ⅴ 仲間

 その日の朝はいつもよりも早く起き、カトレアがまだ寝ている間に城を出て、自分の家に戻る。そして、旅に出るための準備を始めた。まずは家の掃除と整理整頓、使えるものを探す。一人暮らしをしてから、物を多く買うことはなかったが、人からのもらい物が多いため、それらを中心に整理していくことにしよう。倉庫代わりにしていた小さな部屋の中へと入り、ヘレナからのもらい物、騎士養成学校時代で使ったもの。一人暮らしと言えど、それなりに溜まった物たちを引っ張り出し、使えそうなもので、私はもう使わないものはおばさんの万屋などのお店に持っていくため、別のカゴへと入れる。


 整理をしながら、一人暮らし祝いで父さんからもらったリュックがあることを思い出し、それを目的に漁りだす。貰って以来一度も使っていないので、これを機に使い始めようと思ったのだ。


(えーと。あったあった! これこれ! 父さんから貰ったリュック。見た目は小ぶりなのに、かなり収納できるやつだ。たしか、母さんに頼んで、空間を広げる魔術をかけてもらったんだっけ。今思うと母さんってかなりすごい魔術師だったんだなぁ)


 私は小学部から騎士養成学校に通っていて、最初は父さんと母さんと一緒にここに住んでいたが、中等部を区切りに一人暮らしをすると言ったのだ。


(今は、『若いころに出来なかった』って、一人で旅に出ちゃってるんだよね。父さんも父さんで仲間たちと旅してるみたいだし、本当に元気だよね~。私が一人暮らしをするって言ったときのあの反応。絶対に内心喜んでたよ。まあ、二人が楽しんでくれているなら、私は別に良いんだけど。今も元気かな? 連絡先教えてもらえばよかったな~。まあいずれ会えるよね)


 そんな思い出を思い返しながら、他にも使えそうなものがないか漁る。途中、団長からピアスに連絡があり、「旅に出て帰ってくるまでお前は休んでいろ」と公式に通達が来た。これで旅のことを第一に考えることが出来る。団長の気づかいに感謝しながら、結局、その日はお店が閉まるぎりぎりまで整理で終わってしまった。始める前と比べたらとてもスッキリして、見た目がどことなく綺麗になった部屋を見渡して、両腰に手をついて一息つく。時間が時間なので、お店に持っていくのは明日に回すことにし、今日はそのまま眠りについた。


 ――――――――


 その日も街が起きる時間ちょうどから活動し始める。街門が開き、お店が発注した品を受け取りに動くこの時間。私は、この時間の光景を見るのが好きだ。これからまた予測不能な一日が始まるんだと、その予想できない出来事を想像して楽しむことが出来る。


 さて、私は、荷下ろしの商人団の荷馬車に紛れ、いつものおばさんのお店に行き、気前のよいおばさんは、なんと全部買い取ってくれたのだ。私は嬉しくなり、当初予定はしていたが、そのままそこの万屋で旅に必要なものを買うことにした。


(何が必要かな。テントはバックに入るし、買っておこうかな)


 父さんのリュックがあれば、基本的なものは持っていける。その容量の大きさが、逆に何を持っていこうかと悩んでしまう。商品棚の前で悩んでいると、後ろから誰かに肩をポンポンと呼ばれ、振り返ると、なんと、そこには、紐で止めた保護眼鏡を首にかけた、ルキの魔法弟子である、シラーが笑顔を咲かせながらそこにいた。その後ろには、茶色のミディアムで、細い眼をした、シラーの師匠のルキが、身長が高いので、立っているのが分かる。

 

「あれ? ルキに……シラー! 二人が一緒にいるの、久しぶりに見たな~。シラーは元気? 卒業以来だよね? 今はどこ所属なの? 警備隊にはいないよね? 養成学校の時みたいに、班の男子たちをいじめてない?」


 シラーだけでなく、養成学校の年上の友人たちは卒業して以来会えていない。そのため、一気に質問がなだれ込んでいってしまう。それほどに、嬉しいのだ。


「会って早々うるさいな! あたしはいつでも元気だよ! 今は機動警備隊の班長やってる。班の男子たちはみんな口だけの奴らばっかだから、力の差を見せてやってるよ! そうしてると、あたしに首を垂れてくるから、パシリに使ってやってる! だから、いじめてはないな! よく罵倒はするけどね! ふん、ざまあないね!」


