4.入学式~紗奈~
親友の梨花と、私の想い人である陸先輩との東京での同棲生活が始まって2週間。私は真新しいブレザーの制服に身を包んだ。中学の時はセーラー服だったからこれを着て登校するのが楽しみだった。今日は私がこれから通う海王高校の入学式である。
陸先輩は昨日私達より一日早く登校し始業式を済ませている。中学の時は学ランだったが、ブレザーにネクタイを結んだ陸先輩を見てキュンとした。
親友の梨花とは幼稚園からの付き合いでもう長い。12年が経ったのか。一回りを過ぎて13年目だ。昔からいつも一緒にいた。
私は小学生の頃から地域のサッカークラブに所属していて、いつも梨花はそれについてきた。梨花は運動が苦手なわけではないが、好きではないのでプレーはしなかった。
中学に上がると、運がいいことに女子サッカー部があった。グラウンドが広い中学校だったので、サッカーコートが二面確保できたからだ。私は迷わず入部した。すると梨花もマネージャーとして入部した。子供の頃からいつも一緒にいた梨花。その梨花と同じ部活の部員になれたことが私は嬉しかった。
しかし私は入部早々いじめに遭った。新入生ながら実力を認められ、三年生の練習に混ぜられたことが二年生の顰蹙を買ったようだ。けど私はサッカーを嫌いになりたくなく、いじめに耐えた。黙々と練習をこなし、いつも部活後は梨花が慰めてくれた。
転機が訪れたのは入学して1ヶ月が過ぎた5月のある日。私は部活が終わると片づけを始めようと動いていた。そこで一人の男子部員に声を掛けられた。
「ちょっと居残り練習付き合ってくんない?」
その男子部員はパッドの入った練習着に、グローブを着けていたので一目でゴールキーパーだとわかる。
「みんな居残り練習嫌がってさっさと帰っちゃったんだよ。君フィールドプレイヤーだろ? シュート打ってくんない?」
「片付けやっとくからこっちは気にしないで」
片づけをしている同級生を気にしていると、梨花が横からそう言ってくれた。それなら遠慮なくと思い。
「はい。私でよければ」
「一年生?」
「はい。日下部紗奈です」
「俺は二年の天地陸。よろしくな」
「こちらこそ」
彼は一学年上の天地陸先輩と言うらしい。これが私と陸先輩との出会いだった。
この後私と陸先輩は教務の先生が「帰れ」と呼びに来るまで二人で練習をした。その間、片づけが終わった梨花は傍らでずっと私達が終わるのを待っていた。
陸先輩は途中まで帰る方向が同じだと言うことで、梨花も連れて三人で下校した。梨花は私と近所なので家までほぼ一緒だ。
「女子にしてはいいキック持ってんだな」
「いえ、ありがとうございます」
私は誉められたことに照れて俯いた。
「休憩中に隣のコートで練習してるのが目に入って、日下部のシュート受けてみたいなって興味あったんだよ」
なんだか恐縮である。今までいじめに耐えて練習を頑張ってきて良かった。
同級生や一部の二年生は校外を走らされたり、雑用や声出ししかまださせてもらえない。三年生の練習に混ざっていなければ、陸先輩の目に留まることはなかった。そのおかげで今日はいじめがなかった。女子部の二年生からしたら男子部の同級生と一緒に居残り練習をしている私に、ちょっかいを出し辛かったのだろう。
「あ、あの……」
「ん?」
「また居残りのシュート練習付き合ってくれますか?」
「いいよ。て言うか、俺から誘ったんだし」
「ありがとうございます」
こうして私と陸先輩の居残り練習、そして傍らでそれを見守る梨花の行動は日課となった。しかしいじめは徐々に復活しつつあった。
それから数日してある日の練習後、私は陸先輩に居残り練習を申し出ようと近づいた。そこで聞こえた陸先輩と他の男子部員との会話。私はそれに衝撃を受けた。陸先輩は私が近くにいることに気づいていない。
「なぁ、なんでわざわざ一年女子の日下部と居残り練習やってんだ? 誘えば男子の一年だって断らないだろ? 惚れてんのか?」
「いやぁ、そんなんじゃないけど。あの子たぶんなんだけど、いじめられてんだよね」
「いじめ?」
「うん。女子はそういうのうまく隠してやるから本当にたぶんだけど。恐らく二年の女子から」
驚いた。陸先輩は私がいじめを受けていることに気づいていた。
「それと練習とどう関係があるんだ?」
「もうすぐ夏の大会じゃん? 日下部って三年の練習には混ざってるけど、メンバー発表がまだだからレギュラーってわけじゃない。それを実力でレギュラーを勝ち取ったらいじめがなくなると思うんだよ」
「確かに。大事な自分のチームの戦力、ましてやレギュラーには手を出せないわな」
「そういうこと。いじめに関しては彼女自身耐えてるから俺は何も口を出さない。そうかと言って見て見ぬふりはできない。それで俺ができることって何だろうって考えた結果が、居残り練習をして日下部をレギュラーに押し上げることだったんだよ」
「陸ってお人好しだな。けど、二年ながらキーパーのレギュラーを掴み取ってる奴だから説得力あるわ」
