説明って難しいね

「へ~。異世界から……」


 俺からの説明を聞いた千尋がそう呟いた。


 迫る三人をどうにか席に着かせ、まず伝えたのは俺が異世界から来た人間であることだ。第二の人生を歩むため異世界の危機を救うという試練を与えられていること。そして、アリシアとユーナはそれぞれの異世界で知り合った人物であり、共に戦い危機を乗り越えたこと。簡単にではあるが、重要な部分は全て伝えられたはずだ。


「そうなんだ。俺は本来この世界の住人じゃない」

「試練、ね~」

「ああ」

「うん、分かった」

「おおっ! 分かってくれたか!」

「――とでも言うと思ったかぁぁぁ!」


 安心も一瞬。肩の力が抜けたと思ったら千尋の渾身の平手打ちが俺の頬に炸裂した。


「いってぇぇ! えぇぇ!? 何で!?」

「何で!? じゃないわよ! そんな作り話を私が信じるとでも? バカにしないでくれる!?」

「作り話じゃねぇよ。本当のことだよ」

「な~にが異世界よ、試練よ。中二病にも程があるわ。アニメの観すぎよ」

「違うって。俺は本当に――」

「まだ言うか!」


 その後も何度も真実を伝えようとするが、千尋は一向に信じてくれなかった。たしかに、千尋からすれば急に異世界とか言われても受け止めてもらえないかもしれない。それは紛れもない事実であるが、かといって他に何か説得力のある方法は……。


「随分と順応力のない方ですわね」


 呆れたような声でアリシアが話に入ってきた。


「佑真さんがこれほど説明しても理解できないなんて、あなた本当に恋人なのですか?」

「はあ? 何言ってるの? コスプレ女子二人に、異世界とか言われたら誰だってオタクか中二病を疑うに決まってるでしょ」

「その『こすぷれ』や『おたく』、『ちゅーにびょー』なるものが何なのかわたくしには分かりませんが、要はあなたは私達と佑真さんが異世界の人間である、ということを信じられないわけですよね?」

「当たり前よ」

「そうですか。ならば、順序が違いますね」


 順序? と千尋が聞き返す。


「千尋さん、でしたわね。千尋さんは先程のスライムや獣に襲われたのを覚えていますか?」

「お、覚えているわよ。ついさっきの出来事なんだから。普通に怖かったし……」

「今まで見たことは?」

「あるわけないじゃない。あんなモンスターみたいなの」

「ならば、まずはそちらを否定してください。佑真さんの説明を信じられないなら、その恐怖は一体どこから来ているのですか?」

「そ、それは……」

「怖かったというのであれば、それは実際にあなたの身に起きたことです。ですが、襲われたのは覚えているのに佑真さんの話は信じられない? それは身勝手ではありませんか? 佑真さんの話を否定するならその恐怖も否定してください。そして、先程の襲撃が現実ではないと言うのであれば、夢や幻であったということをわたくしに説明してくださりません?」

「うぅ……」


 アリシアの問い掛けに、千尋は唸るばかりで反論できずにいる。なぜなら、夢や幻ではないと千尋自身も理解しているからだ。自分がスライムとウルフに襲われたのは紛れもない事実である、と。


 よかった。アリシアのおかげで、どうやら千尋は俺の話を信じてくれそうだ。


 アリシアの手助けに俺は感謝した。やっとこれで話を続けられ――。


「うぅ……あぁぁ、もう! 佑真、なんなのよ!」

「俺!? というか逆ギレ!? お前それは酷くない!?」

「うるさいうるさい! 異世界から来たって言うんなら何か知ってるんでしょ? 一体何が起きてるのよ!」


 それは俺も知りたい内容だよ。女神様から聞いた世界とはまるで異なる世界だからな。しかも、アリシアやユーナも現れたという展開。夢を見ているのではないかと思えるぐらいだ。


「……あれ? そういえばユーナは?」


 気がつけばベンチにはアリシアと千尋しかおらず、ユーナの姿が見えなかった。キョロキョロと左右を見渡すと、右にある茂みの前で前傾姿勢を取って何かを凝視しているユーナがおり、その視線の先には地面を啄んでいる一羽の鳩がいた。


「ごめんアリシア、千尋。ユーナ止めて」

「止めて?」

「ユーナのやつ、鳩狙ってる」

「狙うって、何のために?」

「取って食うため」

「食う!?」

「佑真さんが止めないのですか?」

「俺ちょっとトイレ行きたい。それに、まだちょっと混乱してる部分もあるし頭も少し整理したいし。すぐ戻るから」


 そう言って俺はベンチから腰を上げ、トイレへと向かう。すぐに後方で三人が激しく言い合っているが、振り向くことなく俺は歩き続けトイレへと入っていった。アリシアの言う通り本来なら俺が止めに入るべきだろうが、今はぐちゃぐちゃになってる頭の中を整理したい。


「取り合えず出すもん出して気分だけでもスッキリするか」


 ズボンのチャックに手を掛けファスナーを下ろし、を取り出したその時だった。


『そんな粗末なもの私に見せないでください』

「うおぉ! なんだなんだ!?」


 いきなりトイレ内に声が響き渡り、俺は驚いて便器から離れた。


『私です、クリスです』

「クリス様?」


 たしかにこの声はクリス様のもの。しかし、一体何処から? いや、待てよ。ゲームや漫画でこんなシーンを見たことがある。ある物を通して会話をしていたのはたしか――。


「鏡だ!」


 俺は背後にある鏡に振り向く。だが、それは普通の鏡だった。


「あれ? 俺しか写ってない」

『こっちです、こっち』


 耳をすませ声がする方を探ると、先程俺が立っていた便器辺りから聞こえていた。ゆっくり近付くと便器の一部が光っており、そこにクリス様の姿があった。


「……何で便器?」

『しょうがないでしょう。急いで連絡を取ろうとしたから座標がずれたんです』


 いや~、だからって便器はないよ? せめて壁とかさ~。


「そ、そうだ。俺もクリス様に聞きたいことがあるんです。実は――」

『分かっています。そのために私もこうしてあなたと連絡を取っているのですから』

「だったら――」

『ですが、その前に……』

「その前に?」

『そのぶら下がっているものを仕舞ってください』


 ぶら下がってる?


 俺は視線を下に移していく。そこには、ズボンのチャックから飛び出したが顔を出していた。


「おおう、モーレツ~」

『切り落とされたいのですか?』

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