さらに事態は……
……。
……ん~と、え~と。
千尋の言葉が理解できず、俺の頭の中で「?」が大量発生する。
よし、まず落ち着こう。こういう時は単語を一つずつ解いていけば意味が分かる。たしかこう言っていたな。
佑真には……俺の事だな。
この三人……千尋とアリシアとユーナの事だな。
本当の……まあ、真という事だよな。
そして選んでもらう。つまり……。
俺に千尋、アリシア、ユーナから真の恋人を選んでもらう事何でやねん!
秒速の一人ツッコミを心でする。顔に出ていたのだろう、千尋がそれに対して答える。
「何でみたいな顔してるけど、当然でしょ?」
「いや、だから何でだよ。今はそれどころじゃ――」
「「「それどころ?」」」
今までの明るい雰囲気から一変。笑顔で満ちていた三人からまた禍々しい空気が発せられ始めた。
「佑真、それどころってどういう意味かな?」
「どうやら佑真さんは事態の深刻さを充分に把握できていないみたいですわね?」
「ユウマっち、自分が何をしたのか分かってる?」
顔は笑ってる。声も優しい。けど、目が笑ってなかった。薄く開かれた目には光が灯されておらず、全てを飲み込むブラックホール如く真っ黒だ。
ヤバイ……これは三人ともメッチャ怒ってる時に見せる顔だ。
千尋は以前、俺の部屋の物が散乱、窓が割れるぐらいにまで及んだ。アリシアは三日三晩地下の拷問室で責められ、ユーナに至っては獲物と狩人のように一週間近く追い掛けられた。他にもたくさんあるが、どれも口にしたくないものばかりだ。
アカン、これはアカンぞ。一人でもどうにも出来なかったのに、それが三人同時になんて……。
経験からか、身体全体から警報アラームが桁たましく鳴り響いている。汗が止まらない。今すぐここを立ち去らねば死よりも恐ろしい事が身に降りかかる。選択肢は逃げる以外にない。そう瞬時に悟った俺は腰を上げようとした。しかし……。
ガシッ!
「何処行くのかな、ユウマっち?」
さすが野生児と言うべきか。ホンの数ミリ上げた所でユーナに捕まってしまった。顔をアイアンクローで。
「ふや、ひょっとほいれに(いや、ちょっとトイレに)」
「トイレはさっき行ったよね?」
「ふや、ほんぼはほほひひほう(いや、今度は大きい方)」
「中で済ませて」
「ふゅうっへはんば!?(中ってなんだ!?)」
「中で留める」
「ふひはよ! ふや、ほほひいほうっへひうのはふへのふひはらのほほへ(無理だよ! いや、大きい方っていうのは上の口からの事で)」
「大丈夫。今私が口閉じてるから出ることはないよ。万事解決」
「はひははんひはいへふあ"あ"あ"あ"あ"あ"!(何が万事解決あ"あ"あ"あ"あ"あ"!)」
メリメリ、とユーナの指が顔にめり込み、俺はとうとう悲鳴を上げた。不快な音が内部から聞こえてくる。
このままでは顔の骨が砕かれかねない。必死に身体を振りまくり、なんとかその窮地から脱する。
「何なんだよ! お前ら何がしたいんだよ!」
「何がしたい? さっき千尋ちゃんが言ったじゃん。ユウマっちに選んでもらう、って」
「そうですわ。話し合いの結果、佑真さんに選んでもらおうという事になりましたので」
話し合い? と眉を潜めると、千尋がアリシアの後に続けた。
「佑真がトイレに行っている間、私達話し合ったんだけど、誰一人佑真の恋人だと譲らなかったのよ。まあ当然よね。さっきの話を聞く限り、三人とも嘘じゃなく本当に佑真の恋人なんだから。でもね、他にも恋人がいると知って黙っているわけないじゃない。そのせいで私達は散々言い合ったわ。けど、話は進まない。このままじゃ埒が明かないって思ったから、じゃあ佑真に選んでもらうのはどう? って提案したの」
「なぜそこで俺なんだ?」
「はあ~? 何言ってるのよ。こんな事になったのはどう考えたって佑真のせいでしょうが。だったらきちんと責任取ってよね」
「その通りですわ」
「異議な~し!」
恐れていた事態が起きてしまった。いや、さっきトイレでクリス様と同じ話をしていたから考えていないわけではない。それは後々解決しようと思っていたのだが、まさか一番に迎えるとは。
「さあ、選んで佑真。私達の誰を本当の恋人にするかを」
真剣な表情で三人が俺を見つめてくる。
「え~と……三人とも恋――」
「あ、先に言っとくけど、三人とも俺の恋人、とかぬかしたらただじゃおかないわよ」
「……三人とも俺の大事な存――」
「大事な存在とか、それっぽい事も無しですわよ」
「……少――」
「少し考えさせて、とかもダメだからね。今すぐ選んで」
悉く俺の言いたい内容を先回りし、その回答を潰されていく。
どうする!? マジでどうする!?