立ち聞きをするつもりはなかった。けど私は聞いてしまった。陸先輩の気持ちを。そして気づけば頬を涙が伝っていた。どんなにいじめられても一度も泣かなかったのに。
私が涙を拭って振り返るとそこには梨花が立っていた。梨花は私に向かって優しく笑いかけてくれている。そして言った。
「行こ? グラウンドで待ってれば先輩来てくれるよ?」
「うん」
私はこの時陸先輩には声を掛けずグラウンドで待った。陸先輩はやはり来てくれた。これがあって私は恋に落ちた。それから陸先輩のことが大好きだ。
私は居残り練習の甲斐もあって一年の夏からレギュラーを掴み取った。すると陸先輩の予想通りいじめはなくなった。しかし一つ問題がある。陸先輩は他の男子部員から「惚れてるのか?」と聞かれ「そんなんじゃない」と答えている。これは良くない。
私はそれ以降陸先輩にこの気持ちを体ごとぶつけた。陸先輩が卒業するまでの2年間ずっとだ。しかしその陸先輩は本気で受け取ってくれない。私が揶揄っているとか、冗談でしているとしか思ってくれない。挙句の果てには体ごとぶつかるものだから「サッカーに対してストイックなんだな」なんて言い出す始末。こんなに本気なのに、鈍感すぎる。
しかもそんな陸先輩は梨花のことが好きなように思う。梨花を見る時はいつも目がハートだし、デレデレしているし。梨花も梨花で陸先輩のことが好きなのではないかと疑っている。陸先輩に猛アタックする私をいつも邪魔するのだ。
梨花のことは大好きだし、親友だと思っている。許されるならこれからもずっと付き合っていきたい。けど、陸先輩に対する気持ちだけは譲れないのだ。
そんな陸先輩はあろうことか中学を卒業すると上京してしまった。馬鹿みたいだと思われるかもしれないけど、私は1年遅れで追いかけた。はっきり言って中学生のする行動ではないと思う。けど止められなかった。
必死で親を説得した。ただ東京に出てみたい、その一点張りで。よくもまぁ、たったこれだけの説得文句だけで親に迫ったものだ。するとそれを聞きつけた梨花までついてくると言い出した。まずい最大のライバルが追ってくる。
しかし、梨花の参戦は事態を好転させた。なんと私と梨花の親が、私達が共同生活をするなら上京を許すと言ったのだ。大好きな梨花だが、ライバルでもある梨花。けど親の説得に一役買ったことは疑いようもなく、私達は仲良く上京したのである。
ただ始まってみると楽しい共同生活。大好きな梨花と陸先輩に囲まれてとても充実している。
そして入学式のために登校した私は校門で受付を済ませると、上級生に案内されて教室に向かった。クラスは一年三組。梨花は一組で残念ながら別れてしまった。
教室に入り、名簿順に並べられた席を確認すると私は席に着いた。教室内では他に友達もいないし、私は一人大人しく席で座っていた。しかし廊下が何やら騒々しい。私は廊下に目を向けた。
「うおー」
歓声が上がる。そして廊下を埋め尽くす男子生徒。一様に教室の中を覗いていた。
「はぁ、またか……」
視線の先は疑いようもなく私だ。入学式早々これか。自分でこんなことは言いたくないが、中学の時からうんざりするほど男子が寄ってくる。けど私は三年間陸先輩一筋なのだ。全く他の男子に興味がない。
梨花はどうしてるだろ?
まだ始業まで時間がある。ここにいても友達もいないし、私は梨花の教室に遊びに行こうと思った。そして席を立って廊下に出た。
私の進路を空ける男子生徒達。すると上がる歓声とひそひそ声。私は男子生徒達の頭越しに梨花の教室を向いた。
「う……」
そりゃそうか。
私の目に映ったのは三組より更に教室を囲む男子生徒の数だ。一組の教室の前は人が通れないほどの人だかりになっていた。中には女子生徒までいる。お目当ては疑いようもなく梨花だ。
気の毒なことに二組の前だけぽっかり穴を空けられたように、教室の前が静まり返っている。この人だかりをかいくぐって梨花の教室に行くことはどうにも難しそうだ。
一度席を立ってしまった私は引き返すのも何だと思い、お手洗いに寄ってから席に戻ったのである。
「凄い人気だね。あれみんなあなたが目当てだよね?」
席に着いた途端、前の席の女の子が問い掛けてきた。椅子に直角に座り、更に腰を捻って私を見ている。
「どうだろ?」
私は曖昧な笑みを浮かべて答えた。しかし女の子は尚も続ける。
「私、
「私は日下部紗奈。A県から来たの」
「A県?」
柏木さんは、いや、今後名前で呼ぶことになるので遥と呼ぶ。この遥は驚いた声を上げた。
「引っ越して来たの?」
「うん、いろいろと家の都合があって。一組にも同じ中学の子がいるの」
「そうなんだぁ。よろしくね」
「うん、こちらこそ」
高校生活第一号の友達ができた。遥はセミロングの髪に、くりくりした目をしている可愛らしい女の子だ。
この後の話で知ることになるのだが、遥は同じ中学出身の生徒は男子しかおらず、とにかく早く友達を作りたいらしい。それならこちらとしても願ってもない。ぜひとも仲良くしてほしい。
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