第一章 旅の始まり
カトレア国 レアハーフェン
ⅰ 合格通知
曇りなき青空は、まるで私を祝福してくれているかのように、この街を照らし出す。私はその祝福を一身に受けながら、街へと繰り出していた。 何故私がこんなにも気分が良いのか。それは、とうとう念願のレアハーフェン騎士団に入団することが出来たからだ。入団試験での面接は滞りなく進み、実技では自分でも満足のいく動きが出来たので、もしかしたらとは思っていたが、本当に合格してしまったのだ。
これで私は、最速組で入団試験に合格したことになる。その合格通知が今日来たのだ。その書面を改めて見て、あのレアハーフェン騎士団に入団出来たのだと実感する。騎士養成学校では色々あったが、……本当に色々あったが、これで十八歳で入団するという自分自身の目標を達成することが出来た。
「おめでとうベリー! これでまた一緒に居られるね~!」
「ありがとう! レア。でもこれからが大変だよ~」
私は合格通知が届いたその日にカトレアと街で会った。冷たい果物のスウィーツを食べ歩きながら、彼女と昔のことや、会えなかった時のことなど、様々なことを話す。カトレアは小さいころは、よく裏社会の人間に立ち向かったり、悪戯したりしていたように記憶している。そんな彼女も、今では立派な大人になり、若くしてこの国を治める王女になった。しかし、女王とは名乗らず、このことは一般には公表していないようだ。理由はわからないが、色々と王族の方で事情があるのだろう。そのため、護衛は基本付いていないし、服装も、入団試験で会った時と似た系統の服を着ている。
「王女の仕事はどう? もう慣れた?」
「うん、まあね! 色々大変だけど側近の人がサポートしてくれて、何とか頑張ってるよ!」
「それならよかった。でも、仕事だけじゃなくて、プライベートの方も頑張りなよ!全然そっちの方の報告がないから心配になるよ~」
「……ふん! 言われなくても頑張ってるよ! ベリーはいいよね! 騎士養成学校時代からの、年上で強い人が恋人でいるんだからさ!」
「まあね! でもお互い忙しくて会ってないんだ。ちょっと寂しいな~」
そんな会話をしていると、私たちは、いつの間にか人気のない下り坂の裏路地に入っていた。それと、さきほどからいつもはしない匂いも漂っていて、私は嫌な予感がした。
「レア、何か嫌な感じがする。早く通りに出よう」
「おっと! 通りに出すわけにはいかないな!」
私はカトレアと大通りに出ようとしたが、前後の建物の陰から男が二人出てきて、そいつらに阻まれる。そいつらは顔を布で隠し、色々な小物をぶら下げていて、その見た目からして人さらいの連中だと分かった。そういえば、他の街では数人の行方不明者が出ているという情報を思い出す。
私は、顔には出さないようにしているが、内心とても焦っていた。武器もないし、この狭い所で挟まれている私たちは不利な状況にあるという考えをしてしまったからだ。
「なるほどね、この“誘いのお香”でここに誘い込まれたわけね。それに、この私が気付かないほど強力な、魔力の気配を消す薬も使ってるみたいね。高かったでしょう?人さらい専門の魔具で、薬も簡単に手に入るものではないもの」
カトレアはその知識を使って丁寧にその魔具の解説を行う。カトレアのその落ち着きのおかげで、私は少し落ち着きを取り戻せたように思える。落ち着いているうちに、何か使えるものがないか、頭の記憶を巡る。
「ああ高かったぜ! だがお前らみたいな若い女を売っちまえば大金が手に入る! だから大人しく捕まれ!」
そう叫びながら、人さらいの男たちが一斉に近づいてくる。再び焦った私はとっさに、
「こ、これを見ろ!」と入団試験の合格通知を前の男たちに見せていた。
「私はここ、レアハーフェン騎士団の入団試験に合格したんだぞ! どうだ! 参ったか!」
しばらく間があり、
