騎士になるための朝

 日が昇る光が、窓から差し込み、私を眠りから覚まそうとする。それを手伝うかのように、小鳥たちは鳴き声の合唱を響かせる。それでも私はその重い瞼を開けることが出来ず、そのまま再び夢の世界へと歩みを進める。……そういえば、昨日の夜、早く起きないとって声に出して自分に言い聞かせていたっけ。今日って何か……


「そうだ! 今日は入団試験だ! やばいやばい、早く支度しないと!」


 そう! 今日は、私が絶対に入りたいと願っていた騎士団、『レアハーフェン騎士団』の入団試験日だ! 私はベッドから飛び起き、急いで服を着て支度をする。


(受験票の紙は絶対に忘れずに持って……えっと、今日は筆記だっけ? ああ、そうだ。面接と実技だった! そうだよね、筆記で合格したから今日もあるんだよね)


 今日行われる入団試験の概要をしっかりとその公的書面で確認し、しっかりと身だしなみも整え、斜め掛けのバックを後ろに回して、準備万端! 戸締りをしっかりと確認し、小さな一人暮らし用の家に別れを告げ、元気よく走りながら、レアハーフェン騎士団の試験が行われる城の区域へと向かう。


 私、ルベリ・ラビットアイが住むこの世界、中世界に存在する国、カトレア中立国。この国はいくつもの街でなっており、首都がここ、レアハーフェンだ。ここに王族が住み、国政と街政を行っている。

 騎士を目指すものにとって、レアハーフェン騎士団に入ることは誰もが夢見る、憧れの団だ。ここ、中世界とはまた違う遥か遠くの世界、現世界の人たちでいえば、東大や京大などの有名大学に入ることを夢見るようなもの。当然、私もその団に入るために、騎士養成学校に入り、レアハーフェンで一人暮らしを始めて今まで頑張ってきたし、騎士団に入って、一緒にこの国を守ろうと、親友と約束もした。


 ここ、レアハーフェンはとても緩やかな丘と平坦な土地が段々になっているところに位置している、カトレア国で最も大きな街であり、緩やかな坂がとても多い。しかも、その丘の頂上の部分にとてつもなく広く大きな城が築かれているから、城まで行くのにそれなりに時間と労力がかかる。なので、平坦な区域で少し休憩しながら城に向かうことにした。


「よお、ベリー。今日も元気に自主トレか?」

「いつも元気だよね~私にもその元気を分けてよ~」


 日が昇り、人々が本格的に活動し始める時間帯。大通りに人々が絶え間なく動き出す時間に、休憩として平坦な地区で歩いていると、上の方から二人の男女が降りてくる。私はその二人とはとても仲が良いので、元気よく挨拶する。ちなみに、”ベリー”とは、私の愛称だ。ルベリでは、少し呼びにくいだろうし、私も、ベリーと呼ばれた方が親しみがあって、とても嬉しいのだ。


「あ! デルバとマドア! おはよう! 今日もとても仲良く買い物?」

「買い物はあってるけど、仲良くは違うね! こいつが、荷物持ちが必要ってうるさかったから一緒にいるだけだよ!」

「あ、ひどい! そんな風に思ってたんだ! もう一緒にお風呂入ってあげないよ! 兄さん?」

「ば! ――良いか、ベリー。俺たちはそんなこと……」

「はいはい! 分かってるよ! じゃあ、私はもう行くね! 今日、レアハーフェン騎士団の入団試験なんだ!」

「お、おう、そうか! 頑張れよ! 早くベリーに、俺たちの店に変な輩が来たら退治出来るようになってもらわねえとな!」

「ベリー、頑張って! ベリーなら大丈夫だよ!」


 こうして、私たちは別れ、再び緩やかな坂を上り始める。今の二人は血の繋がっていない兄妹で、現世界では普通に存在する、“温泉”を、ここレアハーフェンで初めて掘って、大衆温泉場として運営している。実は、公表はしていないけど、二人はもう結ばれているのだ。騎士養成学校の中等部時代は、妹さんからよく話を聞いていたっけ。私はその当時のことを思い出しながら、城へと走る。


