ⅲ 信念

 朝のレアハーフェンは、朝日に照らされ人々が活動を始める。街門は開かれ、商人団らが各々の商売や、依頼された品をお店に運ぶためにその荷馬車を運転する。


 私が入団して、新人として悪党どもと激闘を繰り広げ、今日で一年、今年で二年目に入る。今日は、先日に届いた手紙で、団長から直々にお呼び出しがかかっていたので、城の団長室へ向かっている。一体どんな要件で呼ばれたのか、全く理解できていない。何か悪いことでも知らないうちにしてしまったのだろうか。確かに、盗賊との戦闘で街の家屋を壊してしまった時はあったが、住人には怪我一つさせたたことがないし、注意を受けることはなかったはず。……もしかしたら、今日これからまとめて注意されるのだろうか。なんだか不安になってきた。


 班のみんなには、集合時間を決めて、間に合わなかったら先に行くように言ったが、出来れば警備の負担を減らすために早く合流したいと思う。


 美麗な廊下を歩き、騎士団棟にある団長室につく。私は息を吐き、扉を三回たたき、入室する。とても綺麗に整えられた広い部屋には、国紋が施された明るい緑の旗と暗い緑の旗が交互に、両脇の壁に懸けられ、高そうな棚の上には、王族から授与されたであろう、メダルや盾が多く飾られている。そして、その広い部屋の奥に、大きい机があり、そこの椅子に、団長が座っていた。がっちりした体にあの強面の顔。この人こそ、約三万人が所属するレアハーフェン騎士団の団長、レオナルド・フレッド団長だ。彼の数多の武勇伝は、多くの男性たちを騎士の道へと引き込むほどに、騎士として憧れの存在らしい。最も、私が彼の武勇伝の一つを知ったのは、騎士養成学校高等部の時の、弓術の講義の先生の余談の時だったのだが。


「失礼します。レアハーフェン騎士団第十警備隊二〇班班長、ルベリ・ラビットアイ、到着しました」

「……早いな、約束の時間までまだ一時間以上あるが? 俺がなぜその時間を指定したか考えたか?」


 男性の中でもかなり低いトーンで、細めた目線で団長が言う。まずい、早い分なら大丈夫だろうと考えていたが、もしかして、なにか用事でもあったのだろうか? 今現在は特に忙しそうには見えないと思う。いやいや、もしかしたら私の前の時間に他の人も呼んでいたのだろうか? とにかく、威圧に負けずに何か返事しなければ。


「その……えっと……」


 しかし、咄嗟には何も思い浮かばず、言葉を詰まらせる。その間に、団長はすぐにその答えを言う。


「その理由はな……時間まで寝たかったからだ。昨日は夜遅くまで同僚たちと飲んでいてな。いやそんなに飲むつもりはなかったんだが、場の雰囲気でつい……な。しかもその日は帰ってこないはずの妻も何故か家にいて、説教されてしまったのだ。やはり不測の事態は起きるものだな。ルベリも気を付けた方がいいぞ。特に酒に関してはな」


 ……なるほど、遅くまで飲むつもりでいたからあの時間を指定したんだな。奥さんも絶対に分かっていたから、予定を切り上げて家にいたのだろう。全く、あの、“団長は酒になると人が変わる”っていう噂は本当だったんだ。確かにこれではただの酒好きのおっさんじゃないか! でも奥さんも優しいな。わざわざ叱るために家に戻るなんて。私も見習わないと!


「さて、ルベリ。君を呼んだのは話をするためだ。まあ座ってくれ。………………では始めようか。どうだ? 憧れの騎士団に入って、最年少で班長を任されて。今はどんな気持ちでいる?」


「はい!そうですね…………やはり憧れだった騎士団に入ることが出来たので、嬉しい気持ちと、これからこの国を、この街を守るんだという使命感が多くを占めていますね。班長として、班員のみんなにも気を配らなければいけないことも自分にとっては良い経験になったと思います。この一年、命が危ないときもありましたが、みんなを守りたいという “信念”のおかげで乗り越え、今ここに立って生きていると思っています。……これで大丈夫ですか?」


「……ああ、大丈夫だ。いや、立派な考えをもっているな。若いんだからもっとのびのびとやっても良いと思うがな。まあそれがルベリの良さなのだろう。――ルキが惚れるのもわかるな!」


「え! 私たちが交際していること知ってたんですか!?」


「ああ、付き合っていたのか! いや~、ルキがたまに自分から喋るときは必ずルベリの話題を出していたから、片想い中なのかと思ったのだが、そうか、付き合っていたのか~」


 しまった! つい勢いで言ってしまった! ああ、恥ずかしい! 顔が熱くなっていく! ……いや、交際しているのだからそんなに恥ずかしがらずに堂々とすればいいのだろうが、とにかく恥ずかしいのだ! というか、ルキは人前で私の話題を出していることが分かったので、手紙でも出して忠告しておこう。うん、しないとだめなのだ! 恥ずかしくて街を歩けなくなるのだ! …………少々取り乱したが、落ち着こう。団長との面談はまだ続いている。私は姿勢を正し、再び真剣な顔を作る。私の表情の変化を見て、団長も本題に戻ってくれた。