 シラーは、騎士養成学校中等部で初めて知り合った年上の友人で、学校時代は主に武器の合同授業で競い合った仲だ。まあ成績で言えば全部勝ったけれど、授業での勝負は負け越している。気が強く、吊り目なためによく男子が怯えていたな。それでいて、金髪のポニーテールがよく似合う美人で、よく告白されていたらしいが、好みじゃないとビンタだけして帰っていたらしい。全く、暴れ馬のような子だ。学校時代からルキの弟子として魔法、魔術を鍛えている。……実を言うと、ルキの恋敵でもあったが、今も昔も、大切な友人だ。


「どうしたの? 二人もなにか品を見に来たの?」


 素朴な疑問を二人に投げかける。本来であれば、ルキは王族……つまりカトレアから直々に指令をもらって動く、聖騎士部隊の一人だし、シラーの機動警備隊は、街の外、郊外で旅人や商人団などの一般人を、盗賊や魔物から守るために警備する部隊なので、ほとんど街の中にはいないはず。


「うん、まあ、そんな感じ? ……えっと、ほら師匠! 説明しなよ!」

「ああ……ベリー、実は、俺たちも旅に同行することにしたから、よろしく頼む」


 真っすぐに私の方を見ながら言うが、よく状況が整理出来ずにいた。そもそも、なぜ私が旅に出ることを知っているのだろうか。その諸々の疑問を察知したのか、シラーが説明してくれる。


「いやいや、それじゃ分からないでしょ! はあ……えっとね、実は師匠が、あなたが王女の部屋に入ったところを偶然見て、次の日に王女に伺ったんだよ。そこで、ベリーが、魔界の扉を封印しに旅に出ることを知って、自分も行くってその場で言ったんだよ。そして、あたしもその話を聞いて、ついていくことにしたんだ。あんたと師匠だけだと心配だからね!」


 そういうことか。カトレアは、あの事を話したのか。それなら私にもピアスで教えてくれればよかったのに。――でも、ルキとシラーが来てくれるのはとても心強い。二人とも、養成学校でもかなりの実力を持っていたし、ルキに関しては、珍しい、『魔法騎士』だ。二人が居れば、百人以上の戦力に相当するだろう。


「ありがとう、二人とも! 二人が居れば、旅は成功したも同然だね!」

「全く、期待しすぎ! まあ、成功はするだろうけどね! ――あ、ちなみに、他にも何人か友人たちに話したら、四人が付いていくって言ってくれたよ。言っとくけど、あたしは話をしただけだからね! 強制してないからね! とにかく、あんた以外にも旅に出る人たちがいるからってことだから! 午後にその内のメンバー二人と会うからあんたも来なよ。誰かは会ってからのお楽しみということで!」


 私が知らない所でかなり話が進んでいたみたいだった。でも、騎士養成学校時代の友人たちと旅が出来て、とても嬉しい。こんなにも心強い同行者は他にないだろう。私は、二人と一緒に、色々と役に立ちそうな道具を探し、何品かだけ買ったのち、午後に会う時間まで食堂で時間を潰した。


 午後になり、他のメンバーと落ち合う約束の広場へと向かう。シラーの話では、その二人も年上らしい。うーん、学校時代では年上の人たちとも結構話したりしたし、一人は心当たりあるけれど、あと一人は全く思い浮かばない。


「お~~い! ベリー! こっちこっち~~」


 広場に着くと、私を呼ぶ声が聞こえていた。聞き覚えのある声の持ち主を思い出しながら、声のした方へと行くと、この伸びやかなでゆったりした調子の声の持ち主は、記憶通り、リリの声だった。養成学校時代では、色々と関りがあり、主に相談に乗っていた思い出がある。まあ相談というよりは、ただ話を聞いて、私なりの意見を言っていただけだった。首に美麗なアミュレットをかけていて、かなりの美人、左目の下にある泣きほくろが目立つ。黒髪の毛先がエメラルドのグラデーションがとても美しく、とてもきれいだ。しかし、彼女、話し方やその独特な雰囲気で、近づく男子たちはほとんどいなかった。


「ふん。なんだそのお気楽な顔は。全く、お前が何をするために旅に出るのか分かっているのか?」


 もう一人は、予想通り、ハンだった。養成学校時代では、おそらく彼女と一番多く戦った人物は私とシラーだけだろう。それくらい彼女と戦い、お互いを高めてきた。まさ現世界人がよく使う、切磋琢磨という言葉がまさに当てはまる。つんつんに立った銀髪とその目付きの悪さ、顔の複数の傷痕に男勝りな話し方はシラーよりも男子たちを怯えさせる。


