復活の魔王

「母さん!」


 家に辿り着いた俺は、声を上げながらリビングへの扉を慌てて開いた。後からアリシア、ユーナ、千尋も雪崩れ入ってくる。


 毎日食事をする四人掛けのテーブルの一角に母さんが項垂れた状態で座っていた。


「母さん、さっきの電話は何だったんだ? チヨは? チヨは誰に!」


 肩を揺さぶりながら答えを求める。だが、放心しているのか母さんは何も言葉を発しない。その変わりに、ゆっくりとある物を俺に差し出した。


「手紙?」


 受け取ったのは何の変鉄もない白の封筒。手に取り眺めるが、表にも裏にも何も書かれておらず、止め口には判子のようなものが押され、真ん中には模様の様なものが描かれている。


 あれ? この模様、どっかで見たような……。


「この紋様。ま、まさか……っ!」


 それを見て一番驚きの声を上げたのはアリシアだった。


「何だ? アリシアこの手紙の主知ってるのか?」

「知ってるもなにも……佑真さん、お忘れですか?」


 お忘れ、という事はやはり俺はこれを見たことがあるのだろう。だが、いまだに思い出せない。


「本当に忘れてしまったようですね。では、こう言えば思い出すのでは?

この紋様は、あのデルトグランヴィアのものです」

「デルトグランヴィア?」


 それも聞いたことがある名前だ。たしか――。


 そこでようやく俺は思い出した。いや、正直思い出したくなかった人物の名だ。


 デルトグランヴィア。


 最初の転生世界、つまりアリシアのいる世界で悪の頂点に立つ魔王のそれだった。


 配下の魔族を次々と世界に飛び立たせ、殺し、奪い、破壊し、悪の限りを尽くす。活気のある町でも、奴等に襲われてしまえば半日足らずで死地と化し、無惨に散った町や人の数は計り知れない。


 いやしかし、待て。何で、こいつが……。


「誰? そのデルトなんちゃらって?」

「わたくしの世界にいた魔王の名です」

「魔王?」

「ええ。ですが佑真さん、これは……」


 アリシアの言わんとしている事は分かる。俺だって同じ疑問を持ったのだから。


「じゃあ、その魔王がユウマっちの妹を拐ったの? だったらそいつの所に行けば――」

「いや、それはあり得ない」

「あり得ない?」

「たしかにこの紋様はデルトの紋様だ。それは間違いない。でも、デルトはいない。いるはずがないんだ」

「ん~? ごめんユウマっち、何言ってるのか分からない」


 顎に手を当て、首を傾げるユーナ。まあそうだろう。今言った言葉が矛盾しているのは俺だって承知している。だが、その矛盾もこう言えば理解できるだろう。


「デルトはアリシアの世界にいた魔王だ。けど、デルトは俺とアリシアでんだ」


 そう。デルトグランヴィアは激しい死闘の末、俺とアリシアが倒したのだ。そして、魔王デルトを倒すのがアリシアの世界へ転生した俺の目的でもあった。


 世界の危機を救う。それが俺が第二の人生を歩む条件であり、魔王を倒したことでアリシアの世界を救った俺は、その世界と別れを告げ、次なる試練、ユーナの世界へと向かった。だから、間違いなく魔王は倒しているのだ。「実はまだ生きてました」なんてたまにあるが、もしそうであれば俺はユーナの世界には行けなかったはず。


「デルトは倒した。それだけははっきり言える」

「じゃあ、この手紙は誰から?」

「それは……」


 俺はユーナの疑問に答えられなかった。


 存在するはずのない人物から手紙が来るわけがない。だが、これは魔王デルトからの物。それも事実。この矛盾は一体……。


「復活した、とかじゃないの?」


 そう言ったのは意外にも千尋だった。俺達三人は一斉に千尋に顔を向ける。


「ほら、ゲームだとさ、最初のデータでボスを倒してクリアしても、また新しく始めればボスはいるわけじゃない? そんな風に復活したんじゃないかな?」


 なるほど。たしかにその可能性は高い。女神クリス様によれば、三つの世界が混ざって一つの世界へと生まれ変わった。それはつまり、各世界のデータがリセットされたと捉えられるのではないか。そう考えれば、この手紙の矛盾も説明できる。


「じゃあ、デルトは……」

「ああ。千尋の言う通り、復活したかもしれない」

「ということは、佑真さんの妹さんを誘拐したのは……」


 復讐。それ以外に考えられない。


 魔王からすれば僥倖だ。思わぬ形で復活を成し遂げた。歓喜に震えたに違いない。そして、次に浮かべるであろう考えは容易に思い付く。つまり、自分を倒した敵に復讐を果たす。


 妹を誘拐。人質として捕らえたか、あるいはまず大事な家族を傷付け俺を苦しませるためか。どちらにせよ、チヨの身が危ない事に変わりはない。


「くそっ!」


 俺はテーブルに拳を叩きつけた。込み上げる怒りにギリギリと歯が軋む。


「ユウマっち、落ち着いて」

「これが落ち着いていられるか!」


 妹のチヨが史上最悪の魔王に拐われたんだ。平静でいられるわけがない。


「佑真さん、気持ちは痛いほど分かります。ですが、まずはその手紙の中身を拝見しましょう。おそらく、そこには妹さんとデルトの居場所が記されているはずです」


 アリシアが拳にそっと手を添えるが、冷静な声とは裏腹にその手は震えていた。きっとアリシアも怒りに包まれているのだろう。それを必死に抑えている。


 アリシアのその姿を見習わなくては。そう思った俺は大きく息を吐くと手紙の封を開ける。


 待ってろチヨ。お兄ちゃんが必ず助けてやるからな。


 どんな場所だろうと、どんな危険が待ち受けていようとも、命を掛けて救出する。その誓いを胸に抱きながら中身を取り出す。


 さあ、どこだ。どこにいる。


 二つ折りにされていた一枚の紙。それをゆっくり開く。するとそこには……。








【結婚披露宴のお誘い】







 ……あん?


【この度、わたくし魔王デルトグランヴィアは身を固める決心を致しました。長きに渡り独り身で構わないと考えていましたが、ある女性を目にした時、まるで勇者に渾身の一撃を受けたかの如く、身体中に何かが迸り、気付いたら求婚を申し込んでいました。そしてそれは無事受諾され、このように新たなる幸せへと歩み始める事が出来ました。至らぬ部分もあるかもしれませんが、どうか私達を祝福し見守って頂きたく、ご家族及び関係者各位にはご出席戴きますようお願い申し上げます】


 つらつらと見慣れない文面が続き、俺の思考は停止する。再び頭が動き始めたのは、その手紙の裏に同封された一枚の写真。


 身体全体を覆う黒いマント、頭から生えた二本の角、白い髭に皺の寄った顔つき。かつて死闘を繰り広げた魔王デルクそのものだった。しかし、人間には地に堕ちた羽虫を見るような、一切の感情を見せない魔王が過去一度も見たことのない笑顔をしてこちらに向いている。そして、その魔王に抱っこされながら首に手を回す愛しの妹――。


「なぁぁぁんでぇぇぇだよぉぉぉ!?」


 魔王からの手紙は復讐でも何でもなく、我が愛しの妹との結婚報告だった。

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異世界転生は計画的に 桐華江漢 @need

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