世界の真実

「三つの世界が……混ざった?」

『はい。それが今佑真がいる世界で起きている現象です』


 クリス様から受けた説明でようやく現在の状況を理解できた。


 昨日までは、当初の設定通りドラゴンが出現するはずだったのだが、ちょっとしたハプニングにより『星産みの壺』に俺がいる世界、そして幸か不孝か過去に攻略した世界が混ざり合ってしまったのだという。


「なるほど。だからアリシアにユーナ、そしてそれぞれの世界のモンスターであるドリアンスライムとレッド・ウルフが現れたんですね」

『はい。これは間違いなくこちらの不手際、管理ミスです。本当にすいません』


 珍しくクリス様が申し訳なさそうに頭を下げてきた。


「いや、原因が分かればいいです。そこまで深刻に頭を下げられても困りますよ」

『いえ、これは佑真が思っているよりも大変な事態です』


 顔を上げるとクリス様は続けてその深刻さを説明し始めた。


『まず一つ目。その世界ではもうドラゴンは出てきません』

「あっ、そうなんですか? まあ、別に出てこないなら出てこないで――」

『ダメですよ。佑真、あなたがその世界に送られた理由は?』

「ドラゴン退治です」

『そうです。ですが、ドラゴンは今後出てきません。対象となるドラゴンが出てこないのにどうやって退治するつもりですか?』

「ああ、たしかに――あれ、待てよ?」

『気づきましたか? そう、


 なるほど。たしかにその状態なら永遠に試練を終えることはできない。


「じゃあ、この世界のクリア条件はどうなるんですか?」

『それが……分かりません』

「分からない?」

『三つの世界が一つになった、つまり新しく一つの世界が誕生した。それにより、その世界のクリア条件が変わってしまったんです。しかし、その条件が今はハッキリしないのです』

「ええっ!?」

『大丈夫です。今解析している最中です。でも、まだ時間が掛かりそうなのでもう少し待ってください。分かり次第お伝えしますので』

「いや、そんなことしなくても今すぐ元に戻せばよいのでは?」

『それが出来たらとっくにやっていますよ』


 そりゃそうか。でなければクリア様がこうして俺に連絡を寄越したりしない。


『これが二つ目ですが、三つの世界を元に戻す方法がありません』

「えっ、ないんですか?」

『ええ。星と星を混ぜ合わせるなんてやり方、これまで誰一人として行ったことはありません。前例がないので解決策も今のところないんです』


 考えてみればその通りか。星と星を混ぜ合わせまくってたら秩序も法則も無意味になり、世界が混乱するし崩壊する。


「じゃあ、アリシアやユーナは……」

『元に戻す方法が見つかるまで、ずっとこのままいることになります』

「そっか……」

『随分落ち着いていますね?』


 俺の反応にクリス様が疑問をぶつけてきた。


 たしかに、三つの世界が一つなるというハプニングといえばハプニングだが、もう逢うことはないと思っていたアリシアやユーナに再び逢えた。それはどちらかと言えば嬉しいハプニングだ。そのことを俺はそのままクリス様に伝えた。


『どうやら事態の深刻さを充分に理解できていないようですね』


 しかし、返ってきたのは冷たい言葉だった。


『佑真、あなたはなぜ異世界の危機を救っているのですか?』

「第二の人生を歩むため、ですね」

『そう。ですが、なぜ複数の世界の危機を救わなければならないのか、と考えたことはないのですか?』


 そういえば、考えたことなかったな。第二の人生を歩む条件と言われたので「ああ、そういうものなのか」と曖昧に受け取っていた。


「何か意味があるんですか?」

『大ありですよ。複数の異世界を救う条件、それは


 クリス様の台詞に俺は驚き目を見開いた。


『本当は言ってはいけないのですが、複数の世界で生活しその内のどの世界でこれから第二の人生を歩みたいか、その選別のために佑真は送られているのです。どの異世界に行きたいかを私ではなく佑真に決めてもらっていたでしょう? それは自分の興味のある世界に行かせるためです』

「そんな意味があったのか……」

『第二の人生を歩みたい、そう選択した人間のほとんどは元の世界での生活に満足できなかった者です。次の人生では満足してほしいという、私達女神の願いも込めた選択なのです』


 うわあぁぁ! クリス様が女神らしい事を言ってる!


『なんですかその顔は? 何か失礼なこと考えてません?』

「い、いえいえ!」

『そうですか? まあいいでしょう、話を続けます。複数の世界と言っていますが、複数とはいわゆるいくつの世界だと考えていますか?』

「う~ん、三つから五つぐらい?」

『正解です。その複数とは三つの異世界から選ぶことになっています』


 三つか~。ということは、俺は今回三回目だからこれで終わり――待てよ? あれ……えっ……いやいや、待て待て待て待て待て待て待てっ!