「二人とも久しぶり! 二人も、魔界の扉を閉じる旅に志願したんだって? シラーから聞いてびっくりしたよ! 私は嬉しいけど、本当に良いの?」


「当然だ。ベリーが心配だからな。お前は、私のライバルなんだ。魔物なんかにくたばってほしくないのさ。それに、己を鍛える、良い機会だと思ったからな。俺はまだベリーに負け越している。勝ち逃げはさせないぞ」


「はいはい! ハンは相変わらずの好戦的だね! そんな感じだと、騎士団でも親しい人は少ないのかな?」


「ふん、弱い者には興味がないからな。それに、聖騎士隊は基本一人だからな」


「大丈夫だよ! 私はずっとハンの友人であり続けるから! 友人であるように強くなっていくから、安心して! それと、一緒に居てくれて心強いよ! ありがとう! ……それにしても、ハンって、聖騎士だったんだ! すごいね!」


「すごいよね~~私はまだ機動警備隊の部隊長なのに~~先越されちゃったよ~~このままじゃ、ヒストルム家の偉大さが薄れちゃうよ~~」


 こうして、久しぶりにあった私たちは、しばらく談笑した。まさか、一人で行くつもりだったが、こんな多くの友人たちが、一緒に旅に出てくれるなんて思ってもみなかった。心がとても温かく、油断すると涙が出てしまいそうになる。そこをなんとか耐え、談笑を終えた私たちは、一旦解散し、各々準備を完了させて、旅に出る日、街門に集合することを決めて、解散した。帰る際、残りの人たちが明日、ここに来るらしいと聞いたので、私は明日、再びここに来て、旅に同行してくれる人たちに挨拶をすることにして、その日を終えた。


 ――――――――


 緋陽照らす午後。そこの広場には人一人いない。旅に同行してくれる人が来ると聞いていたが、誰もいない。もしかして、忙しくて来られなかったのだろうか。そう思ったが、明らかに人の気配がする。一体、どこだ……草むらか? それとも木の上? 私は感覚を研ぎ澄ます表象を頭に作る。恐らく、二人の人がいる……そのうちの一人は、……後ろ! 私はさっと振り返り、バックステップで距離をとる。しかし、背中には木の枝がくっついていた。それに気づいたと同時に、それを仕掛けた犯人が、私に話しかけてくる。


「ふふ。まだまだだね、ベリー君。木の枝が剣だったらもう死んでいるよ」

「サルトさん!ということは……」

「そ、私もいるよ、ベリー!」

「ダリアさん! 二人とも久しぶり! もしかして、二人が?」

「そうだよ。僕たちもベリー君の力になりたいのさ」

「あなたには色々とお世話になったから、今度はこっちが恩返しをする番よ! よろしくね」


 大きめの道具袋を腰にぶら下げたその人は、黒髪ミディアムと半開きの目によって、穏やかな雰囲気を醸し出しているサルトさん。ダリアの髪飾りを付けた気品あふれるその人は、きれいな顔立ちで、明るい茶髪のロング、アーモンド型の目を持っており、まさに大人な雰囲気のダリアさんは元騎士で、今は弓術師をしている、大先輩の人たちだ。要請学校時代から講師として時々居たので、面識があり、色々とお手伝いをしていた。おかげで、使わないのに弓の作り方を覚えてしまったり、魔物でない野生動物の簡単な捌き方などを覚えることが出来た。まさか、この二人が来てくれることにあるとは思ってもいなくて、ついダリアさんに抱き付いてしまった。


「私たちが居る限り、魔物に手出しはさせないわ。無限なる可能性を秘めたあなたを、絶対に守ってみせるから、よろしくね」


 とても心強い言葉をもらった私は、二人に付いてきてもらい、一緒に買い物に付き合ってもらった。年上だが、そんなことを気にすると逆に嫌がられるので、そのことを考えないように接している。二人のおかげで、その日のうちに、良いものを揃えることが出来た。あとは、旅の持ち物を整理して、特訓をしよう。二人によると、私があった友人たち以外に、他に志願者はいないらしい。つまり、これで仲間はそろったということだ。後は、旅立つ日までに、出来ることをやっておこう。――その一つとして、まずは旅に出る前に、今のうちにこの街を満喫しようと思う。そして、この素晴らしき優しい街の存在も、心に刻もう。そう思いながら、その日を終えた。


 その夜、団長から連絡があり、私の代わりの部隊長をもう選出したみたいだ。しかし、帰ってきたらまた部隊長として頑張ってくれと言われ、団長は、色々と配慮してくれるみたいだ。元班員のみんなにも団長から伝わったらしく、連絡をくれた。――とても嬉しくなり、同時に、出来る限り生きて帰ってこようと、強く思ったのだった。

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