「すまん、すまん、話しを戻そう。ルベリの気持ちはよく理解した。では次の質問をしよう。次は例を使って質問する。『君は汽車の進路変更機のそばに立っている。線路の直進方向に一人、進路変更方向には大勢の人たちがいる。そこに猛スピードで汽車がくるだろう。その汽車はブレーキが壊れているため自力では止まらない。その汽車にも多くの乗客がいるだろう』さて、君はどうする?」


 これはまた曖昧な投げかけだ。つまり一人を犠牲にするか、大勢の人を犠牲にするかの二択ということだ。…………普通に考えればの話だが。


「私は、進路を変更せずに一人を助けに行きます。そしてなんとか汽車のスピードを落とすように行動します」

「なるほど。だが間に合う保証などないし、助けたとしても汽車にひかれて君は死んでしまうかもしれない。汽車のスピードを落とすといっても、どのように落とす?」

「私は速さには自信があります。必ず間に合うと信じています。汽車に関しては、武器をタイヤにうまく挟ませれば減速するかもしれません。それか私が汽車とぶつかれば、肉片がタイヤに引っかかり、減速するかもしれません。とにかく、人の命を守れるのならどんなことだって恐れずに行動します。…………これでいいですか?」


 しばらく間があり、私は不安になる。もしかして、引いているのではないか。当然だ。自分の肉片で汽車を減速させるなど、女性が口にしないようなことを堂々と言ってしまったのだから。そりゃ私だって実際の場面でそんな確実に死ぬことをするかと言われたらおそらく軽々しくはしない。自分だって死ぬのは怖いし、生きていたい。でも、もしそこに自分しかいないのであれば、どんなに危険なことでも助けられる可能性のある行動を率先してするはずだ。なぜなら私の“信念”は守ることなのだから。ただ純粋に守りたいという気持ちがあるのだから。


「…………ふふ。なるほどな。ルベリの信念の強さ、しっかりと感じたぞ。……ふふ。いやしかし、よくもまあそんな大胆なことをとっさに言えるな。普通は少し間があったり困った顔したりするものだが、やはりルベリの心の根底にある基盤がかなり頑丈なのだろう。いやはやこんな若いやつは久しぶりだな。――――うん、楽しいな!」


 団長は楽しそうに話している。そんな楽しい話だっただろうか。いやいや、団長にとっては楽しいのだろう。同年代の人たちはどんな考えがあるのだろうか。少し疑問に思ったときに団長がまた話し始める。


「よし、決めた! ルベリは今年度から第五警備隊の部隊長に就け! がんばれよ! いやー、王女様を守ったり、指名手配されていた騎士殺しを捕まえた実績は考慮しなくてよかったかな!」


 私はしばらく反応できなかった。私が、部隊長? 十代で部隊長を務めた人なんて指で数えられるくらいしかいないはず。その内の何人かは王族直属の聖騎士部隊に所属している人もいる。そんな、エリートコースに私も入ったってこと?騎士養成学校では成績優秀というわけでもなく、唯一自分でも誇れることは授業で扱った全ての武器の成績がトップ十に入ったということだけだ。警備隊の活動だって、何回かは死にそうになったし、本当に私に務まるのか不安がいっぱいだった。


「あの、ありがとうございます。ですが、そんな大役、まだ若い私に務まるでしょうか? 不安で押しつぶされそうです」


 私は素直な気持ちを吐露すると、団長が私の瞳をしっかりと捉えながら、落ち着いた調子で話し始めた。


「務まるかどうかなんて、やってみないと分からないさ。重要なのは、変わらないことだ。部隊長にあがり、今までの信念を忘れてしまうものや変わってしまった者も多くいたが、その反面、さらに信念に対する想いが強くなり、強くなっていった者も多くいる。信念が変わることも悪いことじゃない。なぜなら、この中世界では一つの信念を貫くにはかなりの、多種多様な強さが必要だからだ。これを総合した強さが、“本当の強さ”だと俺は考えている。俺は、出来る限り若い世代にこの多種多様な強さを身に着けてほしい。途中で信念が変わってしまうとまた一から鍛え直す必要がある。若ければまだ良いが、それなりに年を取っていると、俺の考える“本当の強さ”を得ることが難しくなってしまう。まあ、おれが言いたいことは一つ。 “信念”を旨にやってみろってことだ。分かったか?」


 団長の、落ち着いていて、どこか力強く支えられる言葉に、私の心は軽くなる。


「……はい、分かりました。私の“信念”を旨に、自分なりに頑張ります。ありがとうございます。」

「詳しいことは後日、手紙で連絡する。さあ、予想以上に早く終わったし、早くみんなの所へ行って、報告でもしながら騎士活して来い。以上だ」

「あの、一つだけ聞いていいですか?」

「なんだ」

「団長の“信念”とは何ですか?」


 私はそう問うと、今日一番の笑顔で団長はこう述べた。

「俺の信念はな。酒を飲むことで生命の喜びと尊さを感じられる生き方をすることだ」

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