『ようやく自分の立場が分かったようですね

。本来ならその世界のドラゴンを退治し、これまでの世界から第二の人生を選ぶはずだった。しかし、その三つが一つになってしまったということで、佑真に選択の余地はなくなりました』


 クリス様の台詞を聞きながら、俺は尋常ではない汗を流していた。


『あら? 佑真、汗が酷いですよ?』


 口元に手をやり、新しいおもちゃを手に入れた様な笑みでクリス様がこちらを見ている。


 三つの世界が一つなり、すぐには元に戻すことはできない。しかも、クリア条件が変化しその条件も不明。となれば、この世界から抜け出すことはできない。これは……つまり……。


『佑真の考えていることが手に取るように分かりますよ? なんなら口にして表しましょうか? 三つの世界は元に戻らない。それはアリシアさんやユーナさんがいなくならないということ。つまり……現恋人の千尋さんを加えれば、恋人三人とずっと一緒にこの世界では生きていくということ!』

「終わったぁぁぁ!」


 トイレという場所など関係なく、俺は床に崩れ落ちた。

 

『恋人三人、つまりは三股ということですよね? 男の風上にも置けないですね。最低ですね』


 いやぁぁぁ! やめてぇぇぇ!


『これまではモンスターによる危機でしたが、今回は恋人達による危機ですか。修羅場というやつですね。彼女達に殺されるんじゃありません?』


 誰かぁぁぁ! 助けてぇぇぇ!


『ランクで言えばSランク、いやそれ以上の試練かもしれませんね。果たして佑真はこの危機を乗り越えられるのか? To be continue!』


 リセットォォォ! リセットボタンはどこだぁぁぁ!


「――って、何ナレーションみたいなこと言ってるんですか!」

『何ですか。文句でもあるんですか三股野郎』

「その呼び方止めろ!」

『ですが、事実ですよね?』

「そうかもしれない。そうかもしれないけどさ……」


 いくらなんでもこんな展開は予想できないだろ? 恋人三人と鉢合わせるなんてさ。


『どうせもう逢うこともないし、別の世界で新しく恋人作っても問題ないよね! みたいな事を考えていたんでしょう?』

「思って! ……ない……です、よ?」

『何で徐々に声が小さくなるんですか? えっ、まさか本当に?』

「ない、ないですよ! そんなことあるわけないです!」

『本当は?』

「……ホンの少しだけ」


 指で数センチの隙間を作る。少しとはいえ、今思えば最低の考え方だな。


『まあ、これは仕方ありませんね。本来なら三つの世界から一つを選ぶ予定であり、別の世界で恋人を作ろうが関係なかったわけですし。それに、恋人ができた方がその世界を好きになれますし。ただ、今回はそれが一斉に現れたせいで修羅場になった』

「ですよね? 俺のせいじゃないですよね?」

『……佑真のせいではありませんが、逢わなければ二股三股してもよいという考えは男としてゲスな思考ですよ』


 ごもっともです。以後改めさせていただきます。


「いや、そもそも何でこんな事態になったんですかクリス様? 何をしたんですか?」

『私は何もしてませんよ』

「じゃあ、誰が?」

『この子達ですよ』


 そう言ってクリス様は自分の前に二人の人物を引き寄せた。


「えっと……リズとルズ?」


 現れたのは間違いなくリズとルズの双子。だが、いつもの服装ではなかった。青い制服に黄色い帽子、肩から下がった黄色いショルダーバック。いわゆる幼稚園児が身に付けるような格好だった。


「二人とも今日はどうしたんだ? 随分と可愛く似合って――」

『ふぇぇん、ゆうまにいちゃん……』

『ごめんなさい、ごめんなさい……』


 突然、二人はポロポロと涙を流し俺に謝り始めた。


『ほら、泣かずにちゃんと謝りなさい。あなた達のせいで佑真が大変な目にあっているんですからね。分かってるリズちゃん、ルズちゃん?』


 ちゃん!? リズとルズをちゃん呼び!?


『ぐすっ……クリス様、本当にごめんなさい』

『うちらホンマに反省しています。だから、こんな扱いやめてーな』

『あらあら、リズちゃんルズちゃん、そんなこと言ってもダ~メ。二人のしたことはめっ! いけないことなんだから』

『分かっとる、ホンマに分かっとるから。心底反省してるから……』

『そのお子ちゃま扱いだけは止めてください。私達たしかに身体は小さいけれど、こんな服を着るぐらいの年齢じゃないですぅ』


 三人の会話でなんとなく理解できた。どうやらリズとルズが原因で世界が混ざり合い、クリス様が罰を二人に与えている。それがこの園児プレイのようだ。二人はその罰に大変な苦しみを受けている模様。


 さっき、似合っていると言おうとしたけど、そんなこと言ってたら二人は耐えきれず間違いなく泣き喚いていただろう。あぶねっ。


『とりあえず、現在判明している事はすべてお伝えできたかと思います。後は分かり次第随時連絡していくつもりですが、それで構いませんか?』

「あっ、はい。大丈夫です」

『ではまたこちらから連絡しますので。リズちゃんルズちゃん。さっ、行くわよ。おまんまの時間ね』

『堪忍して……』

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……』

「あの、クリス様? 二人共ちゃんと反省しているみたいだし、そろそろ許してやっては?」


 二人の姿が哀れすぎてさすがにスルーできなかった。


『それはできません』

「何でですか?」

『何でって、二人は私のお気に入りのBL本を壺に――いえ、入室禁止の部屋に無断で入ったんです。その罪は重いです。それでは』


 すると、便器から光が消えクリス様達の姿が見えなくなり、普通の白い便器へと戻っていた。


「クリス様……BL好きだったのか。というか、二人の罰大方それじゃねえか! 完全私事! 二人が可哀想すぎる!」

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