「合格したから何だってんだ! 今までどれだけの騎士団員に追われたと思ってんだ! 肩書だけでビビってたらこんな商売やってねぇんだよ! やっちまえ!」
と言い返されてしまった。当然だ。手馴れている雰囲気の相手に何をやってるんだ私は。焦っている暇はないと本能で理解した私は、合格通知を手早くしまい、襲ってくる男たち二人に集中する。後ろの二人はカトレアが何とかしているだろう。彼女は魔法の熟練者なのだ。
私は掴みかかってきた男を横に避け、顔面にボレーキックを入れそのまま振りぬいた。すると下り坂の影響か、予想以上に男が吹き飛び、その後ろの男も巻き込まれた。なんだがあっけなく戦闘が終わってしまったが、少し安堵する。私はカトレアの方を見ると、男二人を光の縄で縛っているところだった。
「ベリー、あなたって容赦ないのね!これからはあなたには喧嘩を売らないことにするわ~!」
「今までレアに喧嘩を売られたことなんてないよ! 売ったことならあるけどね!」
私は話しながらカトレアに近づいた時、「この野郎!」とさっき蹴った男がナイフを構えながらカトレア目掛けて突っ込んできた。
「やらせない!」
私はとっさにカトレアの前に走り、突きを手で止めたが、力負けし、首元を切り付けられた。瞬間、痛みが体を巡り、その痛みで体の自由は奪われる。傷は深くないと思うが、かなり出血しているのが分かる。首から溢れ出る血が地面へと滴り落ち、血だまりが出来始めている。気づくと、後ろでカトレアが何か叫んでいる。でも何を言っているのかはわからない。頭が朦朧として、うまく働かない。
(――カトレア――近づ――させな――)
ただひたすらに男を払いのけようともがく。そうしている内に、目の前が暗くなっていき、意識が遠のいていく。そして、倒れ込み何もかもが暗転していった。
――――――――
…………ゆっくり目を開ける。そこはよく見慣れた天井だった。騎士養成学校でよくケガをしたときに見た天井、病院の天井であった。
(ああ……私……人さらいに切られたんだ。でも首を切られたのになんで生きてるんだろう。出血多量で死んでもおかしくなかっただろうに。……ああ、レアが魔法で助けてくれたのかな……あとでお礼を言わないと)
そう考えていた時に、誰かが近づいてきた。その人が顔を覗き込んでくる。
(ルキ!なんでここにいるの?)
そこにいたのは私の恋人であるルキだった。彼は王女直属の聖騎士部隊に配属されて、忙しいはずなのに、ここにいた。話しかけようとしたら、口が動かないように拘束の魔法がかかっていたため喋ることが出来なかった。私の表情を読み取ったのか、ルキは話し始める。
「ベリーが斬られたと聞いて、すぐに戻ってきた。裏路地で大量の血だまりの上に倒れていた時はもうダメかと思ったよ。だが王女様が魔法で止血と手当てを施していて、大事には至らなかった。全く、無理はするなといつも言っているだろう。ちゃんと武器も持っているように言ったはずだ。そもそも――」
彼の話は長くなりそうだったが、私は嬉しかった。普段は口数が少ない彼が、こんなに積極的に話している。いや、普段は私が喋りすぎてるだけかも。とにかく、かなり心配してくれているのだろう。それに大量の血だまりがあったのなら、血で汚れたはずだ。申し訳ない気持ちでいっぱいになったので、次に会った時に謝らなければと思った。
「――だが、王女様を守ってくれて、ありがとう。これからは自分の身もちゃんと気にしてくれよ。はっきり言って、王女様は一人で国を相手にできるくらい実力があるんだ。分かったかい?」
私はうなずいた。そしてルキに促され、再び目を閉じた。今回のような不貞の輩を取り締まるのは騎士団の仕事の一つだ。入ったあとはこんな失敗はしないようにしないと。そう決意をもって、眠りについた。
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