ⅳ 相談事

 いつものように、小鳥たちのさえずりで目を覚ます。しかし、目覚めはいつものようにさっぱりとはならず、少し気が重い状態のまま、朝ごはんを作り、騎士団の制服に身を包み、出動する。


 私は、団長からの直々の指令で、第五警備隊の部隊長に着任した。それは騎士団から期待されているということで、班のみんなからは祝福され、昨日はちょっとした着任祝いの会を開いてくれた。といっても、酒場で、私以外の皆がお酒を飲みながら談笑しただけだったが。そのせいで、寝起きの状態はひどかった。短い髪が珍しくぼさぼさで、目はまだ眠そうに蠢き、あくびが止まらない。ああ、団長が眠りたいと言っていた気持ちが今ではいやというほど分かる。


 結局、具体的に部隊長は何をすればよいのか、詳しくは知らされなかった。団長からは、第五警備隊が担当しているエリア全般の管理をすれば良いといわれている。班長の時に報告していたことを、今度は私がまとめればいいのだろう。ああ、週一でやってた班長会議にも部隊長がいたな。この分だと、部隊長会議なんてものもあるのだろう。

 

(班長から一気に難易度あがったな……)


 なにせ班は一部隊に二十班も存在する。当然、情報量はそれに比例して増える。……頭が痛くなるのでこれ以降は考えないようにした。ひとまず、魔具のピアスで第五警備隊の班長全員に挨拶をする。このピアスは、騎士団から支給される主に連絡用として使用するもので、登録されているピアスや、心通わせた人同士で、大人数と一度に連絡することも出来る優れものだ。


 連絡をした第五警備隊の班長の中に、ヘレナがいた。騎士団の決まりで、元班員のみんなは第十から他の部隊の所属に代わったのだ。それで、運よく、元班員の皆は、同じ第五警備隊に所属しているが、今の私にとって、このことが唯一の救いだといえるだろう。一人で行動するのも悪くはないが、ひとまずみんなの班と共に行動することにしよう。団長は、普段の行動については特に言ってなかったので、おそらくは部隊長も街で騎士活をして良いということだと思う。だとすると、基本は今までと同じだろうから、今日も今までの班と一緒に、早速、素人らしき“裏の住人”を追いかけた。


「私が先回りする!」


 いつもやっているように私が自慢の速さを生かして建物の上を使って先回りしようと仕掛ける。しかしその男は私が先回りする前に、運悪く近くにいた住人の子供を人質にとってしまった。


「おらぁ! 近づくとこいつの命はないぜ!」


 その男は小型のナイフを子どもの首元に設置している。少しでも力を込めれば、首は切られてしまうということがすぐに分かった。こうなっては迂闊には手を出せない。先ほど、ヘレナが三人別ルートで追わせたので、後ろから仕掛けることはできるかもしれないが、不安要素が多い。くそ! どうする…………解決策を必死に考えていると、見慣れない誰かが輩の後ろの方から近づいていく。輩は私達に注意を向けているのか、その誰かには気づかない。


「力なきものを盾にするのは許せませんね」


 よく見ると、その誰かは眼鏡をかけた若い青年だった。その青年はそう言うと、輩が反応する前に顔に一発拳を食らわせ、子どもを引きはがし、解放した。


「痛って……なにすんだこのやろう!」


 輩がその青年に殴り掛かろうとしたところで、私は、輩が怯んだ一瞬の内に近づき、裏拳を食らわせた。そして、怯んだところを、後ろの裏路地に待機していたヘレナが拘束し、その場は落ち着く。私は、輩を殴った人物に近づき、話しかける。見た雰囲気、明らかにこの街、いや、この国の住人ではことは明らかだ。恐らく、現世界の人間なのだろうか。


「協力、感謝します。ですが、一般の人が関わるのは危険なので、今後は控えてくださいね」


「すみません、ついイライラしてしまって。力なき者が無慈悲に屈服されているところを見てしまうと、つい体が動いてしまうのです。昨日も、郊外で旅人が魔物の群れに襲われているところを助けました」


 魔物の群れ……私はその言葉が引っかかった。魔物の群れはあまり出現しない現象なはずで、カトレア国、しかも首都レアハーフェンの郊外では滅多に出現しないはずなのだ。たまたまだろうか。


