意見を聞かずして水野の意見に同調する圭介。まぁ、ただ水野の言うことは正論で、確かにいてくれた方が助かる。公太の表情も同調気味で、吉岡も問題なさそうだ。


「じゃぁ、一回二人にも聞いてみよう。大人数でもいいか? って。この後校門で待ち合わせしてるからとりあえず行こうぜ」

「オッケー」


 やけに圭介のテンションが高い。今からサナリーにお伺いを立てるのであって、まだ決定事項ではないのだが。


 そして俺達2年目クラスメイトズは揃って教室を出ると、程なくして校門に到着した。サナリーはまだのようだ。入学初日は連絡事項が多く、ホームルームが長引く傾向にある。俺達は雑談をしながらサナリーを待った。


 少しして俺達は目を疑う様な集団を目にする。それは男子生徒の集団で、何のデモ行進だろうと思うほどの団体だ。そして聞こえてくる声。


「いいじゃん。これからカラオケ行って歓迎会しようよ?」

「だからさっきから言ってるじゃないですか。私達これから予定あるんですよ」


 後半は女の声だが、聞き間違えるはずもない。中学の時2年間、いつも部活で聞いてきた声、紗奈だ。


「買い物だろ? 俺達荷物持ってやるから。何なら奢ってやるよ。その後、歓迎会しようぜ? な?」

「他の先輩と約束してるんですよ」


 かなりしつこく絡まれているようだ。紗奈の物言いが明らかに邪険である。


 そう、デモ行進のような集団はサナリーを囲む男子生徒だった。あまりの数に目に入った当初はサナリーの姿が確認できなかった。俺は二人の姿を確認するなり状況を把握し、2年目クラスメイトズに言った。


「あぁ、えっと……。みんなで買い物に行く案、可決で」

「だよね。陸一人であの子達二人を連れ出したところで、あの親衛隊は絶対に離れないよね。私達女子もいた方が場も穏やかに済みそうだし」


 吉岡が俺の発言の根拠を読み取り同調してくれた。他のメンバーも納得顔だ。君たちは良くできたクラスメイトだよ。俺はいい友達に恵まれたよ。しかし、親衛隊とはよく言ったものだ。


「あ、先輩」


 紗奈が俺に気づいた。梨花の手をしっかりと握り、二人して駆け寄って来る。


「先輩、お待たせ」


 梨花が言う。親衛隊は一歩離れた場所でこちらの様子を窺っているので、やはり隙を見せるわけにはいかないようだ。そして俺はサナリーに切り出した。


「今日、水野と吉岡も買い物付き合ってくれるって。ちなみにこっちのメンズ二人も」

「本当ですか? いいんですか? 助かります」


 梨花が嬉しそうに声を上げる。やはり女子を混ぜておいて良かった。


「吉岡由香里だよ。よろしくね」


 水野は朝の受付で自己紹介を済ませていたが、吉岡は初対面なので自己紹介をした。サナリーもそれぞれ自己紹介を済ませる。

 すかさず圭介と公太が、サナリーが手に持っていた紙袋の荷物持ちを買って出た。俺達も昨日経験したが、年度初日は教科書を配られるため大荷物なのだ。


「重くないですか? 本当に持ってもらっていいんですか?」

「ええ、ええ。全然大丈夫。任せて下さい」


 紗奈の問い掛けに圭介がデレデレ顔だ。公太に至っては優越感からのどや顔を親衛隊に向けている。一様に悔しそうな表情を作る親衛隊。俺達メンズ三人には心無い野次が飛ぶ。


「紗奈、さっき付いてきた人たちには頑なに断ったのに、今回はやけに素直じゃん」

「だって、一度持たせて返してくれなかったら逃げ道ないじゃん。その点陸先輩のお友達なら信用できるから安心だし」


 紗奈と梨花のその会話を聞いていた公太と圭介は実に満足そうだ。


「騒ぎが大げさだと思ってたけど、この可愛さ見たら納得だわ」


 歩き出す時に吉岡が俺に呟いた一言だ。やはり女子でも納得の可愛さか。女子が女子に言う「可愛い」は当てにならないと聞くが、今の言葉は本心だろう。


 7人の大所帯になった俺達はその足で駅前まで行き、ファミレスで昼食を済ませた。そしてこの後電車に乗り街中まで行って買い物を始めた。


 ショッピングモールに入ると俺は一度団体の輪から抜け、紗奈を連れ出した。そして財布から札を抜き取り紗奈に差し出した。


「紗奈これ。今日の買い物代」

「え? 仕送りもらったばっかだから、私も梨花もお小遣いまだ残ってるよ? だから貸してくれなくても大丈夫だよ」

「貸しじゃないないよ。生活用品を買うんだろ?」

「え? でも……。今月の食費だってもらってるよ? いきなり最初の月から赤字になっちゃう」


 家計は俺が管理している。けど紗奈が料理を担当しているので、買い出し用の財布は紗奈に持たせていて、買い出し自体には梨花と二人仲良く行っている。それなので食費や日用品などを買うための現金は紗奈に渡しているわけだ。


