誘拐
耳を疑うような内容。それは今も俺の頭の中で何度も繰り返されている。
「おばさん、何だって?」
耳から携帯を離した俺に千尋が尋ねてくる。だが、それに答えることはない。いや、答えることが出来なかった。
「……悪い千尋、俺帰るわ」
「……は?」
「後は頼――」
「そうはいくかぁぁぁ!」
「逃がしませんわよ!」
「どわぁぁぁ!」
振り向いて立ち去ろうとした瞬間、アリシアとユーナが俺に覆い被さってきた。二人分も受け止められるはずもなく、そのまま地面へ倒れこむ。
「何帰ろうとしてるの、ユウマっち?」
「恋人は誰かというお話はまだ終わっていませんわよ」
背中をアリシアが、足をユーナが押さえ、文字通り身動きが出来ない状態にさせられる。
「離せ! それどころじゃないんだよ!」
「それどころ? また軽視するような発言を致しましたわね」
「ユウマっち、さすがに私もいい加減怒るよ?」
「いや、だから……!」
別に軽視しているわけじゃない。俺もこの問題は解決しないといけないとも考えている。しかし、今はそれよりも、一刻の猶予も得られない状況が発生したのだ。
「いいから離せ! 大変な事が起きたんだよ!」
「こちらも大変な事が絶賛公開中ですわよ」
「順番的にこっちが先なんだらそっちのは後回しでいいよね?」
「いやいや、順番とか関係ながぁぁぁぁぁ!?」
突然両足が背中の方に持ち上げられ、海老反りの状態にさせられる。やっているのはもちろんユーナだ。
「さあ、今決めようすぐ決めよう!」
「こんな状態で決められるか!」
「ちなみに、答えないと十秒毎に力加えていくよ。最後には二枚重ねの状態に」
「折れるわ!」
「そうだね。ユウマっちのその優柔不断な性格は折っちゃおう」
「背骨の事だよ! あーもう、いい加減にしてくれ!」
さすがに我慢できなくなった俺は大声でこう叫んだ。
「妹のチヨが拐われたんだよ!」
***
「佑真さん、詳しくご説明してもらえますか?」
綺麗な金色の髪をはためかせ、俺の横を走りながらアリシアが聞いてきた。
妹のチヨが拐われた。
先程公園でそう告げると、それを聞いた三人は固まっていた。何をそんな嘘を、と最初は信じてもらえなかったが、俺が真剣に言っている所を見てようやく嘘ではないと思ってくれたようだ。緊急事態と判断した俺達はすぐに行動を開始。母親のいる自宅へと走り出したのだ。
「さっき母親から、チヨが連れていかれた、って聞いたんだよ」
母親からの電話。その内容は、チヨが何者かに連れていかれた、というものだった。いつ、誰にとは言っていなかったが、母親はどうしようどうしようを連発し、混乱を極めていた。
「ユウマっち、妹いたんだ」
「ああ」
跳ねるように駆けるユーナが意外そうに聞いてきた。
といっても、実の妹ではない。当然だが、俺は転生者だ。女神様から転生してもらう際、一般家庭の息子の一人、歳は中学生くらいとして転生してもらったのだ。
この世界は俺の元のいた世界ではないので、チヨは実の妹とは言えないのかもしれない。それでも、チヨは俺の大事な妹。それは覆らない。
「ユウマっちの妹を誘拐なんて。ユウマっち、敵の心当たりは?」
「いや、さっぱりだ」
「佑真さんの妹と知っていて拐ったのでしょうか?」
「それも分からん」
チヨを誘拐した相手は誰なんだ? 普通に考えれば身代金目的だが、家はそんなに裕福ではない。平凡な一般家庭だ。それとも、他に目的が?
「ペチャペチャ喋ってないで早く走りなさい。チヨちゃんが心配でしょ」
「……そういう台詞は自分で走ってから言ってくれ」
後ろから、というか背中におんぶされた千尋に俺は文句を言った。
千尋はサンダルを履いている。走れなくもないが、そのペースは明らかに遅い。合わせて走るわけにもいかず、急いで帰らなければならない事態なので千尋には後から来るように言ったのだが、置いていくなと怒られたのだ。そして結果、俺がおんぶするという話に。最初は恥ずかしがっていたが、置いていかれるよりはマシらしく、承諾した。
「し、仕方ないじゃない。サンダルじゃ速く走れないんだから」
「だったら後ろからチャチャ入れるな。それに、かなり速く走ってるんだ。舌噛むぞ」
「そんな失敗するわべっ!」
あ、噛んだ。だから言わんこっちゃない。
「自業自得ですわね」
「あはは、バカ~」
「ふ、ふっふぁい(うっさい)!」
頭の後ろから千尋の唸る声が聞こえてくる。
「う~痛い~。佑真、もう少し振動抑えて走りなさいよ!」
「無理な注文だなそれ」
「落ちたらどうするのよ!」
「だったら落ちないようにしっかり捕まってろ」
「えっ? わ、分かった……」
すると、腕を俺の首に回し身体を背中に密着させてくる千尋。それにより、背中に柔らかい感触が……。
「佑真さん、随分嬉しそうですね?」
「えっ!? べ、別にそんな事は!」
「ユウマっち、殴っていい?」
「やめて!」
いかんいかん。今はそんな事を考えている暇はない。一刻も速く家に着かなければ。
「でも、一体誰がチヨちゃんを拐ったのかしら?」
「さあな。さっぱり分からん」
「ユウマっち、心当たりはないの?」
「あるわけないだろ。あったら真っ先にそいつに向かってるわ」
「まさか、魔物の仕業ですかね?」
アリシアの指摘もなくはない。三つの世界が混ざった今、先程のドリアンスライムの出現みたいに魔物が現れチヨを拐った可能性もある。だが、この世界の現状もハッキリしていないので何も言えない。
「とりあえず、帰って母さんに話を聞けば分かるはずだ」
俺達はさらに走る速度を上げ、自宅へ向かった。
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