「郊外でそんなことも……あなたは一体……」

「なに、ただの、物好きな現世界からの旅人ですよ。中世界に来て今回で三回目ですが、やはりここは雰囲気がとても良い。現世界の空気はもはや浄化不能なほど穢れている。社会の雰囲気も生きづらい人には生きづらい。救済措置なんてあって無いようなものだから、合わない人は人知れず外れていき、“裏の住人”に食われていく。現世界も、中世界のような雰囲気を見習うべきです。そうすれば救われる人が大勢出てくる。私はそう信じているのです」


 現世界出身の人はそんなことを言った後、会釈をしてこの場から立ち去った。やはり現世界からの人間だった。現世界の人が中世界に来ることは別段珍しいことではなく、手続きや様々な制限、なにより船旅で来るために時間がかかるが、よく観光として来たり、現世界の学生たちが、修学旅行としてここにくることもあるみたいだ。だけど、今の旅人はただの観光客とは言い難い、言葉では表せない何かがあると感じた。その雰囲気を感じたため、普段、この街の住人などには滅多に使わない敬語を、つい使って話してしまった。


 こんなこともあった部隊長初日は、これ以降も、新人の盗賊たちや悪徳商人たちを捕まえたり、追い払ったりして、その日を終えた。みんなと解散するときに、班長との軽い報告会をピアス上で行った時、多くの班から近郊で魔物の群れを見たという旅人や住人たちの情報が集まり、一応、団長に報告して、部隊長初日の騎士活は終わった。


――――――――


 ――――それから三ヵ月くらいたったある日、いつもの報告を済ませた後、家に帰っているとカトレアからピアスに連絡がきた。どうも、相談したいことがあるから城に来てくれということだった。私は、最近よく魔物の群れが報告されていることについて関連しているかなと思いながら、緩い坂をのんびりと歩きながら、城へ向かった。


 騎士団棟とはまた雰囲気の違う、高貴で上品な装飾や彫刻、柱などに彫り物が成された王族棟。そこを歩き、階段を上り、居住部屋が連なる階層に到着する。カトレアが住む部屋の扉の前に行き、ノックをしようとしたが、その前に扉が開き、眩い笑顔を咲かせるカトレアが出てきた。彼女は、部屋用の可愛げのあるローブを羽織ってり、大きさが合わないのか、袖から手が出て来ておらず、足元も引きずって居たので、私も自然に笑顔になる。


「こんばんは! ベリー! こうやって会って話すのは久しぶり? とにかく入って入って~!」


 私は、王族の居住部屋に入るのは初めてで、変に緊張してしまったが、明るく迎え入れてくれた、カトレアのおかげで緊張が解けた。全く、実質的な女王になっても変わらないな、この子は。

 

 一人が使うには広い部屋に入り、中央にある丸テーブルの席に案内され、冷たい紅茶を用意してくれた。私は少しだけ、飲みながら部屋を見渡してみる。そこは、流石王族が住む部屋だろう。騎士団長の部屋にあったような旗が一組、そして、大体の地形を現した世界地図が目に入った。よく見ると、その地図の正式名は、『中央大陸世界地図』と書いてあった。

 私が部屋を見渡していると、自分の分の飲み物を持って、カトレアも隣の席に座った。ニコニコ笑顔になりながら、話しかけてくる。


「ベリー最近すごいよね! 若くして部隊長を任されるのは少ないケースよ!? やっぱり私の見込みは間違ってなかったわ! このまま早く聖騎士まで来てよ! そうすればずっと一緒に行動できるよ~!」

「え~、ずっとはいやかな~。偉大なるおうじょさまと、お供するなんて気が張って落ち着かないよ! 私は街を警備してる方が性にあってる!」

「もう、そんなこと言って、本当は一緒に居るのが恥ずかしいのでしょう? ベリーったら恥ずかしがり屋さん~! まあ、そういうことにしといてあげる!」

「なんだって~、そんな生意気なことを言う口はこれか~?」

「いは! はへて~」


 そんな何気ないやり取りをしてすぐ、美しく気高い顔が、真剣な表情になり、カトレアは本題を話し始めた。


「相談事というのはね。ベリーも気づいていただろうけど、以前から他の国では、魔物が増加傾向にあって、近年でも、ゆっくりとカトレア国内でも増加していたの」


「そうだったんだ。だから、最近よく、魔物の群れの目撃情報が届いていたんだ」


「そうなの。それで、原因を探るために、レダラム帝国が調査をしていたのだけれど、その増加の原因が、ここから遥か北方向で、魔界の扉が開いたことだったの」


「魔界の扉……」

「ええ。それで、帝国は一回、封印するための部隊を編成して仕向けたのだけれど、ダメだったみたいね。それで、周辺の中小規模の国に部隊を送るように依頼が来たのよ。私個人としては、帝国のような規模の大きい国同士が協力すればいいと思っているのだけれど、あの帝国はあまり良い噂を聞かないし、大きい国に戦争を仕掛けていて、今もいくつかの国と戦争状態にあるみたい。だから、頼むことが出来ない状況なのだと思うの。そんなことを言っている状況じゃないのに、見栄を張っているのね」