正直、どう答えようもない。三人とも俺の恋人であり、大事な存在。そこに嘘偽りは一切無いのだ。今すぐ選べと言われても無理がある。しかし、千尋達の立場からすれば面白くない状態であることも事実だろう。
なんとかこの危機を脱するための良い答えはないだろうか、と頭をフル回転させる。
「お、俺の好みのタイプはだな……」
俺の声に、自信と不安を抱えたような表情で三人が佇まいを正す。
「む、胸が大きくて……」
「わたくしですわね!」
鎧越しからも分かる豊満な胸を強調するようにアリシアが立ち上がった。それを聞いた千尋とユーナはガックリと頭を垂れる。
「あ、明るく元気な性格で……」
「ボクの事だ!」
今度はユーナが笑顔で立ち上がり、アリシアと千尋が項垂れる。
「り、料理が得意な子が好きです……」
「やっぱり私じゃない!」
最後は千尋が、と以下同様の反応を示す三人。
「……」
「……」
「……」
しかし、それが終わると三人はジトー、っと俺に目を向けてきた。
あれ!? 今気付いたけど、俺の好み見事に三人に別れてる!?
素直に自分の好みを言えばもしかしたら好転するかと思ったが、余計に悪化してしまった。不穏な空気が相変わらず渦巻いている。
ああ、どうしよう! このままじゃもっと怒らせかねない! 早く何か良い答えを思い付け俺! 早くしないと――ぎゃああ、アリシア、剣から手を離して!
何も口にしない俺に我慢が越えたのか、今にも斬り掛かろうとするアリシア。このままでは細切れにされてしまう。
ピリリリリッ。
すると、そこで場に相応しくない音が鳴り響いた。最初は混乱していたので分からなかったが、数秒の末それが俺の携帯の着信音である事に気付く。
グッジョブ! 誰か知らないけどナイスタイミング!
電話の相手に最大の感謝をしながら俺は携帯を取り出す。
「ユウマっち。その音が鳴ってるちっちゃいのは何?」
「魔道具か何かですか? まさか、それで私達に攻撃を?」
携帯に警戒を示すアリシアとユーナ。
「違うわ! え~と、これは携帯と言って、遠くにいる相手と会話が出来る装置だ」
「通信機能でしたか。でも、そんな物わたくし見たことありませんわ」
そりゃあそうだろう。アリシアの世界に携帯なんか存在しない。初めて見たからか、アリシアが興味深そうに眺めている。
「佑真さん、少し触らせてもよろしいですか?」
「いや、たぶんアリシアには使えないぞ」
「そんなのやってみないと分からないじゃないですか」
「いや、そうかもだけど」
「ユウマっち、ちょっとかじってもいい?」
「これは食べ物じゃありません!」
いつの間にか俺のすぐ傍まで近付いていたユーナが携帯に噛み付こうとしたので、慌てて持ち上げる。
「佑真、早く出たら? 誰からなの?」
「えっ? ああ、そうだな」
ずっと鳴り続く携帯の画面を覗く。
「母さんからだ」
電話の相手は母親だった。俺は指をスライドし、通話状態にして電話に出る。
「もしもし? ごめん、ちょっと取り込んでて……えっ? ちょ、何言ってるか聞き取れない」
どういうわけか、母親はものすごく慌てた声で話していた。何かあったのだろうか。
「ごめん、ちょっと落ち着け。何があった――えっ?」
それはあまりに衝撃の内容だった。
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