 レアハーフェンは坂が多く、大通り以外の脇道や裏路地もとても多く存在している。そういう所は大抵道幅が狭く、入り組んでいる。なので、大体の人が大通りを通るため、今のように知り合いに会う確率が高いのだ。逆を言えば、盗賊や裏商人などの裏社会の人間たちも、結局はこういう大通りに出なければいけなくなるため、捕まえることは簡単になっているらしい。


「おや、ベリーちゃん。そんなに走ってどこに行くんだい?」

「朝なんだからゆっくりしようぜ!」

「あ、武器屋のおじさんに万屋のおばさん! おはよう! 今日はレアハーフェン騎士団の入団試験だから、今の内に体を温めているんだよ!」

「おう、そうなのか! 頑張れよ! おめえが騎士になったら、武器をたくさん買ってもらうからな!」

「ベリーちゃん、このうるさいじじいの言うこと聞かなくて良いからねぇ」

「あん、なんか言ったかばばぁ!」

「なんも言ってないねぇ」

「もう、二人とも、お店お隣同士なんだから、仲良くしてね! 旅人が近寄らなくなっちゃうよ! じゃあね!」


 武器屋のおじさんに万屋のおばさん。主に旅人向けの品を売っている二人は、お店が隣同士なためによく口喧嘩をする。でも、二人ともいい人だから、気づいたら仲直りをしているのだ。

 二人からも応援してもらい、私はさらにやる気がみなぎる。私は張り切って、最後の坂を駆け上る。


「あら、案外早かったわね!」


 坂を上り切り、平坦な城層区の通りを歩いていると、後ろから、親友の声がする。私は歩きながら後ろに振り返り、彼女の訴えに応答する。


「やる気に満ちてるからね! 朝から元気じゃないと、受かるものも受からないよ!」


 そこにいたのは、私よりも小柄で、黒と金が不規則に混ざったロング、ぱっちりとした目、派手すぎないワンピース系の服を身に着けた、綺麗な顔立ちの少女。そう、この子こそ、私の親友であり、この国の王族である、王女カトレア。その綺麗な佇まいに、思わず見とれてしまう。

 カトレアとは私が小さいときに出会った年上の子だった。とてもお転婆で、遊んでいるとよくどこかへ行ってしまい、大人たちを困らせていた。今では、真面目にやる時はしっかりとするようになり、大人の雰囲気を漂わせている。


「久しぶり、ベリー! とりあえず、養成学校の通学、お疲れ様!」

「ありがとう、レア! でも、本番はこれからだからね! レアも、女王としての勉強、頑張ってよ!」


 カトレアは王女として、この国の王となるための勉強をしているらしく、私が養成学校中等部に上がってからは、あまり会うことが出来ていなかった。


「ええ、もちろん! これからだよね、入団試験! ま、ベリーなら大丈夫だと思うけど、一応、応援してあげに来たわ!」

「本当!? 嬉しいなぁ! ――ちゃんと、約束は忘れてないからね!」

「ええ、私も忘れていないわ! “お互いが目指すもので、この街を守ろう”っていう約束をね! 私は王族として、あなたは騎士としてね!」


 私たちは幼いころ、何気ない約束をしていた。それは幼い子供が抱くような夢だったが、今、現実として実現するところまで来たのだ。そういう意味でも、今日の入団試験は落とせないのだ。私はカトレアに手を伸ばし、カトレアも手を伸ばし、私たちは手を握り合う。カトレアの右人差し指には、銀色のリングが輝いている。


「うん。忘れたことなんてないよ! ――だから、行ってくるね。中には受験者しか入れないから、心で応援してくれると嬉しいな」

「ええ。応援するわ。――行ってらっしゃい」

「――行ってきます!」


 私たちは心通わせ、そして私はカトレアと別れて、騎士団の敷地へと歩き出す。小さいころから心に想っていたこと。それを実現させるために。

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