「最初の月が赤字になるのは仕方ないよ。揃える物たくさんあるから。生活費ちゃんともらってるんだから赤字の場合は俺が埋めるよ」


 生活費とは言いたくなかったが、下宿代と言いたかったのだが、なぜかこれが口を吐いた。とうとう俺もサナリーに感化されてきたのか? すると紗奈は遠慮がちに聞いてくる。


「いいの?」


 その遠慮の気持ちがあるのなら、3月にいきなり押しかけて来た時に見せてもらいたかった。おかげで俺の生活は刺激だらけだ。


「うん。俺と一緒の時の外食費も生活費から出していいから。さっき二人とも自分の財布から出しただろ? さっきは皆の前だったから仕方ないけど、帰ったら生活費から埋めておけよ」

「先輩、ありがと」


 そう言って紗奈が満面の笑みを向け、札を受け取った。ちくしょう、その笑顔、可愛いじゃないか。今なら女子中高生に援助する中年オヤジの気持ちがほんのちょっとだけわかるぞ。


 こうして買い物が始まるわけだが、女子の買い物に付き合うのは過酷だった。舐めていた。これほどまでに重労働だったとは。逆に女子はどこにそんな体力があるのだと聞きたい。メンズ三人は基本的に荷物持ちだ。


 そして午後4時頃、一通りの買い物を終えてフードコートに着席した時のメンズ三人は一様にぐったりしていた。特に公太と圭介は学校からサナリーの教科書の紙袋も持っていたわけだし。


「ほい」


 水野がメンズの人数分のドリンクを買ってきてくれてテーブルに置く。それに続くように吉岡とサナリーもドリンクを持って着席した。


「あんたら情けないねぇ。女子の買い物に付き合うとか言っておきながら覚悟してなかったのかよ」


 吉岡は座るなり笑いながらそんな言葉を投げかける。えぇ、知りませんでしたよ。俺と圭介みたいにデートというものをしたことがない地味ィズならまだしも、公太のようにもてそうな奴までこの体たらくとは。しかも細マッチョの公太だ。俺は筋力と体力は似て非なるものだとこの時初めて知った。


「由香里先輩、茜先輩、今日は本当にありがとうございます。すごく助かりました」


 ジュースを一口吸うと梨花が言った。紗奈もそれに続く。いつの間にか名前で呼んで仲良くなってるし。俺としてはありがたいことだが。


「いえいえ。そうだ、サナリーの歓迎会しようよ」

「ん? カラオケか?」


 水野の言葉に俺は質問を返した。当初の誘い文句だったカラオケが浮かんだわけだが、しかしもう夕方だ。


「んー、カラオケでもいいんだけど。それより二年のみんなで晩御飯作って二人をもてなすのはどう?」

「いいね、それ」

「……」


 いや、良くないだろそれ。そんな提案するなよ。吉岡も同調するなよ。この後場所の相談をするのだろうが、それが俺にとっては恐ろしい。


「どこでやるんだ?」


 やはりきたその質問。その質問は余計だったぞ、公太。


「陸って広い家で一人暮らしじゃなかったっけ? しかも家政婦さん辞めちゃったんじゃなかった?」

「あぁ、めっちゃ広い。しかもタワーマンションの上層。確かに家政婦さん辞めたって言ってたな」

「「「……」」」


 はい、圭介の返しに言葉を失う俺とサナリー。


「じゃぁ、陸の家でやろうよ?」

「さんせー」


 おい、水野、圭介。勝手に話を進めるな。俺以外の2年目クラスメイトズは一斉に俺を見る。見るくらいなら勝手に話を決める前に、お伺いの一言を発してくれ。


 俺は自宅の風景を思い浮かべる。紗奈と梨花の私物は今どのようになっていたか。

 靴は? 通学靴以外の靴は玄関に出しっぱなしだったか? リビングは? 二人の私物はどうなっていた? 二人の生活感を絶対に見せてはならない。

 すると梨花が俺を向いて口パクをした。


「大丈夫」


 うむ、大丈夫だと言った。声には出していないが、確かにそう俺に伝えた。普段掃除や片づけをしてくれているしっかり者の梨花の言うことだ。ここは信じよう。


「わかったよ。俺の家でいいよ」

「やったー。早速親に晩御飯いらない連絡送るー。一回陸の家って行ってみたかったんだよねー」


 水野の言葉を皮切りに俺以外の2年目クラスメイトズはスマートフォンを操作し始めた。自宅への連絡だろう。


 こうしてショッピングモールを出た一行は、途中スーパーで買い出しをして、俺の自宅に向かったのである。

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