「良く分からないけど、帝国っていうのは、色々と大変なんだね」


「そうね。私はああいう堅苦しい生き方、あまりしたくないわ。それでね、この帝国からの依頼は、強制力なんてないから、断ることも出来る。でも、この国の、他の街では、死亡者報告こそないけれど、やはり魔物の被害報告が多く上がっていて、以前から、騎士団にお願いして、総合活動隊を派遣しているの。でも、もしこのまま時間が経てば、もしかしたら魔物の群れがこの街にも襲いにやってくるかもしれない。あのね、ベリー。正直に答えてほしい。この依頼は断るべき? それとも受けるべきかしら? 意見を聞かせて?」


 …………私の知らないところでそんなことになっていたなんて、思いもよらなかった。私の知らない間に、魔物の脅威は、徐々に迫っていたなんて。――――いずれこの街にも来るかもしれない。ましてや他の街ではすでに被害が出ている。……私の心が、……私の単純な心が、激しく揺れ動き、叫んでいる……心の中で、意見が確定した。その意見を、落ち着いてカトレアに向けて発信する。


「私は、受けるべきだと思う。やっぱり、こういう問題は、先送りや人任せにしてはいけないと思うよ。この国の街に被害が出ているならなおさらね。だから、受けるべきだよ。――そして、私がその部隊の一人として行くべきだと思ってる。心がそう言っているんだ。私の信念は、この国を、この街を守ること。だから、この国を守るために、私は行きたい。行かせてほしい」


 これが私の素直で純粋な気持ちだ。嘘偽りのない真っすぐな心が導き出した意見だ。カトレアは、この意見を聞いて、少し俯く。そして、何かを決意したのか、しっかりと私の眼を捉えて、力強い声で私の答える。


「……うん。そう言うと思ったよ。そう言うと思ったから、話すべきかすごく悩んだ。実は、この依頼が来たのは二ヵ月前で、王室の議論では、増加速度は速くはないので、帝国と他の国の連合部隊が解決するだろうと判断して、見送る方針だったの。でも、依頼が来る前から魔物は増加傾向にあるのなら、本当にそれが正しい選択なのか、不安になって、あなたに相談したかった。けれど、部隊長として頑張っているあなたの姿を見て、なかなか言い出せなかった。ごめんなさい。…………、でももう、私も覚悟を決めるわ。ベリー、私の親友として、私の頼みを聞いて。魔界の扉を閉じてきてほしい。私はここに残って、あなたの帰る故郷を守るわ。だから、どうかお願い」


 彼女にとって、その選択がこの国にとって最善なのか、悩みに悩んでいた。それでも一人では答えが出せなくて、そして今日、私に相談してくれた。一人で抱え込まなかったことはとてもすごいことだし、私が派遣部隊として行くことを受け入れて、私が帰る故郷を守ると言ってくれた。その全てが嬉しくて、私はあの銀色のリングがはめられた、カトレアの右手を包むように両手で握りしめ、彼女の決意に返事をした。


「うん、引き受ける。だから、どうか、私の故郷を守ってね」


 私たちはそう言い、お互いを抱き締めた。ただ、ひたすらに。彼女は、普段は余裕のある態度をとっているが、人一倍に心が脆いのだ。だから、もしこの旅で死んだら、恐らく悲しむだろう。悲しみが軽減できるように、今、私の存在をここに刻む。余計悲しませてしまうかもしれないが、今の私に出来ることはこれしかないと思っている。そして私も、彼女の存在を、心に刻む。




 ――しばらくして、詳しい話をする。準備を行う必要があるが、それでも一週間経つ前には旅立ちたい。他のいくつかの国はすでに依頼を受け、旅立ったらしい。他の国が動くのならそこの部隊に加われば良いだろう。大勢で行く必要はないだろうし、正直なことを言うと、頼みづらい。さて、これから準備が大変だ。まずは家の片づけと食料保管庫を空にしないと。あと団長にもこのことを伝えないと。とにかく、今日はカトレアの部屋に泊まらせてもらい、明日からの準備に備えることにしよう。そうして、その日は、カトレアと一緒に眠りについた。クリスタルのように輝く涙を流す彼女を正面に見ながら。

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